よりよい未来の話をしよう

SDGs未来都市さいたま市の人口増加の理由をまちづくりから考えてみた

近頃、よく耳にする「SDGs」。誰しもが生きやすい社会の実現のために企業や国、地方自治体は様々な取り組みを行っている。ここで1つ疑問に思った事がある。

「SDGsの達成に1番取り組んでいる地方自治体はどこなのか」。

早速調べてみると、日本経済新聞が「全国市区SDGs先進度調査」を行っている事がわかった。この調査は過去3回実施されており、2022年と2023年は「さいたま市」が1位に輝いている。(※1)スマートシティの取り組みなどが評価され「環境」部門で1位につながっているようだ。またさいたま市はSDGs未来都市(※2)にも選定されている。

そんなさいたま市は、2022年に人口増加数と転入超過数全国1位を記録した。人口が増加するということはさいたま市に住みたいと思う人が増えているのだと思うが、スマートシティの取り組み以外の魅力や、住みやすいまちづくりのための取り組みがあるのではないだろうか。そう思い調べてみると、市民1人当たりの図書館での貸出数が政令指定都市の中で最多であったり、2016年に247施設だった認可保育施設の数が2022年には約2倍の496施設に増加していたりと、興味深い情報が目に飛び込んできた。

これらの取り組みが、さいたま市を住みたいと思えるまちにしているのではないか。そう考えた私は、さいたま市の施策に関する話を伺うべくさいたま市役所を訪れ、都市戦略本部都市経営戦略部企画・SDGs推進担当の伊藤さんに話を伺うことにした。

※1:さいたま市公式ホームページ「さいたま市が『全国市区SDGs先進度調査』で首位に選ばれました!」https://www.city.saitama.jp/006/007/002/018/p077424.html
※2:SDGsの理念に沿った取組を推進しようとする都市・地域の中から、環境・社会・経済の三側面における新しい価値創出を通し、持続可能な開発を実現するポテンシャルが高いとして選定された都市・地域。2022年時点で154都市が選定されている。

さいたま市内の図書館数は政令指定都市最多の25館

まず最初に話を聞いたのは、図書館での貸出数が政令指定都市の中で最多ということについてだ。2019年のある統計によると、政令指定都市の市民1人あたりの平均貸出冊数が4.7冊だったのに対し、さいたま市民1人あたりの貸出冊数は7.0冊であった。(※3)なぜこのような数値を記録することができたのか。

「さいたま市には25館もの図書館があり、政令指定都市の中でも最多です。図書館が多い分、生活の導線上に図書館がある可能性が高く、図書館を利用する人が多いのではないでしょうか。また、25館もの図書館がある背景には、1970年代以降、図書館づくりのための勉強会が催されるなど、市内各地で図書館をつくろうという市民の運動が盛り上がったという歴史が関係しています」

25館ある図書館の中でも特徴的に感じたのは、浦和駅前にある「さいたま市立中央図書館」だ。浦和駅前には、駅の近くの商業施設でお馴染みの「PARCO」がある。そのPARCOと同じ建物の8階にさいたま市立中央図書館が入っている。カフェでお茶をしたり、映画を見たり、買い物をしたりした後で図書館に寄って本を借りることが可能だ。

建物内のエレベーター。
7階までが商業施設で、8階から10階が市の施設になっている。(筆者撮影)

「サービスの使いやすさも貸出冊数の上昇に貢献していると思います。さいたま市の図書館に所蔵されている本であれば、市内どこの図書館でも受け取ったり、返却したりできるので、職場の近くや家の近くの図書館で受け取れて利用しやすいのです。またこれらの貸出サービスはスマホやパソコンから予約することができ、サイトも見やすいように工夫されています」

さいたま市図書館の予約サイトには、検索ワードを誤って検索した場合でも「もしかして:〇〇」と聞いてくれる「もしかして検索」機能がある。一見すると小さな機能かもしれないが、このような機能が図書館を利用する市民を増やすことに影響しているのではないか。

※3 参考:日本図書館協会図書館調査事業委員会日本の図書館調査委員会編「日本の図書館 統計と名簿 2020」(2021、日本図書館協会)

保育施設の増加と保育士への支援で待機児童数0人を達成

次に気になったのが、2016年に247施設だった認可保育施設の数が2022年には約2倍の496施設に増加したことだ。さいたま市では認定の規制緩和を行なったそうだ。

「具体的な例を挙げると駅前型保育所の認定の規制緩和です。元々、駅前型保育所を建てる場合は駅前から500m以内に建てることが規制になっていました。その規制を500mから1kmに拡大し駅前型保育所の誘致を行いました」

