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私たちが略語を使う理由とは?略語の歴史・傾向から現代人の思考を紐解く

昨今、「了解」を意味する「り」や、「乾杯」を意味する「KP」など、日常生活のなかで略語を耳にする機会が多くなった。主に若者を中心に略語が誕生し、社会にも広く浸透している印象を受ける。一方で、略語は言葉を省略することによって作られる言葉であり、何かを省くという行為は現代の生産性や効率性が重要視される傾向や価値観と繋がっているようにも思える。

そこで、宇都宮大学工学部の日本語教師で、2022年出版『若者言葉の研究 ーSNS時代の言語変化ー』(九州大学出版会)の著者である堀尾佳以さんに、私たちが略語を利用する理由や略語と社会の関係性などについて伺った。

取材中の堀尾佳以さん

堀尾佳以(ほりお・けい)
宇都宮大学工学部の留学生担当教員。専門は日本語学。著書に『若者言葉の研究 ーSNS時代の言語変化ー』(2022年、九州大学出版会)がある。

日本語での略語の特徴とは

そもそも、言語学では略語をどのように分類しているのでしょうか?

言語学には領域がいくつかありまして、略語はそのなかの語彙論や形態論と関わりがあります。語彙論とは、語彙の変化や語彙が持つ意味の増減などを対象とした言語学の分野で、形態論は語形変化や語の構成について研究するものです。

また、略語のなかにもいくつかのタイプが見られていて、日本語でよく使われている略語のタイプは、言葉を省略する略語です。例を挙げると、「インターネット」を「ネット」、「コンビニエンスストア」を「コンビニ」、「なるべく早く」を「なるはや」と省略するような略語ですね。

他にも、とくに海外の方が使う「On The Way」を「OTW」と使うような、言葉の頭文字を取る略語もあります。ただ、日本語ではあまり使われていないように感じています。

日本語では頭文字を取るタイプよりも、言葉を省略するタイプの方がよく使われるのはどうしてでしょうか?

日本語の場合は、文字を残すことで復元しやすくしているのではないでしょうか。たとえば、「恥ずい」だと、「恥ずかしい」に戻すことができます。このように、略語からでも元々の単語の意味が推測できる、いわば“親切な略語”が日本語の特徴だと考えます。

また、特に若者は言葉を省略することが得意です。元々、省略する理由は、言葉を簡素化して、使いやすくすることに起因しています。ただ、省略する理由には、言葉遊びの面白さも関係しているのではないでしょうか。

もちろん、略語は悪い言葉にも使われることもありますが、仲間内で使っていて楽しいということは、若者言葉を使う大きな理由の1つです。さらに、主に女性の場合だと、言葉の響きが「かわいい」ということも大事になってくるようです。

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若者は言葉を暗号化したい

その他にも略語を利用する理由はあるのでしょうか?

略語を含む若者言葉全体に見られる傾向ですが、言葉を暗号化して他の世代が分からないようにするためだとも考えられます。あと、若者には、「他の世代が言葉を使い始めると、その言葉を捨てて、次の新しい言葉を利用する」という傾向もありますね。

若者に新しい言葉を利用したい意識があるのはなぜなのでしょうか?

仲間内の言葉が他の人に使われると、「自分たちの言葉である」という認識や新鮮味がなくなるため、その言葉を使うことに飽きてしまうからではないでしょうか。

また、暗号化していたはずのものが解読されてしまうと、もはや暗号ではなくなるので、面白みがなくなることも理由の1つかなと思います。自分たちが他の人には分からない言葉を使っていると、最先端の言葉遊びをしているという感覚になれる。つまり、特別感や連帯意識を強く感じやすいのでしょう。

一方で、言葉を暗号化することによる問題点もあるかと思いました。

そうですね。その略語を知らない人々にとっては、略語で話されることで疎外感を抱くこともあると思います。

若者と若者以外の差として感じる部分でもありますが、若者は今まで馴染みのなかった言葉をすぐに使いこなすことができる柔軟性があります。その一方で、若者以外の世代は、瞬時に新しい言葉を使いこなすことが難しくなるようです。

そのため、若者以外の世代が略語によって疎外感をより抱きやすくなっていると考えています。

若者以外の世代が疎外感を抱く可能性があるので、相手のことを考えて略語を使う必要があるのですね。

語呂の良さと略語の関係

略語はいつぐらいから使われ始めたのでしょうか?

