よりよい未来の話をしよう

誰かを傷つけるために言葉は使いたくない。作詞作曲家・音楽プロデューサー 岡嶋かな多インタビュー

「君と出逢って 夢が育って
  今なら未来も鮮やか
  乗り越えるたび磨かれていく 9colors 一緒に…」

2020年にデビューした、9人組人気アイドルグループNiziUが歌う「9 colors」の一節だ。オーディション番組出身のアイドルグループで、彼女たちが夢に向かって切磋琢磨する姿は、放送当時、大きな話題を呼んだ。ライバルとして出逢った彼女たちが、お互いの夢を育て合い、困難を共に乗り越えながら成長していく。この曲は、今やプロとして世界中で活躍するNiziUと、夢を追い続けていた“あの少女たち”の姿、そのどちらもを思い出させる1曲として、NiziUとファンの間で大切にされている。

この曲の作詞に携わったのが、音楽プロデューサー 岡嶋かな多さんだ。アーティストの歌声を通じて発信される彼女の言葉は人を救い、励まし、未来へと導く力がある。

一方で、日々私たちが扱っている“言葉”には、苦しめ、悲しませ、地獄へ突き落とすような暴力性もある。では、私たちは言葉とどう向き合うべきだろうか。音楽プロデューサーとして数々のアーティストの楽曲をプロデュースし、第一線で活躍するかな多さんの言葉との付き合い方とは。

アーティストからプロデューサーへの転身

世界的ボーイズグループBTSを筆頭に、ジャニーズグループ、シンガーソングライターなど、年齢や性別、国内外を問わず数々のアーティストの楽曲制作に関わるかな多さん。音楽業界に進んだきかっけは、アーティストという夢を追いかけてがむしゃらに働いていた時に突然やってきたという。

「元々シンガーソングライターを目指して音楽を勉強していました。バイトと音楽活動で忙しくしていた時、プロの作曲家として活動していた先輩が仮歌のガイドボーカルが必要だから、ちょっと歌ってみてくれないか、と声をかけてくれたんです。当時は『やってみるか』ぐらいの気持ちで歌ったのですが、ものすごく喜んでいただいたんです。それが、初めて音楽で稼いだ経験になりました。音楽業界の方から仕事をもらえたのが嬉しくて、それからは仮歌の仕事をどんどん引き受けるようになりました」

仮歌を歌うには、歌詞も必要だ。かな多さんは、曲から受けたインスピレーションを頼りに、仮歌詞として自分で言葉を紡ぎ始めた。

「仮歌に合わせて、仮歌詞を書き始めました。作曲家さんもギリギリまで作業しているので、曲が手元に届くのは、いつも直前でした。なので、レコーディングに向かう道中で歌詞を書いていました。電車に乗って、目的地に着くまでの1時間、ヘッドフォンで曲を繰り返し聞きながら、手持ちの裏紙に歌詞を書いて(笑)。その歌や歌詞を聞いたり見たりした事務所の方々が『うちでもやってみないか』『今度アーティストの楽曲コンペがあるのだが、参加してみないか』と、徐々に声をかけてくださるようになりました」

アルバイトで生計を立てながら、アーティストになる夢を追いかけていた時、突然できた音楽業界との接点。キャリアのためにと、自分の楽曲を売り込むこともできる絶好のチャンスだ。それでもかな多さんは、自分の役割をまっとうした。

「仮歌や仮歌詞の仕事では、その曲がよく聞こえることが1番大事です。なので、仮歌・仮歌詞の仕事では私が伝えたい事ではなくて、曲がいかによく聞こえるかを、常に大事にしていました。サウンド面でいえば、ここは『うー』のこもる音じゃなくて、絶対に『あー』で広がる印象が欲しいよなあ、とか。この楽曲を提供する予定のアーティストさんは、今こういう立ち位置だから、今回は青春の曲にしよう!とか。楽曲自体が1番魅力的に聞こえるために、と思いながら歌詞を書いていました」

深海に潜るように言葉を探す

楽曲は、アーティストを通じて世の中に発信される。そのアーティストがどんな境遇にあって、いま何を歌いたいのか、ファンは何を待っているのか、そのバランスを見極めるのもかな多さんの仕事の大切な役割だ。

「楽曲は、歌う方が心の底から訴えかけるような作品になるのが1番良いと思っています。機会や時間がある場合には、アーティストにヒアリングをします。曲を通してどんなメッセージを届けたいか、表現したいか。アーティストにとってファンという1番大事な存在に喜んでもらうために、どんな気持ちを届けたいのか。それが最高の形で届けられるように、私たち制作陣は切磋琢磨しています。アーティストが今まで積み上げてきたことを尊重しながら、新しさも表現したいし、でもそのアーティストに求め続けたい“らしさ”もあります。そこはプロとしてバランスを見極めています」

冒頭で触れた、NIziUの「9colors」や、同じくかな多さんが手がけている「NeedU」は、彼女たちが辿ってきた道のりを思いながら、これから待つ未来への一歩を一緒に踏み出す、という勇気が歌詞やメロディーで表現されている。彼女たちが歌うほどにメンバー間の絆や、ファンとの絆が強くなっていく曲だ。

