よりよい未来の話をしよう

「月経を理解する1つの選択肢に」男性が月経痛を体験してみた。

筆者は男性だ。

月経をよく理解している男性はどれぐらいいるのだろうか。ある調査によると「生理について理解があるか?」と言う質問に対して「はい」と答えた男性は44.8%で、「いいえ」と答えた男性が41.5%であった。(※1)わずかではあるが、はいと答えた人の方が多いことから月経に対して関心を持つ男性が増えているのではないかと思う。その一方で、「はい」と答えた男性であっても実際の月経の痛さや精神的な辛さを知ることはできない。どうにかして理解するきっかけになることはないかと調べていると、月経痛を体験できるVR装置が奈良女子大学にあるとの情報を得た。問い合わせると、装置を体験させてもらえるというので、奈良県に出向いた。

※1 参考:エラベル「男性は生理をどこまで理解してる?かかる費用や症状など理解度を調査【男性581人にアンケート】」
https://elabel.plan-b.co.jp/health/2178/

月経ってなぜ発生しているの

筆者が月経に関して持っている知識は、妊娠の準備のために月に1度のペースで女性の身体におこる現象、月経中は腹痛が起こる、感情の起伏が激しくなる場合がある、ということぐらいだ。しかし、その原因については説明できない。せっかくの機会なのでVR装置を体験する前に、月経の基本的なしくみや月経が心身に及ぼす影響について調べることにした。

月経・月経痛の仕組みとは

女性は思春期になると妊娠準備のために「排卵」が始まる。排卵が起こると受精卵を受け止める準備をするために子宮の内側の「子宮内膜」が1cmほどまでに膨らむ。

妊娠が起こらない場合は内膜は壊され血液と一緒に剥がれ落ちる。これが月経の仕組みだ。内膜を壊すために子宮の収縮を促し、剥がれた内膜を体外に押し出す役目をするのが「プロスタグランジン」という物質で、この物質が月経痛の原因になっている。つまり月経痛とは子宮の収縮が原因で発生しているのだ。また月経にともない起こるのは腹痛だけではない。腰痛やお腹の張り、吐き気、頭痛、疲労感、食欲不振、精神的不調も発生する。これらは全て「月経困難症」と呼ばれている。ある調査によると日本で月経困難症を患っている女性は約900万人いると言われている。(※2)

PMSとPMDD

また影響は月経中だけではなく、月経前にも及び、個人差があるものの情緒不安定になる精神神経症状や腹痛、頭痛、腰痛などの身体的症状があげられる。そのような症状を「月経前症候群(PMS)」といい、月経前の3〜10日の間続くとされている。PMSの原因は明確にはわかっておらず、女性ホルモンやストレスなどの影響を受ける脳内のホルモンのバランスの変化や乱れ、食事や生活習慣、ビタミンB6不足、交感神経・副交感神経の乱れなどが原因ではないかと考えられている。またPMSの中でも心の不安定さが際立って強く表れる場合は「月経前不快気分障害(PMDD)」である可能性も考えられる。厚生労働省が発表したPMSとPMDDの症状について女性3000人に対して行った調査を見てみると「疲れやすく、気力がわかない」と回答した方が1713 人(57.1%)で最も多く、次いで多かったのが「感情が不安定になる」で1620 人(54.0%)だった。(※3)

出典:厚生労働省 「『生理の貧困』が女性の心身の健康等に及ぼす影響に関する調査」単純集計結果
図表 23 Q21 月経前症候群(PMS)、月経前不快気分障害(PMDD)の状況(2022年12月20日閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/content/000919869.pdf

人それぞれの月経周期

月経が起こる周期は、通常は25〜38日と考えられているが、個人差がある。先程の調査の別の結果をみてみよう。「生理が不規則」であると回答した人は654人で全体の21.8%、「生理周期が24 日より短い」では 372 人で全体の12.4%、「周期が 39 日より長い」では 423 人で全体の14.1%だ。つまり回答した人のうち48.3%の人は一般的な周期ではないことがわかる。(※3)

出典:厚生労働省 「『生理の貧困』が女性の心身の健康等に及ぼす影響に関する調査」単純集計結果
図表 16 Q16 月経の状況(2022年12月20日閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/content/000919869.pdf

このように月経の症状、心身への影響や月経周期は人それぞれだ。月経を理解しようとしても、人それぞれであるため、女性であっても他人の月経事情を理解することは難しいのではないだろうか。

※2 参考:日本エンドメトリオーシス学会学会会誌 vol.34 2013 5.内科と婦人科の連携をめざしての提言
http://endometriosis.gr.jp/kaishi/kaishi34pdf/11-sympo5.pdf 
※3 参考・出典:厚生労働省「『生理の貧困』が女性の心身の健康等に及ぼす影響に関する調査」(2022年12月11日閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/content/000919869.pdf

