よりよい未来の話をしよう

マイクロアグレッションとは?その意味や具体例、問題視される理由を解説

2020年2月、大手ビールメーカーのハイネケンが次のようなCMを公開した。(※1)

舞台はLesley Gore  "You Don't Own Me" のカバーがBGMとして流れる店内。お酒を注文した数組の男女が代わる代わる映し出される。ある場面では、ウェイターが女性にカクテル、男性にハイネケンを差し出す。別の場面ではオーダーミスでそれが起こる。
この広告のキャッチコピーは「男だってカクテルを飲む(Men drink cocktails too.)」。「あるある」場面を描きつつ、「ビールをオーダーするのは男性で、カクテルをオーダーするのは女性」という固定観念に疑問符を突きつける。

男女で飲食店に入った際に、同じ経験をしたことのある方も多いのではないだろうか?
ここでは間違ったドリンクを渡されたどの男女も笑いながら、時に肩をすくめながら互いの飲み物を交換し乾杯しているが、現実ではそれが笑い話で済まないケースもあるだろう。例えば、「日本人だから」「男性/女性なのに」など、人種や性別に紐づいた固定観念に基づく発言や行動をとられて傷ついたことが、あるいはあなた自身がそのような言動をとってしまったことがあるかもしれない。

このように他者を必要以上にステレオタイプに落とし込む言動は「マイクロアグレッション」の可能性がある。この記事では、マイクロアグレッションの概要と防止策をお伝えする。

※1 参考:Heineken "Cheers to all"
https://youtu.be/dD6r53DWxwk

マイクロアグレッションとは?

マイクロアグレッションとは、意図的かどうかに関わらず、ステレオタイプや偏見に基づいて、マイノリティを侮辱するようなメッセージを送る発言や行動と定義されている。(※2)
たいていの場合、メッセージを発した側も気がつかないうちに、受け手が「軽視されている」「侮辱されている」と感じるようなメッセージを送っている。ただ、「マイクロアグレッション」という言葉の意味や捉え方は、時代によって変化してきた。これについては次章で説明している。
語源は、micro(極めて小さい)とaggression(攻撃性)をかけ合わせた造語であると思われる。
このマイクロアグレッションには以下のような例がある。(※2)

マイクロアグレッションの例

  • 人種や国籍に基づくもの

「どこで生まれたの?」、「どこから来たの?」、「日本語が上手ですね」。日本に住む外国人や外国にルーツがあるように見える人が、このように声をかけられることがある。よく見かける光景だが、実際のところその人は日本に生まれ、長く住んでいるかもしれない。このような発言は、彼らに対し「あなたは日本人ではない」というメッセージを含み、それを暗に伝えてしまうことになる。

そのほか、「ブラジル人ということは、サッカーが得意ですか?」や「アフリカ出身ということは足が速いですか?」と聞くことも、出身国による先入観に基づいたマイクロアグレッションである。

  • ジェンダーに基づくもの

「女性は理系科目が苦手だ」や「女性だから家事が得意だ」と伝えることも、ジェンダーロールのステレオタイプに基づくマイクロアグレッションである。そのほか、病院で女性の医師を看護師と勘違いすることや、男性と女性のうち女性の方をアシスタントだと思い込むことは、女性の役割を限定して捉えていることの表れといえる。

  • 身体的特性に基づくもの

目が見えない人に対し、大声で話しかけることは、「障がいのある人は五感の他の感覚においても劣っている」という偏見に基づいたメッセージを伝えることになる。

※2 参考:金 友子(2016)「マイクロアグレッション概念の射程」(立命館大学生存学研究所 生存学研究センター報告書[24] 堀江有里・山口真紀・大谷通高編 『<抵抗>としてのフェミニズム』)
http://www.ritsumei-arsvi.org/uploads/center_reports/24/center_reports_24_08.pdf

マイクロアグレッションの歴史

マイクロアグレッションの概念が最初に提起されたのは1970年代である。
精神科医のチェスター・ピアース(Chester M Pierce)が、白人が黒人に対し無自覚に行う「けなし」をマイクロアグレッションと名付けた。(※2)

2000年代には、人種主義による人種的少数者の精神的被害の研究の中で、コロンビア大学教授のDerald Wing Sueが、有色人種に向けられたステレオタイプや偏見に基づく言動のうち、見えにくい、しかし受け手にダメージを与えるものをマイクロアグレッションとして定義した。(※3)

※3 参考:Sue, Derald Wing, et al. "Racial microaggressions in everyday life: implications for clinical practice." American psychologist 62.4 (2007): 271.
https://www.cpedv.org/sites/main/files/file-attachments/how_to_be_an_effective_ally-lessons_learned_microaggressions.pdf

