2021年10月、Facebookが社名を"Meta"に変更した。新社名の由来は "Metaverse"(以下、メタバース)。同社CEOマーク・ザッカーバーグ氏は、「没入感があり(immersive)」、「他の人と本当に一緒にいるような感覚(feeling of presence)」が得られることがメタバースの特徴だと述べている。言い換えると、メタバース内においては、従来のインターネット空間よりも現実に近い感覚で他者とやりとりできるとも言える。
現時点では、メタバース体験はまだ一般層に開かれているとは言い難い。しかし、コロナ禍を経て、日常生活におけるオンラインでのコミュニケーションが多くの人に受容されつつあるいま、より現実に近い体験ができるインターネット空間であるメタバースが今後浸透する可能性は十分に考えられる。
本記事ではメタバースの概要に触れつつ、実際にメタバースに関連したサービスの開発に携わる株式会社Flamers 共同創業者CPO設楽広太さんへのインタビューを通じて、メタバースがどのように私たちの現実(主にコミュニケーション)に影響を与えるかを考察したい。
そもそもメタバースとは?
元々「メタバース」とは、コンピューター上に構築された仮想宇宙を指す言葉であり、SF作家のニール・スティーヴンスン氏が1992年に発表した小説『スノウ・クラッシュ』内に登場したのが始まりだと言われている。
その後『マトリックス』などの映像作品内で設定が使用されたことから、そのイメージが広く知られるようになった。そして、メタバースという言葉自体が認知されるようになったのは、先般のザッカーバーグ氏による発言の影響が大きい。コロナ禍でオンラインコミュニケーションが日常に浸透しつつあることも相まり、メタバースの概念が受け入れられる土壌が形成されてきたとも言える。
現在、メタバースはどのように広がりつつあるのか?ー働き方と教育
まず、私たちがメタバース空間に参加する際は、ヘッドセットを装着する必要がある。ヘッドセットには目を覆うゴーグルが付いており、スピーカーが内蔵されていることが多い。世界を知覚する際に、人間はほとんどの情報を視覚・聴覚から得ているといわれている。目と耳をデバイスで覆うゆえに、メタバースでは没入感と他の人と本当に一緒にいるような感覚を強く得ることが可能だ。
そして、メタバースの世界において、私たちは自分の分身となる「アバター」を用いて行動する。「アバターが仮想空間で行動できる」と聞くと、「オンラインゲームと何が違うのだろう」と思う人もいるかもしれない。しかし、メタバースはゲームシナリオなどの制約にとらわれず、現実世界と同じように参加者が自由に行動できる点がゲームとは大きく異なる。将来的に、メタバースが従来の職場や教育現場におけるコミュニケーションを代替する可能性もある。
まず、多くの方がおそらく1度は経験したことがあるであろうオンライン会議。ビル・ゲイツ氏によると、オンラインでの会議は2、3年以内にメタバースに移行するという(※1)。Metaが提供している''horizon Workrooms''はメタバースを用いたオンラインオフィスサービスであり、リアルタイムで書き込みができるホワイトボードや、ジェスチャーの再現、座る場所によって聞こえ方が変わる技術などを通じ、その場にいるような感覚の再現を目指している。
学習領域でもメタバースの可能性は指摘されている。たとえば、アメリカのスタンフォード大学が開講するVR技術を用いた講義“Virtual People”では、「没入感」を生かしてさまざまなプログラムが展開されている(※2)。たとえば、人種差別に遭遇した人物の人生を体験するプログラムでは、バックグラウンドの異なる他者の人生を追体験することができる。また、元スタンフォード大学、ナショナルフットボールリーグのトレント・エドワーズをゲスト講師に迎え、VRでフットボールのプレーを学ぶ方法も紹介されている。
日本でも人気があるオンライン学習プラットフォームUdemyのチーフラーニングオフィサー、メリッサ・ダイムラー氏は「メタバースがオフィスに完全に取って代わるとは思いませんが、デジタルの世界でARやVRを通じて、より人を惹きつける没入感のある体験ができる大きなチャンスがあると考えています」とメタバースの可能性を述べている。(※3)
※1 "Within the next two or three years, I predict most virtual meetings will move from 2D camera image grids—which I call the Hollywood Squares model, although I know that あprobably dates me—to the metaverse, a 3D space with digital avatars. Both Facebook and Microsoft recently unveiled their visions for this, which gave most people their first view of what it will look like."
