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上司から「SDGsで何かやってよ」と言われた時、何から始めればいい? 「利益と社会課題の解決」を両立する思考法

アムステルダム北にある、破棄されたボートとコンテナを組み合わせて作った、サステイナブルなコワーキングスペース「De ceuvel」。造船場跡地で土壌汚染が発見されたため、土地を管理する市もお手上げだったところを民間のイニシアティブが主導して再生

 

本記事では、BIGLOBEが運営する「社会を前進させるための情報発信」をコンセプトとしたウェブメディア「あしたメディア(https://ashita.biglobe.co.jp/)」と、「クリエイティブ×ビジネス」をコンセプトとしたウェブメディア「FINDERS(https://finders.me/)」のコラボ企画として、元博報堂のCMプランナーで、同社を退職後2016年にオランダに一家で移住、現在はニューロマジック アムステルダムのCEOとして活躍する吉田和充さんのインタビューをお届けする。

この数年、メディアで「SDGs」の文字を見ない日がほとんどなくなり、企業による取り組みも数多く目にするようになった。読者の皆さんの職場でも「何かSDGsに関連する活動を考えてよ」と言われる機会が増えているのではないだろうか。とはいえ、それ以前から関連する問題意識を持っていない限り、いきなり何か考えろと言われても難しいだろう。

今回は日本とヨーロッパを横断し、数多くの事業のサステイナブル化支援や、そのための情報発信を手掛けてきた吉田さんに「企業のSDGs対応は何から考えれば良いのか」をうかがった。

ヨーロッパでは「完成後の運用フェーズ」まで考えるサステイナブル化が当たり前に

吉田和充さん

ニューロマジック アムステルダムはどんな事業を展開されているのでしょうか。

吉田:博報堂を退職し2016年にオランダに移住して、クリエイティブラボを作ろうと自分の会社を立ち上げていたのですが、東京でウェブ制作とサービスデザインコンサルテイングを提供するニューロマジック社から「事業領域・ビジネス地域の両方を越境したい。吉田さんがやっていることをそのまま会社の事業にさせてください」と依頼があり、2017年に子会社としてニューロマジック アムステルダム(https://www.neuromagic.com.nl/)を設立しました。

ニューロマジック アムステルダムでは主に以下の5つを事業として展開しています。

  • リサーチ
  • 企画、プランニング
  • 実行
  • ラーニング(研修など学びの場の提供)
  • プロモーション

オランダを中心としたヨーロッパのネットワーク、知識、コネクションを日本のお客さんにソリューションとして提供することが多いです。日本でのウェブメディア立ち上げ(https://www.neuromagic.com.nl/works-post/media-development-medio)、アムステルダムでのヴィーガン向けラーメン店の開店サポート(https://www.neuromagic.com.nl/works-post/men-impossible-business-development)など、さまざまな仕事を手掛けてきました。またオランダ企業から「日本企業に自社のソリューション提案をしたい」という依頼が来ることもあります。

ニューロマジック アムステルダムが作成した「プラントベース和食」を紹介する雑誌。オランダでは若者を中心にベジタリアンやヴィーガンの数が非常に増えており、写真左のヴィーガン向けラーメン店「Men Impossible」も人気を博している

また、まだ詳細が発表されていないので詳しく言えませんが、日本でのまちづくり案件も進んでいます。そのプロジェクトではオランダのサステイナブル建築をリサーチしたり、現地建築家と日本をつないだりしています。

クリエイティブ・ディレクターとして活動するということは、簡単に言えば広くいろんなことを知っていなければいけない側面があります。業界横断的な知識・経験や「ある業界でこう言われてるけど別業界ではこう言われていて、その知見をつなげると別の見方ができる」といった発展ができるかが問われています。

そしてヨーロッパで活動していると、どの業界であってもサステイナブルの話は絶対に避けて通れなくなっています。なので自然と関連する知識、経験、ネットワークが増えていたこともありました。今は日本でもそうなってきていると思いますが、事業がサステイナブルであることは根幹に置かれなければいけない状況になってきています。

まちづくりで言えば、マンションやビルなどを建てる際に必要なエネルギーは全体のほんのわずかで、大半は建物を使用する際に発生します。つまりデベロッパーであっても、建築時だけサステイナブルを実現できれば良いのではなくて、運用フェーズも見据えていかなければなりません。

つまり人間の24時間・365日をどうデザインしていくかということを議論・検討していかなければならない時代になったと言えるわけですが、そのためには人間社会全体、思想の左右や経済格差の上下、表の姿と裏の姿、それらを全て踏まえた理解が必要になってきます。

むしろ「サステイナブルで儲け」なければならない

オランダで最もサステイナブルなオフィスと言われている「ユトレヒト・コミュニティ」。エネルギーはもちろん、水の循環も行っている。元は1920年代に建てられた鉄道の修了工場。

