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人流とCO2。移動の自由を取り戻したとき、地球はどうなる?

新型コロナウイルスの流行によって、世界全体が移動を控えるようになった。観光業や飲食業は大きな打撃を受け、それゆえに日本でも政府が主導し支援キャンペーンが展開されるなど、外出と移動が奨励されるようになった。しかし少し視点を変えて、「移動に伴う環境負荷がどう変化したか」と考えてみるとどうなのだろうか。その観点でコロナ禍を捉えたとき、移動制限で生まれた良い点も、未来に向け改めた教訓も両方見えてきそうだ。コロナ禍で起きた変化と、コロナ前の日常を取り戻した先の地球について考えてみたい。

コロナ禍で、温室効果ガス等の排出量は産業革命以後、最大の下げ幅を記録

実際のところ、コロナ禍による移動制限は地球環境に何らかの影響を与えたのだろうか。2021年に国立研究開発法人海洋研究開発機構が実施した調査によると、2020年のCO2等温室効果ガスや人為起源のエアロゾル(大気中に浮遊する微粒子)等の排出量は、新型コロナウイルス感染症が本格的に流行する前の2019年と比べると、産業革命以降最も大きく減少したという。(※1

出典:CO2の排出量の変化(※2)
「Global Carbon Budget 2020」Earth Syst. Sci. Data, 12, 3269–3340, 2020
© Author(s) 2020. This work is distributed under the Creative Commons Attribution 4.0 License.

コロナ禍の移動制限は、地球にとっても大きなインパクトを与えたようだ。
しかし残念なことに、同調査では2020年〜2021年の2年間で温室効果ガス等の排出量が減少しても、2020年〜2024年の気温や降水量にはほとんど影響しないという研究結果も述べられている。ほんの数年の変化では地球環境全体に影響するには要素としてまだ乏しく、やはり継続的な削減が必要だと捉えられる。

※1 参考:国立研究開発法人海洋研究開発機構・気象庁気象研究所プレスリリース「コロナ禍によるCO2等排出量の減少が地球温暖化に与える影響は限定的」(202157日)
https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20210507/
※2 参考:「Global Carbon Budget 2020」Earth Syst. Sci. Data, 12, 3269–3340, 2020
https://doi.org/10.5194/essd-12-3269-2020
© Author(s) 2020. This work is distributed under the Creative Commons Attribution 4.0 License.

リスボンからニューヨークへの飛行は、年間の家庭空調利用と同程度の環境負荷

そもそも、私たちの移動に伴う環境負荷とはどの程度のものなのだろうか。国土交通省のデータ(下図)によると、日本のCO2排出量全体のうち2割弱は運輸部門、つまり移動によって排出されている。内訳としては、自動車による移動が最も高く約9割弱を占めており、航空や鉄道といった手段はそれと比較すると小さいことが分かる。

出典:国土交通省「運輸部門における二酸化炭素排出量」(2022年11月27日閲覧)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html

では、交通手段別の環境負荷という観点ではどうだろうか。同調査によると、ひと1人を1キロメートル運ぶために排出されるCO2は交通手段別に見て以下の通りだという結果が示されている。

出典:国土交通省「運輸部門における二酸化炭素排出量」(2022年11月27日閲覧)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html

これら2つのグラフから見ると、自動車の環境負荷が最も高く、かつ国内全体で利用されている頻度も高いことが分かる。コロナ禍で全体的な移動需要は小さくなったが、在宅生活が続く中でネットショッピングやUber Eatsなどの食事配送サービスの需要が高まり、車やバイクでの配送に関する移動の頻度は増えたはずだ。その点、これまで以上に自動車の往来による環境負荷が高まっている点も否めないだろう。移動にまつわる環境負荷を考慮するという観点では、日常生活の移動手段として自動車の利用を減らし公共交通手段を利用することも、環境負荷の低減につながると言える。

