よりよい未来の話をしよう

「心地よい」は人それぞれ。 だからみんなで考えたい、結婚のカタチ

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「それで、なんで『結婚』にしたの?」

結婚してすぐのとき、友人から問われた言葉だ。当時は友人の意図など考えず、なんと回答したかすら覚えていない。なぜって、「結婚」はこの形しかないと思っていたから。

選択的夫婦別姓の議論などを見る中で、ふと改めてその問いかけを思い出した。筆者はいま、パートナーと法律上の婚姻関係にある。けれど、「なんでそれにしたの?」と言われると明確な答えが出てこない。自分で選択をしたと思っていた結婚の形だが、自分の置かれている環境について、よく理解していない。
考えてみると、周りにも結婚をした友人は多いけれど、その友人たちと「で、なんで結婚にしたの?」という会話はしたことがなかった。もしかして、筆者のように考えたことがないまま、そして結婚の形が1つしかないと思っている人も多いのではないだろうか。
この機会に、気づけば選択をしていた「結婚」について、1度考えてみたい。

法律からみえてくる、日本の「あるべき夫婦像」?

そもそも「結婚」とはなにか。

広辞苑には、「男女が夫婦となること」とある。関連語として示される「婚姻」をみると、「結婚すること。夫婦となること。一対の男女の継続的な性的結合を基礎とした社会的経済的結合で、その間に生まれた子供が嫡出子として認められる関係。民法上は、戸籍法に従って届け出た場合に成立する。」と出てくる。この時点では「法律的な婚姻契約を結ぶ」ことは定義には含まれてない。

では、次に法的な定義を見てみよう。
まず、憲法では広辞苑の定義と同様、両性の合意のうえに成り立つことが示される(※1)。また民法では、法律で言うところの「婚姻関係」になるためには届け出が必要だということ(※2)、夫婦の名字は同一でないといけないこと(※3)、さらには夫婦は同居し、お互いに協力して生活していく姿勢も明記されている(※4)。また、財産の考え方についても、生活費用など婚姻における費用を分担することが示される(※5)。

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以上を踏まえると、法律が表す「夫婦像」が見えてくる。男女で構成し、同じ姓を名乗り、同居して、共に生活費を工面していく。相互扶助関係を成立させ、円滑に社会生活を営んでいくという観点からは、ある種必要な関係性であるだろう。しかし、たとえば「同じ姓を名乗る必要がある」という点を見ると、社会生活上必ずしも必要だというイメージは湧かない。法律上の「夫婦像」は、現代のカップルが求める「夫婦像」と、必ずしも一致していないような印象を受ける。

どうしてこのような「夫婦像」が求められるのだろうか。この背景を紐解くにあたっては、少し時代をさかのぼり、明治時代の結婚を見てみたい。

明治時代の民法では、「家制度」という制度が敷かれていた。これは、親族関係者のうちさらに狭い範囲の者を1つの家に属させ、「戸主」と呼ばれる統率者が、戸主以外の「家族」の統率権限や扶養義務を追った制度である。その権限には、「家族の婚姻に対する同意権」や「家族の入籍・去籍に関する同意権」も含まれており、結婚をする場合は戸主の許可が必要であった。

戸主は男性であることが原則とされたため、結果としてこの制度は、日本に家父長的考えを根付かせることになった。また、当時の結婚制度では、女性は財産管理ができないなど自ら行える行為が限られており、夫の許可が必要な場面が多かったことからも、家における「男女の役割」が明確に分けられた。
この制度は、1947年の日本国憲法の公布に伴い廃止されたため実際に用いられたのは50年ほどであった。それでも、この名残は現代にも散見されると言える。

