学生から社会人へ、その変化のタイミングは人それぞれ。けれどどんな形でも、はじまりの季節は希望と不安に満ちていて、何か拠りどころが必要だと感じる瞬間も少なくないのでは。そこで、あしたメディアから新たに歩みを始めるみなさんへ、この春に新社会人となる人も多いであろう2000年度生まれであり、ひと足早く社会に出て活躍されている方々のインタビューを連載でお届け。同じ時代を生きる同世代の姿から、明日の力が湧いてくるような、あるいは明日は少し立ち止まってゆっくり自分と向き合ってみようと思えるような、ストーリーとメッセージが感じられますように。
第1回目に登場してくれるのは前田旺志郎さん。3歳から芸能活動を始めたのち、実兄とのお笑いコンビ「まえだまえだ」としても知られ、現在は俳優として活躍する旺志郎さんが歩みを続けられる背景とはーーー。
「お兄ちゃんがやってるなら」から「自分がやりたいから」へ
3歳から芸能活動を始められたと伺いました。きっかけはどのようなものだったのでしょう?
2歳上の兄が先に習いごととして芸能事務所のタレントスクールに入っていて、「お兄ちゃんがやってるんやったら僕も一緒にやりたい!」と言ったのがきっかけでした。当時は何をするのも兄と一緒だったので、「お兄ちゃんだけずるい!」みたいな感覚だったと思います。
それから子役やまえだまえだとしての活動を経て、現在は俳優としてご活動中ですが、振り返ってみてターニングポイントはありましたか?
高校進学のタイミングで上京すると決めたのがターニングポイントだったと思います。3歳からずっと仕事をさせてもらっていたのですが、兄から影響を受けたのがきっかけだったので、自分の強い意志があって続けていたわけではなかったんです。でも、高校受験に差し掛かった頃に両親から、地元の高校に行くか、東京の高校に行くか、どっちにするの?という話をされて。それまでは仕事のたびに地元の大阪から東京へ通っていたので、仕事を続けるなら上京したほうがいいんじゃないかと。「私たちはどっちでも大丈夫だから考えてみて」と言われて、「ああそっか、自分で決めなあかんねや」と気が付きました。それが初めて自分と向き合うタイミングになりましたね。
僕は地元がすごく好きなので、地元で高校生活を送りたいという気持ちもあったんです。でも地元にはいつでも帰れますし、「お芝居が好きだから続けたい」と思って、最終的には上京してやってみる覚悟が決まりました。それから「自分がやりたいからやる」という考え方に切り替わって、仕事やお芝居に対する向き合い方も変わったと思います。
そのタイミングで俳優としてやっていくと決めたのですか?それとも、広く芸能活動を続けてみようという思いだったのでしょうか。
俳優以外は考えていなかったです。やっぱりお芝居するのが楽しかったので、お芝居をやりたいという思いがありました。でも、その瞬間からこの仕事を一生続けていくというところまでは見えていなかったですね。今やっていて楽しいと思えるから、しばらく続けてみようという感覚だったと思います。
上京されて活動を続けるなかで、さまざまな作品や人との出会いもあったのではないかと思います。印象的な出会いなどはありますか?
19歳の時の初舞台がすごく印象的です。それまで出演していたドラマや映画など映像作品の現場だと、テストがあって、本番があって、そのシーンを撮り終えたらもう二度と同じシーンをやることがないんですよね。でも、舞台だけは同じシーンを日々繰り返すので、アドバイスをもらったり話し合ったりしながら、いいものをつくるためにどんどんアップデートしていく過程が楽しかったですし、学びになりました。その舞台が終わって映像に戻った時、それまでと現場での居方やものの見え方が変わったのも含めて印象に残っています。
芸能界以外の世界を知っているか知らないか
すでにさまざまなお仕事をされていたなかでも大学進学を決めたのはなぜですか?
上京して高校の3年間を終えた段階でもこの仕事を一生続けていくとは思っていなかったので、いろいろな分野を学べる学部に進学して、ほかに面白いことに出会えたらそれをやろうと思ったのが理由の1つです。大学でいろいろな人と出会ったり、いろいろな話を聞いたり、いろいろな仕事を見たりして、ほかの世界を知った上で「やっぱり自分がやりたいことは役者だったんだ」と思うのと、それを知らずにこの仕事を続けるのとでは、大きな違いがあると考えていました。
もう1つの理由として、中学までの地元の友達はいるんですけど、高校は芸能コースがある高校で周りも同じような仕事をしている人たちだったので、大学に行かないと仕事以外での出会いがなくなってしまうのが怖いという気持ちがありました。
お仕事以外の出会いがなくなって怖いというのは、俳優として活動を続けていく上で、さまざまな役柄を演じるのに必要な感覚が分からなくなってしまうから怖いという感覚ですか?それとも、いち個人として、自分の人生を考えた時に怖いという感覚でしょうか。
どちらもありますね。いろいろな人を見たいという役者としての人間観察的な意味ももちろんありました。でも、どちらかと言うとひとりの人として、というほうが強い気がします。やっぱり当時のままだと視野が狭すぎるというか。もちろん、大学に進学しなくてもいろいろな出会いがあるとは思いますが、1つの環境に身を置き続けることで出会いが限られていく危うさを感じたのは大きいと思います。
自分として生き続けるために「何回も何回も、そこに戻る」
そんな思いで大学に進学されて、2023年春には卒業される予定だと思うのですが、どのような4年間でしたか?
