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ネガティブ・ケイパビリティとは?その意味と現代社会での重要性を解説

ネガティブ・ケイパビリティとは?その意味と能力の詳細を解説

インターネットやSNSの発達に伴い手軽に情報を入手できるようになった反面、あまりにも情報が氾濫しており、ときにはそれに翻弄されてしまうこともある。結果、単純でわかりやすい結論に飛びつきたくなるが、物事を真に理解したり問題を解決したりするためには、時に立ち止まることも必要ではないだろうか。すぐには理解できない/結果の出ない物事について、結論を焦らないために必要な能力が、今回紹介するネガティブ・ケイパビリティだ。

ネガティブ・ケイパビリティとは?

ネガティブ・ケイパビリティとは?

意味と能力の詳細

ネガティブ・ケイパビリティ(Negative capability)は、「答えの出ない事態に耐える能力」を指す。言い換えると、直面する問題がすぐに好転しない状況下でも、投げ出さず腰を据えて解決法を模索する能力とも言える。この概念は19世紀初頭にイギリスで活動したジョン・キーツという詩人が提唱し、20世紀に入って精神科医のウィルフレッド・R・ビオンによって再び発見された。日本においては、2017年に精神科医の帚木蓬生によって執筆された『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日選書) によって広く名称が知られるようになった。

ポジティブ・ケイパビリティとの違い

一方で、ポジティブ・ケイパビリティは「早く/正確な」問題解決に向いた能力だ。この能力が育成される例としてわかりやすいのは、日本の伝統的な受験勉強だろうか。日本で教育を受けてきた人々にとって、小学校のテストから就職試験の適性検査に至るまで、「いかに早く/正確に問題解決できるか」を測る試験はお馴染みだろう。

ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティのバランスの重要性

ポジティブ・ケイパビリティとネガティブ・ケイパビリティのバランスは、人間の思考と行動に対する理解を深め、個々の能力を最大限に引き出す上で極めて重要である。ポジティブ・ケイパビリティは具体的なスキルや知識を持ち、目の前の問題を解決する力を指す。一方、ネガティブ・ケイパビリティは、不確実性や疑問、曖昧さを受け入れる能力を指し、これは新たな視点や解決策を見つけ出す源泉となる。これら2つの能力がバランス良く働くことで、人は困難に対処し、創造的なアイデアを生み出すとともに、自身の成長や進化を促進することが可能となる。

ネガティブ・ケイパビリティが注目されている理由

ネガティブ・ケイパビリティが注目されている理由

「早く/正確に」が先行しすぎると、世の中の課題はすぐに解決できる物事ばかりではない、という事実を忘れてしまいがちだ。特に、長期的な施策が必要な課題について、目先の利益に囚われては大局を見誤る危険性がある。その一例として挙げられるのが、公的研究資金配分の「選択と集中」だろう。政府は限られた予算を効果的に使うため、結果や利益に直結しやすい応用研究に対して集中的に資金を投下した。その結果、基礎研究など資金が投下されなかった分野の地盤沈下が指摘されている。長い目で見ると、結果がすぐには得られない状態を甘受しつつ、新たな価値創出を模索する姿勢が重要だったのではないだろうか。上記の分野に限らず、環境問題や人権問題など短期的には解決が難しい多くの問題に直面している現代だからこそ、ネガティブ・ケイパビリティへの注目が高まっている。

社会変化とネガティブ・ケイパビリティの関連性

社会が急速に変化し、技術が進化し、情報が溢れる現代社会では、ネガティブ・ケイパビリティが非常に重要な役割を果たしている。これは、未知の事象や不確実性、矛盾した情報に直面したとき、解答や明確な解決策がすぐに得られない状況でも、その不確実性や曖昧さを受け入れ、状況を探求し続けることができる能力を指す。社会の変化がもたらす新たな問題や課題に対応するには、ネガティブ・ケイパビリティが求められ、それによって新たな視点や解決策を見つけ出すことが可能になる。これは個人だけでなく、組織や社会全体にとっても有益なスキルであり、創造性、適応性、進化の鍵となる要素といえるだろう。

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ネガティブ・ケイパビリティを持つメリット

ネガティブ・ケイパビリティを持つメリット

物事に新たな価値を見出せる

人付き合いのなかで、ふとした瞬間にその人の新たな一面が垣間見えた、という経験はないだろうか。同じように、あるひとつの対象に腰を据えて向き合うなかでそのものの様相が多面的に見えてくることがある。エジソンの電球や、日清食品を創業した安藤百福のカップラーメンなど、失敗を重ねてもなお取り組んだ結果、それまでの価値観を大きく塗り替える発明が生まれた例は枚挙に暇がない。発明に止まらず、ネガティブ・ケイパビリティを持つことがさまざまな場面で新たな価値を発見することに繋がるのではないだろうか。

リーダーシップとの関連性

ネガティブ・ケイパビリティを持つリーダーは、船の舵取りのような存在と例えられる。大海原に飛び出すとき、船長は何が待ち構えているか全く予測できない。しかし、そこで大切なのは不確実性を恐れることではなく、風の向きや波の動き、時には直感さえも頼りに新たな航路を探す勇気である。このような舵取りが成功すれば、船は新たな陸地に到達し、未知の価値を発見することができる。リーダーシップにおいても、不確実な状況や曖昧な問題を避けるのではなく、それらを受け入れて新たな視点や解決策を探ることで、組織やチームが未知の可能性を追求する道を開くことができる。

