withコロナ時代の今、日頃の娯楽としてネットフリックスやアマゾンプライムなどの映像コンテンツを楽しむことは当たり前になりつつある。そのなかでも一定数のファンを持ち、度々話題に上がるのが、『SEX EDUCATION』シリーズだ。一見、一般的な学園ドラマに見えるが、シーズン1の1話を再生すれば、すぐに性を扱うものであることが分かるはずである。
物語の舞台は80年代イギリスのムーアデール高校。主人公はセックス・セラピストを母親に持つオーティス・ミルバーンだ。性の経験は少ないものの、学校でのセラピーをきっかけにバッドガールと敬遠される隠れた秀才、メイヴ・ワイリーに見出されてセックス・セラピーを始める。作中では射精障害(ED)、妊娠と中絶、リベンジポルノなどのイシューも扱われてきた。彼人ら(※1)をはじめ、オーティスの親友エリックやいじめっ子のアダム、オーティスたちをバカにするグループ、通称アンタッチャブルズなど、思春期の若者を取り巻く様々な性のあり方を知ることができながら、彼人らの成長や関係性の変化が描かれていく群像劇である。
2021年9月、最新シリーズであるシーズン3が公開された。オーティスはアンタッチャブルズの1人であるルビーと、メイヴはトレーラーハウスの隣人、アイザックとの関係を深める。学校生活では自称フェミニストの新校長が就任。学生たちが性の悩みを打ち明けるセラピーの場所であった廃トイレは取り壊され、制服の導入やピアスや髪型の規制などの革新を迫られる。他にもノンバイナリーの同級生と校長の衝突や、フランス旅行などの出来事からますます学生たちの人間関係は変化していく...。
もうお分かりの通り、この作品はまさしく「SEX EDUCATION=性教育」を題材にした作品である。筆者自身、最初は一般的なコンテンツと同じように純粋にエンターテイメント作品として観ていた。しかし、作中で「ピル」「中絶」などの聞き慣れない言葉や見慣れないシーンが増えるにつれて、より作品を楽しむために調べるようになった。自身の無知に気づき、性教育というものを学び直すきっかけになったのだ。作中オーティスやその母ジーンはいずれも直接的なコミュニケーションを通して性の問題を解決しており、どうやらそうしたアプローチの前提には「包括的性教育」という概念があるらしい。『SEX EDUCATION』のエピソードも参考にしつつ、包括的性教育について、調べてみた。
※1 用語: 彼/彼女の二元論的なニュアンスを含まないジェンダーニュートラルな人称。「かのひと」、「かのと」などと読まれる。
包括的性教育とは?
筆者の性教育に対する以前の認識は、「性行為や出産、コンドームと性病などが想起され、そうした内容を教科書で学ぶこと」だった。この考え方は現在の日本社会の性教育認識ともさほどギャップはないように感じられる。では、包括的性教育とはどんな性教育のことを指すのだろうか。
国連が国際的な指針として出している『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』によると、包括的性教育は次のように述べられている。
セクシュアリティの認知的、感情的、身体的、社会的諸側面についての、カリキュラムをベースにした教育と学習のプロセスである。それは、子どもや若者たちに、次のようなことをエンパワーメントしうる知識やスキル、態度や価値観を身につけさせることを目的としている。それは、かれらの健康とウェルビーイング(幸福)、尊厳を実現することであり、尊重された社会的、性的関係を育てることであり、かれらの選択が、自分自身と他者のウェルビーイング(幸福)にどのように影響するのかを考えることであり、そして、かれらの生涯を通じて、かれらの権利を守ることを理解し励ますことである。
(※2)
要するに、性を性行為や出産などだけではなく、人とのコミュニケーションや相手の立場を考え、科学・ジェンダー平等などに基づいて行われる性教育のことを「包括的性教育」と表すと言っていいだろう。
文章から読み取れる特徴としてまず、目的を自らの健康のみならず、幸福や尊厳も包含させている点がある。これは従来の日本での性教育にはあまりなかった考えではないだろうか。確かに、『SEX EDUCATION』の作中でも性の問題を解決するためにセラピーにやってくる生徒たちはパートナーとの性交渉や性に関する幸福を求めている。そして尊厳に関しては性器の形や大きさの違いを示しているエピソードが象徴的であろう。
また、論理的根拠と、教育を効果的に進めるための内容や自らの経験と情報を組み合わせて理解する学習者を中心に据えたアプローチも特徴になっている。例えばオーティスの母ジーンはシーズン1で学校の性教育を担当する。彼女のオープンで直接的なコミュニケーションに生徒やその周りの大人たちが困惑する時もあるが、彼女の態度や説明・指示は明快で分かりやすい。シーズン2ではバスで痴漢にあったエイミーがその恐怖からバスに乗ることができなくなってしまう。そこから生まれる生徒たちの連帯にも勇気をもらうエイミーだが、シーズン3ではジーンの寄り添ったセラピーにもとても励まされながら徐々に自己肯定感を取り戻していく。ジーンの姿勢はまさに包括的性教育の学習者を中心に据えたアプローチと同様である。
このような特徴を持つ包括的性教育は西欧はじめ、北欧、米国だけでなく国際的な認識として各国の性教育政策などとも結びついている。
