私たちの働き方は、近年多様化してきている。特にコロナ禍で在宅勤務が余儀なくされたことで、それまで「当たり前」であったルールが見直され、柔軟な働き方が導入された企業も少なくないだろう。また近年では、企業は社員の「ワーク・エンゲージメント」(※1)を重視する傾向にあり、“社員を大切にする”という考え方が一層高まってきているとも言える。
※1 個人が働くなかで「仕事に誇りややりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)の3つが揃っており、仕事に多くのエネルギーを注ぎ、楽しく働いている状態を指す言葉。組織に対する愛着や仕事のパフォーマンスを高めることにつながるとされており、重視する企業が増えている。
変化する「組織」と「個人」の関係性
VUCA(Volatility/不安定・Uncertainty/不確実・Complexity/複雑・Ambiguity/曖昧性)といわれる予測不可能な現代は、社会の変化が早く、先を見通すことが難しい。そのような時代には、これまでの「社員は企業に尽くす」といった考え方が通用するはずもない。社員一人ひとりが自分の頭で考え、企業の中でも自律的・主体的に行動し、変化に柔軟に対応していくことが求められる。ある意味、組織(企業)と個人の関係性はフラットになってきており、社員一人ひとりのやる気を引き出し、その能力を最大限生かして働ける環境を提示することが企業に求められている。
また社員側も、自分に合った働き方のできる環境を“選択する”という価値観が高まってきている。一度入社した企業に定年まで勤めるということはもはや当たり前ではなく、より自分の求める環境がある組織を求めてキャリアを築いていく傾向にあると言える。
「組織」と「個人」の関係性は確実に変化してきており、企業側もそのことを認識し、社員のワーク・エンゲージメントを高めていくことが求められる。そのためには、社員に寄り添い、やる気を引き出す組織風土を作っていくための視点が、重要になってくるのではないだろうか。
「日本一社員が幸せな企業」はホウレンソウ禁止?
このような価値観がトレンドになってきている現代であるが、創業以来、約60年ほど前から“社員のやる気を引き出す”ためのユニークな自社ルールを導入し、社員の自主性を尊重している企業がある。岐阜県に本社を構える未来工業株式会社(※2)(以下、未来工業)だ。電気設備資材、給排水設備資材などの製造・販売を行っており、創業以来赤字なし、業界では国内トップクラスのシェアを誇る。一方で「日本一社員が幸せな企業」としても知られており、社員を1番に考える思想やその実現に向けた働き方などに注目が集まっている。いったい、どんな企業なのだろうか?
未来工業は1965年に創業した。町工場としてスタートした当時から、下請けではなく、価値のある独自の製品を作るメーカーとして事業運営を開始。創業者の山田昭男元社長の発想から「周りと違うことをやる」という考えを大切にし、製品開発だけでなく、働き方に関してもユニークな仕組みを導入していった。そんな他に見ないルールをいくつか紹介しよう。
・制服なし
以前は制服を貸与していたそうだが、社員から「デザインがおしゃれじゃない」との声を受け廃止。現在は制服代として毎年1万円を支給し、マイ作業服で仕事をする社員もいれば、私服で仕事をする社員もいると言う。
・ホウレンソウを強要しない
もちろん社員間の情報共有は行うが、ホウレンソウの強要はしない。一人ひとりが主体的に考え行動することを重視している。
・残業原則ゼロ
社員一人ひとりが時間内に仕事を終える方法を常に考え工夫して働く。未来工業にとって良い社員は、「睡眠8時間、仕事も8時間以内、残り8時間は好きなことに」ができる社員だそう。もともと未来工業が劇団員メンバーで創業した企業であり、「早く仕事を終わらせて演劇活動をしたい」という幹部の想いがあったことも、このルールと文化が生まれた発端となっているようだ。
・おそらく上場企業で日本一? 休日の多さ
年間休日がなんと140日付与される(平均は120日程度)。豊かなプライベートの上に仕事の充実があるという、「ライフ・ワーク・バランス」が大切だという思想から、このような制度を取り入れていると言う。
・1件500円がもらえる提案制度
業務改善などのアイデアを1件出すことで、会社から500円が支給される。提案内容はどんな内容でもよく、その提案が不採用となったとしても500円は支給されるそうだ。いまでは年間約5000件の提案が社員から挙がっていると言う。
いかがだろうか。多くの企業は真似をしたいと思ってもなかなかすぐには実現できないような、魅力あふれるルールが並んでいることに驚く人も多いのではないかと思う。こういったルールが実現する背景としては、未来工業が大切にしている「常に考える」という思想がある。企業のいたるところにこの言葉が掲げられており、社員一人ひとりが主体的に考え仕事に取り組める環境作りを行っている。
“ホウレンソウを強要せずに”どうやって仕事をするのか不思議に思う人もいるかもしれないが、これはもちろん職場のコミュニケーションを軽視するということではない。上司が命令して仕事をさせるのではなく、社員にその仕事を行う意義を納得させ、モチベーションを高めることを重視するがゆえのルールだ。そうすることで社員が主体的に行動し、その結果より良いアイデアや製品が生まれていくと言う。
このような環境を提供している未来工業では、社員の働くことへの満足度も非常に高いようだ。未来工業の現状と大切にしていることに関して、実際に話を聞いた。
※2 未来工業株式企業 https://www.mirai.co.jp/
差別化を徹底することで、新しい発想を生む
非常にユニークなルールが長年定着している未来工業。実際に働いている社員からの反応にはどんなものがあるのだろうか?
