よりよい未来の話をしよう

連載「あの人の温泉ワーケーション」vol.2  水野祐さん(法律家)

温泉旅館に泊まり、休みつつ仕事をする「温泉ワーケーション」。この温泉ワーケーションを毎回多彩なゲストに体験してもらいながら、あしたをよくするヒントについて伺う不定期連載企画が「あの人の温泉ワーケーション」だ。2回目となる今回は、クリエイターに寄り添い法律の力をつかって表現の可能性を探る、法律家の水野祐さんをゲストに迎えた。今回の温泉ワーケーションの舞台も、vol.1同様、神戸港に臨む温泉旅館「神戸みなと温泉 蓮」。リモートワークが浸透し、温泉ワーケーションという働き方も生まれたこの時代。私たちの働き方は、これからどう変わってゆくのだろうか?(vol.1の辻愛沙子さんへのインタビューはこちらから)。

「日常のように振る舞う」という、ワーケーションのあり方

画像提供:神戸みなと温泉 蓮

水野さんの普段の働き方は、リモートワークが多いですか?

そうですね。わたしがやっている企業の法務は、基本的にパソコンが1台あればどこでも仕事ができます。法律分野にはまだ紙文化も一部では残っていますが、コロナ禍でだいぶ変わりました。裁判所とのやりとりは未だFAXが使われているという笑えない話がありますが、一方で、最近では裁判期日はTeamsで遠隔参加が当たり前になってきました。

そうなんですね。少し意外に感じました。

弁護士全体のマジョリティーとは少し異なるかもしれないですが、企業系の弁護士は割と場所を選ばずに仕事をしているイメージです。意外とワーケーションをしやすい職種だと思いますし、そういったフットワークの軽い弁護士も最近では増えているように思います。

今回「神戸みなと温泉 蓮」でワーケーションをしてみて、普段仕事をする時との違いを感じましたか?

新鮮な気持ちで仕事に臨めるという点は大きな違いです。場所が変わると、気分や視点を変えるきっかけを得られる。勘違いかもしれないですけど、そんな気がします。いつもと同じ自宅で仕事をしているとマンネリ化してしまうので、気分転換は必要ですね。と言いつつ、実はプライベートで旅行はあまりしなくて、遠方に行くとすれば出張の時ぐらいです。出張の際も、空いた時間は観光するよりも仕事をしていたいタイプなのですが、用事が終わった後も少し長めに滞在して現地で仕事をすることはコロナ前からよくやっていました。仕事の合間にちょっと街に出たり、夜は現地の美味しい物を食べたりするのが好きです。それも1つのワーケーションの形なのかもしれないですし、私には合っているようです。

訪問先で、旅行というよりあくまで地元の人として暮らすような過ごし方が好きだということですか?

そうですね。旅行先で観光の予定に追われて忙しく過ごすのが、私は苦手なんです。訪問先で過ごす場所は現地のホテルでも近くのカフェでも良くて、「非日常的な環境で日常のように振る舞う」という事が好きなんだと思います。

例えば合宿のような形で、同僚の方々と温泉ワーケーションをするとしたらどうでしょう?

私の周りにもそういう働き方をしている人たちがいて、何人かで長崎の五島に行ってワーケーションをしていました。それぞれ仕事はしつつ食事は一緒にするなど、オフィスのような使い方をしていましたね。すごく合理的だし、楽しそうだなと思いました。

シームレスに満喫できる、旅館の仕組み

画像提供:神戸みなと温泉 蓮

ワーケーションの中にもいろいろなスタイルがありそうですね。この旅館に泊まってみて、どうでしたか?

温泉のバリエーションが豊富で感動しました。居室や温泉に入る時にも、どちらにも共通したキー代わりのリストバンドをドアにかざすだけでいいので、館内では身軽に過ごすことができ、何をするにもスムーズで快適ですね。起床して、特に何も持たずにそのまま温泉に行くことができますし。施設の仕組みがシームレスに出来上がっていて、とても便利です。ここだったら、例えば1時間仕事をして30分温泉に浸かり、また部屋に戻ってきて打ち合わせをするといったことも、すごくスムーズにできると思います。

確かに、シームレスさは普段通りの暮らしに近いものをもたらしてくれる気がします。そのほかの点についてはいかがでしたか?