まず行ってよかったとすごく思いますね。ただコロナ禍がつきまとう学生生活でオンライン授業も多かったので、もう少しキャンパスに通いたかったなという気持ちはあります。世の中すべてがそうだったので仕方ないんですけどね。あとはコロナ禍に入る前の1年生の時はまだ19歳で飲み会などに行けなかったので、20歳になってからはもっとそういう場にも行ってみたかったな、と思ったり。
たしかに、この世代は20歳になる年にコロナ禍に入ってしまいましたね。
そんな同世代にとっては、大学を卒業して学生から社会人になるこの春が大きなターニングポイントになる人も多いのではないかと思います。旺志郎さんは今、「仕事」というものをどう捉えていますか?
もしかしたらいわゆる「社会人」というものからは遠い職業なのかもしれないですけど、僕はやっぱり心が動くことを仕事にしていたいと思います。仕事に対してのモチベーションはさまざまありますよね。自分がやりたいことをやる人もいれば、得意なことをやる人もいると思いますし、お金のためというのもあると思います。それぞれ重きを置いているところは違うと思うんですけど、僕自身はやっぱり自分が楽しいと思えないと持続しない気がします。
なので、楽しめるように工夫することを心がけていますね。たとえば1つの作品に入った時に、共演者の方々や監督とのやりとりを楽しむとか、脚本が面白いから脚本を楽しむとか、作品ごとに自分の楽しみやモチベーションになるポイントがたくさんあると思っているんです。作品に入る前はいろんなポイントを想像して、自分の中のワクワクを高めるようにしています。
毎日さまざまな現場に行かれて作品ごとに違う役柄を演じられていますが、環境の変化には心もついていきますか?
結構みなさん大変だって言いますよね。役が分からなくなるとかって聞くことも多いんですけど、僕は今のところそういったことはなくて。現場に行くと、自ずとその役が自分のなかに入る気がします。あとは最近気付いたのですが、メイクをしてもらっている時にその役にどんどん近づいていく感覚があります。見た目が近づいていくにつれて思考も巡っていて、それが僕の切り替えのスイッチなのかなと思いました。
現代はさまざまな価値観や情報が行き交っている社会だと思うのですが、そんななかでも、旺志郎さんご自身が自分として生き続けるために大切にしていることがあったら伺いたいです。
地元ですね!やっぱり僕をつくった場所なので。今はそこから飛び立ってこうやって仕事をしているんですけど、地元にいた時の感覚には本当の自分らしさが詰まっているので、実家に帰るとか、地元の友達と遊ぶとか、あとは毎日地元の友達と電話をする時間も大切にしています。それが自分の帰る場所だと思っているので、何回も何回も、そこに戻れるようにしてるかもしれないです。
帰る場所があるからこそ今東京でお仕事ができる、これからもずっと大切にしていけるような関係性があるというのはとても素敵ですね。
地元の友達には感謝しかないです。しょうもない、ほんまにくだらないことばかり話してます。「ドラマ見たで!」とかそういうことも時々言ってくれますけど、基本的に仕事の話はしないので、その日あったちょっとおもしろいエピソードトークとか(笑)。あとはみんなお笑いが好きなので、「誰々のネタを見た」とか。
撮影中も休憩中も「ムードメーカー役」を意識する
最新作、映画『わたしの幸せな結婚』についても伺いたいと思います。今回旺志郎さんが演じられた五道佳斗(ごどうよしと)はどのような人物でしょうか。
五道は、目黒蓮さん演じる久堂清霞(くどうきよか)の右腕的存在です。部下ではありますが、清霞とはパートナーのような関係ですごく仲がよくて、みんなが少し近づきづらい清霞の懐にもするすると入りこめるような愛嬌のあるキャラクターですね。でも仕事はちゃんと優秀でそこの切り替えもすごく上手なので、みんなに好かれるようなキャラクターなんじゃないかなと思います。ただふざけているだけじゃない、芯があって、賢くて、すごく周りが見えているイメージです。
作品を拝見したのですが、まさにそんな五道のパーソナリティが伝わってきました。
撮影現場はどのような雰囲気でしたか?
