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「ワーキングプア」の意味とは?社会問題としての深刻な現実について解説

ワーキングプアとは何か

ワーキングプア(英:Working Poor)は日本語で「働く貧困層」と呼ばれ、働いているものの生活保護水準以下の収入で生活している人たちを指す場合が多い。

日本では社会学者の江口英一がワーキングプアの概念を国内に持ち込んだ。NHKスペシャル「ワーキングプア~働いても働いても豊かになれない~」が大きな話題を呼び、その言葉が世の中に広まることとなった。

働いても働いても豊かになれない…。どんなに頑張っても報われない…。今、日本では、「ワーキングプア」と呼ばれる“働く貧困層”が急激に拡大している。ワーキングプアとは、働いているのに生活保護水準以下の暮らししかできない人たちだ。生活保護水準以下で暮らす家庭は、日本の全世帯のおよそ10分の1。400万世帯とも、それ以上とも言われている。

(※1)

※1 引用: NHKスペシャル 「ワーキングプア~働いても働いても豊かになれない~」https://www.nhk.or.jp/special/detail/20060723.html

ワーキングプア問題の現状

年収をどれくらい稼いでいるとワーキングプアなのか、ワーキングプアに陥った場合は生活保護を受けた方がいいのか、ワーキングプアをどうやって抜け出せばいいのか、ワーキングプアを取り巻くあらゆる問題には、未だ明確な答えが出ていない。

また、日本ではワーキングプア状態にいる人たちが実際にどれくらいいるのかを可視化できていないこと、今はその状態になくても不安定な社会情勢によりワーキングプアに陥る可能性がある人が多数いることなど、ワーキングプア問題には課題が山積している。

ワーキングプアの実態

1960年代にワーキングプアという言葉が日本に持ち込まれてから今まで、ワーキングプアの問題は日本社会に存在し続けている。

ワーキングプアの定義と特徴

厚生労働省は、一般的にワーキングプアを「年収192万円未満の者」と定義している。(※2)

また、日本弁護士連合会ではワーキングプアを「働いているか、働く意思があるにもかかわらず、憲法25条が保障する健康で文化的な最低限度の生活水準を保てない世帯収入しかない人」と定義した。(※3)

貧困は、かつて「仕事がない」という状況と結びついていたものだった。しかし、社会全体の競争が熾烈(しれつ)化するにつれて社会が目まぐるしく変化し、正社員にの職に就くことが難しくなったり、物価が上昇したにも関わらず相応の最低賃金を確保できなかったり、さまざまな要因で働いていても貧困状況に陥る可能性が大きくなっていった。

ワーキングプアは、住民税を課されないほど低所得の「非課税世帯」とは異なり、収入はあるが苦しい生活を送らざるを得ない状態を指す。収入状況により生活保護を受けられない場合や、収入から税金が引かれることなどから生活が困窮する場合が少なくない。

※2 参照 :厚生労働省「非正規労働者データ資料(修正)」p.41
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001ja05-att/2r9852000001ja67.pdf
※3 参照 :日本弁護士連合会「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」
https://www.nichibenren.or.jp/document/civil_liberties/year/2008/2008_3.html

ワーキングプアに陥る人々の実態

ワーキングプアは、属性や社会情勢などに大きく左右される。例えば、就活氷河期には正規雇用での就職が難しくなり非正規雇用者が増加した。不安定な収入環境下であるため、非正規雇用の人はワーキングプアに陥りやすい。

また、内閣府によると2020年における非正規雇用者の比率は、女性54.4%、男性22.2%となっている。(※4)

※内閣府男女共同参画局「年齢階級別非正規雇用労働者の割合の推移」をもとに筆者作成https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r03/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-07.html

年代別に非正規雇用率は異なるものの、どの年代においても女性の非正規雇用率は男性の非正規雇用率よりも高いことがわかる。このことから、ワーキングプアは性別にも影響されることがみてとれるだろう。

また、日本では特に修士号・博士号取得後に働き口が見つからずワーキングプアに陥る場合もある。加えて、ひとり親世代や介護が必要な家庭などもワーキングプアに陥る可能性が高く、さまざまな要素があることがわかる。

社会情勢、家庭状況、雇用形態など個人が予想できないことは多数存在している。誰もが、ワーキングプアになる可能性を持っていると言えるだろう。

※4 参照:男女共同参画局「年齢階級別非正規雇用労働者の割合の推移」https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r03/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-07.html

 

ワーキングプアの傾向と地域差

日本総研がワーキングプアの実態を調査した結果、ワーキングプアには「北日本、近畿、四国、九州で高く、関東、北陸、中部では低いといったような地理的な偏在」が見られることが明らかになった。(※5)

ワーキングプア率が高い地域では、最低賃金の水準や正規雇用率が低く、またひとり親世帯や核家族世帯かつ介護・子育ての負担が大きいといった世帯構造にも関連があることがわかっている。