「社員から聞こえる声として、『社員を1番に考えてもらえるので働きやすい』という反応が多いです。世の中には『ワーク・ライフ・バランス』という言葉がありますが、未来工業ではワークとライフの順序を変えて『ライフ・ワーク・バランス』が大事だと考えています。生活が安定して初めて仕事に集中できるという考え方です」
この言葉を体現する通り、未来工業の離職率は非常に低い。全国平均が15%であるのに対して、直近3年度の平均値は約1%だと言うから驚きだ。未来工業で働くことが、社員にとって非常にポジティブであるという雰囲気がよく伝わってくる。また、結婚や出産などのライフイベントと仕事との両立に壁を感じる企業も多いと思うが、未来工業では創業初期から変わらず、出産後も辞めずに働き続ける人がほとんどだと言う。
創業当時から定めているユニークなルールは、時代に合わせて少しずつ変化してきた。その際にも、未来工業がこれまで大切にしてきた「社員を大事にする、やる気を大事にする、発想を大事にする」を基本に据え、時代に合わせたアップデートを続けているそうだ。
そんな未来工業の思想があるからこそ、達成できたと感じるエピソードについても聞いたところ、最近参入を果たした農業分野の商品開発について話してくれた。
「設備資材メーカーである未来工業では、住宅着工数の減少とともに、既存分野における製品のさらなる充実と全く新しい分野への挑戦が必要でした。新分野への参入という経営判断の必要な場面においても、未来工業では社員主導で検討を行います。その結果、私たちが大切にしたいこととして、『未来工業のモノづくりにおける考え方が活用でき、かつ社内の製造技術が生かされる』という観点が見えてきました。その観点から広く市場を探った上で、見えてきたのが農業分野への参入です」
通常、新分野への参入といった大きな経営判断は経営幹部主導で行われ、社員にはただその結果が通知される、というイメージが強い。しかし未来工業では日頃から社員が提案しやすい環境が整っているがゆえ、社員も議論に参加することができ、また実務を担う社員自身が大切にしたい価値観が見出せたのだろう。まさに未来工業が大切にしている、社員の主体性が活かされた場面だと感じる。
「日本の農業は高齢化や就農人口の減少といった問題を抱えており、省力化が必要とされています。そこで“未来工業らしいモノづくり”が出来ないかと考え、数名の開発・営業の有志が中心となり、全国の役所や大学、農業試験所やJA、農業法人等を回り調査を行いました。試行錯誤の末、水田の水管理業務の低減を目的とした無電源で自動止水が行える商品『水田当番』が完成し、未来工業の農業分野への参入が始まることとなりました」
「開発を共にした農業生産法人からは、低コスト、簡単施工、無電源、シンプル機能といった条件が出されましたが、未来工業ではこれらすべてのポイントを解決する、農家の目線に立った新しい自動止水装置を開発することができたと言えます。
このような新分野での商品開発においても、創業当時から未来工業でのモノづくりの考え方にある『他社との徹底的な差別化』や『半歩進んだモノづくり』という考えが生かされたのだと感じています」
このエピソードから、未来工業の社風があっての新規事業参入だった様子がよく理解できた。経営層だけが考えるのではなく、社員一人ひとりが「常に考える」を実践していたからこそ、社員の有志が主導となって“未来工業らしい”製品を開発できたのであろう。
また、日本全体で見るとここ数年で特に顕著に「働き方改革」が叫ばれ、多様な働き方を導入することが社会的な動きとなってきているが、未来工業はそのトレンドが生まれる何年も前から、社員に優しい組織風土を構築すべく工夫してきた。未来工業にとって、ある意味“遅れてやってきた”とも見えるこのような時代の変化については、どんなことを感じているのだろうか。
「未来工業の制度は、『他と同じではなく他と違うことを行い、差別化を徹底することから新しい発想を生み、利益を出していこう』という考えに基づいています。そのために、まず良い制度を作り、社員のやる気を高め、差別化した商品やサービスを提供していっています。
日本社会全体を見ると、高度成長期が終わり、時代が変わり、グローバリズムが進んで世界と激しく競争を行う必要が出てきました。そのため、やはり社会全体でも働き方を重視する流れになってきたのだと感じています。そうしないと、日本企業は今後、世界で生き残れないということかもしれません」
最後に、未来工業が今後さらに進化していくために取り組みたいと考えていることを伺った。
「いままでの考えを大事にしつつ、どんどん変化して新しい分野に挑戦していきたいと思います。現在はいままで取り組んでいた電設分野だけでなく、先ほどご紹介した農業に加え、介護等様々な分野に挑戦を行っています」
働くこと自体への概念が多様化している現在、より組織と社員の関係性はフラットになり、企業が社員に指示をするのではなく、互いに協力しながら成長していくパートナーに近い間柄へと変化してきていると感じる。
より社員が自分の強みや個性を生かし、企業と良い関係性を築いて働くことは、企業という組織を通じて選択肢のある社会を生み出していく、1つのアプローチであると言えるのではないだろうか。どんな組織も、社員の主体性を重んじる未来工業の姿勢から学べることは多いはずだ。今後の事業運営にも注目していきたい。
取材・文:大沼芙実子
編集:おのれい