よりよい未来の話をしよう

街のグラフィティは落書きか、アートか

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街でよく見かけるグラフィティの数々は社会や街の一部として捉えられている。また、キース・ヘリングやバンクシーをはじめとしたアーティストによるグラフィティはアートとして街に活気を戻すためのいわば「町おこし」の一端を担ったり、ファッションとしても受け入れられたりしている。その一方で、自治体の目指す都市計画においては「迷惑行為」「治安を乱す」「落書き」として扱われたものは削除されることも少なくない。SDGsの特に11番「住み続けられるまちづくりを」や「多文化共生」について考える上では、グラフィティ・カルチャーに触れ、価値観や矛盾を知ることも大切ではないかと思い、今回まとめていく。

なぜグラフィティはかかれるのか

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現代美術用語辞典によれば、グラフィティは次のように説明されている。

デザインされた自分の名前を、主にスプレー塗料やマーカーを用いてストリートにかくという行為、およびその文化形態の総称。語源はイタリア語の「graffito(引っかき傷)」と言われるが、いわゆる「落書き(scribble)」と区別するためにしばしば「モダングラフィティ」とも形容される。かかれるのはタグネームというグラフィティ専用の名前であり、自ら考案するかコミュニティ内の先輩格の人物から与えられる場合が多い。また、グラフィティの実践者をグラフィティ・ライター(graffiti writer)という。
(※1)

定義や意味はあくまで一例である。何をグラフィティと定義付けているのか、アートなのか、それともヴァンダリズム(vandalism=公共物破壊)としての行為なのか、社会や公共性への抵抗なのかなどは、クルー(複数のグラフィティ・ライターで構成されるグループ)毎に異なる。

グラフィティにはいくつか種類がある。行為者の呼称や彼らのクルー名などをスプレーやマーカーで手短にかき付ける「タグ(tag)」、一色ないし二色でかかれることが多い「スローアップ(throw up)」、多くの時間と高度な技術を要する「ピース(piece)」に大別できる。 

 グラフィティの発祥は諸説あるが、アメリカ・ニューヨークで黒人やラテン系貧困層の若者がゲットー周辺の壁や地下鉄の車両にかき始め、サウス・ブロンクス地区で生じた「ヒップホップ(HIP-HOP)」と呼ばれる表現豊かな文化形態の一環として全米で急速に浸透していった。

公共物へかくこと、そしてその急速な浸透力も相まって、グラフィティは都市空間の管理政策では「社会的脅威」として位置付けられ、少年犯罪などとの関連についても指摘されてきた。 同時にグラフィティは黒人やラテン系貧困層の存在証明であり、白人中心的な社会構造における抑圧や、既存の社会秩序からの解放を希求するための文化的実践の表れとしての側面もある。フランスの哲学者・思想家のジャン・ボードリアールはこの状況を「もはや政治的・経済的権力の場としての都市ではなく、メディア・記号・支配者の文化による恐怖政治的権力の空間/時間としての都市への、新しいタイプの攻撃」と評している。(※3)

一方日本では、80年代頃にグラフィティが流入してくる。77年頃から横浜出身「ロコ サトシ」が横浜市中区、旧東急東横線桜木町、高島町駅高架下で始めたグラフィティは90年代ヒップホップブームと並行して広くかかれ始める。(※2)同時期、音楽、ダンス、ファッション、アートなどを専門にするストリート雑誌『Fine』も日本のグラフィティ・カルチャーの受容に影響をもたらし、こうしたメディアはグラフィティ・ライター同士のネットワーク構築にも寄与している。

グラフィティ・ライターがグラフィティをかく動機も様々である。「戦争反対」や「反戦」を掲げるものもいれば、「絵を描くことが好き」「立ち止まってみられるグラフィティをかきたい」といったある種「アート」の側面から描き始める人もいる。

※1 引用:アートスケープ 現代美術用語辞典ver.2.0 |グラフィティ
https://artscape.jp/artword/index.php/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%86%E3%82%A3

※2 参考:南後由和・飯田豊 「首都圏におけるグラフィティ文化の諸相 ―グラフィティ・ライターのネットワークとステータス」『日本都市社会学会年報23』(2005)
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpasurban1983/2005/23/2005_23_109/_pdf

