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APAC Effie賞の審査で、日本の広告クリエイティブについて考えてみた|コピーライター・橋口幸生コラム

5月に開催されたG7広島サミット2023は、大方の人が大成功と評価しているようだ。歴史上初めて、G7のリーダー達が揃って原爆資料館を訪問し、慰霊碑に献花をした。ウクライナからゼレンスキー大統領が来日した。それは核兵器反対のメッセージ(結局、核抑止に頼らざるを得ないという矛盾ははらみながらも)としてはもちろん、核攻撃をチラつかせるロシアのプーチン大統領への牽制としてもワークした。イギリスのスナク首相がお好み焼きを食べるなど、気軽な交流風景も話題になった。「世界」の外交で日本が主導権を握る姿に、胸がすく思いをした人は多かっただろう。成功という評価は妥当だと、個人的にも思う。

しかし、G7の影響力の低下を指摘する声も相次いだ。G7のGDPは発足した1970年代半ばには世界の6割強を占めていたが、現在は4割台にまで低下している。人口シェアでは世界のわずか10%だ。

そんな時代を象徴するのが、政治的にも経済的にも影響力を強める「グローバル・サウス」だろう。サミット拡大会合には、韓国とオーストラリアに加えてインド、インドネシア、クック諸島、コモロ、ブラジル、ベトナムという6カ国が紹介された。グローバルサウスの国々は、人権や民主主義といった、G7が「普遍的」ととらえる価値観に必ずしも共鳴していない。​​サミットでゼレンスキー大統領がインドのモディ首相と会談をしたのも、グローバルサウスを味方に引き入れたいという意図があってのことだろう。(※1)

日本人が「世界」と言う時、G7のような欧米先進国を思い浮かべていることがほとんどだと思う。「世界の○○」という決まり文句も、欧米の権威に認められた人に与えられる称号だ。筆者が働く広告業界でも、これは変わらない。業界最高の権威である広告賞・カンヌライオンズの事務局はイギリスにあり、開催地はフランスだ。One ShowやClio Awardsの拠点はニューヨークにある。実際、欧米先進国には広告クリエイティブの長い歴史があり、そのクオリティは高い。しかし、少しずつ勢力図が変わりつつあるのも事実だ。筆者はここ3年間、APAC Effie Awardsというシンガポールで開催される広告賞の審査員をしたことからAPAC地域の広告を多数見る機会に恵まれ、そのことを実感した。

(審査会場での一枚。左側でパネルを持っているのが私です…)

今回の「あしたメディア」では、APAC地域での優れた広告キャンペーンを、いくつか紹介したい。広告クリエイティブにおける「世界」とは何かを考えるきっかけになれば幸いだ。

参考 1:Business Insider「G7の『凋落ぶり』ばかりが目立った広島サミット。GDPも人口も影響力も、すでに『少数派」なので…』(2023年5月29日)
https://www.businessinsider.jp/post-270503

ヒット広告を連発するオーストラリアのケンタッキーフライドチキン

KFC Australiaは毎年のようにヒット広告を連発する、広告上手な企業だ。今回は2022年に実施された "Left-Handed Menu" というキャンペーンを紹介したい。オーストラリアの人口の11%しかいないマイノリティである「左利き」の人のための、専用メニューを発売したというのが、その内容だ。

「左利き専用メニュー」といっても、通常の商品と変わらない。そもそもチキンも、ポテトも、ドリンクも、KFCのすべてのメニューは左利きだろうと右利きだろうと問題なく食べられる。つまり、これはちょっとしたジョークなのだ。

キャンペーンのローンチ時には、下記のムービーが公開された。物悲しいBGMで、左利きの人たちがマイノリティとして取り残されていることを訴える内容だ。左利きメニューはアプリでしか買えないから、欲しい人はインストールしなくてはいけない。ポイント還元などの即物的な手法でアプリをダウンロードさせるブランドが多い中、このユーモアには拍手を贈りたい。

現在、世界的なビッグブランドの間では、マイノリティをエンカレッジする広告クリエイティブが増えている(本連載も、そうした事例を紹介することがひとつの目的だ)。"Left-Handed Menu" は、それをパロディにしたキャンペーンなのだ。なかなか際どいやり方だが嫌味な印象はなく、気持ちよく楽しめるのが巧い。

ニュージーランド発の、画期的な寄付キャンペーン

キリスト教圏において、クリスマスはチャリティの機運が高まる時期だ。ニュージーランドも例外ではない。コロナ禍でニュージーランドは物価が上がり、通常の寄付額では必要な人に支援が行き届かなくなっていた。そこで、2022年にニュージーランド北島のウェリントンで実施されたのが、”The Silent Night”だった。一言にまとめると、「実際には参加できないイベントのチケットを売って、寄付金を集めた」というキャンペーンだ。