※2 引用: UNESDOC-国際セクシュアリティ教育ガイダンス 2.1 包括的セクシュアリティ教育(CSE)とは何か p.28
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000374167
日本における性教育の状況
ここまで包括的性教育について、『SEX EDUCATION』を例にあげつつ調べてきたが、現在の日本の性教育はどうなっているのだろう。文部科学省中央教育審議会の性教育に関しての見解を述べたページ(※3)にも、人間関係やコミュニケーションを前提とした教育方法について言及されている。自分や他者の価値を尊重し相手を思いやる心の醸成を重要としていたり、包括的性教育の観念ともリンクするような文章が見受けられる。
一方で、「子どもたちの性行為は適切ではないという基本的スタンスに立って,指導内容を検討していくべきだ」とする意見や、「安易に具体的な避妊方法の指導等に走るべきではない」という意見は包括的性教育の概念とは異なるものであることが分かる。厚生労働省の発表(※4)によると、予期しない妊娠や望まない性交に関する18歳未満の相談は、2020年3~9月に各地の「妊娠SOS」など6団体に計952件寄せられ、前年同期比で約30件増えた。特に一斉休校や初の緊急事態宣言があった同3~6月は、前年同月を上回った。
『SEX EDUCATION』でも中絶の問題について触れられているが、日本ではアフターピルが問題の1つとして議論されている。イギリスはじめ、現在90カ国の薬局でアフターピルの購入が可能なのに対し、日本では産婦人科などでの受診・処方が必須となっており、情報不足などの面も加わって入手のハードルの高さが問題視されている。助産師や産婦人科医師による啓発活動やオンライン署名「Change.org」などでの活動によって問題は顕在化してきている。避妊具に関連していえば、アダルトサイトで得た知識が一般化し、妊娠を望んでいないにも関わらずコンドームを付けないで性行為に及んだり、付けていても途中でコンドームを外す「ステルシング」なども問題になっている。「安易に具体的な避妊方法の指導等に走るべきではない」という指導はこうした結果を誘発してしまう可能性がある。
※3 参照:文部科学省 4.その他-健やかな体を育む教育という観点から,今後,学校教育活動全体で取り組むべき課題について-
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1395097.htm
※4 参照:2 厚生労働特別研究・新型コロナウイル ス感染症(COVID-19)に関連する母子 保健領域の研究報告シンポジウム-「新型コロナウイルス感染症流行下の自粛の影響 -予期せぬ妊娠等に関する実態調査と女性の健康 に対する適切な支援提供体制構築のための研究」
https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/000779764.pdf
もしもの時の対策と参考
こうした問題は現代の日本で数多くあるが、残念ながら私たちの生活の身近な場所にオーティスやジーンはいない。もちろん署名活動や政府、企業などに対する請願やアプローチは重要である。では、それとは別に、私たちは日頃からどういったところで包括的性教育に対応したような情報を得れば良いのだろうか。
まず紹介したいのは株式会社TENGAヘルスケアが運営するWebサイト、「セイシル」(※5)である。10代〜20代の学生向けの本サイトでは性に関する様々な疑問に産婦人科医などの専門家やLGBTs当事者、性に関する活動を行なっている学生などが意見や提案をしていたり、イラストを用いて性病や性の悩みについての情報発信を行なっている。対話がベースにあったり、相談ができる外部サイトの紹介なども行なっており筆者も度々参考にしているサイトである。次にオススメしたいのが『PLAYLIST』という韓国ドラマチャンネルである。(※6)YouTube上で観ることのできるこのドラマは学生から大人まで、広い世代に支持を集める学生恋愛・友情ドラマ。過去にK-POPグループEXIDのハニがシリーズで主演を務めたことでも有名だ。筆者はこのドラマを通して生理やPMSとはどのようなものなのか、いかに辛いのか、何がそれらを和らげたり、対処の方法としてあるのかを知るきっかけになった。
日本の性教育制度の進退は厚生労働省や文部科学省などの決定にかかっており、そのような意味で日々の政治はとても大切だと、今回の包括的性教育をまとめてみてわかった。また、私たちの日々の性に対する向き合い方としては、『SEX EDUCATION』などのコンテンツに触れ、SNSなどを通して広めることもまた効果的ではないかと考えた。何にせよ、スクールドラマとしてだけでなく包括的性教育の側面からも学べる『SEX EDUCATION』には次のシーズンも期待したい。
※5 株式会社TENGAヘルスケア「セイシル」
https://seicil.com
※6 PLAYLIST Japan
https://www.youtube.com/channel/UCmRo7efBiJXHLMdgRiOLA5g/featured
文:宮木 快
編集:白鳥菜都