2023年、日本の高齢者(65歳以上の人)が総人口に占める割合は29.1%と、世界でもっとも高い。また80歳以上人口の割合は今年初めて10%を超え、10人に1人が80歳以上という計算になる。
65歳以上の人口が総人口に占める割合(高齢化率)が21%以上の社会を超高齢社会と呼ぶが、日本はまさしくその状況にある。そんな超高齢化社会で避けては通れない問題がエイジズムだ。この記事では、高齢者に対する否定的なエイジズムについての情報を中心としつつ、肯定的なエイジズムや高齢者以外に対するエイジズムについても具体例を挙げながら解説する。
エイジズムとは
エイジズムとは、年齢に基づくステレオタイプや偏見、差別のこと。狭義では年を重ねた人に対する偏見や差別を、広義では各世代それぞれへの年齢による偏見や差別を指す。
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エイジズムの定義と歴史
もともとは1969年、アメリカ国立老化研究所(NIA:National Institute on Aging)の初代所長で老年医学者のロバート・ニール・バトラー(Robert Neil Butler)によって提唱された概念だ。人種差別(レイシズム)や性差別(セクシズム)と並べて名付けられ、当時は「年をとっているという理由で高齢者たちを組織的に1つの型にはめ差別すること」と定義された。(※1)
その後、2002年に老年学者のエルドマン・パルモア(Erdman B. Palmore)はエイジズムを「ある年齢集団に対する偏見や賞賛・利益」と定義し、肯定的なエイジズムについて着目した。その定義によると、年齢に基づく偏見やステレオタイプは、どんな年齢の人に対しても、また肯定的だとしても、エイジズムだと言える。(※2)
※1 出典:公共財団法人 日本女性学習財団「キーワード・用語解説 エイジズム」
https://www.jawe2011.jp/cgi/keyword/keyword.cgi?num=n000049&mode=detail&catlist=1&onlist=1&shlist=1
※2 出典:同志社大学社会学会「日本のエイジズム研究における研究課題の検討:エイジズムの構造に着目して」
https://doshisha.repo.nii.ac.jp/records/26087
肯定的なエイジズム
エルドマン・パルモアの定義による肯定的なエイジズムとは、年齢を理由にした優遇のことを指す。たとえば、交通機関や飲食店、各種サービスにおけるシニア割が挙げられる。他にも、「高齢者は親切である」、「知恵がある」というようなステレオタイプも肯定的なエイジズムに含まれる。
また日本では還暦や敬老の日などの風習があることからも肯定的エイジズムが強い国だと言われている。
エイジズムの背景
ここまででも述べてきた通り、エイジズムの背景には年齢に関するステレオタイプがある。具体的にはどのようなものが当てはまり、またステレオタイプが生まれるメカニズムはどのようなものなのだろうか。
年齢に関するステレオタイプの具体例
たとえば高齢者に対するステレオタイプは、「不健康」「非生産的」「新しい価値観や仕組みに馴染めない」などといったもの、若年者に対するステレオタイプは、「思慮が浅い」「仕事への熱量が低い」「トレンド意識が高い」などといったものだ。
また働き方や結婚に対する社会通念と年齢とのギャップが言及されることも、年齢に関するステレオタイプの1つに挙げられる。セイコーグループ株式会社が全国の10代~60代の男女1,200人を対象に行った調査では、71.8%の人が年齢ギャップを指摘された経験があるとの結果が出ている。(※3)
「10代なのに勉強もアルバイトも頑張って真面目だね」というポジティプな指摘もあれば、「そろそろ結婚しないの?」とプレッシャーをかけられることや「50歳からの再就職を否定される」などのネガティブなものもあるそうだ。
※3 参考:セイコーグループ株式会社「セイコー時間白書2023 Q.年齢に関する社会通念とのギャップを言及された経験は?」
https://www.seiko.co.jp/timewhitepaper/2023/detail.html
ステレオタイプが生まれるメカニズム
ではなぜ年齢に関するステレオタイプが生まれるのか。さまざまな原因があると考えられているが、そのなかでもある世代の人と関わる機会が少ない場合、その世代についての偏見が生まれやすいとされる。
エルドマン・パルモアの研究においても、加齢についての事実を知らない人ほど否定的なエイジズムが強いことが指摘されている。つまり、加齢について知る機会がある人は、加齢にまつわるステレオタイプをつくり出さずに済み、年齢による差別をせずに済むのではないかという指摘だ。
エイジズムの具体例
エイジズムは社会のさまざまな場面で見られる。労働市場におけるエイジズム、広告やメディアにおけるエイジズム、その他日常に潜むエイジズムと、場面ごとに具体例を挙げる。
労働市場におけるエイジズム
労働市場におけるエイジズムは、年齢を理由にした解雇や不採用などが挙げられる。
一般的に採用の場面では、高齢の求職者より若齢の求職者のほうが高く評価される傾向がある。また、年齢で一律に退職をさせられる定年退職や、対象年齢が定められている早期退職の制度も、エイジズムに基づく制度だと言えよう。
アメリカ、カナダ、オーストラリア、EU国加盟国、イギリスで、雇用における年齢差別を禁止する法律が制定されていることからも、労働市場においてエイジズムが蔓延っていることはうかがえる。
一方で、特に日本では昇進や昇給の判断基準として個人の能力や働きぶりではなく年齢を重視する、年功序列の傾向もある。