社会情勢に左右されやすい中小企業の社員や、大型施設建設などにより収入が激減した商店街での勤務者など、都市部から地方までワーキングプアが生じている。

※5 参照:日本総研「ワーキングプアの実態とその低減に向けた課題」p.2 https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/9694.pdf

ワーキングプアの原因

ワーキングプアが生じる原因は多岐にわたるが、新自由主義の浸透やグローバリゼーションの波、不安定な社会における非正規雇用の増加が大きく影響していることが考えられる。

ワーキングプアが生じる背景と原因

必要最低限の暮らしは人によって異なる。同じ額のお金を持っていたとしても、身体が弱く定期的に病院に通わなければいけない人、介護のために頻繁に移動をしないといけない人、ペットを飼っている人、生きがいの趣味が手頃なものではない人、人によって必要なお金も使い方も異なる。

非正規雇用などにより安価な年収で暮らしている場合、物価の高騰や交通費の高騰などに生活が大きな影響を受け、簡単にワーキングプアに転じてしまう場合もある。今日、貧困を感じていなくても来月から突然ワーキングプアになる可能性があるということだ。

経済構造や雇用環境の変化による影響

グローバル化が進んだことは、ワーキングプアを加速させる大きな要因となった。安価な労働力を海外に求め、国内の人件費を削減したことで非正規雇用の社員が増加した。

非正規雇用は正規雇用とあらゆる面で待遇が異なる。正規雇用者と同じ業務をしていても、正規雇用者の約60%しか給与が払われない。(※6)また、民間の調査会社・東京商工リサーチが2023年2月に実施した調査結果によると、2023年4月の新年度に非正規雇用で働く人たちに対して賃上げを行うと答えた企業は55%だったのに対し、正規雇用者の賃上げを行うと答えた企業は約80%だった。(※7)

物価高騰や増税が続いている中で非正規雇用者は賃金が変わらないまま支出を増やさなければいけない状況になり、状況が深刻になるとワーキングプア状態に陥ることになる。

※6 参照:World Socialist Web Site「Japan’s working poor 」https://www.wsws.org/en/articles/2018/01/18/japa-j18.html
※7 参照:NHK「賃上げどうなる? 非正規雇用で働く人たちにどこまで広がるか」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230226/k10013991611000.html

政策上の課題と課題解決のための提言

例えば、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい人々の生活を圧迫した際、政府による「困窮世帯への10万円の現金給付」が実施された。しかし、非課税世帯は配布対象であったが、ワーキングプアの世帯には配布対象外であった。このように、政府が実施する経済支援は、ワーキングプア層にまで拡大しないケースが少なくない。

この政策に対して、立憲民主党が、新型コロナウイルス禍の影響で収入が減少したワーキングプア(働く貧困層)世帯への10万円給付を可能にする法案を衆院に提出した。(※8)

財務大臣の記者会見では、記者からこんな質問も上がった。

問)今回の給付対象が住民税の非課税世帯に限られて、いわゆる年収200万とか300万円といった働いてもなかなか生活が苦しいというワーキングプアと言われるような人達の層に給付というのが行われない結果になったと思います。この層は恐らく非正規の方が多く、また女性も多いんじゃないかと。かつコロナ禍の影響、アルバイトとか大きく影響を受けている方が多いんじゃないかと思うんですが、そういう方が対象にならなかったことについて大臣どのようにお考えか〜略〜

答)〜略〜住民税非課税世帯に該当しない方々にありましても経済的に困っておられる方に対しましては緊急小口資金等の特例貸付けの期限延長、来年3月末まで延長するということ、また生活困窮者自立支援金の再支給による最大60万円の給付、こういった支援を行うことも経済対策の中で決められているところでございます。〜略〜

(※9)

財務大臣が回答した経済対策は、ワーキングプア層の助けになったケースもあれば、貸付であるため返済を免れないことや、給付条件の厳しさなどから助けにならなかった場合もあるだろう。

日本は支援を受けるまでの過程が複雑だ。難しい言葉の並んだホームページや資料を見て、わからなかったら相談をし、申請をし、役所に行って待機し…。生活のために、毎日時間を惜しんで働いている人たちに果たして支援までたどり着く精神的・時間的な余裕はあるだろうか。説明の簡易化やシステムの単純化など、申請者の状況を理解した上での対策が必要であろう。

※8 参照:日本経済新聞「コロナ減収世帯に給付法案 立民、貧困労働者対策で」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA17DY50X11C21A2000000/
※9 引用:金融庁「鈴木財務大臣兼内閣府特命担当大臣繰下げ閣議後記者会見の概要」 https://www.fsa.go.jp/common/conference/minister/2021b/20211124-1.html