ネガティブ・ケイパビリティが高い人の特徴

ネガティブ・ケイパビリティが高い人の特徴

エンパシーを持っている

前述の書籍『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』によると、ネガティブ・ケイパビリティが高い人は共感(Empathy)能力を持っているという。この「共感」は「他者の気持ちに同情する方法」である"Sympathy"ではなく、「他者の立場に立った上で感情を分かち合う方法」である"Empathy"を指す。

"Sympathy"と"Empathy"は微妙なニュアンスなので例を示す。例えば飼っていたペットが亡くなり、泣いている友人が隣にいる場面を想像してほしい。"Sympathy" の場合、友人の気持ちに共感・同情するものの、それは自分の過去の経験を思い出したり、「もし自分が飼っている犬が死んでしまったら」といった想像からきている。つまり、"Sympathy" はあくまでも「自分の気持ちが主体の感情」なのだ。一方で "Empathy" は、「相手の気持ちが主体の感情」だ。この場合、犬を失った友人がどのような気持ちかを想像した上で同じ立場に立とうと試みている。重要なのは、必ずしも相手と似た体験をしている必要はないという点だ。相手の立場に立つためには、一旦自分の常識を捨て去る必要がある。自分と異なる他者の考えや立場を注意深く理解しようと試みることは、ネガティブ・ケイパビリティを持った姿勢とつながる。

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創造性と直感の関連性

ネガティブ・ケイパビリティが高い人は、一般的に創造性が豊かで、直感に対する敏感さも高いとされている。この「創造性」と「直感」は、非常に強い関連性がある。まず、「創造性」とは「自分自身の中に新たな価値やアイデアを生み出す能力」を指すが、その源泉は必ずしも論理的思考や知識に基づいているわけではない。ここで「直感」が関わってくる。新しいアイデアやインスピレーションが頭に浮かぶ瞬間は、論理的な思考ではなく、直感が主導している。目に見えない何かを感じ取り、その感じ取ったものを形にする能力とも言える。これはまさにネガティブ・ケイパビリティの精神に通じるものであり、不確定性や曖昧さ、または知らないものに対する開かれた心が、新たな創造性を生み出す土壌となっている。

ネガティブ・ケイパビリティを高めるためには

ネガティブ・ケイパビリティを高めるためには

ネガティブ・ケイパビリティを高めるには、具体的にどのようなことを実践すれば良いのだろうか。ここでは芸術作品の鑑賞、デジタル・デトックスを例に挙げたい。

芸術作品にふれる

芸術作品は、一見して理解ができない場合も多い(初見でピカソの絵画を理解できる人はそう多くはないだろう)。繰り返しにはなるが、ネガティブ・ケイパビリティの醸成に必要なのは、分からないからといって結論を焦らない姿勢だ。とはいえ何の拠り所もない状態で耐え続けることは苦痛だ。そこで絵画に限らず、音楽や小説など、現代に受け継がれているさまざまなジャンルの芸術作品を鑑賞することがひとつのヒントになるかもしれない。なぜなら、時の試練を経た作品はある種の普遍性を内包しており、それが思わぬ形で目の前の課題解決につながる場合があるからだ。わからないことのもどかしさに耐えつつ、自分の頭で考え続けることがネガティブ・ケイパビリティの醸成につながるのではないだろうか。

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デジタルデトックスをする

焦らず物事に向き合うためには、いったん外部からの情報流入を遮断することも効果的かもしれない。デジタルデトックスは、使用に伴うストレスを軽減するために、デジタル機器と一定期間距離を置くことを指す。特にコロナ禍でデジタル機器の使用頻度が高まり、デジタル疲れという言葉もよく耳にするようになった。PCやスマートフォンのおかげで瞬時に他者と繋がることができる一方、早く早くと急かされるコミュニケーションの連続では、じっくりと自分の思考を深めることは難しいだろう。対策としては、PCやスマートフォンから離れる時間を1日のなかで意識的に設ける、あるいは数日インターネットにアクセスしない環境に身を置くことも有効だ。「早く早く」という思考様式をもたらしがちなデジタル機器から離れることも、ネガティブ・ケイパビリティを育むことに繋がるのかもしれない。

ネガティブ・ケイパビリティの応用例

ネガティブ・ケイパビリティの応用例

ビジネスでの活用

ネガティブ・ケイパビリティはビジネス領域でも有用な能力として認識されている。急速に変化する市場環境や技術の進化、競合他社の動向など、ビジネスにおける不確実性は常に存在している。こうした不確実性や矛盾した情報に直面した時、ネガティブ・ケイパビリティを持つ経営者やマネージャーは、早急な解決策や一貫した結論を急ぐのではなく、問題の本質を探求し続けることができるとされている。この能力は新規事業の創出や、創造的な問題解決、組織の変革を推進する上で重要な要素となる。

教育での活用

また、ネガティブ・ケイパビリティは教育の領域でも有効に活用されている。教師や学習者がネガティブ・ケイパビリティを持つことで、教育の現場はより探求的で創造的なものになりうる。教師は生徒の意見や思考を容認し、矛盾や不確定性を教育の一部として受け入れることができる。また、学習者は答えが1つでない問題に対しても、不確かさを恐れずに自身の考えを追求することができる。これは、問題解決能力や批判的思考能力を育て、自己の理解を深めるための重要なスキルである。

まとめ

解決しづらい物事に向き合い続けることは、苗木に水や肥料をやり、地道に育てることと似ている。一朝一夕で成長しないからこそ、辛抱強く待つ覚悟が必要だ。だが、早く早くと急かす社会では、やがて実を結ぶかもしれない木も根腐れを起こして枯れてしまう。短期的に解決が難しい問題に直面している現代だからこそ、ネガティブ・ケイパビリティがますます必要とされるのかもしれない。

 

文:Mizuki Takeuchi
編集:日比楽那