この痛さに耐えながら日常生活を送るなんてことは到底できない

奈良女子大学の佐藤克成准教授の元へと足を運び、VR装置を体験させてもらった。本装置の仕組みは、電気パットを装着し電気の刺激で腹筋を鍛えるマシーンの技術を応用し、月経痛を再現している。腹筋を鍛える用途であれば腹筋に装着するが、本装置はパットの下半分がズボンの中に隠れるようおへその下あたりにパットを装着する。

装着イメージ図

電流の強さは細かく設定でき、今回は40%、60%、80%、100%と4段階の強さを体験した。装置と繋がっているPCのボタンを押すと装着したパットから電流が流れる仕組みになっている。

初めに40%から体験してみることにした。合図とともに佐藤准教授がPCのボタンを押すと電流が流れる。一番弱い40%であるのにも関わらず思っていたよりも痛く、声を我慢することができない。お腹の中の筋肉が軽く握られるような感覚で、打撲のような痛さというよりも内部から痛みがくる感じだった。

次に60%の強さを体験した。先ほどよりも大きな声が出てしまい、少し汗をかいてきた。60%でもかなりの痛さで、この痛さに耐えながら日常生活を送ることは極めて困難だと思った。仮に朝起きてこの痛さであればその日は予定を入れることは考えず、ベッドで寝て1日を過ごすことを選ぶぐらいの痛さだ。

次に80%の強さを体験した。佐藤准教授によると、本装置を体験した女性に実際の月経痛に近い電流の強さをヒアリングしたところ80%が近い強さだと答えた人が1番多く、次に多かったのが100%だったそうだ。1番月経痛に近いはずの80%は今まで自分が想像していた月経痛の痛さよりもはるかに痛く、この痛さに耐えながら日常生活を送るなんて到底できないと思った。

強さ100%を体験する筆者

MAXの強さである100%の強さも体験可能かを佐藤准教授に確認したところ、了承してもらったが、教授自身、100%は体験しないことに決めているとの回答が。開発者でも体験しないと決めているとなると、いったいどれ程の痛さなのだろうかと不安に駆られたが、せっかくの機会なので体験してみることにした。案の定100%は想像を絶する痛さで、電流が流れた直後に大きな声を出して手で腹部を押さえずにはいられず、あと数秒電流が流れていればうずくまっていたレベルだった。腹部の内部を握りながらねじられているような痛さで、仮に日常生活でこの痛みがやってきたら真っ先に病院に向かうほどだ。電車に乗車したり、仕事をしたり、運動したりするなんて不可能だ。100%の強さによる汗を拭っていると、佐藤准教授からひと言。「100%の強さを体験した女性の中には、月経痛がこれよりも痛いという方がいらっしゃいますよ」とのこと。恐るべき月経痛。

写真は月経痛体験システム。本装置で使われている機材に特別のものはなく、 市販のもので作られている。

他人を気遣うきっかけの1つに

装置の体験後、佐藤准教授に本装置に関してお話を伺った。

本装置を体験された男性はどのような反応をされてましたか。

体験したことのない痛みの種類に対する意見が多かったのですが、なかには月経中の女性にもっと優しく接しようと思ったという意見もありました。年配の方だと、妻に優しく接しようという意見もありましたね。(笑)

確かに本装置を体験すれば月経痛がどれぐらい辛いかを想像できるので、周りの女性に対する接し方を変えるきっかけになると思います。

症状を想像しづらいと実感が湧かないと思うんです。月経痛が辛いという知識はあるのだけれど、どれぐらいの辛さなのかまではわからない。その時に本装置が月経痛のイメージを補完してくれる存在になってくれればいいなと思いますね。

奈良女子大学 佐藤克成准教授

本装置は今後どのように活用していくつもりなのでしょうか。

本装置を体験したいというお声をいただいた際、現状の体制では対応にも限界があります。しかし、開発した学生を含め私たちの考えとしては、関心を持たれる多くの方には可能な限り体験の機会を提供したいので、ベンチャー企業と協力して本装置の貸し出しを行えるように進めているところです。企業の研修や学校の教育などで希望者に体験してもらうことを想定しています。

なるべく多くの人に本装置を体験してほしいという考えには、この装置を通して月経に対する社会の考え方や空気感が少しでも前進して欲しいという思いがあるからなのでしょうか。

社会を変えたいとかそこまで大それた気持ちはないです。(笑)本装置を体験した後に自身の行動で変わったことといえば、月経痛が辛いことから休ませてほしいといった学生からの連絡への返信内容に気を遣うようになったことぐらいかもしれないです。しかし、本装置が他人を気遣うきっかけの1つになればいいなとは思いますね。あとは女性間の認識のギャップを埋めるのにも役立てばいいなと思います。自分の月経痛が軽い女性に対して、月経痛がこんなにしんどい女性もいるということが伝わるきっかけになればいいですね。

