よりよい未来の話をしよう

福祉で彩られる日常が、ありふれた光景に。 株式会社ヘラルボニー 松田崇弥さんインタビュー

「いつかヘラルボニーという言葉が、概念になったら嬉しい。」

そう語るのは、株式会社ヘラルボニーの代表取締役社長、松田崇弥さん。
ヘラルボニーは、「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、福祉を起点に新たな文化を創ることを目指す“福祉実験ユニット”だ。手掛けるのは、松田崇弥さんと双子の兄で副社長の文登さん。岩手県盛岡市に本社を置き、主に知的障害のあるアーティストとライセンス契約を結んで、そのアートデータを軸とする事業を展開している。創業のきっかけとなったのは、自閉症で知的障害のある兄・翔太さんの存在だ。ヘラルボニーという不思議な響きの言葉は、翔太さんが7歳の頃に自由帳に記した謎の言葉だという。

「福祉」や「障害」というと、普段の生活ではなかなか関わりを持ちづらい人も多いかもしれない。しかし、「日常」と「福祉」の間に本来境界線などあるのだろうか。ヘラルボニーは、障害を「異彩」という可能性として捉え、障害のイメージを変えていくことでその境界線を静かに溶かしていく。日常が福祉で彩られる世界を創りたい、と話す彼らの想いやビジョンについて、代表取締役社長の松田崇弥さんに話を伺った。

人々の文化や生活様式から、障害のイメージを変えたい

松田さんに会いに京橋のギャラリーを訪れると、目に飛び込んできたのは「異彩」のアーティストが放つ、鮮やかで力強い作品たち。

2022年2月、ヘラルボニーは新たにライフスタイルブランドを立ち上げた。京橋のギャラリー(※1)で行われた展示会「ヘラルボニー/異彩のみらい」では、障害のある作家のアートで彩られたライフスタイル製品が実際に展示されていた。ファブリックや椅子、クッション、マットなど、障害のあるアーティストたちが放つ「異彩」が暮らしの中に美しく溶け込む様子は、障害のイメージを変容させる。これまでネクタイやハンカチ、財布などのアパレル用品をプロデュースしてきたヘラルボニーだが、このライフスタイルブランドの立ち上げは、創業当初から構想していたという。

「もともとヘラルボニーをブランドというカタチでやり始めたのは、自分の地元の岩手の友達がかっこいいじゃんって言い始めることをやりたかったんですよね。ダイレクトに「障害のある人のアートです、福祉です」って見せても、自分にはアートは関係ないし、福祉も興味ないしって感じる人もいる。でも、彼らだってかっこいいブランドの服は着たいし、お洒落なものを身に着けたい。そう思ったときに、ブランドっていうものになったら、感じ方や伝え方が変わっていったりする可能性があるのかなって思ったんですよね。衣服は個人のアクションで買うものだと思うので、本当に共感した人が本当に欲しいなと思って買う。そして、今まではそういう個人のアクションで選ばれていたヘラルボニーの作品が、次はもっと当たり前の景色になっていく。そんなフェーズに移りたいと思っています。」

異彩で染める対象を「人」から「空間」へ、「纏う」から「暮らす」へと拡張することで、これまで遠い存在であった福祉を「生活」の光景の一部に変えていきたいと語る松田さん。そして、次なる挑戦はその景色が街全体を彩るような世界を創ることだという。

「文化施設や行政の役場、学校など、そういった日常生活の中にヘラルボニーの作品が染み出していく状態。純粋にぱっと見て、この装飾綺麗だねとか、カーテンかわいいねとか、この壁紙いいねみたいな、自分の意志とは関係なくヘラルボニーが当たり前にそこにある状態になったら嬉しいですね。それができたら、次は街とか生き方自体をどうクリエイトしていくのかっていうタイミングだと思うので、いまその階段を少しずつ登っているような気持ちです。そして、将来的には街作りみたいなものもやってみたいなと思っています。トヨタが「Woven City」(※2)をやっているみたいに、ヘラルボニー・シティみたいなものがあって、そこは本当に実験都市で、障害のある人みんなが本当にありのままで生きていけるような街を岩手の田舎町につくる、みたいな領域までやってみたいですね。」

(※1)東京建物京橋ビル1階のBAG -Brillia Art Galler
(※2)トヨタが静岡県据野市に開発する実験都市。人々の未来の暮らし、働き方、移動を大きく進化させる先進的なプロジェクト。https://www.woven-city.global/jpn