https://www.gatesnotes.com/About-Bill-Gates/Year-in-Review-2021
※2 Stanford course allows students to learn about virtual reality while fully immersed in VR environments
https://news.stanford.edu/2021/11/05/new-class-among-first-taught-entirely-virtual-reality/
※3 Future「Will the Metaverse Replace the Physical Office?」
https://future.a16z.com/question/will-the-metaverse-replace-the-physical-office/
実際にメタバース内で過ごして感じたことー株式会社Flamers 共同創業者CPO 設楽広太さんに聞く
では、実際にメタバースの世界はどのようになっているのか?東京大学工学部在学中に起業し、自身もメタバースに関連したサービスの開発に携わっている株式会社Flamers 共同創業者CPO設楽広太さんにインタビューをおこなった。時には1日の大半をメタバース内で過ごすこともあるという設楽さん。文字通りメタバース世界に「没入」して見えたものとは。
メタバース内で過ごしてみて
メタバースにもさまざまな種類があると思います。設楽さんが参加されているソーシャルメタバース(※4)の特徴について教えてください。
まず、ソーシャルメタバースは場だけ用意されていて「目的」がないというのが1番大きな特徴です。自由度が高いので、文字通りリアルな社会に似ていると感じます。たとえば、興味関心が似ている友達を作って会話することもできますし、映画を一緒に鑑賞する、哲学カフェで話をする、一緒にアメリカの宇宙船が打ち上がるのを観察するようなイベントもあります。あとは、自分のアバターを使ってアイドルグループを結成することもできます。
アイドルグループも存在するのですか。
そうです。メタバース内にもアイドルグループがあって、ダンスを一緒に踊ったりもできます。他のオンラインコミュニティと同様、メタバースの世界もリアルでの属性、国籍や出身地、学歴や職歴、あとは現在の居住地に関わらずデバイスがあれば誰でもアクセスすることが可能です。また、自分で3Dモデルを制作して販売したり、他人の技術的課題の相談に乗ることによって収益をあげている人もいます。このようにいまはまだレアケースですが、メタバース内で新たに仕事が生まれ、それで生計を立てていく人も存在しています。
メタバースが解決しうる問題
従来のオンラインツールには、遠くの人と繋がることができる一方で孤独感を埋めることができない、という課題も残されていると思います。その点において、没入感があり他の人と一緒にいるような感覚を得られるメタバースにはその課題を解決し得るポテンシャルがあるように思います。
確かに、最近メタバース内で話した方は通常のオンラインツールよりも孤独を感じなくなったと言っていました。あとは、ご高齢の方だと身体も動きづらいですし、社会と関わりが減ってしまうケースもあるので、もしデバイス普及などのハードルを越えることができたらさまざまな問題を解決できるかもしれませんね。
思いのままに身体を動かせない人たちも、もしかしたらその属性から解放されるかもしれないということですよね。そこにどのような可能性を感じますか?