そうした「事業・プロジェクトのサステイナブル化」に関しては後でうかがいたいのですが、それとは別に上司から「SDGs関連で何かやってくれないか」と言われる人も増えてきているように思います。

吉田:この数年、日本でもメディア中心に「SDGsの目標達成に向けて取り組もう」とさかんに言われるようになりましたよね。ただSDGsと一口に言っても17の目標、169の達成基準、232の指標があり、あまりに膨大すぎて何から手を付ければ良いのかわからず、混乱してしまう人も多いのではないでしょうか。

EUではSGDsという言い方よりも、まずもって「気候変動・生物多様性の課題を解決しよう」という考えが前提としてあり、そしてオランダは「我々は商人の国だ」というプライドもあるので「いち早くサステイナブルをビジネスに盛り込めれば儲かるはずだ」という風潮が大いにあります。

個人的に、日本企業に最も足りていないと感じるのは、この「サステイナブルで儲けよう」という意識です。重要なのは清貧であることではなく、社会解決の解決であるはず。ビジネスで成功しようという意識が希薄だからこそ、抽象的な「何か良いことをしなければ」という考え方になり、社会に対してインパクトのある取り組みが行いにくくなってしまっている面もあるのではないでしょうか。

自分がそのシチュエーションを迎えた場合、何も材料がないところから考えるとすると「うちの会社で何かCSR活動をやってたっけか。その延長線で考えれば良いのかな」と思考していってしまうかもしれません。

吉田:それだと実現性は高くても、社会にインパクトを与えるような取り組みにするのは難しいですよね。

ある会合で日本企業の人に「サステイナブルって儲けていいんですか?」と言われたことがありますが、儲けなければ取り組みを持続できません。ヨーロッパではリーマンショック後の不況から復活するため、サステイナブルを新たな市場と捉えました。そして企業も投資家も動いた。

その後は2015年にパリ協定が合意され、2019年にはEUの成長戦略「欧州グリーン・ディール(https://finders.me/articles.php?id=2800)」が発表され、サステイナブルな事業に対して税控除や補助金などで優遇するかたちで後押ししてきたのです。

そうして、オランダには格好いい、おいしい、ワクワクするプロダクトがいっぱいあって、セレブやヒップホップスターがエシカルファッションを普通に着ていたりします。税控除などもあって「サステイナブルな商品だから高い」というわけでもなく安いものも多いです。

日本だとメディアや宣伝側が「感度の高い層に向けた商品」なんていう言い方をよくしますが、そこから先に広げていくためには他のプロダクトと比べても安い、おいしい、格好いいものでなければいけないわけですね。

吉田:そうですね。そしてオランダ政府は伝統的に既得権益に厳しく、新しい産業を支援することに注力する傾向にあります。なので老舗企業もどんどんイノベーションをし続けなくてはいけないんです。

例えばオランダのスキポール空港に乗り入れが可能なタクシーが、2010年代中ごろぐらいから50%をテスラ(を使用しているタクシー会社)に割り当てました。それもバーターにテスラを誘致しています。その後充電スタンドなどの関連産業、スタートアップを含むエコシステムが発達し、それら製品・サービスを世界に売り出すことでEVのハブになりました。ちなみに、現在政府が誘致に注力しているのが、プラントベースミート(植物性タンパク質)の企業です。世界各国の有名企業を呼び寄せており、「プラントベース食のハブ」を次のインフラ・OSにすべく力を入れています。

まずは「自社事業がどれだけの環境負荷を与えているか」の調査を

オランダでは運河も重要なインフラ。そのインフラをいかにサステイナブルに維持していくか?自動運転ボートなどの開発も進む。

そうした中で、日本企業がSDGsないしサステイナブルな取り組みを始める際、何から手を付けるべきでしょうか?

吉田:まずは海外含め先進事例に関するリサーチをしっかりした方が良いです。コロナ禍もあって2年ほど海外に行けていない、コミュニケーションを取れていないところも少なくないと思いますが、そのブランクはかなり大きいです。

「うちは海外拠点もあるから大丈夫だ」と思っている企業も要注意です。オランダ駐在の日本企業社員を見ていると、日本語でできる仕事のみしており現地の人と交わらない人が非常に多いです。そして3〜5年程度で帰ってしまうので、英語だけでなくオランダ語(現地語)も勉強する人は非常に少ない。リサーチを外注できる機関もあるにはありますが、当社のようなところへの再委託も結構やっていたりするので、どうしても又聞きのフィルターがかかってしまうのです。

こうした構造的な問題もありますが、それ以上に問題なのは「日本企業の社員が取れる勉強時間が少なすぎる」ということです。

コロナ禍前にある日本の超有名企業の社員たちのオランダ視察を手伝ったことがあるのですが、レクチャーの後半で「ところでテスラって何ですか?」と聞かれてびっくりしてしまったことがあります。自社や自分が所属する部門の知識はあっても、別領域の情報を全く持っていない大手企業の社員は少なくありません。

