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月間残業時間96時間の背景とは?日本の未来のための教員の働き方改革

筆者が学生の時に朝から晩まで、勉強や部活などの相手をしてくれていたのは学校の先生だ。しかし、社会人になって思うことがある。それは学校の先生の仕事が忙しすぎるということだ。朝7時頃には学校に到着し、日中は授業、放課後は部活動の指導、その後次の日の授業の準備をし20時頃に学校を出る。また土日も部活動の練習があれば出勤するし、試合であれば1日中引率することもある。

驚くべきことに、このような時間外労働量であるのにもかかわらず、教員には時間外勤務手当が給与の4%しか支払われないことをご存知だろうか。

昨今、日本で進んでいる働き方改革は、教員の働き方でも進んでいるのだろうか。

月平均96時間の時間外労働を行う教員の労働環境とは

教員の働き方改革の現状を見る前に、教員の労働環境や1日の仕事のスケジュールを見てみよう。下記はある日の小学校教員のスケジュールを例としている。

7:30                 学校到着
                        ・教室の換気(コロナ対策)
                        ・授業の準備
8:20                 朝の会
8:50-9:35         1時間目
9:40-10:25       2時間目
10:45-11:30     3時間目
11:35-12:20     4時間目
12:20-13:05     給食
13:05-13:25     昼休み
13:25-13:40     掃除
13:45-14:30     5時間目
14:35-15:20     6時間目
15:30-              終わりの会
16:00               生徒帰宅
16:15               テスト採点、学級通信の作成、授業準備、保護者への連絡
18:00               退勤

家に仕事を持ち帰ることがあるので、18:00以降も業務をしている場合がある。また、夏休みや春休みなど長期休暇中でも、次の学期の準備や校内研修などの業務が存在する。校内研修とは、学校課題の解決や教員の能力向上を目指し、同僚の教員とともに学校で行うものだ。自分が学生の時に、授業を他のクラスの先生が見学していた経験はないだろうか。実は、その授業では校内研修の成果発表をしていたのだ。

また一般企業に比べ、教員の休憩時間は少ない。一般企業では休憩時間は自由時間なので、会社の外で昼食をとることや、睡眠をとることも可能だろう。しかし、教員は給食の時間も、児童の食べ残しを指導したり、マスクを外して話している生徒に注意をしたりと業務が存在する。つまり、休憩時間がほとんどないのである。

2021年に日本教職員組合が行った調査によると、教員の時間外労働は1週間平均24時間11分であった。単純計算で4倍すると、月に96時間44分の時間外労働を行っていることになる。(※1)一方、日本の労働者全体の時間外労働時間だが、厚生労働省が毎月実施している「毎月勤労統計調査」によると、令和4年6月の所定外労働時間は平均10時間なので、教員は労働者平均の9倍以上の残業を行っていることがわかる。(※2)

さらに中学校、高等学校の教員であれば部活動に関わる時間がある。学校から帰る時間が20:00を超えることや、土日祝日の部活動の練習や試合の引率があることを考えると、時間外労働時間は96時間を超えている可能性もあるだろう。筆者は学生時代に、自分の授業がない空きコマに職員室で休憩している先生が羨ましいと思っていたが、空きコマは貴重な授業準備の時間であるため、決して休憩できる時間ではないのだ。

※1 参考:日本教職員組合「2021 年 学校現場の働き方改革に関する意識調査 」
https://www.jtu-net.or.jp/wp/wp-content/uploads/2021/12/ebf2a69840156756fb12833bd9f988d7-2.pdf(2022年10月20日閲覧)
※2 参考:厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和4年6月分結果確報 第2表 月間実労働時間及び出勤日数」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r04/2206r/2206r.html(2022年10月20日閲覧)

時間外勤務手当はどれだけ働いても給料の4%

冒頭で述べた通り、教員は時間外勤務手当が給与の4%しか支払われない。その原因は、1971年に制定された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以後、給特法)にある。

給特法では、時間外勤務手当はどれだけ働いても給料の4%に該当する「教職調整額」のみと決められている。本来、公立学校の教員が時間外勤務をしなければならないのは、「超勤4項目」と呼ばれる業務のみだ。超勤4項目とは、①生徒の実習、②学校行事、③職員会議、④非常災害・児童生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合をさしている。これら4項目のみに対し、時間外勤務手当が支払われる。つまり、多くの教員が時間外に行っているテストの採点、学級通信の作成、部活動の指導などは全て時間外勤務手当が発生しない行為なのだ。