2022年に厚生労働省が実施した調査を見てみよう。その調査によると管理職以外の基本給が「業績・成果」により決定されている企業は42.0%であったのに対し、学歴、年齢・勤続年数により決定されている企業は65.8%であったそうだ。これらもまた背景にエイジズムがあると言えるだろう。(※4)
※4 参考:厚生労働省「令和4年就労条件総合調査 3 賃金制度 (1)基本給 ア 決定要素 第18表 基本給の決定要素別企業割合」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/22/dl/gaiyou03.pdf
広告やメディアおけるエイジズム
美容や健康にまつわる商品やサービスを売るための広告で、老いの不安を煽るものも多く見受けられる。また「老い」自体を忌避(きひ)し、メディアで実年齢より若く見える人を持てはやす風潮もエイジズムの表れだ。
多くの人の目に触れ、かつ見た人の価値観に影響を及ぼす広告やメディアにおけるエイジズムは、年齢によるステレオタイプや「若さこそ正義」という偏った考え方を再生産する原因にもなる。
その他、日常に潜むエイジズム
他にも、年齢を理由に恋愛や結婚にまつわる嫌味を言われる、服装や髪型、メイクを否定される、といった日常に潜むエイジズムがある。ここで挙げたエイジズムは特に「年齢をわきまえるべき」「いい歳なんだから」などと年を重ねることがネガティブだと決めつけ抑圧する言葉や、セクシズムとも結びつきやすい。
また株式会社LIFULLが全国18歳以上の男女2,000名を対象に行ったエイジズムに関する調査を見てみよう。そのなかの「あなたは、年齢による差別はあると思いますか」という質問に対して全体の45.0%があると思うと回答したそうだ。この結果からもいかにエイジズムが日常に蔓延(はびこ)っているのかがわかる。(※5)
※5 参考:株式会社LIFULL「年齢の森 対話から考えるエイジズムのこと Q4年齢による差別はあると思いますか?」
https://media.lifull.com/campaign_2021091606/
エイジズムの問題点
エイジズムの問題点は重大なものから人によっては些細に感じられるようなものまで多岐にわたる。ここでは、エイジズムによる人権侵害と世代間の分断について取り上げる。
エイジズムによる人権侵害
2023年1月、イェール大学の助教授で経済学者の成田悠輔氏による高齢者に対する発言がインターネット上を中心に物議を醸した。その発言は強い言葉で高齢者を否定するものであり、エイジズムが人権侵害につながる可能性を感じざるを得ない発言であった。
高齢者人口が増えることにより年金・医療・介護などのニーズが急増する「2025年問題」があるのは事実だが、過剰に高齢者を叩く行為は人権侵害だと言える。
また、2022年に内閣府が実施した世論調査では、「高齢者に関し、体験したこと、あるいは身近で見聞きしたことで、人権問題だと思ったことは?」という問いに対し、「悪徳商法、特殊詐欺の被害が多いこと」と答えた人が44.7%、「病院での看護や介護施設において劣悪な処遇や虐待を受けること」と答えた人が33.6%いた。これらの回答からも、エイジズムが大きな人権問題の原因になっていることがわかる。(※6)
※6 参考:内閣府「人権擁護に関する世論調査 3 個別の人権問題に関する意識について (3) 高齢者に関する人権問題」
https://www.moj.go.jp/content/001398982.pdf
エイジズムによる世代間の分断
エイジズムによって「どうせおじさん、おばさんだから」「いまどきの若者は」などと自分と異なる世代の人々に否定的な態度を取ることは世代間の分断や対立にもつながる。若年者が高齢者にエイジズムを向ける場合、同時に自分自身が年を重ねることにも否定的に感じるようになってしまうという問題点もある。
さらに若い頃に高齢者に対してエイジズムを向けていなかった場合でも、「自分はもう若くないから」などと自分の可能性を狭め、後ろ向きの思考が生まれるのもエイジズムの問題点だ。
エイジズムの対策
このような問題を抱えるエイジズムに対策するために何が必要なのだろうか。以下の2つの観点から考えてみる。
年齢によるステレオタイプや偏見、差別を見直す
まずは、1人ひとりが年齢によるステレオタイプや偏見、差別を見直すことがエイジズムへの対策になる。特に高齢者への偏見は、自分自身もいずれ高齢者になるのだという事実に立ち返って考え直す必要があるかもしれない。偏見に気づけるようにするためには教育も重要な役割を果たすだろう。また、アンコンシャスバイアスに気づくことも対策の1つだろう。
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法律やガイドラインの制定
そのほか、エイジズムの具体例の章で挙げた労働市場や広告、メディアにおけるエイジズムに関しては、法律やガイドラインの制定が求められる。
近しい例として、2018年に発覚した東京医科大学の不正入試問題を発端に明らかになった、複数の医学部での年齢差別の件が参考になるかもしれない。その後、文部科学省や大学基準協会による全国の医学部の調査と問題がある大学への指導、また裁判により、2019年以降は年齢差別が少なくなっているとされる。
労働市場や広告、メディア業界においても、そうした調査や是正に向けた取り組みが行われれば、エイジズムの悪影響を減らしていける可能性があるかもしれない。
まとめ
この記事では、高齢者に対する否定的エイジズムについての情報を中心に、肯定的なエイジズムや高齢者以外に対するエイジズムについても触れながら、それらの具体例や問題点、対策について解説した。
日本は超高齢化社会であることから、より多くの人にとって日常的な問題であろうエイジズム。この記事を1つのきっかけとしてそれぞれが自身の価値観を見直し、エイジズムによって苦しむ人が減ることを望みたい。
文:尾崎はな
編集:吉岡葵