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壁を越え続ける秘訣は「覚悟と客観性」 小野賢章さんインタビュー

世界中で人気を博す映画「ハリー・ポッター」シリーズ。そんな「ハリー・ポッター」シリーズの日本語吹き替え版で、ハリーに声で命を吹き込み続けてきたのが、声優の小野賢章さんだ。

近年も『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』などの話題作に出演。さらに2022年3月には、1年で最も活躍した声優に贈られる「第16回 声優アワード(※1)」の主演男優賞に選出された。その他にも舞台・映画・ドラマと幅広く活躍する小野さん。現在の華々しい活躍の背景には、どんな道のりがあったのだろうか?

※1 2006年に創設された賞で、声優アワード実行委員会が主催し、KADOKAWA、文化放送、小学館、小学館集英社プロダクションが共催する。2020年10月1日~2021年9月30日に新作としてTV放送された作品、上映または配信された作品、リリースされたゲーム、DVD、ビデオ作品などが、第16回の選考対象となった。

キャリア形成のきっかけ

まず、どのような経緯で声優・俳優としてのキャリアをスタートされたのか教えていただけますか?

親の勧めで児童劇団に入ったことがきっかけでした。小さい頃は声優や俳優になりたいと強く意識していたというよりも、ただ演技や歌やダンスを好きでやっていました。そのなかで声優という職業を強く意識するきっかけになったのは「ハリー・ポッター」シリーズだと思います。
でも「ハリー・ポッター」シリーズをやっているときも、その後の10代も、声優1本でやっていくとは全く考えていなくて。演じることが好きだったので、若い頃は「仕事があれば何でもやります」というスタンスでした。20代前半のときにオーディションで受かった『黒子のバスケ』という作品をきっかけに声の仕事をたくさんいただくようになりました。なので、いまも「声優か俳優、どちらかを主軸にやっていこう」と決めてはいないんです。舞台も好きですし、お声がけいただいた仕事をやっている感覚に近いです。声の仕事も舞台の仕事も好きですね。

声の仕事と舞台の仕事を両立させるなかで、演技にどのような相互作用が生まれるのでしょうか。

演技を構築していく過程は舞台経験を通じて培ってきたものなので、声の仕事であってもお芝居のベースは舞台寄りですね。アニメは絵に声を当てるので、実際には身体で表現するのが難しい動きに声をつける場合もあります。たとえばバトルシーンでは、日常生活では使わないような大きい声を上げるので、どうしても不自然になってしまいます。声の仕事だけではどんどん大げさになっていってしまう芝居の傾向を、舞台で自分の身体も使って表現することで、等身大のサイズに戻していくという感覚です。

「バイトで稼ぐ生活に慣れたらやばいな」
試行錯誤を繰り返したキャリア初期

誰もが知っているキャラクターの声優を務めるなど、幼少期から華々しいキャリアを積まれてきた印象を受けます。逆に、壁に直面した経験はありますか?

高校を卒業したときが1番きつかったですね。両親もきょうだいも大学を出ているのに、僕は演技をずっとやってきたので学業を優先する方ではなかったんですよ。高校を卒業するときも、ギリギリまで舞台をやっていてあまり受験勉強をしていなくて。少し厳しい家庭だったので、親からは「大学に行きなさい」と言われ、推薦だけは受けたんですよ。でもそれも全部落ちて、「ああ、やっぱり大学には縁がなかったんだな」と思いました。となると、やはりこれまでやってきたことで食べていくしかないという状況になったんです。
当時、「ハリー・ポッター」シリーズの仕事はありましたけど、1年か1年半に1回という頻度で、しかも収録は3日間ぐらいで終わるので、365日分の3日間だけをそこで使って、もう他にやることないんですよ。もちろん、それだけで食べていけるわけではないので、その時期は金銭的にも精神的にも、厳しかったですね。

その時期のエピソードで印象に残っているものはありますか?

本当に仕事がしたくて、そのために必死でしたね。でも本当にお金がなくて、1ヶ月ポップコーンで生活したこともあります(笑)。しばらくバイトをして過ごしていたのですが、20歳になって「バイトで稼ぐ生活に慣れたらやばいな」と思ったんですよね。普通に生活ができてしまうし、全然追い込まれないなと思って、改めて声優や俳優の仕事に向き合おうと思い、全てのバイトをやめたんですよ。
そこからはどうやったらオーディションに受かるのだろう、ということをすごく考えました。親のすねをかじりながらアニメを見て勉強して、オーディションを受けては落ちて、また勉強して、みたいなことを繰り返していましたね。その時期に『黒子のバスケ』のオーディションに受かったことがきっかけとなって、声の仕事が軌道に乗り始めました。