身体、もしくは経済的なハンディキャップによって、自分がやりたいことができないケースはありますよね。その点、メタバース空間では本来実現不可能なことが可能になるのは非常に大きなことだと思います。たとえば勉強面でもそうかもしれません。実際に、中学生が大人から数学を教えてもらって、何十点も学校の試験の点数が上がった、という話を聞いたことがあります。生まれ育った環境によって学習環境が整わない個人にとって、メタバース上での交流が幸せな人生を生きることに繋がる可能性はあると思います。
※4メタバースにもゲームのようにゴールや行動のルールが設定されているものとされていないものがある。ソーシャルメタバースは現実と同様に参加者が自由に行動することを目的としている。
メタバース世界の課題
ここまで「メタバースはオフラインコミュニケーションを代替できるのか」という問いに基づき、比較的ポジティブな側面にフォーカスしてきた。とはいえ、仮に全ての人にデバイスが行き渡ったとしても、今すぐにメタバースが現実世界を代替することは難しい。この章では、現状メタバースが抱える問題についてインタビュー内で言及された①感覚の補完②法律の2点にフォーカスする。
①感覚の補完
現状、VRデバイスの限界として、視覚・聴覚以外の感覚を補完することは難しい。先述の通り、五感のうち視覚であれば目、聴覚であれば耳のみをデバイスで覆えば感覚をメタバース内に没入させることができる。一方で、その他の感覚(味覚・触覚・嗅覚)を完全にバーチャルの世界に同期させる場合、全身を覆うデバイスまたはカメラによって動きをセンシングすることが必要になる。とくに、後者の場合は同時にカメラで撮影されることによるプライバシーの問題も発生するため、現状では視覚・聴覚のみでメタバースに没入することが求められている。
もちろん、仕事をする、教育を受ける、仲間と趣味を楽しむといった目的であれば、十分にメタバースは現実のオルタナティブとして機能するだろう。
しかし、人間関係を一定以上深めること−例えばメタバース内で恋愛をすること–は難しい。主題から少し逸れたので詳しく記さなかったが、先般のインタビューでこの話題が出た際、関係性が続いてもせいぜい数ヶ月で破局するというケースがほとんどだという話も設楽さんから伺った。それは肉体的に接触ができないということも含め、単純に共有できる感情が限られてくることに起因しているのではないか。
このことからは、恋愛に限らず私たちが他者と対峙し、関係性を深めていく際にはその他の感覚(味覚・触覚・嗅覚)や非言語的コミュニケーションが重要性を持つことを改めて認識させられる。
②メタバース内における法律
メタバース内でも、現実と同様に問題が発生するケースが一定数存在する。特に顕著なのはハラスメント行為だ。実際にMetaは2022年3月14日から、同社が提供するメタバース「Horizon Worlds」内において、自分のアバターと他の利用者のアバターとの間にデフォルトで一定のパーソナルスペースを設ける措置を発表した(※5)。
現状、メタバース内における行動の是非は各運営会社のガイドラインや場の参加者に委ねられている部分が大きい。メタバースは従来のオンラインコミュニケーションツール以上に現実世界を代替しうる可能性があるからこそ、今後規模が拡大するなかでルールメイキングについても議論を行う必要があるだろう。
※5 Meta Quest「「HORIZON WORLDS」と「HORIZON VENUES」に個人境界線を導入」
https://www.oculus.com/blog/introducing-a-personal-boundary-for-horizon-worlds-and-venues/
メタバースの今後
現在広がりを見せるメタバースには、物理的・経済的なハンディキャップを取り払い、人々の人生を拡張する可能性が秘められている。特定の分野に関しては、メタバースの世界が現実世界のオルタナティブとして機能し得る。そのような意味では、メタバースが私たちの現実に正の影響を与える可能性は十分に高いのではないか。
一方で、制度設計の難しさや技術上の限界を鑑みると、メタバースの世界が完全に現実を代替することには困難を伴う。現実の良さは受容しつつ、今後、メタバースの可能性を探っていくことが重要だと言える。
(注)
ここに記載された見解は各ライターの見解であり、BIGLOBEまたはその関連会社の見解ではありません。また、本稿に掲載されている図表は、情報提供のみを目的としたものであり、投資判断に依拠するものではありません。
取材・文:Mizuki Takeuchi
編集:柴崎真直