※3 引用:Baudrillard, Jean 『L'echange symbolique et la mort:象徴交換と死』 今村 仁司・塚原 史 訳 Gallimard,筑摩書房 

自治体の姿勢、実態と制度

次に、グラフィティ・カルチャーに対していくつかの視点から意見や態度についてみていく。まず始めに公共におけるグラフィティはどのような違法性を持っているのか。罪状は場所や程度によっても変わるが、多くは軽犯罪法、器物損壊罪などが該当する。器物損壊罪に関しては親告罪であり、3年以下の懲役または30万円以下の罰金、もしくは科料と定められている。

自治体によっては条例などでの取り締まりも強化されている。例えば東京都足立区は「足立区歩行喫煙防止及びまちをきれいにする条例」において、落書き行為の禁止を定めている。また、ここでの「落書き行為」については「塀、建物その他の工作物に所有者または管理者の許可なく文字、図形等を描くこと」としており、グラフィティのことを指していると判断できるであろう。(※4)

他にも、東京都渋谷区は2021年5月から3カ年計画で区全域の落書きを消去する新事業を開始。専門業者やプロサッカークラブFC東京と連携した啓発活動などを含め、本年度当初予算に1億1000万円を盛り込み活動は進行中である。(※5)

ここまで見ると態度は冷ややかである。一方で自治体がグラフィティを支援したり、保護する事例もいくつかあるので紹介する。

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記憶に新しいのは、2019年に東京都港区の東京臨海新交通臨海線日の出駅で発見されたバンクシー作と思われるネズミのグラフィティだ。防潮扉にかかれたネズミは傘をさし、もう一方の手にはトランクケースを持っている。小池百合子都知事はこのグラフィティに対してSNSで「あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました!  東京への贈り物かも? カバンを持っているようです」と発言している。作品を巡っては真偽の他にも、通称アンブレラ・ラットは何を意味していたのかについても議論があった。元来バンクシーは政治的・社会的な意図を作品に表すことが多いことから、五輪批判や原子力問題を揶揄しているのではないかという意見もあった。話題を呼んだバンクシーのグラフィティだが、東京都はこのような声明文を出している。

本年4月に都庁舎で一時的に公開した防潮扉の一部に描かれた「バンクシー作品らしきネズミの絵」について、下記のとおり展示することとしましたのでお知らせします。
この防潮扉に描かれた絵がバンクシーの作品であるかの真贋は現時点では不明です。公共物への落書きは決して容認できるものではありませんが、地元の方々からは、地域資源として本来の場所に戻すか、あるいは近い場所で保管し、多くの都民が見学できるようにして欲しい旨の要望があり、日の出ふ頭の賑わい向上にも資することから、絵の描かれた防潮扉が設置されていた場所に近い同ふ頭において展示することとしました。
(※6)

市民の声を汲む形で扉は取り外され保護された。その後、東京都庁や日の出ふ頭などで期間限定で展示された。
バンクシーの作品をめぐっては様々な対応が取られている。2020年7月、英国ロンドン地下鉄の車内に書かれたグラフィティについて、交通局の報道担当者は、落書き禁止の厳しいルールに反するとの理由で作品を消去したと米国のメディアCNNで説明している。(※7)

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バンクシーを巡ってもう1つ事例を紹介したい。それはバンクシーのグラフィティ展示を自治体が支援しているということである。

例えば、現在北海道・札幌市で行われている巡回展、「バンクシー展 天才か反逆者か」では札幌市、札幌市教育委員会が後援している。また、東京都天王洲アイルにある寺田倉庫での展示、「バンクシーって誰?展」では品川区が後援についている。この展示については、バンクシー本人が容認していないという点から、有料の展覧会として商業的に開催されること自体にさまざまな意見が飛び交った。

