「文化の盗用」と聞いた時、何を思い浮かべるだろう。日本の寿司をアメリカナイズしたカルフォルニアロール、キム・カーダシアン(Kim Kardashian)によるアパレルブランド「Kimono」、五輪メダリストで日本のスケートボード、スノーボードプレイヤーである平野歩夢選手のドレッドヘア... 日本ではそれほど議論されてこなかったテーマだが、世界ではレイシズムやそれに結びつく人権の保障のための法律にまで問題が及ぶという認識があり、特定の文化を盗用することがタブーとされることも少なくない。では、我々(文化を消費する側)はどうあるべきか。その理解を深めるために、本稿では特に黒人をルーツに持つ人々の髪型を例に文化の盗用をまとめていく。
文化の盗用(Cultural Appropriation)とは
文化の盗用はさまざまな説明が見受けられるが、基本的にはマイノリティ文化を他の人種・民族や文化圏の人々が表層的に流用することを指している。(※1)
ここでの“文化”とは、特定の民族、人種、または宗教グループの伝統、習慣、信念、および慣習を指す。文化の重要な要素は次の通り。
- 言語
- 芸術、音楽、文学
- 衣服
- 社会規範、習慣、価値観
- 歴史、政府
- 宗教、祭日
これらの文化的要素のいずれかを別の文化圏の人が「借用」した時に「文化が盗用された」ということになる。盗用は、文化的要素の誤用を伴う傾向がある。言い換えれば、人々は一般的に、魅力的だと思う要素だけを選択し、残りは無視し、それらの要素の背後にある重要な文化的背景を無視できる。
盗用( Appropriation)は様々な解釈が可能だが、一般には支配的な集団が、優位性や権利を主張しなければいけないと感じられた時、意識・無意識に関わらず従属的な集団から流用することで起こっている場合が多い。文化の盗用は特権的な集団、つまり経済的、政治的、制度的な権力を持つ集団が、抑圧された集団や疎外された人々から何かを借用したり、盗用したりする場合に起こる。また、盗用する側が「アクセサリー」のようにそれらのカルチャーを用いたり、やめたりできる「選択できること」に対する問題認識・理解が不十分である。(※2)
文化の盗用については黒人の権利や、あらゆる差別問題の発信を行っている非営利団体Japan for Black Lives の動画や記事、Instagramなどからも知ることができる。
白人をはじめとした他文化圏の人々には黒人文化を一部利用するも、髪型であったらケアが面倒になったり、ライフスタイルが変わったりなど、個人の裁量でそれを利用し続けない「選択の余地」がある。また、彼らはその髪型を理由に職務質問を受けることやキャリアが狭まる、ということも当事者と比べるとほとんどない。それに対して、マイノリティである黒人ルーツを持つ人々はその文化を背負い、未だに人種差別が残る社会で生きていかなければならない。こうした不平等な文化搾取の構造を表すために、「盗用」というより重い言葉が使われているという見方もある。
※1 参照:How to Recognize Cultural Appropriation — and What to Do Next
https://www.healthline.com/health/cultural-appropriation
※2 参考:The Blurred Lines of Cultural Appropriation - CUNY Academic Works
The Blurred Lines of Cultural Appropriation
ドレッド・ロックス、コーン・ロウ
●ドレッド・ロックス
「ドレッドヘア」とも呼ばれるドレッド・ロックスは、髪の毛同士が絡み合い収縮し束状になった髪型である。特定の起源は残っていないが、最古の記録では紀元前3000年・古代エジプト王朝にまでさかのぼり、古代エジプト人のミイラや彫刻などが現存している。また、ヴァイキング、ゲルマン族、ネイティブアメリカン・アボリジニを含む太平洋先住民等、さまざまな民族や集団が古くから似た髪型を用いたとの記録もあり、多くの地域で宗教的背景の象徴とされた。
諸説はあるものの、アフリカ黒人の髪の毛の質感を理由に、これよりずっと前にその地域で発生した可能性があるとする歴史家もいる。特にアフリカで長い歴史があるドレッド・ロックスは、ジャマイカ出身のアクティビストであるマーカス・ガーベイ(Marcus Garvey)が指導し黒人奴隷の解放及び連帯を訴えた黒人地位向上運動「ラスタファリ・ムーブメント」をきっかけに様々な地域で更なる広がりを見せた。独立運動で提唱された「ラスタファリズム」という思想が派生し、表現の1つとして“例え髪の毛であっても自らの身体に刃物を当ててはならない”という信仰を示すためにドレッド・ロックスを用いる人が増えた。ドレッド・ロックスという単語自体も、ラスタファリズムが発祥となり派生したものである。
1970年代、レゲエミュージシャンであるボブ・マーリー(Bob Marley)も多大な影響を与えた1人だ。こうして、ドレッド・ロックスは世界中の様々な文明で用いられ続けたと同時に、奴隷制度と植民地支配によって何世紀にも続いた抑圧からの自由と団結を目指したひとびとに伝えられたものでもあった。
●コーン・ロウ