マイクロアグレッションと「差別」の違い

差別主義もマイクロアグレッションも、ある集団やマイノリティの個人に対する固定観念や偏見に基づくという点で共通している。このことから、マイクロアグレッションは差別の1種であると言える。
しかし、上で述べた一般的な「差別」が意図的かつ攻撃性を持っていることが多いのに対し、マイクロアグレッションは、発言者が無意識であったり、攻撃性を持っていない場合もある。そのため、マイクロアグレッションは差別の1種ではあるものの、一般的に「差別である」と分かりづらいのだ。

▼他の記事をチェック

マイクロアグレッションの種類と形態

マイクロアグレッションには、意図的なものと非意図的なものがある。意図的かどうかに関わらず、これらの言動はしばしば無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)に根ざしている。これは、私たちが意識してコントロールできないところに存在する態度や信念を指し、民族、年齢、性別、人種などに関連するステレオタイプに基づく思い込みであることがほとんどだ。成長期に家族から影響を受けたり、ニュースやテレビ番組で見たことをもとに、こうした意見を形成してきたのかもしれない。  以下に、マイクロアグレッションの具体的な種類を紹介する。

マイクロアサルト

マイクロアサルト(Microassaults)とは、悪口、回避行動、差別的行動を通じて、意図的に被害者を傷つけるような軽蔑や侮辱を意味する。例えば、乱暴な言葉遣い、特定の人のそばにいるときに財布やバッグを握りしめたり動かしたり、不快なサインや写真を意図的に貼ったりすることを指す。

マイクロアサルトは実際によくあることで、行う本人は、それがどれほど深刻な影響を及ぼすかを理解していない場合もある。例えば、人種や民族、障害者、性自認を揶揄(やゆ)したり貶(おとし)めるようなジョークは、マイクロアサルトの一例だ。「冗談を言っただけだ」と弁明する人もいるだろうが、彼らのバイアスはこのやり取りの中で顕在化(けんざいか)し、有害なステレオタイプを永続させることに繋がる。

マイクロ・インバリデーション

マイクロ・インバリデーション(Microinvalidation)とは、特権階級にない人の経験を信用しない、あるいは最小限に抑えようとすることである。例えば、アメリカに拠点を置く企業で働くアジア系アメリカ人の従業員が、アメリカ人の同僚に「自分が軽蔑されたと感じた経験」を話しているとき、その話を遮って、差別されていなかったよ、と言ったり、共有されたことと矛盾するような自分の経験を話し始めたら、それはマイクロ・インバリデーションと言えるのだ。

マイクロ・インバリデーションは、日常的に経験する最も顕著なマイクロアグレッションとも言われている。多くの人が学校や職場で、誰も自分の話を聞いてくれないと感じたり、部屋の中で自分が、周りからは見えない存在のように感じたりする経験があるのではないだろうか。

マイクロインサルト

マイクロインサルトは、失礼で無神経なコメントによって、その人の人種的遺産やアイデンティティを軽んじる行為を指す。外見で、あの人は頭が悪いだろうと決めつけたり、特定のグループや人々を指して、モラルがないとほのめかしたりすることも、これに当たる。また、母国語が異なるという理由で、仕事内容を正しく理解できないと決めつけたり、そこで当たり前とされている行動を取らないため、そのグループにそぐわない、と決め付けたりする行動もマイクロインサルトに含まれる。

マイクロアグレッションが起きる背景

マイクロアグレッションが起きる背景には、人種や性別におけるマイノリティに対する無意識の思い込みや偏見、またそれらに基づく期待などがあるだろう。(※2)また、相手に対する配慮や尊重の気持ちの欠落も根底にあると考えられる。

日本に住むアフリカ系の人々の苦悩

日本に住む外国人の数は年々増加傾向にあり、多様性を受け入れた相互理解が求められている。その中でアフリカ系のルーツを持つ日本人も多く、肌の色やアフリカのルーツに対するステレオタイプの影響で、マイクロアグレッションに悩んでいる。アフリカ系のルーツを持つことに関して、「元々黒いから日焼けしなくて、いいね」や「生まれつき足が速くて、いいね」など、何気ないひと言や発言者にとっては褒めているのつもりの言葉であっても、受け手は傷つく可能性がある。

