よりよい未来の話をしよう

小林涼子が描く、おいしいものが食べ続けられる未来

映画、テレビドラマなどに出演し、俳優として活躍している小林涼子さん。そんな彼女は、最近もう1つの顔を手にした。“起業家”としての顔だ。2021年に株式会社AGRIKOを起業し、2022年5月には生まれ育った世田谷区にあるOGAWA COFFEE LABORATORY 桜新町の屋上にて、環境に配慮したコミュニティファーム「AGRIKO FARM(アグリコファーム)」をオープンした。ご自身は「農福連携技術支援者」(※1)を取得し、都会の屋上にオープンしたこのファームでは、環境への配慮に加え、障がい者の社会参画の1つの形である「農福連携」も実現しているという。
多忙な俳優業をこなしながら起業した背景には、どんな想いがあるのだろうか。また、様々な可能性を秘める「AGRIKO FARM」と、ファームを通じて描きたい未来についてもお話を伺った。

※1 障がい者等が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組みである「農福連携」について、現場で実践する手法を具体的にアドバイスできる専門人材。研修を受講し育成された者が「農福連携技術支援者」として認められる。

起業を通じて、持続可能な農業を実現したい

まず、「AGRIKO FARM」設立の経緯をお聞かせいただけますか?

2014年から父の友人が住む、新潟県の限界集落で稲作に関わっていて、休みの日に頻繁に通っていました。ですが、昨年家族の体調不良で農業を続けることが難しくなってしまい、そこから「持続可能な農業をしていくにはどうしたら良いか」を考えるようになりました。また、30歳になってから、結婚・出産をするのか、両親の老後はどうするのか、好きな農業とはどう関わっていくのだろうかなど、これからの自分の未来を考える機会が増えたこともあり、農業の未来に対しても、自分の力だけではなく周りも巻き込みながら何かできることがないかと考えるようになりました。そこで様々な方に相談をした結果、たどり着いた答えが起業でした。

もともと新潟で稲作を手伝っていたとのことですが、小林さんにとって「農業」は昔から身近だったのでしょうか?

父が様々なことを学ばせてくれる人だったので、「食育」につながる家族行事は多かったと思います。昔から生産者さんに会う機会も多かったですね。そんな家庭環境から「食」はとても身近だったのですが、20代の頃俳優の仕事が忙しく疲れていたときに、父が新潟の田植えのお手伝いを勧めてくれたんです。実際に行ってみると、農作業ですごくリフレッシュができたんですよね。 テレビに出ている俳優ということでなく、1人の人間として皆さんに接してもらえることも嬉しかったですし、綺麗な洋服もメイクも気にせず泥んこになりながら没頭する農作業の後に食べるご飯って、高級レストランとは違った魅力があります。それをきっかけに、心身のバランスを取るかのようにお休みをもらっては新潟に行って農業をして、ということを繰り返していました。

そんななかで、農業の課題が徐々に見えてきて、起業に至ったのですね。

高齢化などの理由から、農業を辞めたいわけではないのに続けられなくなってしまう方を見て、とてももどかしくなりました。また、自分自身が農業に触れることで、改めて農業の大変さを身をもって感じたこともあります。私がお手伝いをしていた新潟県の町では、農業をされている方の最年少は65歳なんですよ。パワーアシストスーツを着ながら頑張って農作業をされている姿は、強いしすごくかっこいい。ただやはり、歳を取っても続けられる仕組みではないなと思ったんです。そこから「私にも何かできないか」という想いが強くなっていきました。

関わった人のぶんだけ、ファームの可能性が広がっていく

ファームの運営にあたり、「農福連携」を取り入れたのはどうしてなのでしょうか?

私たちが美味しいものを食べられるいまの日常は、農業者の方々の努力のおかげだと感じています。ただ農業界では、農業者の方は少し体調崩しただけで離農せざるを得ない実情もあります。これでは持続可能でないと思い、高齢になっても障がいがあっても続けられるような、“バリアフリーな農業”ができないかと考え始めたんです。1人ではあまりにも大変な農業をみんなで分担できれば、もう少し楽に続けることができるのではないかと思い、どうしたら良いかと考えていたところ、農林水産省の農福連携技術支援者という講習を見つけました。「この講習で何か学ぶことができるかもしれない」と思い2週間ほど研修に参加して、「農福連携技術支援者」を取得しました。応募する方もすごく多いのですが、私も受講者に選んでいただいたことにとても感謝しています。

障がい者の方々はどのように運営に関わっているのでしょうか?