コーン・ロウは3つ編みや4つ編みなどを頭皮に沿って細かく編み込んでいったもので「ケーンロウ」とも呼ばれる。アメリカのトウモロコシ畑で働かされていた奴隷やカリブ海の奴隷の歴史の足跡にも由来している。アフリカ人やアフリカン・ディアスポラ(※3)のひとびとは白人やアジア人よりも髪の毛が細く、カールした縮毛であることが多い。これらは他の髪の毛よりダメージを受けやすく、従ってどの時代においても手入れは複雑であり、さまざまなケアが必要とされてきた。一部のスタイルは完了するのに数時間かかったり、時には数日かかるという。また、編みは最大1ヶ月継続されるため、編む前にブラックソープを用いたクレンジングやシアバターなどで髪と頭皮に油をさすことは非常に重要である。
髪型自体は古代エジプトの時代に生み出されたものであり、コーン・ロウを剃り「かつら」として身につけている人々の彫刻と象形文字は古王国時代、第3王朝(紀元前2686~2613年頃)、第4王朝(紀元前2613年~2498年頃)に発見されている。
奴隷制以前には編みが部族間のメンバーシップや層別化など非言語コミュニケーションとして機能したり、髪を編むことが古代アフリカ人が互いに行った精神的な儀式や社会的奉仕といった意味を持ったりしている。コーン・ロウと組紐の技術は伝統的な技能として家族のうち年配の女性であるマスターによって世代から世代へと今日に至るまで受け継がれている。また、コーン・ロウは1人で行うことは非常に難しいため人の手を借りて編むことになる。この相互の行為が友情や愛の結びつきを確立することを意味した。
14世紀、ヨーロッパ人によるアフリカ人の奴隷化により文化的アイデンティティが一掃され強制的な労働を強いられた。奴隷にされた際、編み込みは非言語でのコミュニケーションとしての機能を果たした。食べ物や種を隠す際のサインの他、お互いが通信するためのある種自由への合図としてコーン・ロウは使用されていた。そうした植民地化行為が行われる中でもアフリカ大陸ではさまざまな部族によって髪型が維持、継承され続けた。18世紀、宗教的な理由や産業革命などを理由として奴隷貿易の禁止がされた。所有者は奴隷の健康状態を維持する必要が高まった。また所有者の元で働く奴隷はきちんとした身なりであることも求められたため、手入れの道具(使い古しなど)によって髪などをケアした。
1950年代、ケニアでの英国植民地主義に対するマウマウ団の乱後、アフリカ系アメリカ人コミュニティは、奴隷制度の廃止から数年後にまだ直面していた同様の不正のために武装しており、1950年代から1960年代の公民権と黒人権力運動に影響を与えていく。その独特なファッションやヘアスタイルは視覚的にも影響を与え、多くの芸術家や活動家が彼人らの祖先のルーツを研究したり、ヘアスタイルやファッションを学びにアフリカへ赴いたりした。その後、西アフリカからアメリカへの移民流入などによってコーンロウは知名度をあげ、伝統的な編み込み技術を専門とする美容院も増えていった。そして19世紀にはコーンロウがヒップホップカルチャーの代名詞になっていった。それらはアフリカの遺産に対する彼人らの誇りの象徴として用いられ、代表的なシンガーとしてはスヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)やバウ・ワウ(Bow Wow)などが挙げられる。
※3 用語説明:〈離散〉を意味するギリシア語。バビロン捕囚後にユダヤ人が異邦人の土地へと離散したという聖書の記述に由来し、本来はイスラエルから他のさまざまな場所へと移り住んだユダヤ人とその子孫の共同体をさす。しかし〈元は同じ場所に住み一つの文化を形成していたがその後は各地へ移住した状態にある〉という意味で、ユダヤ人に限らず使われる。新世界の各地に連行されたアフリカ人奴隷の子孫は、アフリカン・ディアスポラまたはブラック・ディアスポラと呼ばれる。ディアスポラは移住先の文化を少なからず変質させる。
参照:
・The Rich History of Braids:
https://www.amplifyafrica.org/the-rich-history-of-braids/
・Where Do Dreadlocks Come From?:
https://theculturetrip.com/europe/greece/articles/does-the-origin-of-dreadlocks-stem-from-ancient-greece/
・The History of Dreadlock:
https://lionlocs.com/blogs/dreadlocks/history-of-dreadlocks
・cornrows(コーンロウの歴史):Tameka Ellington Phd
https://www.academia.edu/33401412/cornrows_pdf
盗用の問題意識と保護の動き
いずれの髪型にしても、歴史的背景を紐解くことで奴隷制度や植民地主義への抵抗、黒人としてのアイデンティティを示す象徴として用いられることがわかる。その上で、現代における文化の盗用の事例について記していく。
まず、白人が身につけているドレッド・ロックス、ブレイズやコーン・ロウについては以前から文化の盗用と見なされてきた。白人至上主義社会において、支配的な人々が抑圧されている側の文化要素を盗用、一部変更して用いることの加害性が問題視されている。白人は1970年代から「エキゾチック」とみなし黒人の髪型を着用し始めたが、すでに述べたような理由からアフリカ及びアフリカ系アメリカ人などの人々には非常に不快であると解釈され続けている。