給与の4%を教職調整額と定めているのは、給特法が制定された1966年に文部省が実施した「教員勤務状況調査」を根拠としているからだ。この調査の結果、1週間の時間外労働の平均時間が小学校1時間20分、中学校2時間30分であると判明。その結果を元に、年間52週から、夏休み4週、年末年始2週、学年末始2週の計8週を除外した44週にわたり、1週間平均の超過勤務時間が行われることを想定すると、支払われる時間外勤務手当は約4%に相当する。(※3)

この状況を打破するために2019年の給特法の改正により「変形労働時間制」が取り入れられたが、状況が改善されたとは言い難い。理由は変形労働時間制の特徴にある。この制度のもとでは、一定の期間内で労働時間を柔軟に調整することができる。例えば、忙しい時期には1日10時間、閑散期には1日6時間などと所定の労働時間を柔軟に変更させることで、トータルでの残業時間を減らせるという仕組みだ。変形労働時間制は、スキーやマリンスポーツなど、季節による繁閑の差が大きな事業に適している制度だ。教員も長期休暇中の労働時間を減らせばいいと考えられているが、長期休暇中にも業務は存在する。また「変形労働時間制」は、雇用者が従業員に支払う残業代を削減することに向いている制度なので、労働時間が削減されないだけでなく、長期休暇以外の定時がその分伸びるため教員のワークライフバランスを保つのが難しくなる。

現在も教職調整額が4%と設定されているが、教員の業務量は増加している。業務量の増加と同時に、制度の見直しを行わなかったことも教員の働き方改革が進んでいない要因の1つではないか。

このようななかで、教員採用試験受験者数は減少傾向にある。2021年に実施された試験では全体の競争率(採用倍率)は、過去最低の3.7倍であった。文部科学省は、大量退職に伴う採用者数の増加や既卒の受験者の大幅な減少などが影響しているという見解を発表している。(※4)しかし、減少傾向の要因の1つに、時間外手当が十分に支払われないことや多すぎる時間外勤務も関係しているのではないかと筆者は考える。

※3 参照:文部科学省「教職員給与の在り方に関するワーキンググループ(第10回)・教職員給与の在り方に関するワーキンググループ(第11回)合同会議 配付資料」(2006)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/041/siryo/attach/1417551.htm(2022年10月20日閲覧)
※4 参照:文部科学省「令和4年度(令和3年度実施)公立学校教員採用選考試験の実施状況のポイント」(2022)
https://www.mext.go.jp/content/20220909-mxt_kyoikujinzai01-000024926-5.pdf(2022年10月20日閲覧)

実際に働く教員の声

教員志望者は減少傾向であるものの、教員の道を選んだ学生もいる。そこで、勤続3年以下の小学校、高等学校の教員数名に給特法、労働環境、教員の働き方改革について話を伺った。

勤怠時間の報告は行っているのか。

報告は行っているが、健康管理のためなので、時間外労働時間によって仕事量が考慮されるわけではない。また、時間外労働が一定のラインを超えると病院を受診することや、教育委員会から学校が指導されるため、勤務時間を過少に報告することもある。(小学校教員)

ワークライフバランスを保つことはできているのか。

プライベートの事情により業務を分配することはある。一方で、定時に帰ることができる業務量ではなく、定時に帰る人を良しとしない空気感もある。時間休や有給休暇も制度としてはあるものの、学期中に取得することは難しい。また体調が優れない際に、授業を休み、代わりにプリントを配布したとしても、丸つけの業務が増えてしまうので多少体調が悪いぐらいなら無理をして授業をする人もいる。(小学校教員)

働く前から労働環境に関しては把握していたと思うが、実際働き始めてどう思うか。

給与面や労働時間に満足できない部分はあるが、夢であった教員の仕事にやりがいは感じる。むしろやりがいだけで乗り切っていると言っても過言ではない。生徒と触れ合うことや、自分のやりたい部活動に取り組めていることは楽しい。一方で、ライフステージが変化して部活動に対して割く時間が減ってしまい、今と同じ気持ちで向き合うことが困難になった場合、同じようにやりがいを感じられるかは不安。(高等学校教員)

イメージとギャップは感じないが、一般企業で働く友達と給与の話になった際、残業代の多さに驚くことがしばしばある。逆に、残業の多さと残業代が十分に支払われていないことを伝えると驚かれることが多い。(小学校教員)

教員になろうと思ったきっかけは?