たとえば、いまでこそ使うことはないが、誰しも聞いたことのある「娘さんを僕にください」という台詞も、この歴史を知ると意味がよく分かる。女性はまさに、元いた家を去り、男性の家族に捧げられる、そんな捉え方すらできるだろう。
また、世の中には「プロポーズは男性から」という風潮があると感じるが、これも「結婚を決めるのは男性側が主導」という視点と受け取ると、これまでとくに意識はしていなかったが、ある種「結婚は男性が決めるもの」という関係性と近いものを感じてしまう。女性の友人は、男性からのプロポーズを期待している子が多かったし、男性の友人も、どんなプロポーズをした/されたのか、周りから必死に情報収集をし、自分のプロポーズ計画を立てている姿を頻繁に見たことがある。男女対等に家族になることを決めるのに、男性、女性の役割があるようなイメージが強いのは、脈々と受け継がれる文化的な、結婚における男女の役割が根底に横たわっているのかもしれない。

選択的夫婦別姓を反対する声の中には、「日本の伝統の損失」「日本のあり方が変わる」などの懸念を示す声がある。しかしもはや、その前提となっていた家制度は存在しない。時代に沿ったルールへのアップデートが求められるのではないか。

(※1)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務 第二十四条 
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
② 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
(※2)民法 第四編 親族 第二章 婚姻
(婚姻の届出)
第七百三十九条 婚姻は、戸籍法(昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。
2 前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。
(※3)民法 第四編 親族 第二章 婚姻
(夫婦の氏)
第七百五十条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
(※4)民法 第四編 親族 第二章 婚姻
(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
(※5)民法 第四編 親族 第二章 婚姻
(婚姻費用の分担)
第七百六十条 夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。

婚姻届を出さなくても、「結婚」はできる

それでは、法律にのっとった届け出をしない限り、結婚したことにはならないのかというと、そんなことはない。いわゆる「事実婚」という形での結婚もある(ここでは、「内縁=事実婚」とする)。内縁関係とは、届出を出せない事情があるカップルを考慮しできた制度である。現代では、届出を出せる状況ではあるけれども、現在の法律婚のルールに疑問があり、あえて内縁関係を選択する、というカップルも珍しくない。

内縁とみなされるための定義は、①婚姻意思があること、②これに基づいた共同生活があること、の2点とされる。民法で定められる「届出」はしないが、婚姻の定義と同等の関係を想定した関係性であり、かつ相互扶助の理念のもと、共同生活を行なっていることが求められる。そう聞くと、「届出があるかないか」以外は、あまり法律婚と変わらないような印象を受ける。

実際、どんなことが違うのか。以下のとおり、内容によって差異はあるものの、法律婚と違いのない項目もある。ただし、法律婚では夫婦別姓が叶わないということや、子どもが生まれた場合に、法律婚のカップルであれば自然と親権をが持てるのに対し、事実婚では父母による共同親権が持てない(単独親権)、という違いは大きいかもしれない。その点も含め、法律的にも婚姻関係として認められたい、という想いをもつカップルが事実婚しか選べない場合には、もどかしさを感じることもあるだろう。
法律婚との違いを認識しながらも、「自分たちカップルが『大切にしたい』と考えていることが、法律というルールにいま、あるか」という観点で判断し、事実婚を選択することは十分にあり得るだろう。

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表:民法を基に筆者作成

また、日本において、現行のルールでは届出のない結婚関係を選択せざるを得ない人たちもいる。同性パートナーとの結婚を望む場合だ。憲法では「両性の合意にのみ基づき」という記載があることは前述の通りで、この文言が同性間の結婚の障壁になっているように見えるが、じつはポジティブな意味合いとも捉えられる。明治憲法では、家制度の中での婚姻は戸主の同意が必須であった。その点、いまの憲法では「両性の合意」で自由に相手を選び結婚できることを担保され、自分たちの選択が尊重される形となった。日本で同性婚が認められていないのは、この憲法の条文そのものというより、法解釈として明確な判断が出ていないことからとされる。

同性婚について、海外の動きはどうだろうか。2020年5月現在、29の国・地域で同性婚が可能という状況である一方、いまだ同性間の関係を犯罪とみなす法律のある国も多い。ただ、先進国を中心に世界各国では同性パートナーに関する法整備などが急速に進んでおり、同性婚やそれに準ずるパートナーシップ制度が国レベルで整備されていないのは、主要7カ国(G7)の中では日本だけだという。そんな日本ではあるが、独自のパートナーシップ制度を導入する自治体や、同性パートナーが利用できる制度を拡大する企業なども拡大傾向にはある(2021年9月時点で、パートナーシップ制度を導入している自治体は118にのぼり、導入を予定・検討している自治体も多数)。身近なところから徐々にでも、納得のいく選択肢が増えていってほしい。

みんな、どんな結婚がしたいのだろう?

