日本で最も知名度の高いデザイン賞である「グッドデザイン賞」。社会をよりよくするデザインに贈られる60年以上続く伝統的なアワードだ。シンボルマークの「Gマーク」を目にしたことがある人は多いのではないだろうか。
「グッドデザイン」と聞くと、かっこよくてスタイリッシュな造形のプロダクトを思い浮かべる人も多いかもしれないが、じつはデザインの領域はそれだけではない。商品、建築、ソフトウエア、システム、サービスなど、かたちのあるなしに関わらず、人と社会、環境のためにつくられたあらゆるデザインがグッドデザイン賞の評価対象となっている。
2021年度のグッドデザイン賞は「希求と交動」をテーマに据え、過去最多となる審査対象数5,835件の中から1,608件の受賞が発表された。そして、最も優れたデザインに贈られるグッドデザイン大賞として、株式会社オリィ研究所の「遠隔勤務来店が可能な『分身ロボットカフェDAWN ver.β』と分身ロボットOriHime」が選ばれた。かつては工業製品などに贈られることが多かったグッドデザイン賞だが、近年では美しさや完成度の高さだけでなく社会的視点も重視されている。どうやら長い歴史の中で「グッドデザイン」のありかたが変わってきているようである。
そもそも「グッドデザイン賞」とは?
グッドデザイン賞は、デザインによって私たちの暮らしや社会をよりよくしていくための活動で、1957年の開始以来、60年以上にわたって広く親しまれてきた。毎年の受賞デザインのうち、特に優れた100件が「グッドデザイン・ベスト100」に選出され、さらにベスト100から、大賞、金賞、グッドフォーカス賞の特別賞が決定される。
デザインの優劣を競う制度ではなく、審査を通じて今後の社会をよくするためのヒントとなる新たなデザインを「発見」し、Gマークとともに社会と「共有」することで、次なる「創造」へ繋げていく取り組みだ。複雑化する社会において、デザインは課題解決の手段や新たなテーマの発見に必要とされ、近年デザインへの期待が高まっている。
いま、私たちの暮らす社会に求められている「グッドデザイン」とは、一体どのようなものなのだろうか?グッドデザイン賞を運営する公益財団法人日本デザイン振興会の常務理事、矢島進二さんに話を伺った。
歴史から紐解くグッドデザインと社会との関係性
長きにわたって続いている伝統的なグッドデザイン賞。その応募数は年々増加傾向にあり、デザインへの期待が高まっている。なぜ、これほどまでに「デザイン」に注目が集まっているのだろうか。
「30年ほど前から、どんな人でも「デザイン」のカタカナ4文字を口にする時代、ある意味デザインがみんなのものになっていきました。家庭用の電話機やトイレなどを自分で選べるように変わり、デザインの好みで選ぶという選択肢がより多様になったんですね。この頃からデザインが多くの人たちにとって身近なものになった。それに伴って、デザインに取り組む人やプロジェクトが世の中に広がって、グッドデザイン賞への参加者も増えていきました。それまでのデザインは、デザイン界のものとか、ある区切られた領域の中でのお話だったと思います。それが一般化・民主化されて、みんなのものになりつつあります。」
デザインの民主化が進むにつれ、表現の領域も広がりをみせてきた。デザインの変化や変遷について、1980年に新設した「グッドデザイン大賞(グランプリ)」を辿ると、ある軌跡が分かるという。
「グランプリはその年のデザインや社会を象徴しています。1980年代は、レコードプレーヤー、カメラ、ビデオ、車など、いわゆるプロダクトが主流でした。1990年代後半から住宅や建築がでてきます。建築には、社会、地域、使う人、行政にとって、いろんな意味での社会性が必要です。その視点が、既存のプロダクトにも影響を与えていったように思います。そして、1998年にグッドデザイン賞が民営化され、制度の見直しや改革を行っていきます。ひとことで言いますと、産業のためのデザインから社会のためのものに変えていきました。そのため、デザインの概念も、それまでのカタチや色彩中心から大きく広げていきました。
その中の1つわかりやすい例が、1999年のソニーのAIBOです。これは、新設された新領域デザイン部門からの応募で、人とロボットの関係性をデザインしたもので、犬型ロボットのスタイリングだけを評価したものではありません。それ以降、こうしたものが次々とグランプリを取るようになっていきました。」
「デザインは、社会や経済や産業と一体となって変化します。高度経済成長時代であれば、より均質でよりクオリティーの高いものを大量に作るためにデザインが活用されました。社会と密接に伴走しているものなので、社会が何を求めるかによってデザインも変わっていきます。どんな時代も、社会的ニーズに答えていく1つの手段としてデザインは存在していて、常にデザインも変わらなければおいてきぼりされてしまいます。」
たしかにグランプリの変遷を俯瞰することで、そのときの社会に求められているものが読み解ける。たとえば、2021年度の大賞を受賞した分身ロボットカフェは、身体が不自由な人や外出が困難な人が、自宅から分身ロボットを遠隔操作し接客スタッフとして働くことができる機会を提供している。難病を患っている人や障がいのある人、家庭の事情で外出が困難な人も働くことができる仕組みだが、それだけでなく、コロナ禍での行動制限や働き方改革、少子高齢化など、現代の私たちが抱えるさまざまな社会課題を提示し、デザインで解決に取り組んでいるといえる。デザインは、課題解決のひとつの手段となっているのだ。
2021年度の受賞デザインから見えてくるヒント
