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アウティングとは?その意味や現状と事例、カミングアウトとの違いを徹底解説

2015年、一橋大学の学生が自殺により亡くなった。その原因は、友人によるアウティングだ。

この事件がまだ記憶に新しい人も多いのではないだろうか。アウティングは、この事件をきっかけに「命を奪う可能性のある行為」として、広く世に知られるようになったと言えよう。

私たちは日常会話の中で、つい「〇〇さん、最近こうらしいよ」といった、知人に関する会話をすることがある。しかしその延長線上に、悪意もなく、本人が周りに伝えて欲しくなかった情報を暴露してしまうケースも潜むのではないだろうか。それは、ともするとアウティングにつながる行為になりかねない。無意識にアウティングを通じた暴力を振るってしまうことがないよう、改めて意味を理解していきたい。

アウティングとは?

アウティングの意味

アウティングとは、本人の了承を得ることなく、その人が公表していないセクシュアリティを第三者に話したり、SNSに書き込んだりして公表してしまうことを言う。セクシュアリティは個人のアイデンティティに関わることであり、個人情報でもある。本人の了承を得ずに公表することは、そのままプライバシーの侵害や選択の自由の侵害を意味することになる。日本でもアウティングに関する訴訟が起きていたり、法律や条例等のルールの整備が進められていたりといった現状がある。

カミングアウトとアウティングの違い

カミングアウトとアウティングは、「公表していなかったセクシュアリティを周りの人に伝える」という点では似ているが、明確な違いがある。カミングアウトは、本人が自分の意思で相手に打ち明けるのに対し、アウティングはその人の意思を無視して他者が勝手に暴露することだからだ。この違いを認識することは、アウティングを防ぐ上で重要である。もちろん、複数人がいる場所で「そろそろカミングアウトしたら?」「(好意を寄せている同性等に対して)早く告白しなよ」などと促すような言動をすることも、アウティングにつながる行為であると言える。

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アウティングに関する現状

アウティングは、メディアを通じて様々な事例が発信され、広く知られてきているものと考えられるが、実際のところどうなのだろうか。

アウティングの認知度

2020年に厚生労働省が発表した「職場におけるダイバーシティ推進事業報告書」(※1)では、約4900名の労働者を対象に、性的指向・性自認に関する言葉の認知度をアンケート調査を実施している。(※2

その調査では「アウティング」という言葉について、「言葉も意味も知っている」と回答したのはわずか6.7%、「言葉は知っているが意味は知らない」も9%であり、残りの84.3%は「言葉も意味も知らない」と回答している。この結果は性的マイノリティの知人がいないシスジェンダー(※3)の異性愛者による回答であり、性的マイノリティの知人がいるシスジェンダーの異性愛者については、「言葉は知っているが意味は知らない」は70.5%まで低下する。いずれにしても、70%以上の人は言葉自体を理解をしていないという結果から、アウティングの認知度が著しく低いことが分かる。

出典:厚生労働省「令和元年度 厚生労働省委託事業職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書  Ⅴ 調査結果のまとめ」p.218より筆者作成(2023年11月7日閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/content/000625161.pdf

カミングアウトを受ける側の不安

また、同調査では「カミングアウトを受けた際、どのように接すればよいか不安に思うか」という質問も投げかけている。その結果「どのように接すればよいか、不安はない」と回答したのは、性的マイノリティの知人がいる人で62.3%、知人がいない人では33.9%という結果だった。先ほどの結果同様、「周りに性的マイノリティの知人がいるか・いないか」で大きな違いが出ていることが分かる。同時にこの結果は、周りに当事者の知人がいない人のうち、約7割の人が「不安がある」「そもそも検討がつかない」と感じていることも明らかにしており、アウティングの認知度の低さと合わせて、日常生活において無意識の暴力を引き起こす可能性が高いことを示唆しているとも捉えられる。

出典:同上 p.240(2023年11月7日閲覧)

一方で、この調査では「カミングアウトを受けた際、その事実や内容を第三者に伝えることについてどう考えるか」という設問もある。この設問では性的マイノリティの知人の有無を問わず、「伝えるべきではない」「本人からの明示的な許可がない限り伝えてはならない」と回答している人が全体の約90%となっており、アウティングが不適切な行動であることを認識している人は多いと言える。

出典:同上 p.240(2023年11月7日閲覧)