バンクシーは有名なグラフィティ・ライターである。それと同時に、バンクシーは街で見かけるものと同じ“グラフィティ”をかいていることを忘れてはならない。グラフィティは既述の通り壁や路地などの場所にかかれる違法性があるものである。違法性を指摘、排除しつつも一方で世界的に有名なグラフィティ・ライターは容認し、グラフィティの違法性という性質を逆手に取り本来の反資本主義などの意図とは真逆の営みを支援する自治体の矛盾は、グラフィティとの向き合い方を考える1つのきっかけになるのではないか。

※4 足立区HP 「落書きを、しない、させない、放置しない!」足立区の落書き対策について
https://www.city.adachi.tokyo.jp/kankyo-hozen/rakugaki_jyourei.html
※5 渋谷区 落書き対策プロジェクト
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kankyo/kankyo/rakugaki_taisaku_itiran.html
※6 東京都庁 防潮扉の一部に描かれた「バンクシー作品らしきネズミの絵」の展示について
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2019/11/21/08.html
※7 CNN バンクシーがロンドン地下鉄に新作、直後に消される
https://www.cnn.co.jp/showbiz/35156806.html

グラフィティを再解釈する

ここまで制度や自治体の対応についてをまとめてきた。最後に、排除ではない再解釈やグラフィティと向き合う活動についてをいくつか紹介したい。

「LEGAL SHUTTER TOKYO」(※8)は東京を拠点とする非営利団体のプロジェクトである。世界中のイラストレーターやストリートアーティスト協力の元、プロジェクト名通り、合法的に街のシャッターにグラフィティをかいている。杉並区高円寺や足立区北千住、千代田区神田など東京23区で幅広くグラフィティはかかれ、地域に活気を戻す町おこしに一役買っている。

こうした合法的なグラフィティ活動は地域活性化の側面で受け入れている地域も増えている。大阪の西成区・今船駅や鳥取県大山町・御来屋(みくりや)、東日本大震災をきっかけにした宮城県・石巻市でのプロジェクトなど日本各地で事例を見ることができ、いずれもシャッターや壁、空き家などに許可を得たグラフィティで町おこしを行なっている。

アートやツーリズムで受容されるグラフィティであるが、果たして従来のグラフィティとはどのようにして向き合っているのだろうか。

一般社団法人CLEAN&ART(※9)は渋谷区が抱える地域課題の1つである落書き問題を解決しつつ、「SDGs」の啓蒙に繋がる発信手段として活用する取り組みを行なっている。(2022年3月迄)塗装、電動工具から壁画制作まで「クリーン」と「アート」のプロ集団を称する団体は、アートの押しつけではなく、地域の、世界の抱える悩みに寄り添う活動を目指している。また、一般社団法人として、渋谷区や渋谷の企業、地域ともしっかりとしたつながりを構築していくことも掲げており、先述の渋谷区落書き対策プロジェクトでは渋谷区支援のもと活動を行なっている。

単なる地域の美化活動ではなく、様々な垣根を超えたコラボレーションによってグラフィティ消しを行なったり、社会的メッセージを持つアートによってグラフィティに悩んでいた壁面等を彩ったりしているという。

これからの「公共性」とカルチャー

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違法性を持ったグラフィティを削除し壁面の復帰を行なったり、合法的にアートの意味合いを持ったグラフィティを描いたりすることによって街の外観、つまり「公共性」を持続的に保っていく。最近では若い世代がそれらの作業に参加したり、SDGsをテーマにした地図アートの制作なども行われている。ダイバーシティ・インクルージョンの実現のために、街(町)は多角的な部分で変化を続けている。

忘れてはならないのは違法性を持ったグラフィティも日本のカルチャーの一端を担っているという点である。ファッションやアート、音楽などと切っても切り離せないその文脈は現代に繋がり、街のシーンを今なお創っていることには変わりがない。反社会や違法を肯定するわけではないが、社会に縛られない自由や公共において”アンダーグラウンドな場所に生きる人々の存在証明”が排除されることは、「誰一人取り残さない未来」を描く上で考えていくべきテーマなのではないか。

※8 LEGAL SHUTTER TOKYO tumblr  https://legalshuttertokyo.tumblr.com/
※9 一般社団法人 CLEAN&ART PROJECT http://clean-and-art.com/


取材・文:宮木 快
編集:おのれい