「俺が目立とう」ではなくて「自分の役割を果たそう」という気づきが転機となった
 

俳優業も声優業も人気の職業で、チャレンジはするけれどもうまくいかない人の方が圧倒的多数だと思います。小野さんご自身はどうしていまの成功があるのだと思いますか。

1つは、非常に向上心が強かったということですね。18歳とか19歳の頃、自分の出ていたアニメを見返して「めちゃくちゃ下手くそだな」と思ったんですよ。「いまの自分、需要が全くないな」と。僕が視聴者だったら「何だこいつは」と思うぐらい、自分のお芝居が嫌だったんですよね。
そこから「じゃあ声優の仕事をゲットするにはどうすればいいんだろう?」と考えて、アニメを見て勉強するなどの努力をするようになりました。1日レンタルショップにいて、片っ端からシリーズ物を借りて、1日中アニメを見て、ということをくり返したんですよね。他の人が遊んでいたり大学で勉強したりしている時期に、僕はそれだけに時間を費やしていました。孤独だったけど楽しかったですね。

あともう1つは、客観的に自分のことを見られたことが大きいと思います。自分がパフォーマンスしていく上で、その役に対して監督やプロデューサーがこうしてほしいというイメージがそれぞれあるわけですよね。たとえ僕が良いお芝居をしたと思っても、それがイメージとズレていたら全く成立しない。いまでも「僕はこの現場で何を求められているんだろう?」ということをすごく考えるようにしていますが、当時も求められてるものをキャッチする力は割と持っていたかなと思います。

ご自身のなかで、これまでの経験で客観性が養われたと思うエピソードはありますか?

舞台中心でやっていた頃、誰にでも突っかかってイライラしていた時期があるんですよね。なかなか芽も出ないし、「ハリー・ポッター」シリーズも小さい頃からやっていて実績があったのに、最近出てきた他の声優さんの方が一気に人気が上がっていって。その時期は「悔しいからこの舞台で1番目立ってやる」みたいな、ただ野心を持って芝居に臨んでいたんです。
でもそのときの打ち上げで、先輩から「そんなに目立たなくていいぞ」と言われたんです。「賢章が頑張っていることを、見ている人は見ている。でもその作品を成立させていく上では、それぞれに役割がある。それぞれの役割を全うして、全員で協力して1つの舞台を作っていくことが大事なんじゃないのか」と言われて、はっとしましたね。「俺が目立とう」ではなくて、「自分のもらった役割をしっかりやろう」ということに気づかせてもらいました。

大きな転機だったんですね。

そうですね、その言葉を受けて、打ち上げ最中にも関わらずトイレで号泣しました(笑)。自分ががむしゃらに前に出ていくことを、しんどいと感じていた時期でもあったんでしょうね。そういうやり方が向いてはいるけれど、報われない悔しさがあったんだと思います。あの言葉に救われましたね。

声優に求められるものの変化、今後の展望

近年、全国に声優養成スクールができるなど、声優は人気のある職業になりつつあります。一方で声優として活動するなかでいろいろなスキルが求められる時代になってきているとも思います。幼い頃から声優というキャリアを積まれてきて、求められるスキルについて感じる変化はありますか。

昔に比べたら、声優に求められる能力の幅が広くなっていますよね。いまはアイドルもののコンテンツがすごく流行っているので、歌うことや踊ることが求められる場面が多くなりました。一方でそういったものが苦手でも第一線で活躍されてる方はたくさんいるので、本質的なものは変わっておらず、「どのようにお芝居を突き詰めていくか」を考えることも大事だと思います。

最後に、声優という職業の今後について考えていることがあれば教えてください。

ここ数年で声優という職業の認知度が上がってきて、それに伴って仕事の幅が広がってきたのはありがたいですね。今後は、それが一時的な声優ブームで終わらなければいいなと思っています。いまはいろんなところで活躍の裾野が広がってきているので、新人の子たちも僕らと同い年ぐらいになったときに活躍できる場が持続していたらいいなと思います。

 

誰もが知るキャラクターに声を吹き込み、着実に声優としてのキャリアを歩んできた小野さん。大きな壁に直面したときも向上心を持ち続け、何が自分に求められている演技なのかを客観視できたことがキャリアの突破口になったと語ってくれた。誰しも、生きていく上で競争にさらされ、ときには思うような成果を挙げられないこともある。そこで分水嶺となるのは、自身の選んだ道でやり切るという覚悟と客観性なのかもしれない。


小野 賢章(おの けんしょう)
1989年10月5日、福岡県生まれ。「ハリー・ポッター」シリーズの日本語吹替版で全作にわたり主人公ハリー・ポッター役を担当した。俳優、声優、歌手などジャンルを超えて活動する。近年の出演作に映画『ウエスト・サイド・ストーリー』(吹替)、映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』、ミュージカル『Jack the Ripper』など。

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取材・文:Mizuki Takeuchi
編集:大沼芙実子
写真:服部芽生