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国際母語デーはなぜ存在するのだろうか。言語を守る意義とは

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消滅の危機に晒される世界の言語

世界中にどのくらいの言語があるのかご存知だろうか。英語、スペイン語、中国語、フランス語、韓国語…。一体何個の言語名を挙げることができるだろう。

2021年に、非営利のキリスト教系少数言語研究団体である国際SILが公開した情報(※1)によると、現在把握されているだけでも世界には7,139の言語が存在すると言う。世界中にこれほどにも多くの言語が存在することに、驚く人も少なくないだろう。この数は、世界にある言語を全て正確に把握した数値ではなく、毎年の調査によって変動する。実際、2021年は2020年と比較して22の言語が新たに発見されている。

たった1年で20あまりの言語が新たに発見されているという事実は、想像よりも多く感じるかもしれないが、その一方でじつは世界において消滅していく言語も存在する。現在、国際連合教育科学文化機関(以下、ユネスコ)の調査「Atlas of the World’s Languages in Danger」(※2)では約2,500近くの言語が消滅の危機に瀕していることが分かる。

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そんな状況を鑑みて作られた記念日が、2月21日の国際母語デーだ。1999年11月17日に開催されたユネスコの第30回総会で、「人類が使う、全ての言語の保存・保護を推進する」ことを目的に定められた。では、そもそもなぜ、言語を保存・保護する必要があるのだろうか。

現在、英語話者は世界中で増え続け、2019年時点では世界で約15億人が英語を使用しており、そのうち4億人程度が英語を第1言語としている。(※3)世界人口が約78億人であるため、地球上の2割弱の人が英語を使用していることになる。共通言語があれば、意思疎通がしやすく、言語数が減っていくことは便利なことだとも受け取れそうだ。しかし、本当にそれだけなのだろうか?ここで、もともとこの英語話者が増えた背景を振り返ってみよう。

※1 参照:Ethnologue 「Welcome to the 24th edition」
https://www.ethnologue.com/ethnoblog/gary-simons/welcome-24th-edition

※2 参照:UNESCO「Atlas of the World’s Languages in Danger」
http://www.unesco.org/languages-atlas/

※3 参照: WORLD ECONOMIC FORUM「Which countries are best at English as a second language?」
https://www.weforum.org/agenda/2019/11/countries-that-speak-english-as-a-second-language/

母語と公用語を持つ人々

世界のなかには、「母語」と「公用語」を持つ人々が多くいる。たとえばアフリカ各国を見れば、英語を「公用語」として話しながらも、地域ごとに独自の言語(「母語」)を持つ人々は数多く存在する。彼らが、英語を話すことになったルーツを考えると、植民地支配の歴史にたどり着く。これは、英語とアフリカの関係だけではなく、日本と台湾や日本と韓国の過去、またアイヌ・沖縄などの問題とも結びつけて考えられるだろう。

言語は政治、同化政策と強い結びつきを持っているのだ。他国を支配しようとするとき、言語を奪うことはある種の攻撃として使用されていたと言える。中学校や高校の歴史の授業で習った覚えのある人もいるかもしれないが、被支配国では強制的に、支配国の言語で支配国の文化を刷り込まれる授業が行われるといった状況があった。もともとその地域に存在するオリジナルな文化を取り上げ、支配国の文化に染め上げていく、その過程で言語が意図的に消滅させられようとしていたのだ。

また、このような外部からの圧力などとは異なる理由で、国内で新たな公用語を作った国も存在する。インドネシアだ。同国は、異なる言語を持った300以上の民族からなる多民族国家だ。国是として「パンチャシラ」という言葉を掲げており、これは「多様性の中の統一」を指す。このモットーを実現すべく、各地域の多様なカルチャーと言葉を残したまま、共和国としてまとまっていくために、1920年代に公用語としてインドネシア語を作った。

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特筆すべきは、公用語としてのインドネシア語が生まれた後も、民族ごとのオリジナルの言語が消滅していないことだ。インドネシア人は、ジャワ語など民族ごとの言語を母語として普段のおしゃべりなどで使用し、学校でインドネシア語を身につけて、公共の場所で使用する。インドネシアでテレビでニュース番組を観ていると、インドネシア語で流れるニュースに対し、人々が各地域の言葉で何やら感想を言い合っている、なんていう場面にも遭遇する。

このインドネシアの公用語の例は、多くの民族を統一するため、国家として実施した大きな政策である。そして、インドネシア各地でそれぞれの地域の言語が母語として残っているのは、文化保護の観点からであり、消滅危機言語の保存の意義もここにある。

日本でも馴染みのある例を出すとすれば、「方言」だろうか。たとえば、関西弁を話す関西圏には独自のカルチャーが見られるし、他の地域にもそれぞれの方言とカルチャーが存在する。微妙なニュアンスや、地域独自の文化や行事の保存、つまり多様性の保存のために言語の保存が叫ばれているのだ。

母語は多様性を考えるきっかけに

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あなたの母語は何ですか?母語の定義は、幼時に自然に習得する言語である。同じ日本に生まれ育った人だとしても、よく考えてみるとその母語は少しずつ異なるのかもしれない。関西弁かもしれないし、博多弁かもしれない。あるいは、手話かもしれない。

ルーツが異なる人々が生きる現代、当然触れてきた言葉にも違いがある。そして言語の数だけ、異なったカルチャーが存在する。自分にとっての母語以外の言葉を知ることは、他者の文化を知ることにもつながるだろう。多様性を考えるきっかけのひとつとして、言語や母語について調べてみるのはいかがだろうか。


文:白鳥菜都
編集:大沼芙実子