 

ウェリントンにはスカイ・スタジアムという、34,500席を誇る大会場がある。オールブラックスから人気ミュージシャンまで、一丸となって何かを応援するとき、ウェリントン市民がこの会場に集まるのだ。"The Silent Night" も同様のイベントだが、ひとつ違う点がある。応援する対象がアスリートやミュージシャンではなく、困窮した人々である、ということだ。

イベント開催は2022年12月21日だが、当日になっても何も起きない。会場も閉まっているので入ることはできない。つまり、チケット購入金額がそのまま寄付金になるのだ。チケットはスポーツの試合やライブと同じように、専用サイトで買うことができる。席に応じて複数の価格設定(10ドル〜175ドル)があることも、通常のイベントと同じだ。

クリスマスに恵まれない人を助けたいと願う善意は、誰にでもあるだろう。しかし、「善意」と寄付という「行動」の間には、大きなギャップがあるのだ。これを "The Silent Night" はアイデアで埋めることに成功している。

・大会場で何も起きないイベントをやる「意外性」
・アスリートを応援するように、困窮した人々を応援する「ストーリー性」
・地域の寄付意識を高めるために、街の象徴であるスタジアムを利用する「シンボル性」

このあたりが、"The Silent Night" から学べるテイクアウェイだろう。12月21日当日には、空っぽのスタジアムの様子がライブ中継された。会場にBGMとして "Silent Night" が流されたという。

インド市場での、オレオの意外なサクセスストーリー

オレオは世界中で知られている老舗の菓子ブランドだが、インドでは2011年に発売が開始された。比較的新しい商品であり、インド国内産のお菓子と比べて知名度も売上も低い。そんな中、2022年に実施された広告キャンペーンが“ #BringBack2011”だ。オレオが発売された2011年は、インドがクリケットのワールドカップで優勝した年でもある。だから、2022年ワールドカップで再びインドが優勝するために、オレオを2022年に再発売したのだ。

2022年9月25日、2011年優勝時のクリケット・インド代表のキャプテンであるドーニが、記者会見を行った。当時、インドではドーニの引退説が囁かれていたため、会見には多くの記者が集まった。しかし、実際に話された内容は、引退とはほど遠いものだった。下記の映像が、その様子だ。

 

映像はドーニの公式FacebookとInstagramで配信され、大きなバズになった。あわせて、オレオも「再発売」することを発表。(一度、公式Instagramを削除した後、また復活させるという手の混んだことまでしている)再発売されたオレオには、ドーニのイラストがプリントされた特製パッケージになっていた。オレオを買えば2011年を再現できる、というわけだ。

オレオの仕掛けは、これだけで終わらない。ドーニは、髪型を2011年当時と同じものに戻した。また、インド最大の英字新聞 - The Times of Indiaと提携して、2011年の優勝時の紙面を再現した。もちろん、同じ紙面に #BringBack2011 の広告も掲載されている。オレオに便乗して、2011年当時に人気だった本やドリンクが、次々と再発売された。ワールドカップ優勝というインド人共通の記憶を利用することで、オレオは広告キャンペーンを超えた国民的なうねりを作ることに成功したのだ。

新しい「世界」で、日本はどう動くべきか

APAC Effie Awardsで注目されたオーストラリア、ニュージーランド、インドの事例を紹介してきた。他にもフィリピンやシンガポールなどからも、たくさんの事例が応募され、しのぎを削っている。

では、日本はどうかというと、残念ながらAPAC Effie Awardsでの存在感はゼロに近いのが現状だ。原稿執筆時点で今年の受賞結果は出ていないが、去年、日本の受賞はわずか1点。応募自体も非常に少ない。実際、日本人が海外アワードを目指すとき、欧米の主要広告賞の応募に限っても作業・金銭的な負荷が大きく、他の地域にまで手が回らないのも無理がないことだと思う。

しかし、今は「欧米先進国」が相対化されつつある時代だ。APACやアジアにおいてポジションを確保することは、日本の広告クリエイティブにとっても重要なはずだ。それはアジア唯一G7のメンバーである日本の強みを活かすことにもつながると思う。

「世界の〇〇」でも「ガラパゴス」でもない、新しい「世界」に根ざした日本のクリエイティブを模索していきたい。

橋口 幸生
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作は図書カードNEXT新聞広告、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスター、プリッツ新聞広告「つらい」、「世界ダウン症の日」新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。
https://twitter.com/yukio8494

 

寄稿:橋口幸生
編集:Mizuki Takeuchi