月経を知りたい人の1つの選択肢になってくれれば

また後日ZOOMにて、当時学生でVR装置の開発を担当した麻田千尋さんにも話を伺った。

本装置の開発に至った経緯を教えてください。

もともとはVRのコンテストに出るために作った作品でした。VRのコンテストに出るために過去の作品を調査していて、妊娠体験装置はあるけれども、妊娠よりも多くの女性が経験する月経を再現したシステムはコンテストに出されておらず、新規性があると思い、開発することにしました。

開発を始めたのは2019年だったのですが、ちょうどその頃から月経に対して理解を深めていこうという流れが社会で出始めたんです。元々、月経痛に対する知識が深くなかったので、開発にあたって月経について色々調べたのですが、開発当初は月経の情報がネットにも書籍にも今ほどなかったんです。

また研究チームに男性が多いということ、当時は月経に対しての考えが未熟だったということもあり、自身が開発している装置に関して共有しづらかったですね。

男性からしても月経は触れていい部分なのかっていうのはありますよね。

そうですよね。大事なことというのはわかってるのですが言い出すことが難しかったです。ただ、コンテストに出場した時に審査する教授たちは学術面だけでなく将来性も鑑みてコメントをくださいました。その時に月経に関してもう少し話しやすい社会になるかもと思いましたね。

実際にSNSやメディアでも月経に対しての意見を見かけることは増えましたよね。男性でも理解しようという人が増えている印象です。本装置を開発したあと、チーム内で月経に関する話があったり、雰囲気が変わったりはしたのでしょうか。

自分が思っているよりも月経に対して伝えて欲しいと感じる男性がいることに驚きました。昔から暗黙の了解で、月経に関することは男の人に言ってはダメだという空気があったので、仲のいい人でも月経に対して伝えるのがそもそも難しかったんです。

月経について理解してもらう際には、お互いに分からないことを言い合い少しずつ言語化しました。言語化しづらく煩(わずら)わしい部分は、月経にフォーカスしている作品を見て理解してもらいましたね。この装置のプロトタイプができた時に、言語化しづらかった部分がさらに理解してもらいやすくなりました。

VRの展示会では体験のハードルを下げるために男性が体験する際の対応は男性が行うようにしたんです。当時は月経に関して知識を持ってる男性が少なかったので、チームメンバーに助けてもらいましたね。

知識だけじゃ分からない煩(わずら)わしさの部分を理解したり言語化したりするのにこの装置が果たす役割は大きそうですね。この装置を開発して麻田さん自身の月経に対しての考え方に変化はありましたか。

この装置を女性にも体験してもらい感想をヒアリングしたのですが、想像以上に個人差が大きいことに驚きました。

この装置は月経痛を語るための一種の材料のような役割も果たすのではないかと思いました。最後に装置開発に込められた思いがあれば教えてください。

開発当初はこの装置が注目を浴びると思ってなかったのです。(笑)この装置が月経を考えるきっかけになり、お互いを思いやる気持ちをもつことに繋がればいいなと思います。月経に対して理解を深めたいと思う部分は個人によるところが大きいと思うので、そこを強要する必要はないと思うのです。1人でも多くの人に体験して欲しいというよりは、体験したい人が体験して、この装置が月経を知りたい人の一つの選択肢になればいいなと思います。

月経がタブー視される社会が変わる可能性

今回は月経痛を体験したが、月経中のほんの一部の症状に過ぎない。本当の月経であればこの痛みが何日も続き、月経の数日前から精神的・身体的な症状が訪れる。個人的な意見としては、機会があればこの装置を体験して欲しいと思う。痛さを知ることで月経に対しての理解を深めたり、月経中の人に思いやりを持つようになったりするかもしれないからだ。1人ひとりの思いや行動が社会に与える影響も小さいかもしれない。しかしそれらの積み重ねで、月経についてタブー視される社会が変わる可能性もある。そういう社会が実現されれば、娘を育てるシングルファーザーが月経に関する知識を気軽に身につけることができたり、女性間の月経の辛さに対する認識のギャップや生理の貧困などの社会を取り巻く問題を解決したりすることにつながるのではないか。

参考文献:博多 大吉・ 高尾 美穂『ぼくたちが 知っておきたい生理のこと』( 2022年、辰巳出版)

 

文・取材:吉岡葵
編集:森ゆり

 

本記事に記載された見解は各ライターの見解であり、BIGLOBEまたはその関連会社、「あしたメディア」の見解ではありません。