よりよい未来の話をしよう

「メニューがない」より深刻な、ヴィーガンであることの難しさを解決するために

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近年、日本でも認知度が高まっている「ヴィーガン」。完全菜食主義者を意味し、動物由来の食品や商品の消費を避ける価値観や考え方を指すが、その字面から「ヴィーガンになると一生お肉を食べられないのでは」と思う人も多いかもしれない。

国内でもヴィーガン料理店が出店するなど、少しずつ広がっているライフスタイルではある。とはいえ、ヴィーガンとしての生活が一体どのようなものなのか、広く認知されているとは言い難く、ヴィーガンの人が暮らしやすい環境もいまだ整いきってはいない。

そこで今回は、ヴィーガンレシピ投稿サイト「ブイクック」を運営し、ヴィーガンが暮らしやすい環境づくりに取り組む、株式会社ブイクックのCEO工藤柊さんにお話を伺った。日本国内において、ヴィーガンとして生活する際にどのような課題があるのだろうか。

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株式会社ブイクックCEO工藤柊さん

キッカケも考え方も人それぞれ。「ヴィーガン」って何だろう?

まず、工藤さんご自身がヴィーガンとなったきっかけを教えていただけますか?

高校3年生のときに環境問題と動物倫理を理由にヴィーガンの生活を始めました。大学では、学校の食堂にヴィーガンメニューを導入したり、神戸市のヴィーガンカフェで店長をしたりしました。それ以降、ヴィーガンの方がより暮らしやすくなるための活動や、よりヴィーガンをはじめやすい環境をつくる取り組みをしています。

そもそも、「ヴィーガン」とはどのようなものなのでしょうか? 

ヴィーガンはもともとイギリス発祥の価値観・ライフスタイルで、動物の利用や搾取をできるだけ避けようという考え方です。具体的にどうやって実践するかというと、買い物をするときに肉や魚、または卵や牛乳などの動物性食品を選ばない、など。ほかにも、たとえばファッションでいうと毛皮を使用した商品を購入せずに、ヴィーガンレザーという植物由来の材料を用いたカバンや靴を買うなど、「食」以外の選択も含まれます。「食だけやっています」とか、逆に「ファッションの部分だとやりやすいからそっちからやっています」という方もいらっしゃって、最近だとヴィーガンと一口に言ってもいろんな理由で実践する方がいます。

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主に、動物倫理、自身の健康、環境保護の三つの観点から始められる方が多いと伺いました。

そうですね。「動物愛護」の側面から語られることもあるのですが、「倫理」から語られることの方が多いです。人種差別と同様に、種の違いが搾取に結びついてしまうのはおかしいということで、人間側が利用し最終的に屠殺するのは苦痛を感じる存在に対して良くないのではないか、という考え方です。

工藤さんは日本全国を回り約300人のヴィーガンの方とお話しされたそうですね。中でも、ヴィーガンになるきっかけとして多かった理由などありますか?

理由は本当に人それぞれでした。主に先ほどの3つが多いですが、最近は環境問題を理由に始められる方が多いです。とくに、若い世代で環境問題に関心がある方や、子どもが産まれて食生活を見直される親世代の方、20代後半から30代の方を中心に始められる方が多い印象です。一方で、ご高齢の方をはじめ、40代から50代の方で始められる方もいるので、年齢も様々です。皆さんそれぞれ始めるきっかけや興味関心も違います。

表面化していない、「メニューや商品の少なさ」よりも根本的な課題

日本国内において、ヴィーガンとしての暮らしやすさ、という点における現状の課題は何でしょうか?

やはり、外食時や料理を振る舞う際に困る場合が圧倒的に多いです。何より、食事って他人とコミュニケーションをとるための大切なツールであり時間なので、誰かと食事をするときに満足いくだけの料理を味わえない、提供できないとなってしまうと、人との繋がりも希薄になってしまいます。実は表面化していない大きな課題だと感じています。

人との繋がりが希薄になってしまうというのは、ヴィーガンを継続することの難しさにも繋がっていそうですね。

そうですね。ヴィーガン生活を断念する場合、ヴィーガンそのものが身体に合わないというより、続けるのが大変だからという理由が多いです。やめる方もそうですし、やりたいんだけどハードルが高くてできないという方もまだまだ多くいらっしゃいますね。

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一度ヴィーガンを始めたら二度と動物のお肉は食べられないのではないか、と考えてしまう人も多いように思います。実践の仕方は人それぞれで、程度にもグラデーションがあることを知っておくと続けやすいのかもしれませんね。

ヴィーガンに興味を持ったからといって、一気に生活全てを完璧にヴィーガンに変える必要はないと思います。どちらかというと、「ヴィーガン」という選択肢があるという認識の方が始めやすいのかなと思います。たとえば、「マイタンブラーを使ってます」とか、「ビニール袋はもらわないようにしました」とか、「コンポストを始めました」とか、そういうことに近いです。選択肢が2つあった時にフェアトレードの商品を選んだりするのと同じように、「今日は大豆ミート(※1)を買ってみよう」とか。自分が変わるのではなく、選択から変えていく感覚の方が取り組みやすいと思います。

※1 油分を絞った大豆に熱や圧力を加えて乾燥させることで、お肉のように見立てた加工食品

知識や情報をもっとオープンに、広く共有する場が必要

現在、株式会社ブイクックではどのような取り組みを行っていますか?