しかしながら、自動車と比較した場合には環境負荷が小さくみえる公共交通手段も、それなりに高い負荷を与えている。まず航空機が排出するCO2はそれ以外の公共交通手段よりも高い。たとえばリスボンからニューヨークまで航空機で移動した際に、1機当たりから発生するCO2は、EUにおいて1人が年間に利用する家庭の冷暖房の平均CO2排出量と同程度だというから驚きだ。(※3)専門家によっては、航空会社の展開するマイル制度など必要以上の移動を促進するプログラムを見直すことも、環境負荷を小さくする1つの手立てだという意見を述べている。

鉄道については、航空機の約5分の1CO2排出量であり、公共交通機関としては最も環境負荷が小さい手段だと言える。(※4)しかし鉄道の中にも種類があり、とくに都市圏以外の非電化区間を走るディーゼルエンジン車両は、窒素酸化物や粒子状物質などの排気ガスを排出し環境に比較的高い負荷をかけている実態がある。

以上のデータはあくまで日本国内のものではあるが、各交通手段の特徴としては世界全体においても同様のことが言えるだろう。

※3 参考:BBCShould we get rid of air miles for climate change?https://www.bbc.com/future/article/20221122-should-we-get-rid-of-air-miles-for-climate-change
※4 参考:国土交通省「運輸部門における二酸化炭素排出量」(20221127日閲覧)   https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html

環境負荷低減を実現する新たなモビリティ

行動制限をともなう自粛生活から、徐々に「コロナ前の日常」を取り戻しつつあるいま。移動という行為は日常生活に不可欠であり、経済活性化の観点からも必要である。しかし、移動の自由を取り戻した世界がこれまで通りでは、地球環境への負荷は増大するばかりだ。ここからは交通手段別の環境負荷低減に向けた取り組みと実情を紹介する。いま一度、コロナ後の世界でどのような生活を送っていくべきかを考えるヒントにしていきたい。

自動車

最も環境負荷の高い移動手段である自動車にも、様々なタイプの「エコカー」が出てきている。電気エネルギーを原動力に動く、おなじみの「電気自動車」をはじめ、天然ガスを燃料とした窒素酸化物やCO2の排出が少ない「天然ガス自動車」や、天然ガスや石炭・バイオマスから作ることができるメタノールを燃料とした「メタノール自動車」などがある。

電気自動車で言うと、日本では2021年に約21000台の新車が販売された。これは普通乗用車全体の販売台数のわずか0.88%であり、高い比率だとは言えない。しかし、20221月〜9日の電気自動車販売比率は全販売台数に対して1.34%であり、加えてハイブリット車など他のエコカーも大きく販売台数を伸ばしている実績も見られていることから、環境意識の高まりとエコカーの今後一層の普及が期待できる。(※5

海外においては、日本よりも高い比率でエコカーが普及している。2021年の新車販売台数における電気自動車のシェアは、ヨーロッパ(EU圏内)では約9%、中国でも10%以上であり、この数値も年々増加傾向にあるそうだ。(※5)まだまだ大きくない比率ではあるが、徐々に日常に浸透していく兆しが見られる。

企業もエコカーの導入に積極的だ。Amazonでは2021年から徐々に、ヨーロッパや北米で電気自動車をはじめとするゼロエミッション(※6)車両による配送を実施しており、2022年度末までに全米100以上の都市で数千台のゼロエミッション車両の使用を開始することを宣言している。(※7

航空機

航空機においても、企業を中心に様々な取り組みが進んでいる。

海外企業の先進的な例として、航空券販売サービスを展開するスカイスキャナー社では、CO2の排出量が平均よりも少ないフライトが分かるようにラベルを提示しており、乗客が環境負荷の小さいフライトを選択できる仕組みを設けている。(※8)またオランダのジェット燃料開発のSkyNRG社では、農林業における廃棄物や廃油、空気中から採取した炭素などから持続可能な高級燃料(SAFSustainable aviation fuel)を製造し、航空各社に提供している。SAFは従来の燃料と比べ、CO2排出量を75%も削減することができると言う。(※9)すでにオランダのKLM航空では、2022年からアムステルダムを出発するすべてのフライトに0.5%SAFを混ぜた燃料を使用している。