関わるアーティストが多ければ多いほど、いろんな視点や感情を自分の中から引き出す必要がある。その感情はどのように自分の中に溜めているのだろうか。

「私自身、喜怒哀楽を分かりやすく表現するタイプです。自分の喜怒哀楽を感じて表現するだけでなく、誰かの喜怒哀楽を感じ取る感覚や、人の感情の変化を察知する感覚も敏感だと思います。あとは、誰にでも強く共感しちゃうんです。アーティストさんの話を聞いているうちに、自分自身も悲しくなってきたり、めちゃくちゃむかついてきたり。自分のことのように共感します。感情がとても動くので、疲れるときはありますが、感情の機微に敏感で、共感力が人に比べて高いから、感情移入して曲が書けるのかもしれません」

楽曲制作では、1曲1曲に異なる感情が乗る。自ら、心のアップダウンの世界へと飛び込むのはどのような感覚なのか聞いてみる。

「集中すればするほど、深海に潜ってるような感覚になります。深い海の底に宝物が、美しいお魚がいるような気がして、底に向かってどんどんと進んでいくんです。でも潜れば潜るほど、浮上するにも時間をかけなければいけません。なので、気づかないうちに、体と心にダメージを受けていることがあります。そのダイビングを1日に何本もする日が続くと、ある日突然、もうボロボロです、というように疲れきるんです。そうは言いながらも、また次の日にはケロッと書いてたりするから、まぁ音楽が好きなんでしょうね(笑)。気力も体力も使いますが、曲作りはものすごく楽しくて、毎日していたいなと、心から思います」

「母親」という新しいキャラクターの人生が始まった

結婚・出産を経て2児の母でもあるかな多さん。生活と仕事の境目が曖昧になることが多い、クリエイティブの仕事。ライフステージが変わることは、日々新しい挑戦に出会う感覚で、楽しいという。

「子どもが生まれてから思うのは、“母親”という、また1つの新しい役をリアルに経験させてもらえている、ということですね。作詞する時は、女子高生役、悪い男役など、いろいろと“その人”のことを想像しながら書きます。でも、リアルで経験していると説得力が違います。これまではちょっと背伸びしなければ書けなかった歌詞も、リアルで経験しているからこそ、自分の中から出てくる言葉がこれまでと違います。まだ見ぬ自分や世界、知らなかった感覚に出会う日々は、新しいステージの始まりのように思えて、とてもやりがいがあって面白いです。毎日が挑戦ですね」

かな多さんを公私ともに支えている、夫のサワディーさん。夫・妻・父・母、そして“岡嶋かな多”、“サワディー”としての個人の人生。公私ともに走っていく2人は、それぞれの役割をどう捉えているのだろうか。インタビューに同席していたサワディーさんも交えて話すなかで見えてきたのは、それらのラベルに縛られない、パートナーや家族としてのあり方だった。

かな多「夫は“ずっと、特等席で応援していたい”と、言ってくれていて。それを初めて聞いた時には、なんじゃそりゃ、そんなことあるのかな、と、理解が追いつかなかったんです(笑)」

サワディー「僕は妻に出会ってから、活躍することや、輝くことに性別は絶対に関係ないんだと気付かされました。かな多はどうみても天才だったし、妻の活躍を特等席で応援し続けるパートナーでありたい、そういう家庭の環境を作らなくちゃいけない、という思いが自然と湧き上がってきました。かな多は仕事が好きだし、そこに対する生きがいを強く感じてます。僕はパートナーとして、そのともしびをずっと燃やし続けられるようにはどうしたらいいかを考えて、働き方や生き方をスイッチしました。家事も子育ても、仕事も、2人が納得するレベルで、互いに寄り添い合いながら一緒に取り組んでいます」

とはいえ、第一線で活躍しているプロデューサーにとって、母親になることは、一定期間現場を離れることを意味する。とても覚悟がいる決断なのではなかろうか。

「子どもを授かったときは、産むことへの恐怖よりも、キャリアの道が途切れてしまうことの恐怖の方が強くありました。実際に妊娠を報告をしたときに、『ついに休むんだね』とか、『曲も作れなくなるね』と言われました。でも、私は休むつもりはなかったんです。むしろ、もっともっと力を入れてやって行こうと思っていたので、子どもを産んだら仕事はほどほどにして…という、決められたパブリックイメージをぶち壊したいと思っていました(笑)」

出産当日からSlackで業務連絡をし、とあるアーティストのエンジニアから連絡が来た時には「元気です、正直今からレコーディング行けそうな気分です」と返事をし、実際に産後2週間でレコーディングのディレクションをしたという。