関わり方は2つあります。1つ目は、企業の障がい者雇用です。農園の栽培オーナー契約をされた企業様の、障がいのある社員の方々が農園で働いてくださっています。現在も雇用に向けて、就職希望の方がファームに来て研修をしています。その方々も皆さん世田谷区在住の方なので、地域の障がい者の方々が雇用を得られる環境を作ることにもつながっています。今日もちょうど研修をしているのですが、参加者の方が「『AGRIKO FARM』に来てから魚と野菜が好き!」と言っていて、もう、とても嬉しくて。このまま働けるといいね、一緒に頑張ろうね、と私もエネルギーをもらっています。2つ目はファームで育てる野菜を種から苗にする作業です。この作業は世田谷区内の就労継続支援B型(※2)施設にご協力いただいていて、施設で作っていただいています。
また、本来農業はマニュアル化されないのですが、このファームでは「誰でもできるような農業の形」を提案したいと思い、農業の工程を細分化して障がい者の方向けに作業マニュアルを作りました。これも農福連携技術支援者の講習で勉強をしてきた内容です。

取材日当日も、障がい者の方がファームで研修をしていた。写真は水槽の魚の様子を確認している風景。

様々な工夫をされているのですね。そのほか、導入されている「アクアポニックス」(※3)というシステムもユニークだと思います。

起業する際、愛着のある地元・世田谷で畑を作りたいと思っていました。子どものときの食育体験はすごく大切だと考えているので、食育ができて、かつこの地域で育った子どもが「将来世田谷で何かしたい」と思えるような場所をめざし、コミュニティファームにすることに決めました。その形態を考えたときに、海外経験のある友人からアクアポニックスを教えてもらったんです。水耕栽培と水産養殖のシステムを合わせ持つ環境にやさしい農業システムだと聞き、興味が湧きました。そこで、自分の家でも実証実験をしたうえでアカデミーに通って勉強して、「これならいける」と思い、設置を決めました。
アクアポニックスの設計も、原案は私と父で考えました。本来アクアポニックスは水が流れる仕様ではないのですが、どうしてもファームに水の音が流れる空間にしたかったので調整をしたり、なるべく自然素材を使いたいという想いから、一部に竹を使ったりと工夫しました。知り合いの方にご縁をいただいて、明治大学 地域デザイン研究室専任講師で建築家の川島範久先生にもアドバイスをいただき、学生さんにも協力していただいて作りあげました。ちなみに、竹は千葉県の竹林のものなのですが、私がジモティーを使って見つけました(笑)。竹害(※4)に対するアプローチにもなればと思っています。

「AGRIKO FARM」のアクアポニックス

竹の伐採の様子

アクアポニックス組み立て作業風景

SDGsの観点からも注目の取組みだと思います。

いま、このファームはSDGs17項目全てにフルコミットする内容になっています。福祉や環境といった側面の他にジェンダーも意識して、パートとして子育てが落ち着いた近隣のママさんたちに入っていただいています。家事や育児への評価ってなかなか可視化されないですし、その後の社会参画がなかなか難しいところもありますが、女性の活躍の場を増やすことにつながってほしいと思っています。

たくさんの方が協力されているのですね。

起業した当初に想像していたよりも素敵なファームができあがって、本当に自分でも驚いています。とくに、いまファームを運営しているのが小川珈琲さんのカフェ「OGAWA COFFEE LABORATORY桜新町」の屋上なので、ファームで取れたお野菜をコースメニューの一部で使っていただいています。

屋上にある「AGRIKO FARM」で収穫したリーフレタスや水菜などの野菜は、1階の「OGAWA COFFEE LABORATORY桜新町」でいただくことができる(写真は参考)。

育てるところだけでなく、食べるところまで全てが循環するモデルになっているのがすごく素敵だな、嬉しいなと思っています。起業した当初は1人で不安でしたが、いろんな方が協力してくれると、どんどん新しいことが可能になっていくんです。「この先どこまでいけるのかな?」と思って、さらに頑張りたくなるんですよね。