マイクロアグレッションが問題視される理由

先述したように、マイクロアグレッションは発言や行動をした本人に明確な悪意がないことが多いが、差別と同様に受け手にさまざまな影響を与える。肉体的・精神的被害もその1つである。
ストレスなどから病気にかかりやすくなったり、精神疾患や鬱を招くこともある。さらに、ストレス要因は認知へも影響を与える。受け手は言動の解釈や、それに反応すべきかどうか、反応した際の結果について悩み、エネルギーを費やす。これにより本来やるべき課題へのエネルギーがそがれたり、「ステレオタイプを強化してしまうのでは」というプレッシャーから能力を発揮できなくなることもある。
行動への影響も生じうる。マイクロアグレッションに反応するという対処行動をとった場合にはストレスとなり、対処行動をとらなくても支配文化への過度の適応や状況の悪化を招く可能性がある。(※2)

マイクロアグレッションを防ぐには

これまで見てきたように、マイクロアグレッションは無意識かつ個人のバックグラウンドによって程度が異なるため、一挙に解決することは難しいように見える。マイクロアグレッションが起こっている状況を改善するにはどのようなことが必要だろうか?

まず、教育現場や企業などからマイクロアグレッションという概念の認知を促す必要があるだろう。先述したように、固定観念に基づく決めつけは差別と同じように受け手の心身を傷つける。男性は働いて女性は家庭を守る...といった、固定のジェンダー期待または社会的役割が崩れつつある昨今、社会教育としてマイクロアグレッションの存在は広く認知される必要がある。実際に、2020年代に入ってから、教育現場や企業においてマイクロアグレッションに関する研修プログラムが提供される機会が増えている。

▼他の記事をチェック

職場でのマイクロアグレッションへの対処法

職場では年齢や性別、出身など多様なバックグラウンドや価値観を持つ人がともに仕事をする場合が多い。そのため、マイクロアグレッションは職場でも発生しやすい。アメリカのMcKinsey & Companyが行った職場調査によると、全回答者の 84% が職場でマイクロアグレッションを経験したことがあるという。性別、性同一性、マイノリティステータス、または性的指向によるすべてのサブグループで、回答者の 10 人中 8 人以上がこれらのマイクロアグレッションを経験していると報告した。(※4)

しかし、マイクロアグレッションは差別の受け手本人だけでなく、組織全体の問題にもつながりうる。マイクロアグレッションの影響で社員が悩んだり落ち込んだりすることは、組織の生産性や士気の低下につながるため企業としても避けたい部分である。

では、職場でのマイクロアグレッションにはどのように対処していけばいいのだろうか。

※4 参考:McKinsey & Company. (2020). Understanding organizational barriers to a more inclusive workplace. [online] Available at: https://www.mckinsey.com/capabilities/people-and-organizational-performance/our-insights/understanding-organizational-barriers-to-a-more-inclusive-workplace[Accessed 7 Oct. 2022].

第三者(周囲)から指摘する

マイクロアグレッションを受けた本人がその問題点を指摘し解決することは難しいとされている。また、言動をした本人も無意識で気づかない場合が多い。そのため、職場でのマイクロアグレッションに対しては、第三者が指摘することが大切だ。

研修やセミナーを通して意識改革をする

マイクロアグレッションの概念を知らない人も多く、職場では管理職の従業員が理解していないケースも多々ある。組織全体で研修を行うことで、社員が自分の言動が偏見を持ち相手を傷つけていることを知り、マイクロアグレッションを防ぐ風土が作られていくだろう。

1人の人として接し尊重する

マイクロアグレッションの原因は、人をカテゴライズし、カテゴリーの特徴を決めつけることにある。そうならないためには、1人1人を尊重する意識を持つことが大切だ。目の前の相手を人種や性別などに基づく固定観念で判断せず、1人の人として関わることで、決めつけは避けられるだろう。同僚や周りの社員へ尊重の意識や気遣いを持つことが、マイクロアグレッションの防止につながる。

まとめ

人には誰しも固定観念や偏見があり、完全にそれをなくすのは難しい。しかし、「自分が無意識のうちに相手を傷つけているかもしれない」と認識し、属性でなくひとりの人間として相手と接することでマイクロアグレッションを避けることが可能だ。
このような「相手を尊重した関わり方」は、国籍や人種、性別を超え、多様なバックグラウンドの人がともに働く時代においても必要な考え方ではないだろうか。

参考文献
・キム・ジヘ「差別はたいてい悪意のない人がする:見えない排除に気づくための10章」(2021/大月書店)
・デラルド・ウィン・スー「日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッションーー人種、ジェンダー、性的指向:マイノリティに向けられる無意識の差別」(2020/明石書店)


文:Natsuki Arii
編集:Mizuki Takeuchi