日常、だけど特別。個性的、だからこそ自由。

異彩のアートで世界を彩る彼らの活動は、私たちの暮らしと福祉の接続点を増やしていく。では、なぜ福祉とアートの分野を結び付けたのだろうか。ヘラルボニーの創業の想いについて話を伺った。

「4歳上の兄が重度の知的障害を伴う自閉症だったので、小さい頃から兄貴は違うんだなっていうのをすごく意識するようになっていたんですよね。うちは5人家族なんですけど、父親はずっと単身赴任だったので、知的障害がある兄貴に双子の兄弟もいて、母親はすごく大変だったと思います。でも母親はいろんな人に頼って育てていこうっていうスタンスがあったので、小さい頃から毎週土日は福祉の団体に参加していました。いろんな障害福祉の団体があって、みんなでキャンプに行くとかいっぱいあるんですよ。子どもの頃は土日はそこにいるっていうのが当たり前の環境でした。それで、特別支援学校の先生や福祉施設の職員さん、知的障害のあるご家族がいるご両親から、「いつかは特別支援学校の先生になったらいいね」とか「施設立ち上げたらいいんじゃないか」とか言われてたりしていて、そこにすごいかわいがってもらっていたので、福祉という領域でいつか勝負したいなっていうのは自分の中で漠然と思っていました。

やっぱり、兄貴に対する周囲の目や「可哀想」と表現されることに気持ち悪さをずっと感じていたので、そこを変えていくことがやりたいなと思っていて。アートだったら、「障害があるからこそ描けてるんです」「障害という特性の強みが活きてこの表現が生まれているんです」って、ある種、セグメント性を強めて発信していける領域だと思ったんですよね。

障害のある人は、不透明性が高いものに対してすごく不安を感じたり、とても怖いって気持ちがあったりする。だから日々のルーティンが安心感や生きやすさに繋がったりするんです。1人1人に強烈なルーティンのこだわりがあるので、それが羅列化する、繰り返すことで柄になって、表現に活きてくる。本当に1人1人作風はてんでばらばらなんですけど、障害があるからこそ描けているんですよね。」

障害のある人だからこそ描ける唯一無二のエネルギッシュな表現は、「異彩」と呼ぶにふさわしい美しさがある。そして、福祉の場から生まれた異彩のアートと暮らしを融合した今回のライフスタイルブランド。その第一歩として、2022年5月からは東京都内のホテル「ハイアット セントリック 銀座 東京」とのコラボレーションが始まる。異彩を放つアートで鮮やかに彩られた期間限定のコンセプトルームは、訪れるゲストの感性を刺激し、特別な宿泊体験を実現させる。そのほかにも、岩手県盛岡に2022年秋オープン予定のホテル「MAZARIUM(マザリウム)」では、宿泊室の内装をプロデュースするなど、さまざまな分野に活動の領域を広げている。今回のライフスタイルブランドの立ち上げと合わせて行った展示会「ヘラルボニー/異彩のみらい」の反響について松田さんに伺った。

「昨日も子どもたちが20人ぐらいで学校の行事の流れで来たり、あと家族で来る人がすごく多くて、この場所に教育的な側面も感じているんだろうな、というのを感じられたことが嬉しかったですね。普段は百貨店の出店ばかりなので、教育っていうよりは純粋に作品が好きな人たちや共感した人たちが買いに来る状態だったんですけど、展覧会を通じて、自分が伝えたいものを見せたい人に見せることができて、そこに拡張されたっていうところに面白さを感じました。

本当にありがたいことに、アーティストの親御さんからお手紙もたくさんいただいています。これまで社会参加が難しかった自分の子どもが活躍しているっていうのは、親御さんにとっても福祉施設にとっても革命的なことです。「初めて息子の給料で家族みんなで焼肉を食べてきて、人生で1番美味しい焼肉でした」みたいなお手紙をいただいたりして、社会と接点を作ることが相当難しいと思っていた方がお金を得ていくっていうのは、本当にその金額以上の意味があると思いますね。」

「ヘラルボニー」という言葉が、概念になる未来

日常と福祉との接続点を増やすことで、これまでの先入観や常識のボーダーを溶かし、私たちの価値観を鮮やかに変容させていくヘラルボニー。私たちがよりフラットに福祉と向き合うためにはどのような視点が必要なのだろうか。