※2 障がいや難病のある方のうち、年齢や体力などの理由から、企業等で雇用契約を結んで働くことが困難な方が、軽作業などの就労訓練を行うことができる福祉サービス。
※3 水産養殖の「Aquaculture」と水耕栽培の「Hydroponics」からなる造語で、魚と植物を同じシステムで育てる新しい農業。1980年頃にアメリカで発祥したのが始まりと言われており、現在は世界的に広がりを見せている。
※4竹林が放置されたことにより生じる問題。土砂災害や伸びすぎた竹による家屋への被害などが生じる場合がある。

俳優もビジネスも、チーム戦という点は同じ

俳優との両立という点では、大変なことも多いのではないでしょうか?

撮影のある日は休憩やご飯の時間にファームのモニタリングをしたり書類を作ったりして、休日はファームに来て農作業をして、時間を切り分けしながらどうにか成立させています。やはりこれも1人ではできないので、家族や様々な方にサポートしてもらっていて、とてもありがたいです。

俳優の仕事と、ビジネスを進めていく起業家としての仕事は性質も異なると思います。

そうですね。ただ俳優の仕事も、1人じゃ何もできないんですよね。照明、衣装、メイク、カメラ、演出などそれぞれの役割の方がいて、チームでこそ成り立つ点では俳優業も農業も同じです。そういった意味では、やることが違っても同じマインドなのかなと思っています。 
また、俳優業に関して言うと、昔は自分のやり方にすごく固執する時期もあったのですが、最近は共演者との間で偶発的に生まれる状態の面白さや、チームでディスカッションをして作り上げていく面白さを強く感じることが多くなり、改めてお芝居がすごく楽しくなりました。私自身、農業などに触れる中で、ちょっと肩の力が抜けたのかもしれないですね。

おいしいものが食べ続けられる未来を

これから挑戦したいと考えていることはありますか?

俳優をしながら農業で起業をするというのは、珍しい形だと思っています。始めたからには、ドラマで私のことを知った方がAGRIKOの活動も知って、農業や私のやっている取り組みにも関心を持ってもらえるようにしたいですし、そうやって少しずつこのモデルを広げていきたいと思います。このモデルが広がることで、ファームが広がって、雇用が広がって、農業が広がって、全てが広がっていくんですよ。そうなったら、いまよりもっと大きなことができるんじゃないかなって思っています。

小林さんの考える「こうあってほしい未来」とは、どんな未来でしょうか。

おいしいものが食べ続けられる未来、です。結局「AGRIKO FARM」の取組みも、みんながおいしいものを食べられるようにしたいからやっているんですよね。食べることでみんな元気になるし、元気になれば社会も良くなると思っています。今後もそんな未来を作るために、行動していきたいと思います。

取材中も、ファームで栽培する野菜の様子を確認し、研修中の障がい者の方に声をかけるなど、ずっと走り回っていた小林さん。お話の中からは、関わる人たちへの感謝の気持ちと、よりよい未来への想いが溢れ出ていた。そのパワフルさとひたむきさで小林さんが目指す未来は、「AGRIKO FARM」を通じてこれからもどんどん実現に近づいていきそうだ。
「AGRIKO FARM」は、2022年夏頃から一般開放を予定しているという。そこには、子どもだけでなく、普段なかなか農業に触れることのない若い世代にも農業を持つきっかけになってほしいとの想いも込められているそうだ。ぜひ一度足を運んでみてほしい。

※株式会社AGRIKO では、ファームの増設に伴い、障がい者雇用をお考えの企業を募集中。詳細は以下のお問い合わせ先までご連絡ください。
お問合わせ先:info@aguriko.net


小林 涼子(こばやし りょうこ)
1989年11月8日 東京都出身。
昼ドラ「砂時計」「魔王」でヒロインを演じ注目を集める。2021年10月期TBS系「 婚姻届に判を捺しただけですが」、2022年4月期テレビ東京系「花嫁未満エスケープ」などほか多くのドラマに出演中。2014年より農業に携わる。家族の体調不良をきっかけに株式会社AGRIKOを設立。農林水産省「農福連携技術支援者」を取得し、AGRIKO FARMを開園。


取材・文:大沼芙実子
編集:篠ゆりえ
写真:服部芽生