学生時代の先生や教師である親からの影響。(高等学校教員)

日本史が好きなことと、生徒の人生に携われる仕事がしたかった。(高等学校教員)

人格を形成する小学生の間に携わり、生徒の成長に貢献したい思いがあった。(小学校教員)

教員の働き方改革が進んでいくために何が必要と考えるか。

正確な勤怠状況を把握し、業務量を減らしていく取り組みが必要だと考える。現状は正確な勤怠報告をしても、教育委員会などから学校が指導されるだけということもあり、虚偽の報告をしている人が大半である。そのような状況が当たり前になると、いつまで経っても現状が改善しない。(小学校教員)

中学校や高等学校のように教科担任制にしてほしい。そうすることで空きコマが生まれ授業の準備時間を確保でき、授業の質の向上や、時間外労働の削減につながると思う。(小学校教員)

担当業務の均一化。スマートフォンやタブレット端末のこととなると若手教員の方が詳しい風潮があるせいで、ICT関連業務を若手社員に任せきりにしても良い風潮が生まれている。その結果、若手の負担が増えているだけなので、若手がICT業務を担うならそれ以外の業務を他教員に割り振るなどで、担当業務を平等にしてほしい。(高等学校教員)

学校に必要な教員数の見直し。どこの学校も教員の数が不足していると思う。例を挙げると、隣の小学校では、ある先生がコロナに罹患した際に、代わりに教頭先生が授業を行ったことがあったそうだ。不足の事態に対応できるように、担任を持っていない先生がいればそのような事態は防ぐことができたと考える。また、保健室の先生も基本的には各学校に1人しかいないため、先生が不在の場合は保健室を閉めることになり、生徒の体調不良に対応できなくなってしまう。(小学校教員)

これらは一部の教員の声であるため、必ずしもすべての学校の環境に当てはまるとは限らない。しかし、実際の現場で働く者の声として参考になりそうだ。

日本の未来のための教員の働き方改革

一部の自治体では、ICT活用や学校閉庁期間を設けるなどし教員の働き方改革を進めている。

岐阜県岐阜市では市内すべての学校において夏休み期間の8月4日〜19日(16日間連続)を学校閉庁期間として、会議、研修、補充学習、部活動指導等の通常業務は原則行わないとした。(※5)

横浜市立左近山特別支援学校では、ICTを活用した学校と家庭との連絡の効率化、教職員間の情報共有の効率化をすることで、業務の負担軽減を図り、子どもたちへのきめ細やかな対応へとつなげている。(※5)

上記の例であげた自治体のように既存の制度の中で、創意工夫を凝らし業務改善を行うことは必要な取り組みだろう。一方で、各自治体に任せた業務改善によって労働時間を削減することには限界がある。現在まで日本の教育の水準を保ててきたのは、過酷な労働環境でも教員の仕事にやりがいを感じ、教員を志す人たちのおかげだ。教員を目指す人が多くなれば採用倍率が上昇する。倍率が高いと採用試験の合格に向けて勉強に励むため、より優秀な教員が増えることになる。優秀な教員が増えると学校教育の質が向上し、結果として日本に優秀な若者が増えることになる。このやりがい搾取の上に成り立つ好循環”で日本の教育の水準を保てていたのだ。

一方で、労働環境を取り巻く考え方は変化し続けている。このまま一般企業との乖離(かいり)が拡大していくと、やりがいを感じたとしても生活のために教員を選択しない人が増えていくのではないか。教員志望者の減少は日本の教育の質の低下にもつながる。教員の仕事のやりがいを利用して教員を募るのではなく、心の底から働きたいと思える環境を用意することが今必要な改革ではないか。「給特法」を改善し教職調整額を廃止し、教員に時間外勤務手当を支払うようにする。そうすれば支払う金額が多くなり、抜本的な業務の見直しが急務になるはずだ。

2021年10月に行われた会見で当時文部科学大臣であった萩生田光一氏が、2022年実施の「勤務実態調査」の調査結果によって更なる労働環境改善に取り組んでいく旨の発言をしている。(※6)この発言の通り、日本の未来のためにも、教員の労働環境が抜本的に改革されることを願っている。

※5 参照:文部科学省「 学校における働き方改革 ~取組事例集~」(2020年2月)
https://www.mext.go.jp/content/20200220-mxt_zaimu-000005095_1.pdf(2022年10月20日閲覧)
※6 参照:文部科学省「 萩生田光一文部科学大臣記者会見録」(令和3年10月1日)
https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00195.html(2022年10月20日閲覧)

 

取材・文:吉岡葵
編集:武田大貴

 

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