当事者のカミングアウトに対する不安

性的マイノリティ当事者側の意見も見てみたい。同調査は、性的マイノリティの当事者に対し「自身が性的マイノリティであることを伝えていない理由」についてアンケートを行っている。

「仕事をする上で関係がないから」という回答が1番多く、「配慮してほしいことがない」「すでに知っていると思う」といった回答が一定数を占める一方で、「職場の人と接しづらくなると思った」「差別的な言動をする人がいる、またはいるかもしれない」「いじめや嫌がらせを受けるかもしれない」といったネガティブな理由も一定程度見られた。

言わずもがな、カミングアウトをする・しないは個人の自由であるが、会社といった組織で社会生活を行う中で、自身のセクシュアリティを周りに伝えることに覚悟のいるケースも多いことが分かる。そんな中で、本人の同意を得ずに行うアウティングがいかに暴力的な行為であるか、この結果からも改めて理解できるだろう。

出典:同上 p.238

※1 参考:厚生労働省「令和元年度 厚生労働省委託事業職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書 調査結果のまとめ」(2023年1月29日閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/content/000625161.pdf
※2 補足:対象者の中には、約2100名の性的マイノリティの当事者を含んでいる。当事者以外の人のみを対象とした設問もあるため、設問によっては全員から回答を得ておらず、回答者数に違いが見られる。
※3 用語:性自認と割り当てられた性別が一致している人のこと。

パワハラ防止法による規制

このような現状の中で、徐々にではあるが対策も進んできている。20206月に施行された「改正労働施策総合推進法」(※4)は、職場内のパワーハラスメント防止に関する規定が盛り込まれているため、「パワハラ防止法」とも呼ばれている。このパワハラ防止法の中にも、アウティングに関する記載があるのをご存知だろうか。

同法では職場におけるパワーハラスメントの代表的な類型を提示しており、その内容は以下の通りとなっている。6点目の「個の侵害」の中で、労働者のセクシュアリティ等の個人情報を本人の了承なく暴露すること、つまりアウティングが挙げられている。同法では同時に、プライバシー保護の観点から機微な個人情報を暴露することのないよう、労働者に周知・啓発する等の措置を講じることも定められており、対応マニュアルの作成や研修の実施等が求められている。20224月からは、中小企業も含めてこの対策が義務付けられることとなった。アウティングに対する認知が向上するとともに、対策も一層定着していくことが期待できる。

代表的な言動の6つの類型 該当すると考えられる例
1 身体的な攻撃 ●殴打、足蹴りを行う。
●相手に物を投げつける。
2 精神的な攻撃 ●人格を否定するような言動を行う。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を含む。
●業務の遂行に必要な以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行う。
3 人間関係からの切り離し ●1人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させる。
4 過大な要求 ●新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応
できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責する。
5 過小な要求 ●管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる。
●気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えない。
6 個の侵害 ●労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な
個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露する。

職場におけるパワーハラスメントの代表的な例

※4 参考:厚生労働省「職場における・パワーハラスメント対策・セクシュアルハラスメント対策・妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント対策は事業主の義務です! 2022年4月からパワーハラスメント防止措置が全企業に義務化されました」p.4より筆者作成(2023年11月7日閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001019259.pdf

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アウティングの過去事例

ここからは、過去にあったアウティングの事例についていくつか紹介したい。

一橋大学アウティング事件

冒頭でも触れた、2015年に一橋大学の大学院生がアウティングが原因で自殺で亡くなった事件である。亡くなった学生はゲイであり、好意を抱いていた同級生に告白をした。返答は「付き合うことはできないけれど、友達でいてほしい」というものであり、その後も良好な関係を築いていたという。しかしながら告白から3ヶ月後、告白を受けた同級生は、亡くなった学生と他の友人を含んだLINEグループで「おまえがゲイであることを隠しておくのムリだ」と発信。アウティングされたことで精神的に病んでしまい、その後の大学側の対応も適切だとは言えず、結果として自殺につながってしまった。

その後、亡くなった学生の遺族により裁判が行われ、アウティングをした学生とは和解が成立している。大学側の対応についての裁判では、アウティングは人格権やプライバシー権を著しく侵害する「許されない行為」であるとされた上で、大学側の責任は棄却される結果となった。この過程で、告白を受けた学生(アウティングをした学生)も当時の状況について様々な証言をしており、当時は亡くなった学生との関係にまつわる心理的負担があったことも述べている。一概に、アウティングをした学生を非難をすれば済むという簡単な話ではない。それでもこの行為はアウティングそのものであり、その結果人の命を奪うことにつながってしまった、痛ましい事例だと言える。