また、日本の航空会社でも動きが見られる。日本航空(JAL)では2050年までにCO2排出量実質ゼロ(ゼロ・エミッション)を目指しているが、その実現に向け、自社グループ独自の環境宣言を策定するとともにガバナンス体制を明確にし、省燃費の航空機を計画的に導入していくなどの方針を公表している。加えて自社事業の中で排出されたCO2の量を事由別に公表するなど、情報開示も積極的に行っている。(※10)

鉄道

最も環境負荷が小さいと言われる鉄道だが、省エネで走る車両が普及することでより環境負荷を下げることができる。東急電鉄では、世田谷区を走る路面電車・世田谷線で2019年から再生可能エネルギー100%の車両を運行している。(※11)またJR東日本では、2014年から蓄電池車両を宇都宮線・烏山線で運行しているほか、20223月にはCO2を排出しない水素を燃料とする車両「HYBARI(ひばり)」を開発。現在は営業運転に向けた実証実験を進めている。(※12

このように、現在では移動したいと思ったとき、消費者の立場から選択できる選択肢が徐々に整ってきている。環境負荷の小さい移動手段を自ら選択する意識を持つこと、それならすぐにでも始められそうな気がしてこないだろうか。

※5 参考:東京電力エナジーパートナー「【最新版】電気自動車(EV)の普及率はどのくらい?『日本で普及しない』は本当?」
https://evdays.tepco.co.jp/entry/2021/09/28/000020
※6 用語:人間の活動から発生する廃棄物を限りなくゼロに近づけるという考え方。廃棄物相互利用による資源の最大活用や廃棄物の排出削減を軸とし、1994年に国連大学が提唱した。現在では、CO2排出量ゼロを目指す意味合いでも多く使用されている。
※7 参考:Amazonプレスリリース「Amazonの環境に配慮した配送」
https://amazon-press.jp/Top-Navi/Sustainability/Sustainable-transportation.html
※8 参考:Skyscanner Japan株式会社
https://www.skyscanner.jp/environment
※9 参考:SkyNRG 

https://skynrg.com/
※10 参考:日本航空株式会社 サステナビリティトップページ
https://www.jal.com/ja/sustainability/
※11 参考:東急パワーサプライ
https://www.tokyu-ps.jp/
※12 参考:JR東日本 andESDGs×JR東日本グループ水素ハイブリット電車『HYBARI(ひばり)』 鉄道の脱炭素化、CO2フリーに向けた試験車両」
 https://www.andemagazine.jp/2022/11/17/sdgs-hybari.html

 

気候変動に具体的な選択と行動を

どんなスタイルで生活していくか、それは私たち1人ひとりの選択だ。その選択のお手本を、最近では影響力のある若いアーティストが率先して示す例もよく見られる。たとえばアメリカのシンガー・ソングライターであるビリー・アイリッシュは、移動やライブ会場でのエネルギー消費など、自身のツアーで発生したCO2排出量を測定し、カーボンオフセットできるよう環境保護プロジェクトに寄付すると言う。また彼女のツアーチケット購入者が支払う200円の特別チャージも、その寄付につながる仕組みになっているそうだ。

こういったインパクトある行動にも後押しされて、自分が日常生活で選択していることの11つが地球に対してどんな影響をもたらしうるのか、一度立ち止まって考える機会が増えていくことも重要ではないだろうか。

ポストコロナの日常で、今後一層移動の機会が増えていくことだろう。ビジネスや娯楽など様々な観点から、移動を制限され続けることは健全な状態とは言えない。それでも、コロナ禍で温室効果ガス等の排出が産業革命以後最大の下げ幅を記録し、私たちの生活様式が大きく変わったいま、ただコロナ前に戻るだけということでは進歩がない。改めてコロナ禍が地球環境に与えた良い影響を理解し、日常生活を見直す視点も持っておきたい。とはいえ、移動における環境負荷という観点では個人の努力では限界があり、引き続き企業や国として枠組みを整備していくことも必要だ。自分自身の行動を見つめ直すとともに、今後も世界の動きに注目していきたい。

 

文:大沼芙実子
編集:おのれい