今回、パートナー的な関係を演じる目黒くんとは現場ではじめましてだったので、コミュニケーションをたくさん取らなきゃいけないと思って初日から積極的に話しかけに行ったんですけど、人見知りなのか最初はあまり盛り上がらなくて(笑)。でも徐々に仲良くなっていって、お芝居の話をすごくたくさんしました。2人の仲のいいシーンがたくさんあるので、撮影中の役としてのコミュニケーションも経て、どんどん仲良くなっていったという感じでしたね。
現場全体もすごく和気あいあいとした雰囲気で、監督の塚原あゆ子さんも別の作品でご一緒したことがあったので、楽しく撮影できました。
撮影外でのコミュニケーションと撮影内でのコミュニケーションが蓄積して、どんどんといい作品に向かっていくんですね。
そうですね、相互に影響があると思います。プライベートもお芝居に影響するし、お芝居のコミュニケーションもプライベートに影響するというのはすごくおもしろいですよね。特に、僕はムードメーカー的な明るいキャラを演じることが多いので、現場では積極的にみなさんに話しかけに行きます。現場の雰囲気をすごく意識していますね。
今後演じてみたい役や、やってみたい作品はありますか?
これまでは明るい役を演じることが多かったので、暗さを持った役もすごくやりたいなと思いますね。裏表がある役とか、めちゃくちゃ悪いやつとか、犯罪者とか、そういうあまりやったことがない役もやっていきたいと思います。
自分がどう思うか、表明する勇気を持ち続ける
最後に、新たな環境に踏み出す同世代に向けて、メッセージをお願いします。
新しい環境に踏み出すってすごく怖いことですよね。でも、ワクワクする楽しいことでもあると思うので、あまりネガティブに考えすぎず、新たな1歩を楽しんでほしいなと思います。同世代に対して偉そうに言える立場でもないですけど(笑)。
あとはやっぱり、学生から社会人になると新しく覚えることがあったり、これまでになかった上下関係があったり、大変なことも多いと思うんですけど、あまり自分を抑え込みすぎず、自己表現を忘れないでほしいなと思います。環境によって、その場での自分らしさみたいなものが勝手につくられてしまうこともありますよね。それってすごく苦しいと思うし、苦しいという気持ちすらも忘れてしまうのは怖いことだと思います。だからこそ、どんな環境であっても、自分がどう思うかを人に伝えるということ、自分の気持ちを表明する勇気を持ち続けてほしいなと思います。
旺志郎さんは自分を表現したり伝えたりすることを怖がらないために、どんなことを心がけていますか?
やっぱり怖いですよね。何か意見を言うとか、誰かに自分を見せるとかってすごく怖いことだと思います。でも、言うと言わないとでは全然違うから、多分その1歩を踏み出す勇気が本当に大事で。一度やってしまえば少し慣れたり、怖さ自体は消えなくても、その怖さを飼い慣らすことができたりするかもしれません。
あとは逃げられる場所というか、自分が帰れる場所、僕にとっての地元の親友たちのような存在を見つけられるといいと思います。もし1歩踏み出した結果、失敗しても、話を聞いてくれる人がいて、「よう頑張ったな」って一言言ってくれる人がいて、それだけでまたがんばろうって思えるんじゃないかなという気がします。
小さな環境にとどまることに対しても、新しい環境に踏み出すことに対しても、率直に「怖いですよね」と口にする旺志郎さんの姿が印象に残った。怖いことを怖いと言える強さを持っているのはきっと、これまで何度も1歩を踏み出してきたからだろう。さらに、「心が動くことを仕事にしていたい」と爽やかに話すその背景には、関わる人に気を配り、自分とも向き合う、並々ならぬ努力がうかがえる。恐れとも上手く付き合いながら周りを見渡し、世界を広げていこうとする旺志郎さんから学ぶことは多い。
前田 旺志郎(まえだ おうしろう)
2000年12月7日大阪府吹田市出身。三歳より子役としてのキャリアをスタート。07年から2歳年上の実兄の航基とともにお笑いコンビ「まえだまえだ」として活躍。是枝裕和監督の「奇跡」(11)では航基とともに兄弟役で主演を務めた。主な出演作に、NHK連続テレビ小説「おちょやん」(20)、「猫」(20)、「MIU404」(20)、「夢中さ、きみに。」(21)、映画『海街diary』(15)、『キネマの神様』(21)、『彼女が好きなものは』(21)、『Goodbye Cluel World』(22)など。現在放送中の月9ドラマ「女神の教室」(フジテレビ)にメインキャストで出演中。
『わたしの幸せな結婚』
出演:目黒蓮(Snow Man)今田美桜 渡邊圭祐 大西流星(なにわ男子) 前田旺志郎 髙石あかり 他
監督:塚原あゆ子
脚本:菅野友恵
原作:顎木(あぎとぎ)あくみ
制作プロダクション:TBS スパークル
製作委員会:KADOKAWA 東宝 TBS ほか
配給:東宝
公式サイト:https://watakon-movie.jp
公開:2023年3月17日(金)
取材・文:日比楽那
編集:白鳥菜都
写真:是永日和
ヘアメイク:佐藤健行(HAPP’S.)
スタイリスト:九(Yolken)