白人俳優のボー・デレク(Bo Derek)が『10』(1979)という映画の劇中でコーン・ロウをまとい、これによって「Bo Braids(ボー・ブレイズ)」のワードと共にコーン・ロウが流行した。また、著名な白人でもデヴィッド・ベッカム(David Beckham)やジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)、そして冒頭にも述べた「Kimono」のキム・カーダシアン(Kim Kardashian)もまた、「シック」「トレンド」として用いている。しかし、これらのほぼ全てが物議を醸すものとして見なされ、アフリカ系アメリカ人のコミュニティだけではなく、白人コミュニティの一部からも疑問視、批判の声が挙がっている。また、TikTokなどのSNSにおいてもそれらの指摘は見られており、これらの盗用がタブーであるという認識は一般的なように感じられる。
もちろん冒頭の説明でも述べたように、日本を含む東アジア人もまたその「盗用」する側として非難されるので「白人と黒人」という二元論で語られる問題ではない。むしろ白人至上主義の下で社会に加担し、先進国として利益も得ていた点を考えると、盗用の当事者として扱われる側面もある。そうであれば、黒人差別に対する責任や人権の保障も議題として取り上げられてもおかしくないはずであるが、その人権意識が不十分であるために文化の盗用への危機意識もまた、低いままであるのが現状だ。
法整備に関しては、「クラウン法(Crown)」(※4)をはじめ、アメリカの一部の州では髪型差別を禁止する法律が制定されている。2019年、コリー・ブッカー議員がルイジアナ州選出のセドリック・リッチモンド議員とともにクラウン法を連邦レベルで提出している。同法では髪質や髪型によって人を差別することを違法としている。クラウン法案が提出されたのはカリフォルニア州、コロラド州、メリーランド州、ニュージャージー州、ニューヨーク州、ヴァージニア州、ワシントン州の7つ。(同法案を成立させているのは現在のところカリフォルニア州のみ)(※5)
カリフォルニア発の大手ハンバーガーチェーン「In-N-Out Burger」が身だしなみ規則違反としてドレッド・ロックスの男性を不採用として問題になったことや、髪型による差別などがこの法整備の背景としてあり、これらの黒人への差別意識はBLM(Black Lives Matter)の運動を見ての通りであり、日本におけるレイシャルプロファイリング(※6)などにも関連する深刻な問題である。
※4 用語:「Creating a Respectful and Open World for Natural Hair」(自然な頭髪を尊重する開かれた世界をつくる)の頭文字をとったもの。
※5 参照:Esquire The CROWN Act Is Long Overdue https://www.esquire.com/style/grooming/a34922171/the-crown-act-anti-hair-discrimination-bill/
※6 用語:警察が、人種や宗教などに対する先入観から、黒人など偏った層に対して捜査をすることを指す。 日本の職務質問「レイシャル・プロファイリング」という差別|Racial Profiling in Japan | https://japan4blacklives.jp/2021/07/ourepisodes/racialprofilinginjapan/
考えたいこと、知れること
特定の社会問題を理解する時、個別の問題のみで考えることは難しい。当然、歴史という過去の延長線上に今の問題があり、いずれも社会構造の中で交差して生じていることはレイシズムやフェミニズム、気候変動などとの関連性を見ていても明らかであろう。ブラックカルチャーの盗用に関しても同じく、民族的アイデンティティや奴隷制度といった歴史や黒人文化を尊重せず、カルチャーだけを表層的に消費することは理屈として受け入れられない。しかし、ドレッド・ロックスに見るように、歴史を辿ってみても複数の類似した髪型が存在するという場合やそもそも「文化の盗用」の価値観や定義の線引きなどについても議論が続いていることは述べておきたい。髪型以外でもカラリズム(※7)などブラックカルチャーと差別・レイシズムの歴史というのは密接な関係がある。また、奴隷制や公民権運動時代に関する映画やドラマはこれまでに多く制作されてきている。今回述べてきたものはあくまで一部の説明にすぎない。無意識の差別(文化の盗用)を起こさないためにも、ルーツを知り、文化の背後に存在する出来事や、文化や当事者にどのように敬意を払っていけばいいのか考えていく必要がある。これを機にぜひ、触れて考えてみてはどうだろう。
※7 用語:ある人種や民族集団の中で、浅黒い肌よりも色白の肌の方が価値があるとされる偏見のこと。明確な定義はないが、白人が黒人を差別する、黒人がアジア人を差別するといった別の人種から別の人種に対しての差別ではなく、「同じ人種・民族い間で、肌の色がより明るい人が、より暗い人よりも優位に扱われる」といった差別を指すことが多い。
文:宮木 快
編集:篠ゆりえ