多くの企業のビジネスは1社単独で成立しているわけではなく、部品や原料を購入したり、作業を外注したりしているわけですが、「事業のサステイナブル化」というのは最終的にこれら全工程の環境負荷を下げていくのが目標ですから、自社の所属部門の知識だけでは絶対に対応しきれません。

これはSDGsでも同じで、だからこそ「ちょっと何か考えてみてよ」「じゃあ自分の会社のCSR活動の延長線で」という思考はあまり良くないのです。SDGsで何かやれとだけ言われても「わが社で使用する電力を全て再生可能エネルギーにします」みたいなドラスティックな提案は出ないですし、出たとしても意見を活用できる組織になっていないことが多い。

そこまでやるには、自社のインフラ部分含めて課題を洗い出すこと、そして課題解決そのものを事業のメインとしてプロフィットセンターに持っていくことを考えなければいけません。

つまり、エース社員を投入する本気のプロジェクトとして進める必要があるということですね。

吉田;その通りです。「ウチもそろそろ何かやらなきゃ」ではなく、事業ドメインをシフトさせるぐらいの意気込みが必要です。

例えばIKEAは毎年2億冊以上、世界で最も多く発行される出版物とも言われていたカタログを2020年で廃止(https://finders.me/articles.php?id=3049)して大きな話題を呼びましたし、オランダの電機大手フィリップスはLaaS(Light as a Service)の概念を提唱し、照明器具を売るのではなく「ユーザーの省エネとコスト削減を両立する月額制サービス」を売るビジネスモデルへの転換を図りました。

先ほど「事業のサステイナブル化」という話をしましたが、例えば缶ジュースの缶はサステイナブルと言えるでしょうか?

それ単体だと色々な捉え方ができると思うので判断が難しいですね。

吉田:そうですね。飲み物を保存できるからサステイナブルとも言えるし、缶はそのままだと自然には還らないので違うとも言えるし、いやリサイクルができるとも言える。だからこそ「製造から運用まで」を一気通貫で見ていかなければサステイナブルな事業かどうかは判断できないのです。

また「ビニール袋よりもエコバッグを使う方が環境に優しい」ともよく言われますが、1枚のビニール袋とエコバッグを比べると、エコバッグの方が製造過程で炭素を排出しており、元を取るためには数万回使う必要がある、ともよく言われています。

これは「サステイナブルな◯◯アイテム」でも同様で、外注先も含めた製造過程の環境負荷は抑えられているか、商品購入後、ユーザーが捨てる時はどうなるのか、そこまで考える必要があります。

自社のビジネス全体でどれだけの環境負荷がかかっているのかを、まず把握してみること自体がかなり大変ですよね。

吉田:こうした構造的問題を解決するための一助として、オランダのサステイナブルコンサルティング会社とでも言うべきプロダクション「Except Integrated Sustainability(https://except.eco/)」が「Symbiosis in Development(SiD)」というメソッドを開発しました。ちなみにExceptは先ほどお話ししたIKEAのプロジェクトを提案した企業です。ニューロマジック アムステルダムではSiDを日本語訳したPDFを無料公開(https://landing.neuromagic.com/sid)しているのでぜひ読んでみてください。

SiDの大きな特徴は以下の6つです。

  1. ある一つのモノだけ、側面だけを対象とするのではなく、全体として包括的に、システムの一部として、あるいはシステムそのものとして、対象を捉えること
  2. 多くのプロジェクトに応用可能だということ
  3. プロジェクトの変化に合わせて柔軟に対応できるということ
  4. 解決策の提示のみならず、それを実行して検証するところまで包括していること
  5. 多くのステークホルダーや専門家を巻き込み、共創できること
  6. 実現しやすい環境づくりができること

Symbiosis in Development(SiD)日本語版より

先ほどのIKEAのカタログ廃止プロジェクトでは、同社が利用する世界各国の印刷会社がどんなエネルギーをどれだけ使っているかといったデータを全て集約しダッシュボードを作成し、どこをどう変えればコスト的にも無理なく環境負荷を抑えられるかが把握できたことが功を奏しました。

大抵は自社だけでなく他社も絡む話なので「見える化」は非常に大変ではありますが、他のSDGs目標であっても「課題となっている数値がどれぐらいか」をできるところから把握することは非常に重要です。そしてそれができている企業は多くありません。

みなさんの会社でも、利益やコスト削減といったインパクトも出しつつ、社会課題の解決に向かうような取り組みを増やせるよう、私たちも取り組んでいきたいと思います。

取材・編集・文:神保勇揮

 

プロフィール:
吉田和充
ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director。1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/