「作詞については、入院中もずっとしていました。子どもを産んだらあの人の時代は終わり、みたいに言われるのは嫌でした。ただ、仕事が好きで取り組んでいたのですが、仕事仲間に『岡嶋は子どもを産んだけど、今までの勢いのままでやるらしい』と思ってもらえたのは嬉しかったですね。当時は体力的にきつかったし、もちろん家族のサポートなしではできませんでしたが、自分や周りの『出産や子育てを経験した女性の働き方』のイメージを更新できたのは嬉しかったです」

かな多さんにとって、仕事は活力であり、人生に張り合いをもたせてくれるものだろう。だからこそ、どんなに疲れていようが、産後すぐであろうが、仕事に出かけるのだ。産後の異常なまでに早い復帰と頑張りは、やはり誰にも譲りたくない、負けたくないという「意地」がそうさせるのだろうか。

「意地はありますね。やっぱり現場を一定期間離れていたから、トレンド感がわからない、とかそうはなりたくなかった。でももう半分は、早く楽しい仕事をしたい、という純粋な気持ちでしたね。産後すぐの仕事も、体力的にしんどくて、きっとヘトヘトになるんだろうと思っていたのですが、夫曰く、すごくリフレッシュしてキラキラした顔で帰ってきたらしいんです。現場で求めてもらえることが嬉しかったですし、私はやっぱり音楽の仕事が好きだなって思いましたね」

希望がない状態で曲を終わらせたくない

音楽に勇気づけられている人は大勢いるだろう。一方で、同じ“言葉”でもSNSの誹謗中傷など、顔も知らない誰かが書いた“言葉”に苦しんでいる人も多い。かな多さんは言葉とどう向き合っているのだろうか。

「私が携わっている大衆音楽やJ-POPは、街中でふと流れていたり、お店のBGMで流れていたりするので、聞こうと思っていなくてもふっと耳に入ってくる機会が多いんですよね。言葉は、音に乗るとグサッと刺さりやすくなります。人を元気付ける力はもちろんあるのですが、悪い意味では、どん底に落とすこともできてしまうんです。私自身、10〜20代の頃は、曲を聞いて暗い気持ちに浸ることが多くありました。だからこそ、希望がない状態では曲を終わらせたくはない、と思っています。今日で命を終えようと思うのではなくて、明日もなんとか生きてみようかなって、思わせる、どこかに必ず光があるような歌詞を書きたいと思っています」

クリエイティブの領域では、リアルを追求するなかでその表現によって誰かが傷つくのは仕方がないことだ、という議論もある。しかしかな多さんは「絶対に誰も傷つけたくない」と話す。彼女はそれが「自分の心配性な性格がゆえにだ」というが、そこには音楽と言葉、そして何より人に対するまっすぐな愛情があるように思えた。

「やっぱり誰かが傷ついたり、嫌な思いをするために言葉は使いたくないんです。SNSに投稿するときも、何回も内容を見返して、本当にこれを投稿することで、良い作用が生まれるだろうか、と自分の中のフィルターを何度も通してチェックしています。

音楽は自由です。極論、音楽や歌詞の中でなら、倫理感的にNGなことも自由に表現できます。音楽という大きな世界に身を預けて、どっぷり作るときもあるのですが、それで誰かが不快になったり傷ついたりするのはやっぱり嫌なんです。自分がつくった言葉で誰かを傷つけるかも、と1ミリでも思うときは、世の中に出さないと決めています」

人のためじゃなくて、自分のために生きて

世の中は、多様性を受け入れ、相互理解に努めようとする人が少しずつ増えてきたように思う。世の中の一般論=“普通”によって創られた、「決められた道」の中から抜け出せずにいる人も、まっすぐ歩いている人も、違う道を選ぶ人も。どんな生き方も個人の自由だ、というかな多さん。これからを生きる世代に伝えたい言葉を聞いた。

「まだまだ息苦しい世の中ですよね。男女の役割とか、夫婦のあり方とか。少しずついろんな形が受け入れられてきていますが、なんとなくフォーマットがありますよね。フォーマットを追うことが悪いとは決して思いません。ただ、社会や親の目を気にして息苦しくなっている人が多いのが気になるんです。人生は1度きりで、自分を生きられるのは、やっぱり自分だけなんです。だから、人のためじゃなくて、自分のために生きてあげてほしい。挑戦したかったら、したらいい。逃げたかったら、逃げていいし、目の前のチャンスに賭けてみたかったら、賭けていいんです。せっかくの人生、人のためじゃなくて、自分のために思いっきり生きてあげてほしい」

誰かが“キレイごと”を言い続けないと、世の中から希望が失われてしまう。誰かが希望の光を灯し続けないと、闇に飲まれてしまう。自ら拾い集めた言葉の力で、そのどちらもを発信し続けているのが、岡嶋かな多さんだろう。「今日で命を終わらせよう、ではなくて、明日もなんとか生きてみようと思える言葉を」。言葉が持つ力を知っているからこそ、慎重に、丁寧に向き合う彼女が発信するメッセージには、人への思いやりが常に寄り添っている。

 

取材・文:おのれい
編集:森ゆり
写真:服部芽生
ヘアメイク:貝谷華子