それではいま、どんな結婚観を持っている人が多いのだろうか?価値観は人それぞれ、という前提のもとで、いくつか紹介したい。
厚生労働省が2013年に実施した調査では、結婚の利点として男女とも、「自分の子どもや家族をもてる」を挙げる人が、その前の調査時から顕著に増えている。また男性では、1987年では回答割合の高かった「社会的信用が得られる」が年々減少傾向にあり、1987年時点と比べると、2010年時点では 9.4 ポイントも減少している。同様に「社会的信用や対等な関係が得られる」という項目も年々減少を続けており、結婚に関する社会規範の弱まりが見てとれる。

(結婚することの利点)

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出典:「平成25年版厚生労働白書 -若者の意識を探る- 第2章 多様化するライフコース 
第2節 結婚に関する意識」(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/13/dl/1-02-2.pdf (2021年9月28日に利用)

次に、いままさに議論が活発化している「選択的夫婦別姓」についてはどうだろうか。LINEリサーチが2020年6月に実施したアンケートでは、年代別に統計を取っており、若い世代がより賛成傾向、高齢層が反対傾向にあることが見て取れる。夫婦同姓が法律で定められているのは、なんと日本だけだそうだ。この点については、国連からも「差別的」だとして是正勧告を受けている。
2015年に厚生労働省が実施した調査では、婚姻後に改姓をしているのは女性が96%だそう。男性の姓になることが相当定着している現状だと言えるが、とくに若い世代としては、自分たちがどんな未来で生きていきたいか、もう1歩踏み込んで考えていきたいところである。

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出展:LINEリサーチ 「夫婦別姓」や「事実婚」に関する調査

https://research-platform.line.me/archives/36662651.html

誕生日にプレゼントを贈り合うこと、違う名字での生活を選択すること。
どちらも「わたしたちが大切にしたいルール」

ここまで考えてみると、筆者は「現行の法律のルールに違和感を抱かないカップル」だったのだろう。法律婚をして以来、不便は感じていない。しかし、自分の名字を結婚と同時に失うことは考えられず、仕事でも友人関係でも旧姓を使っているし、それに対してパートナーも違和感を持っていない。もし、「旧姓は使用厳禁」と言われていたら、少し捉え方は違ったのかもしれない。
そう思うと、なんとなく決めている「誕生日にプレゼントを贈り合う」「記念日はお祝いする」といったフランクなルールも、「お互いの好きな名字で生活する」というルールも、どちらも互いに心地よく暮らしていくためのルールという点では同じなのではないだろうか。なのに、後者は法律で制限されている。そうなると、社会生活を行う一員である以上、「自分には心地良いから関係ない」ではなく、「みんなが心地良くなるにはどうしたらよいだろう?」と考えたい。

価値観が多様化しているいま、いろんな夫婦、そして家族の形があるはずだ。それであればルール上も、なるべく多くの選択肢をフラットに並べ、自分たちに合ったものをチョイスしていける世の中で在りたい。ただ、残念ながらルールは一朝一夕に変わるものでないという現実もある。それならば、少なくとも私たち1人ひとりの認識の中では、多様な家族の形があること、自分とパートナーの間の心地良いルールが、公的なルールが原因で維持できないカップルもいることを理解し、選択肢が増えるようなルールのアップデートを求めていきたい。

誰かと一緒に生きたいと考えたとき、いまのパートナー、あるいはこれから出会うパートナーの間で、まず「お互いに大切にしたいもの」を共有し、それらと世の中のルールとの関係を考える。そんなことから始めてみるのはいかがだろうか。

 

文:大沼 芙実子
編集:竹内 瑞貴