よりよい未来の話をしよう

ミュージシャン・さらささんの音楽と暮らしとの向き合い方

湘南で生まれ育ったシンガー・ソングライターであり、美術作家、アパレルブランドのバイヤー、フォトグラファー、フラダンサーなどとしてマルチに活動するさらささん。

2022年にはデビューからわずか1年でフジロックに出演。同年末にはファーストアルバム『Inner Ocean』をリリースし、アルバムの発売を記念して今年春に開催されたワンマンライブは追加公演も含めソールドアウト。大盛況のうちに幕を閉じた。

音楽のみならずライフスタイルも注目を集める彼女が、内なる海を泳ぎながら、「今」、「自分」がどう思うかに向き合い、丁寧にものづくりをする背景についてお話を伺った。

(編集部撮影)取材中のさらささん

自分にもリスナーにも地球環境にも、真摯に向き合う

さらささんが音楽を始めたきっかけを教えてください。

子どもの頃からミュージカルやHipHopダンス、フラダンスをやっていて、音楽が好きでした。ボーカリストとして歌うようになったのは、高校でジャムセッションをする軽音部に入ってからです。3年生で早めに進学先が決まって時間ができてからは、学校外でセッションができる場所にも通っていました。その頃、SOIL & “PIMP” SESSIONSというジャズバンドにいた元晴さんが先頭に立ってやっていた横浜のセッションイベント「BATTLE OF STUDY」でMVPをもらって。ミュージシャンになりたいというよりは「セッションをもっと楽しめるようになりたい」という思いでイベントに参加していたのですが、MVPを取ったことで尊敬しているミュージシャンの方々に「これからもがんばって」と言ってもらえた気がして、本格的に音楽をやっていこうと思いました。

それから2021年にデビューされ、2022年の12月にはファーストアルバム『Inner Ocean』をリリースされました。初めてのアルバム制作はいかがでしたか?

もともと私はアルバムを作ることを重要視する必要はあまり感じていなかったんです。サブスク世代ということもあるかもしれないけれど、いい曲は1曲単位でも聴く、アルバムで聴きたい曲はアルバム単位で聴くというだけで、アルバムを重視する風潮はあまりしっくり来ないと思っていました。

でも『Inner Ocean』を作ってみたら、業界的なことや外からの反応を抜きにしても、音楽を始めてからファーストアルバムまでの期間をパッケージできたようなおもしろさがあったんです。それはミュージシャンならではの、自分の人生にマークをつけていくような作業だと感じました。1曲に向き合って作るのはシングルも同じですが、日常生活があって、音楽活動のなかでの経験があって、それらを1つのアルバムに込められる豊かさを知ったので、今後もやっていきたいなと思います。

アルバムのリリースを記念して、この春には東京と大阪で3公演のワンマンライブを開催されました。

やっぱりワンマンライブはお客さんもすごく楽しみに来てくれたのが伝わってきて、嬉しかったです。今回は舞台の空間演出やフライヤーのデザインも自分でやってみました。アルバムとあわせて今の自分に向き合えたし、自分の曲を聴いてくれる人に対しても真摯に向き合えた気がして、すごく意味があったと思います。

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アートワークをご自身で手がけられているのもとても素敵ですね。これまでのグッズは環境にも配慮されていると説明がありましたが、そのような取り組みにはどんな思いがあるのでしょう。

海の近くで育ったこともあって、もともと環境問題に興味がありました。物を生産するときに環境に負荷がかかると悲しいので、自分の気持ちに負担をかけないためにも方法を考えたいと思っています。自分1人でできることは限られているけれど、なるべくできることをやりたいという気持ちです。

たとえばグッズのTシャツを作るときに新しい生地を使って大量生産するのはどうなんだろうと思ったので、自分で古着を買い付けてシルクスクリーンでロゴを刷って販売していました。毎ライブ買ってくれるお客さんや楽しみにしてくださる方も多く、ファンの皆さんとのコミュニケーションにもなるので自分でも気に入っている方法です。これからも続けたいですね。ワンマンライブは規模が大きくリユースのTシャツは販売できなかったので、代わりに土に還るオーガニックコットンを使ったTシャツを作りました。

あとは、CDのケースをプラスチックではなく紙にしています。どこに着目するかでいろいろな考え方があると思うんですけど、私は動物が好きなので、最終的に海に流れて動物の口に入るかもしれないことを考えて紙を使っています。質感も紙のほうが好きです。