「尊敬するっていうのが、すごく大事なことだと思っています。僕も、兄に知的障害があるっていうことを中学校の頃に言い出しづらくなった時期があったので、そういう人ってやっぱりこの世の中に山ほどいると思うんですよ。でも、どんな人も肯定されて尊敬される世界で、障害のことも当たり前のこととして会話ができたらいいですよね。

自分にはない感覚だなとか、これ面白いなっていう、他者を尊敬する感覚がもっと根付いてほしい。以前、吉本興業さんと一緒にブランドをやったことがあって、すごく盛り上がったんですよね。「今から真面目な話がスタートです」じゃなくって、これ面白いな、俺にはできないからすごいな、みたいな。そういう感情とか感覚、尊敬の気持ちがもっともっと社会にフィーチャーされたらいいなと思いますね。」

生活の中に福祉が溶け込むことで、誰しもが「障害」を当たり前に想像できる社会が生まれていく。ヘラルボニーが思い描く未来について、松田さんはこう語る。

「いま会社を創業して3年で、ずっと走って走って走って、走り続けていまのヘラルボニーがあるんですけど、自分が60歳とか70歳になる頃には、ヘラルボニーが概念化したら面白いなって思っています。ヘラルボニーの学校とか、ヘラルボニーのスイミングスクール、ヘラルボニーの書道教室、ヘラルボニーのグミとか。何でもいいんですけど、「ヘラルボニーって言ったら、誰しもが参加できるってことだよね」っていう言葉の意味になったら面白いなと思っています。

たとえば、スイミングスクールって知的障害がある人は通えないんですよね。それって福祉業界の親御さんの中では結構当たり前の話で、「本当はスイミングスクールに通わせたいんだけどね、でも知的障害があると通えないんだよね」みたいなことって往々にしてあるんですよね。でも、「ヘラルボニーのスイミングスクールです」って書いてあれば、私たちみんなが参加できるスイミングスクールなんだって思ったり。グミだったら、脳性麻痺の人は咀嚼ができないとか、ALSの人は咀嚼するのが難しかったりするんですけど、たとえばヘラルボニーのグミは流動食っぽいグミになっていて全員が食べられるとか。分からないですけど、ヘラルボニーがそういう「全員ができるってことなんだ」って総称する言葉になって、そんな未来が訪れたらいいなと思います。」


ヘラルボニーが願う未来は、誰もがかけがえのない存在として、その人らしく生きられる「優しい世界」。根底にあるのは、障がいがある人への深い想いと、異彩への尊敬である。その共感の輪が広がっていけば、福祉が暮らしの中に溶け込む未来はそう遠くないはずだ。まだ見ぬ美しい景色が世界に広がるまで、私たちは優しい世界の在り方を共に考え、共に探していくことが必要なのかもしれない。


(注)本記事では、株式会社ヘラルボニーの表記に則り「障害」という表記で統一しています。
(以下、株式会社ヘラルボニー:メディア掲載における表現の統一について、より抜粋)
「障害」という言葉については多様な価値観があり、それぞれの考えを否定する意図はないことを前提としたうえで、「障害」という表記で統一しています。「害」という感じを敢えて用いて表現する理由は、社会側に障害物があるという考え方に基づいています。


【株式会社ヘラルボニー概要】

「異彩を、 放て。」をミッションに、 福祉を起点に新たな文化を創ることを目指す福祉実験ユニット。日本全国の主に知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、2,000点以上のアートデータを軸に作品をプロダクト化するアートライフブランド「HERALBONY」、建設現場の仮囲いに作品を転用する「全日本仮囲いアートミュージアム」など、福祉領域の拡張を見据えた多様な事業を展開。社名「ヘラルボニー」は、知的障害がある両代表の兄・松⽥翔太が7歳の頃に⾃由帳に記した謎の⾔葉。そのため「ヘラルボニー」には「⼀⾒意味がないと思われるものを世の中に新しい価値として創出したい」という意味を込めている。

会社名:株式会社ヘラルボニー / HERALBONY Co.,Ltd.
所在地:岩手県盛岡市開運橋通2-38
代表者:代表取締役社長 松田 崇弥、代表取締役副社長 松田 文登

公式サイト:
https://www.heralbony.jp
https://www.heralbony.com

 

取材・文:篠ゆりえ
編集:柴崎真直
写真:服部芽生