ワーキングプアがもたらす社会的・経済的影響

ワーキングプアが社会や経済にもたらす影響にはどんなものがあるだろうか。

ワーキングプアがもたらす問題点

日本では、労働者の約40%が非正規雇用である。(※10)子どもがいるワーキングプア世帯の場合、塾代などの学習費を捻出できない場合もある。結果的に子どもの貧困にもつながり、平等な教育を提供することができない。子どもが進学できなかった場合、また非正規雇用で働くこととなり、その家庭はなかなかワーキングプア状態から抜け出すことができない。

子どもの貧困を例にとったが、ワーキングプアはその状況から抜け出すことが難しく、社会全体にも悪循環をもたらす。

※10 参照:公益財団法人 生命保険文化センター「生活基盤の安定を図る生活設計」
https://www.jili.or.jp/lifeplan/houseeconomy/1093.html

社会保障制度や格差問題との関連性

ワーキングプアは、生活保護制度や相対的貧困と結びついている場合が多い。ワーキングプア状態に陥った人の中には、生活保護を受給しながら生活をすることを決断する人もいる。ただし、生活保護を受給するとなると収入や生活面での制約も多く、自由が制限されるという一面もある。

また、ワーキングプアは相対的貧困とも深く関連している。相対的貧困率とは「その国や地域の水準の中で比較して、大多数よりも貧しい状態のこと」(※11)を指すが、ワーキングプアに陥る人々は相対的貧困状態に陥っている場合が多い。

※11 参照:ワールドビジョンジャパン「相対的貧困とは?絶対的貧困との違いや相対的貧困率についても学ぼう」
https://www.worldvision.jp/children/poverty_18.html#d0e9d87eb78fa54e47cd213ca7606442

ワーキングプア解消の重要性

ワーキングプアを黙認するということは、一生懸命働いていることだけを評価して基本的人権や生存権を認めないことを黙認することと同じだ。

ワーキングプアに対する施策を実施することは、労働者の権利を認め、人々の労働への意欲や社会に貢献する力を復活させることにつながる。また、ワーキングプアを解消することは、子どもの貧困を解決することにもダイレクトにつながっている。

ワーキングプア解消のための取り組み

ワーキングプア解消のために、国や民間企業などは今までにいくつかの取り組みを行ってきた。

ワーキングプア解消のための政策や取り組み

一番わかりやすい例が、最低賃金の引き上げである。また、ハローワークなどの就労支援、子育て世帯のために子どもを預ける施設や社会の保証の拡充などが行われている。しかし、ハローワークなどで就労支援を行う場合、住所や電話番号が必須でどちらかを持たない人の定職が難しかったり、30歳を超えると就職の幅が大きく狭まったりするなどの問題がある。また、子育て世帯に対する支援などは1日2日で施行されるものではないために、困窮家庭に対する臨機応変の対応ができるような仕組みづくりが必要であろう。

民間企業の役割や社会貢献活動

非正規雇用を減らし、正規雇用の割合を増やすことが重要であろう。企業の国内・国際競争力維持のために費用を削減しようとする意図は理解できるが、最も優先すべきは社員の権利の確保であろう。また、子育て家庭、病気になった社員などが正社員を諦めざるを得ない状況を回避する必要がある。さまざまな支援制度を備え、心理的安全性を確保した状態で社員が労働できる基盤を作ることが必要だ。

個人レベルでの改善策

貧困に陥っている人々が他の人からの視線のために貧困を公表しない場合が少なくないという。貧困は個人の責任ではなく、社会構造に問題がある場合が多い。貧困は自己責任だという社会の雰囲気が、ワーキングプアに陥る人々を苦しめそこから抜け出せなくさせているのではないだろうか。1人1人がワーキングプアの実態を理解しようと努め、貧困への認識を深めていくことが重要だ。

NHKスペシャルでワーキングプアという言葉が話題になったのち、NHKスペシャルの取材班が編集を担当した以下の本はワーキングプアを知る一助となるだろう。

NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班『ワーキングプア 日本を蝕む病

マンガ喫茶を住処とする若者、衰退する地方都市、睡眠時間四時間のシングルマザー、死ぬまで働かざるをえない老人、貧しさを受け継ぐ子どもたち…。明日は我が身の“ワーキングプア”とは。

(※12)

※12 引用:NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班『ワーキングプア―日本を蝕む病』ポプラ社 内容説明より
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8000344.html

まとめ

毎日休む暇もなく働いても生活は楽にならない、いつ生活が安定するのかもわからない、いつ苦しさから抜け出せるのかもわからない、精神的にも肉体的にも負担が大きい。

しかし、ワーキングプアの問題は他の人からはとても見えにくい。生活保護を受給していない(できない)場合も多く、どこからがワーキングプアでどこからがそうではないのか、明確な基準もない。自力で抜け出す、誰かと助け合って抜け出すのは簡単ではないだろう。やはり、国の支援が最優先だと言える。実態を調査し、ワーキングプアに陥っている人がためらいなく支援を求められる制度を作る必要がある。そして、私たち個人はワーキングプアの問題を理解し、訴え続けていくことが重要だ。

 

文:小野里 涼
編集:白鳥 菜都