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グッズひとつとっても、よりよい方法を考えてらっしゃるんですね。さらささんが普段の生活のなかでも環境のために意識していることや、私たちでも実践できることがあれば教えてください。

本当によいことはなんなのか考えると難しいですよね。

紙ストローを使っているお店を選ぼうと言っても蓋がプラスチックだったりするし、紙ストロー自体、実は環境によくないという意見を聞くこともありますし…。よかれと思ってやったことが実際は違う場合があったり、なにが正解なのかわからないと日々痛感しています。

でも、地元の八百屋さんで買い物をしたら地産地消になるし人とのつながりもできるかもしれないとか、気候変動のことを考えて週に1回ヴィーガンにすると自分の体にとってもいいかもしれないとか、身近なことに目を向けてみるのはいいですよね。個人で理解したり解決したりするのが難しいことも多いけれど、気になるトピックについて調べてみるとか、水筒を持ち歩くとか、些細なことから始められるといいんじゃないかと思います。

わくわくする日常とわくわくする仕事を

具体的な楽曲制作のお話も伺いたいです。普段はどのように曲作りをしていますか?

つい最近気づいたんですけど、私は曲が降りてくるタイプみたいです。気持ちが乗っているとき、ある種のゾーンに入っているときに一気にバーっと書きます。例えば朝起きて、散歩して、日の光や風を浴びて、そのまま制作に入るとスムーズに曲が書けますね。いつもは家の中で制作するところをお天気がいい日にベランダに出たらすぐに曲が書けたこともありました。自分自身の状態に左右されますね。

バンドメンバーやコラボレーションする相手との関わりもクリエイションに影響するのかなと想像します。人と一緒に制作やライブをするうえで大切にしていることはありますか?

自分が尊敬できる人、わくわくする人と一緒にやるようにしています。そうすると相手も、もちろん仕事だけど仕事として以上に私の音楽に向き合って作ったり演奏したりしてくれるように思います。そうやって丁寧に付き合ってくれる人との関係を大切にすること、この人とはよい関係を築けそうだ、と気づくセンサーみたいなものを自分でちゃんと持っておくことを心掛けているのかな。

コラボレーションの1つとして、楽曲『火をつけて』では、GLIM SPANKYの松尾レミさんを迎えてリビルド(再構築)されたバージョンがリリースされました。さらささんは高校生の頃から松尾さんに憧れているそうですね。

GLIM SPANKYさんの楽曲は高校のときからカバーしていたので、その頃から5〜6年経ってレミさんとご一緒できるのは信じられない気持ちです。レミさんが「さらさちゃんと出会ったのは運命みたいに決まってたことなんだと思う」と言ってくださったのも嬉しかったですね。私も人と出会えることや仕事でご一緒できることにはご縁があると考えるので、レミさんも同じように考えているのだと知れたのがよかったです。



リビルドという形もおもしろいですよね。

海外で既存の楽曲を国内外のアーティストとリビルドして別のバージョンとしてリリースする流れがあって、『火をつけて』をリビルドしたらおもしろいんじゃないかというお話からレミさんにお願いしました。すごく素敵に作ってくださったおかげで楽曲の新しい一面が出てきて、おもしろい試みになったと思っています。

七尾旅人さんの楽曲『サーカスナイト』の引用から物語が始まる、よしもとばななさんの『サーカスナイト』(幻冬社)という小説がすごく好きなんです。その作品を読んだときに『サーカスナイト』にまた新しい色が宿ったような感覚があったんですが、楽曲をリビルドするという形でもそのような感覚が生まれるんだ、という発見がありました。

評価と幸福度はイコールじゃないはずだから

さらささんは、ネガティブな感情こそ大事にする、「ブルージーに生きろ」をテーマに掲げています。デビューから2年が経とうとしてるなかで、大きいステージ立ったり、憧れの人とコラボレーションしたり、ポジティブな場面も多いと思いますが、そんな今は「ブルージーに生きろ」をどう捉えていますか?