またさいたま市では、働きながら幼稚園を利用できる環境整備も進めている。

「親が働きに出ている時には通常よりも長い時間子どもを預かれるような子育て支援型幼稚園の認定促進を行なっています。他にも送迎保育ステーションの整備も順次進めています」

送迎保育ステーションとは、保護者が働きながらでも幼稚園を利用できるようにする制度だ。例えば、自分の出勤時間が7:30、子どもの幼稚園の園バスの時間が8:30だとする。その場合、自分が出勤するタイミングで子どもを送迎保育ステーションに預ける。その後、送迎保育ステーションへと迎えにきてくれた園バスを利用して、子どもは幼稚園へと向かう。夕方には園バスで送迎保育ステーションに戻ってきて、保護者の迎えを待つのだ。(※4)

さいたま市は子どもの受け皿としての施設の増加に取り組むと同時に、保育士への支援や保育士の増加にも取り組んでいる。さいたま市の認可保育園の様子を知るために保育園を回る「さいたま市保育体感ツアー」や、給与の上乗せや家賃補助などはその取り組みの一例だろう。

令和4年度は認可保育施設への申し込みが過去最多の人数28,784人であったのにもかかわらず、待機児童数は0人にするということを成し遂げたのは、何か1つの取り組みではなくこれらの取り組みが重なって達成できたのではないかと考える。

※4 参考:さいたま市HP「さいたま市送迎保育ステーション」
https://www.city.saitama.jp/003/001/015/001/p082914.html

さいたま市独自の教育「グローバル・スタディ」と「Growth」

さいたま市の教育の特色に、独自の英語教育カリキュラム「グローバル・スタディ」がある。2016年に始まったグローバル・スタディは、さいたま市内のすべての市立小中学校で実施されており、小学校1年生から中学校3年生までの9年間を、「聞く」「話す」「読む」「書く」4つの英語に関する技能を育むことを目的とした取り組みだ。カリキュラム内では、さいたま市独自の教材を用いた授業や、イングリッシュキャンプや英語劇の発表会などの独自の体験的な学びの機会も提供している。また、小学校1年生から英語教育を行なっていることもあり、小学校6年生の段階で英語の授業時間は419時間となり、標準的な小学生の約2倍の時間英語を学習している。(※5)

早い段階から英語を学習することは英語の定着にもつながることが想定されるが、これまで行っていなかった英語学習を実施することに苦労はなかったのだろうか。

「グローバル・スタディを導入した当時、未経験の教員が英語を指導する点で苦労がありましたが、一部の教員に文部科学省で研修を受講してもらい、その知見を市内に持ち帰り共有してもらうことで教育体制を整えました。苦労の甲斐もありグローバル・スタディは成果が出ていて、さいたま市は英語教育実施状況調査で3年連続全国1位を達成しています」

グローバル・スタディの教材は現場の先生たちが作成した市独自の教材を用いている。
写真の教材は小学校4年生用。

グローバル・スタディ以外の独自の教育施策に、フリースクール(※6)の「Growth」がある。

「Growthは、さいたま市に暮らす小中学生1人1人の多様な幸福やウェルビーイングの実現を目指すために始めたフリースクールです。授業内容は、1人1台タブレット端末を活用して、学年別に国語・算数・数学・グローバルスタディなどのオンライン授業の実施、また一人一人の状況に合わせた個別の学習支援を行っています。Growthの職員とオンライン上で1日3回のホームルームを実施して、自宅からも新たな出会いや繋がりの場を提供しています。またオンライン以外でも、農業体験や陶芸教室などの課外授業を通して社会性や協調性の育成を目指す取り組みを行っていることも特徴です」

2023年2月28日で小学生86人、中学生149人の利用者がいることからもわかるように、Growthを必要としている生徒は存在する。さまざまな事情があり学校に通うことができない子に対する選択肢の1つとしてGrowthのような受け皿があることは、学びの機会を提供していることに加え、自分は1人ではないというメンタルの部分でも大きな役割を果たしているはずだ。

※5 参考:さいたま市HP「さいたま市の英語教育“グローバル・スタディ”」https://www.city.saitama.jp/003/002/008/101/001/p062652.html
※6 用語:事情があり学校に行くことができない子どもたちが学校の代わりに過ごす場所。

第三の公共交通としての選択肢

さいたま市には、講習会を受講した市民に対して、3人乗り自転車の購入費用の補助金を支給するという「パパ・ママ自転車安全推進サポーター事業」があるなど、自転車の利用を促進している取り組みがいくつかみられる。どのような背景があり、自転車の利用を促進しているのか。