湯治に力を入れている点も良くて、長風呂をしたくなりました。月替わりの湯でヨモギの湯というのに入ってみたのですが、とても気持ち良かったです。新神戸駅から車で15分ぐらいで来ることができて、旅館へのアクセスも便利でした。あと、港の景観と温泉の組み合わせってあんまりないですよね?港の中で温泉に入るという少し特殊な環境が気に入りました。

画像提供:神戸みなと温泉 蓮

なかなか無い素敵なロケーションですよね。

温泉はたいてい山の中にあるイメージですが、海が近いこの旅館では時々船の音や汽笛みたいな音が聞こえて、すごく和んで良いなと思います。部屋で仕事をしていても、賑やか過ぎず、静か過ぎなくて良いですね。普段賑やかな場所で仕事をすることが多いので、急にこういう場所に来ると、一気に集中する習慣を作りやすいなと感じます。

変わる働き方、その一方で

コロナ禍を受けてリモートワークが浸透しましたが、それについてはどのように感じていますか?

対面で会うことの重要性も、もっと見直されていくのではないかと思っています。メールやチャットでのやりとりしかしない期間が続くと、疲弊する人も少なくないと思います。それにリモートワークだと、“不要なもの”が削ぎ落とされてしまいます。リアルで会うと雑談する余地があって、そこに次の仕事の種や思考の種、関係性を醸成するためのヒントがあることも少なくありません。意味がないものや無駄なものこそ、人間にとって大切だと最近は思いますね。

ではコロナ禍が収束したら、再び対面でのやりとりを中心とする社会に戻るのでしょうか?

そういう訳ではないと思います。対面で会うことの良さは再確認されるでしょうけど、前の社会に戻る必要は無いと思っていて、オンラインというやり方やリモートワークは効率的で便利なので、残ると思います。オフィスに行っても良いし遠隔で仕事しても良いというふうに、選択肢が増えるのではないでしょうか。企業法務の弁護士で言えば、時間あたりのタイムチャージをご請求させていただく形で仕事することが多いのですが、たとえば、リアルミーティングのタイムチャージを、リモートワークよりも高く設定する、なんていうことも出てくるかもしれません。

ワーケーションやそれを取り巻く社会は、これからどのように変わっていくと思われますか?

働くことや休むことが、今後もっと流動的かつ柔軟になっていけば良いなと思います。一方で、流動的な働き方ができる人たちとそうでない人たちの間で、二極化が進むと思います。1つはいわゆるクリエイティブ・クラスと呼ばれる、パソコンが1台あれば仕事ができる層です。デザイナーやプログラマー、コンサルタント、弁護士などがこれに当てはまります。そういった職業の人たちの働き方は場所にとらわれにくく、働きながら容易に移動ができるので、ワーケーションを最大限享受できると思います。これからの時代、移動できる人はより積極的に移動し、多拠点で仕事をしていくのではないかと思います。コロナ禍が明ければ、海外も含めてより動きやすくなるのかもしれません。
でも全員がそうという訳にはいかず、エッセンシャルワーカーの方々など、仕事をする上でそう簡単に移動できない人もいますよね。それとは別の観点として、移動のための経済的なハードルも考えられます。経済的な格差が移動の自由・不自由に直結し得ることは、今後の社会が抱える深刻な問題の1つになるのではないでしょうか。
 

休みながら働くという選択肢

「好きな場所で仕事する」という働き方が浸透してきている今。従来のように出社して対面でコミュニケーションすることの大切さも見直されつつ、その一方でリモートワークという選択肢が増えたことによって、時間の使い方次第で様々な体験をしやすくなったのではないだろうか。温泉ワーケーションなら、隙間時間に温泉で疲れを癒やすことができる。働き方が柔軟になったおかげで、自分の生活リズムに合わせて休息を取りやすくなった人も増えただろう。コロナ禍が明けても、癒やされながら働くという選択肢も大事にされる社会であってほしい。次回は、辻愛沙子さんと水野祐さんの対談の様子をお届けする。

 


水野祐
法律家。弁護士(シティライツ法律事務所)。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。九州大学グローバルイノベーションセンター(GIC)客員教授。著書に『法のデザイン-創造性とイノベーションは法によって加速する』など。

 

取材・文:髙山佳乃子
編集:篠ゆりえ
写真:服部芽生