株式会社ブイクックは、ヴィーガンの生活を支えるスタートアップ企業です。ヴィーガンレシピの投稿サイト「ブイクック」と、ヴィーガン商品が購入できる出店型のECサイト「ブイクックモール」という2つのサービスを軸にしています。ブイクックは、ユーザーさんが投稿してくださったレシピが蓄積され、ユーザー同士で共有されるものとしては国内初の取り組みです。ヴィーガンの方が一緒にコミュニケーションできるプラットフォームであるという点が1番の新しさだと思います。ブイクックモールには、ヴィーガン商品を取り扱う飲食店やメーカーなど、130店舗ほど出店しているので、「近所のお店にはヴィーガン商品が少なくて、どこで何を買えばいいか分からない」という課題も、このECサイトを訪れることで全て解決できます。

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ヴィーガンとして取り組むことができる数あるアクションのなかでも、「食」の分野に力を入れていらっしゃいますね。

僕自身、ヴィーガン生活を始めて最初に料理でつまずいたんです。でも、料理が得意な人だと、卵を使わないヴィーガン用の卵サンドやお肉を使わないハンバーグなどを作っている方もいらっしゃって。「もっと早く知りたかったな」と思い、レシピという形で情報や知識を共有することができるプラットフォームを作りました。

身近にヴィーガンの方がいない人にとっては、とても心強いですね。

みんなで助け合える場所というか、情報がちゃんと蓄積されて、それが検索しやすく、見つけやすいプラットフォームを作りたいという思いからブイクックが生まれました。各個人が持っているレシピの情報が1つの場所にまとまり、誰でもアクセスでき、ヴィーガンの料理やレシピに関する情報がオープンになるということが、ヴィーガンを始めたり続けたりするハードルを下げることにつながると考えています。

ユーザー同士で繋がったり、コミュニティができていくこともあるのでしょうか?

まさにそうですね。人と人との繋がりはブイクックにおいて押し出しているポイントです。実際に、「自分でヴィーガンをやっていたけれど、周りにはヴィーガンがいないことからもう続けられないかもと思った」、という方からブイクックの「新着レシピ」というページで毎日いろんな方のレシピを見て、「こうやって他にもヴィーガンの料理を作ったりヴィーガンの生活をしていたりする人がいるんだな」とわかったから続けられました、という体験談をいただいたこともあります。今の日本では、それだけ周りにヴィーガンの人がいないんです。だからこそ、ネット上で他の誰かがヴィーガン料理を作ってレシピを投稿しているんだということを知るだけで、1人じゃない、孤独じゃないと思えることがすごく大事だと思っています。

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活動中のお写真

身近でなくとも、どこかで自分と同じように頑張っている人の存在が励みになるのですね。最後に、いまの世の中においてヴィーガンを実践する意義とは何でしょうか?

食事という身近なアクションを通じて社会課題の解決に取り組むことができる、ということです。「食の選択」って今まで社会課題と結び付けられることが少なかったと思うのですが、そこが結びついているのが最近ヴィーガンが注目されている理由だと思います。1食分をヴィーガンの食事に変えると、自動車の走行距離9.6キロ分のCO2が削減できたり、食事ができるまでに使用される水の量を370リットルくらい削減できたりします。食事って実は簡単に変えられるポイントなので、1つの行動だけで社会に大きなインパクトを与えられる可能性があります。ヴィーガンになると後戻りできないとかそんな特別な話ではなく、普段の生活のなかで「もっと良いものを選びたい」と感じた時に選ぶ、1つの手段だと考える方が、気楽でいいのかなと思います。

現在、日本国内におけるヴィーガン人口は約2%(※2)だそうだ。「ヴィーガンになる」という身構えは必要なく、あくまでも、選択肢の1つとして考えてみては、と話す工藤さん。飲食店、洋服屋、スーパー、そしてキッチンと、”選択の場”はそこかしこに広がっている。日々の行動を1つ変えてみるだけで、より暮らしやすくなる人が増えるきっかけになるのではないか。

※2『日本のベジタリアン・ヴィーガン・フレキシタリアン人口調査 by Vegewel』
https://vegewel.com/ja/style/statistics3


取材・文:柴崎真直
編集:日比楽那