なお、一橋大学が位置する国立市では2018年、条例に「アウティングの禁止」に関する内容を盛り込んだ。これは全国の自治体でも初の取り組みであったが、その後徐々に他の自治体にも同様の条例制定が進められている。

企業におけるアウティング事例

豊島区の企業では、上司によるアウティングを理由に社員が申し立てを行った例もある。豊島区では条例でアウティングの禁止を規定しており、それに基づき行われた申し立てだ。

この社員Aは入社する際、緊急連絡先として同性パートナーを記入した(パートナーとは自治体のパートナーシップ制度を利用していた)。その際、会社の上司にもカミングアウトしたが、それ以外の同僚には自分からタイミングを見て伝えたい旨を話したという。しかしながら、その上司は別の社員にAに同性パートナーがいることをアウティングし、そこからAは同僚に無視されるようになった。Aは会社を休みがちになったことに加えて、アウティングをした上司からもパワーハラスメントを受けるようになり、最終的にはうつ病を発症して休職に追い込まれた。その後申し立てを行い、結果として企業側が社員に謝罪と解決金の支払いに応じ、和解に至ったという。

当初、企業側はアウティングについてその事実を認めつつも「善意でやった」と回答したという。しかしながら、仮にこの上司に大きな悪意がなかったとしても、本人の意に反したアウティングであり、許されるものではない。

2020東京オリンピック・パラリンピックにおけるアウティング

2020年に開催された東京オリンピック・パラリンピックについても、アウティング行為が確認された。選手村に滞在する性的マイノリティのアスリートのSNSアカウントを見つけ出し、性的指向に関する情報や写真を本人の許可なく別のSNSで暴露したそうだ。一部では、同性愛者に寛容ではない国の選手によって暴露されたと報じられている。その後当該の投稿は削除されたそうだが、一部の投稿は削除をされた時点で既に14万回以上再生されていたという。アウティングを行なった人間の動機など詳細は不明だが、仮に悪意を持った行動でなかったとしても、れっきとしたアウティング行為であることは間違いない。

アウティングを防ぐために

それでは、社会生活の中でこのようなアウティングを防ぐためには、どうすると良いだろうか。

まず1つは、アウティングの意味や問題点を、より多くの人が正しく理解することが挙げられる。冒頭で紹介した調査では、アウティングそのものの認知度がまだまだ低いことが分かった。20224月からパワハラ防止法が全企業に義務付けられたことなどに後押しされ、より多くの人がアウティングを「自分の周りに起きうるできごと」として理解することが重要だろう。その点、アウティングの意味やその問題点について周りの人との会話の中で話し、互いに理解を深めていくことも良いかもしれない。

また、友人や知人からカミングアウトをされたとき、アウティングにつながる行為をしないためにどうするべきか、具体的な行動をあらかじめ身につけておくことも重要だと言える。カミングアウトされた場合には、その事実を受け止めるとともに、伝えてくれたことに対して敬意を表しつつ、相手の話をよく聞く。そしてこのことをどの範囲にまで伝えているのか、今後誰には伝えて良いのか(あるいは伝えて欲しくないのか)を確認し、自分自身も本人の了承なしに他人に伝えることはないと伝えることが必要である。

もし仮に、悪気なくアウティングをしてしまった場合には、まず本人にしっかりと謝罪をし、誰に伝えてしまったのか正直に話す必要がある。その上で、アウティングにより個人的な事情を伝えてしまった相手に、本人がカミングアウトをしている範囲を共有し、「それ以外には絶対に伝えず、ここで留めておいてほしい」と伝えなければならない。

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まとめ

アウティングは、個人のプライバシーの侵害に関わることであり、人の命を奪う可能性すらある。あってはならないことだが、悪気なく、良かれと思って話したことが、アウティングにつながってしまうことも可能性としてはありうるだろう。仮に友人からカミングアウトをされ、その友人を想って他人に伝える必要性を感じることがあっても、その「良かれと思って」は独りよがりではないか、本人の気持ちをきちんと確認できているのか、1度立ち止まって慎重に考えることが大切だ。アウティング禁止を条例盛り込む自治体が増えるなど、今後、一層認識が広がっていくことを期待したい。

文:大沼芙実子
編集:白鳥菜都