グッドデザイン賞の受賞作は、概要やデザインのポイント、背景、審査委員からの評価コメントなどがすべて開示されている。2021年度の金賞に選ばれた取り組みの一部を紹介しながら、「社会をよくするヒント」について考えてみよう。
1つ目は、株式会社ミヤゲンの「使い捨て長袖プラスチックガウン」。
感染リスクが伴う医療・介護従事者が、防護服の上でも簡単に着脱できる高機能ガウンで、感染リスクを極限まで抑えることができる。医療従事者の負担を少しでも減らすことができないかという想いから生まれた商品だ。医療従事者とともに連携して作り上げた点が高い評価につながっている。
審査委員の評価
ワクチン接種などで、防護服を一般市民が目にする機会が一段と増えた。それは急激に需要が増えたということでもあり、品薄の時期には市販のゴミ袋を加工して急場をしのぐなど、医療現場での混乱がうかがえた。これらの報道をきっかけに、ポリ袋メーカーならではの技術・こだわりで、素早く行動を起こし、本製品を市場に供給したことを高く評価したい。
(※1)
2つ目は、スズキ株式会社の「活動支援モビリティ『クーポ』」。
クーポは1つの商品で行動範囲の拡大と健康を維持できる電動アシストカートだ。健康を維持しながらより遠くまで移動する為、押して歩ける「歩行モード」と、歩き疲れたら乗車して使える「乗車モード」の2通りの使い方が出来る。
審査委員の評価
電動車いす利用者の中には、できれば自分の足で歩きたいという人がいる。健康維持のために歩くことを心がけているが、長い距離は辛いという人もいる。1台で電動歩行補助具と電動車いすの機能を兼ねるこの車両は、こうした人たちの気持ちを反映させており、それだけで高く評価したい。
(※2)
最後は、株式会社黒岩構造設計事ム所の「小さくても地域の備えとなる災害支援住宅 [神水公衆浴場]」。
1階は銭湯、2階は住居のシンプルな構成で、シェアする災害支援住宅を目指した住宅の新しいプロトタイプだ。住宅の私的要素を積極的に開き、公共空間にすることで、家族や地元住民の関係を丁寧に紡いでいる。
審査委員の評価
自宅の1階を、街の人のための銭湯にしてしまおうという発想が素晴らしい。2階の自宅には風呂場を作らず、ここに住む家族も1階の銭湯に入っているところが潔い。熊本大地震で自ら被災した構造設計者が、震災後に風呂に入れず苦労した経験を元に、街から消えてしまった銭湯を復活させたいと思ったのがきっかけだそうだが、実体験を元にしているので非常に説得力がある。個人の住宅を公共のために役立たせる発想は、見習うべきものがあり、高く評価したい。
(※3)
このように、受賞作がどのような観点で評価されているのか、その裏側にはどのような背景があるのかをひとつひとつ参照することができる。今年度の受賞作は1,608件あるが、そのすべての理由が開示されている。アクセスすれば何かそこにヒントがあり、それを参考にすることによって、こういうやり方があるのか、わたしたちに置き換えたらどんなことができるだろうかと多くの人が考えることができる。
こうした開かれた資源は、新たなヒントの「発見」から、社会に「共有」され、次なる「創造」へ繋がる循環を生む。そして、社会をよい方向へ導く道しるべを提示する。グッドデザイン賞には、こうした社会運動的な意味合いも含まれているのだ。
※1引用 GOOD DESIGN AWARDウェブサイト
https://www.g-mark.org/award/describe/51440
※2引用 GOOD DESIGN AWARDウェブサイト
https://www.g-mark.org/award/describe/52373?token=dAVOazN7qR
※3引用 GOOD DESIGN AWARDウェブサイト
https://www.g-mark.org/award/describe/52449?token=18j0ZP0KQH
変化を続けるグッドデザインは社会を映し出す鏡
かつては工業製品が主流であったグッドデザイン賞も、時代の変化とともに社会的意味合いが加味され、形のないサービスや仕組みなどあらゆる創造的行為が顕彰されてきた。変化を続けるデザインは、社会を映し出す鏡であると矢島さんは話す。
「より良いという意味もどんどん変わっていくかもしれませんが、社会を本当に良い方法に導く、そのためにデザインが存在しているし、より意味のある方向にデザインもアップデートを続けて欲しい。その時代の体温や風向きを感じられなくなってしまうと、デザインは陳腐化してしまいます。常に「いま」を見定めて、同じように深呼吸をして、時代性を会得しながらやっていくのがデザインの1番面白いところだと思います。
「ベストデザイン」ではないんですよね。「グッド」とは、状況の変化などのフレキシビリティがあって、固定されていないものだと思います。3年前のグッドと、今のグッドはたぶん違う。時代や社会の変化を捉えながら、何がグッドなのかをともに考えていくことがグッドデザイン賞の存在意義だと思います。」
デザインの概念が広がり、社会課題を解決する手段として新たなデザインの価値が生まれる時代。「いまの世の中に必要なデザイン」は、これからも絶えず変化を続けていくだろう。そして、多様性に富んだデザインには、次の時代を切り拓くヒントが溢れている。デザインの新たな可能性を見出し、次なる創造性を誘発するグッドデザイン賞の取り組みは、未来をよりよい方向へ導いてくれるに違いない。時代が急速に変化する中で、これからどんな新しい価値が創出されるのか、ますます楽しみだ。
取材・文:篠ゆりえ
編集:柴崎真直