「さいたま市は元来より地形が平坦で、自転車を利用しやすい環境です。バスや電車の公共交通網が発達しているとは思うのですが、それでもカバーしきれないエリアがあります。それらのエリアの交通手段として、シェアサイクルは『第三の公共交通』になり得ると考えています。自転車利用を促進するために、今は主流になっているシェアサイクルの普及事業実証実験をしたり、公共用地を活用したシェアサイクルポートの設置を進めるなど利便性向上も行ったりしました。あと自転車利用のメリットして、CO2を排出しないことから自動車の移動よりも環境に優しいということもあります」

さいたま市役所内に設置されているシェアサイクルのスタンド。
約30台の自転車が貸出可能。(筆者撮影)

自転車利用を促進する理由は理解できた。しかし、市民の中には自転車利用が困難な乳幼児を育てている世帯や高齢者もいる。それらの人たちへの支援はどのように行っているのか。

「さいたま市には『乗合タクシー』という制度があります。一般的なバスと同じような仕組みで停留所に決まった時間に乗合タクシーが迎えに来るという制度なのですが、主に駅やバス停から遠い地域に導入しています」

乗合タクシーは一律300円で利用できる制度で、子どもや障がい者には割引制度がある。普通のバスでは停車するのが難しい住宅地にある美容室の前や市民が買い物で利用するスーパーなどの生活圏が停留所になっている点も注目したいポイントだ。

乗合タクシー「むさし号」(筆者撮影)

市民満足度90%を達成し「多様な市民が取りこぼされないまち」へ

さいたま市は都市部に住みながらも豊かな自然を感じ、すべての人が幸せとまちに誇りを感じることができる「上質な生活都市」と、東日本全体の活性化をけん引し訪れた人を惹きつける魅力たくさんの「東日本の中枢都市」の2つを目指すべき都市像として掲げている。

「さいたま市には約1260ヘクタールという広大な面積を持つ見沼田んぼや、緑に囲まれた日本一長い参道を持つ氷川神社など、豊かな自然の財産があります。暮らしやすい街を作っていくと同時にこれらの自然は市の魅力として次の世代にも受け継いでいきたいです。またさいたま市は、東日本の玄関口とも言われていて大宮駅には新幹線の路線が6本も通っています。この地の利を生かして、東日本の自治体と連携をしながら、地方創生に資するような自治体になっていければと思います」

また、さいたま市は市民の満足度を向上させる独自の取り組みとして、市民満足度を英語に訳したCitizen Satisfactionの頭文字をとった「CS90+運動」に取り組んでいる。

「さいたま市では 『さいたま市民意識調査』を毎年実施していて、この調査項目に『今の地域が住みやすいと思うか』という項目があります。この項目で『住みやすい』と『どちらかといえば住みやすい』の合計が90%以上になることを2030年までに目指すのがCS90+運動です。2030年はSDGsの期限でもありますが、さいたま市の人口がピークになると予想されている年でもあるため2030年を目標としています」

1人でも多くの人が住みやすい街にするためのさいたま市の姿勢は、条例にも現れている。2011年、さいたま市は全国の政令指定都市に先駆けて「ノーマライゼーション条例」を制定した。この条例は「障害のある人もない人も、誰もが共に暮らすことのできる街づくり」を目指し制定された。伊藤さんからいただいた市のパンフレットには音声コード(※7)がついていた。目が見えずらい方も、音声により内容を理解できる。このような小さな配慮も住みやすいまちを作っていくために欠かせない要素だろう。

今回、さいたま市のさまざまな取り組みや挑戦の話を聞き、市民一人ひとりが住みやすいと感じるまちづくりは大きな施策1つで達成されるものではなく、市民の声や思いに寄り添った施策が重なることで作られていくと感じた。さいたま市が多くの人に住みやすい魅力的なまちだと認知され人口増加に結びついているのは、多様な市民を取りこぼさないような取り組みを行う市の姿勢が大きく影響しているのではないだろうか。

幼少期からさいたま市で暮らす伊藤さんがおすすめにあげてくれた見沼田んぼの桜並木。
用水沿いには20km桜が続いている。(提供:さいたま市)

※7 用語:紙媒体の印刷情報を音声化するための二次元のバーコード。音声化するためには、「視覚障害者用活字文書読上げ装置」が必要。

 

取材・文:吉岡葵
編集:柴崎真直
写真:さいたま市提供