「ブルージーに生きろ」は高校生くらいから言い始めたことです。ちょっと恥ずかしいなと思ってSNSのプロフィールから消していたこともあったんですけど、リスナーの方々が気に入ってくださっていて、最近だと音楽プロデューサーの亀田誠治さんも「すごくいいよね」と言ってくださいました。改めて自分の精神性や音楽性の一番普遍的な部分を表せているなと思います。忘れないようにしたいですね。

実際、今のさらささんご自身のなかにはどのような感情の揺れ動きがあるのでしょう。

私自身、悲しくてどうにもならないようなときがありますし、世間からすごく評価されているミュージシャンの友達が全然楽しくなさそうに生きているのを見ることもあります。評価と自分の幸福度はあまりつながっていないと思いますね。

それに、音楽を作って人に評価してもらったり、ライブで人からの注目を浴びたりすることが自分の存在意義だと思ってしまうと、そのバランスが崩れたときに「自分にはなにもない」という気持ちになると思うんです。だから家族が生きているとか、ごはんが食べられるとか、そういう日常的なことをちゃんと幸せだと認識するようにしてます。

たとえば声が出なくて歌えなくなったとしても、幸せに生きていくにはどうしたらいいのか。悲しみや苦しみからいい曲が生まれるから、と幸せから遠ざかろうとするミュージシャンも多いように感じますが、私は幸せでもいい曲が書けるということを体現していきたいですね。

アルバムの6曲目に収録されている『太陽が昇るまで』には「ジャッジされることも慣れてきた」という歌詞がありますね。

どうしても世の中に作品を出すと、「そうじゃないんだけどな」というジャッジのされ方をしたり、いろいろなことを言われたりします。そういうことに最初は落ち込んだけど、割とすぐ「どうでもいいや」と思えるようになった、っていう歌詞ですね。

楽曲以外にもSNSなどを通じてご自身のスタンスを表現しているのではないかと思います。SNSはどんなふうに使っていますか?

私の感性、と言ったら大袈裟かもしれないけれど、私のなにかに共感してフォローしてくださっていると思うので、嘘をつかないようにしています。自分をよく見せようとか、自分じゃないものを自分として見せようとしてもばれると思うので、あまり考えすぎずに、でも本当に自分が好きなものだけを載せていますね。

「今」やりたいことをやる、決めつけないで自由に

全体のお話を通して、さらささんはご自身の「好き」をとても大切にしているのだと感じます。

芸術は創る人に好奇心がないと受け取る人の心に届かないと思っているので、ずっと「今やりたいこと」を大事にしてきました。絵が描きたかったら描いて発表するし、ほかにもコラージュを作るとか、踊るとか。いろいろな活動をしていると「なにをやっている人なんだろう」と思われる懸念もありますが、そう思われることは気にせずに、好きなことをやってきましたね。

さらささん自身が心動く瞬間を積み重ねながら作っているからこそ、受け取った人の心も動かされるんですね。

音楽が仕事になって、さらに1人ではなくチームで動くようになったので、感覚が変わってきている部分もあります。でも、だからといって無理に音楽だけをやろうとするのではなく、今までと変わらずわくわくすることに目を向けることが大事だと感じます。音楽以外のことをやると逆に音楽じゃなきゃだめな理由が見えてくることもありますね。1つのことを突き詰めると自分のなかで「こうしないと」と凝り固まってしまう場合もあると思うんですけど、自分で決めつけないでどんどん自由に考えるべきだと思っています。

好奇心旺盛に、ネガティブな部分もなかったことにせず、絶妙な陰と陽のバランスを保つさらささん。音楽にも暮らしにも、心を犠牲にしない形で向き合う姿は実にヘルシーで魅力的だ。今後控えているライブを始めとした様々な活動のなかでも、きっとその時々の「今」を見せてくれるのだろう。

 

ライブ情報
​​イベント名:「Tiny Ocean」 supporting radio J-WAVE
日程:2023.6.22 (木)
会場:恵比寿LIQUIDROOM
時間:OPEN 18:00 / START 19:00
出演:さらさ(Band Set) / GLIM SPANKY
料金:¥5,000+1 Drink
チケット:https://asteri.lnk.to/tinyocean

さらさ
湘南の“海風”を受け自由な発想とユニークな視点を持つシンガーソングライター。 2021年7月にリリースしたシングル「ネイルの島」でデビュー。 SOUL、R&B、ROCKなどあらゆるジャンルを内包し、ジャジーでオルタナティブ、どこかアンニュイなメロディと憂いを帯びた歌声は観るものを虜にしている。

 

取材・文:日比楽那
編集:conomi matsuurra
写真:上村 窓 ほか