データによると、奈良時代から略語が使われていたそうです。当時からいまでも使われている代表的な略語の傾向は、言葉の拍数を3拍や4拍に省略するものです。「コピーを取る」を「コピる」のように省略するのが例として挙げられます。

また、「おなら」という言葉がありますよね。実はこれ、室町時代に「おならし」という言葉が、「し」を取って「おなら」になったそうです。これを知ったときは衝撃でしたね(笑)。

日本では古くから短歌や和歌があるように、日本語では「言葉と音の関係性」、つまり語呂の良さが略語でも重視されているのかと思いました。

おっしゃる通りで、語呂の良さと略語は関係していると思います。耳心地の良い言葉を口にすると、気持ちが良いことってありますよね。

「言葉と音の関係性」に関連する話だと、省略とは逆で言葉が増えている例もあって、たとえば、「ほぼほぼ」という言葉です。本来であれば「ほぼ」がこれまで使われてきた表現なのですが、「ほぼ」を2回重ねて「ほぼほぼ」として4拍にしたのではないかと。

ちなみにですが、私は言ってしまわないように気をつけています。確かに、耳心地は良いかもしれませんが、日本語としては従来の用法から外れていますので(笑)。

「言葉を3拍や4拍にする」以外で若者がよく使う略語の傾向はありますか?

言葉の最初の2文字ずつを取るルールもずっと使われています。たとえば、「あけおめことよろ」です。「あけおめことよろ」の場合、「あけましておめでとうございます」と言わなくても、2文字ずつの略語だけで年始の挨拶だということが分かります。『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマを「逃げ恥」と言うのもこのルールですね。

また、最近の若者が使っている略語の傾向でいえば、「ネットスラング」があります。ただ、ネットスラングは、略語とは違う傾向があるんです。たとえば、言葉の最初の文字の母音を取って、短くする省略の仕方で、「笑う」を「w」と表現したり、「詳しく」を「kwsk」と表現したりするものがありますね。

「ネットスラング」と「若者言葉」は違ってくるんですね。

ネットスラングはスマホやパソコンでの文字の打ち込みが大きく関わっているのではないでしょうか。例を挙げると、YouTuberの中町綾さんが発した「きまZ」です。「気まずい」と打ちたかったのに、「Z」と打ったまま発信してしまい、それがそのまま流行したと言われています。この場合も略語かと問われると、文字の打ち間違いによって誕生した言葉なので、略語とは少し異なります。

長州力の「飛ぶぞ」から考える流行の変化

略語はインターネットの登場により変わった部分もあるのでしょうか?

「言葉の広がり方」という点において、略語はインターネットの影響を強く受けています。私は、1990年代後半から2000年代にかけての若者言葉を調査していたのですが、その当時はそこまでインターネットの影響力は強くなく、テレビの影響力が強かったんです。ただ、いまはTikTokやYouTubeがきっかけで言葉が広まることが多いですよね。

また、インターネットの登場によって、「言葉を広める力を持つ人が若者に限定されなくなった」んです。インターネットが普及する前は、主に女子大生や女子高生が流行語を生み出していたのですが、最近はそういった傾向が薄れてきています。少し前ですが、長州力さんの「飛ぶぞ」が、テレビ番組をきっかけに流行したこともありましたよね。

流行語を生み出す人々が変わると、言葉が流行する理由なども変化するのでしょうか?

女子大生や女子高生の発信する言葉が流行していた時代では、使う人は発信者への憧れのようなものがあったと思います。一方で、最近はXやInstagramなどで「バズる」ことを目的にする発信が増えていることから、流行語誕生の背景に、その言葉が誕生した文脈が「面白い」ことや、言葉の響きが「かわいい」という要素が強くなってきたと考えています。

“SNS時代”と略語とは

略語の浸透にSNSの特性も影響しているようにも感じるのですが、いかがでしょうか?

たとえば、「了解」から「り」という略語が誕生したことは、コミュニケーションのスピードを早くしたいという理由以外に、Xで投稿できる文字数が140文字までという文字数制限があったことも関係していると考えています。

ただ、いまは文字数の制限がないコミュニケーションツールが増えているにもかかわらず、短く簡単な文章や略語の使用が好まれているのではないかと感じます。

現代人で意識している人も多い、「タイパ」が略語とも関連しているのでしょうか?

スピード感を大切にしている点で影響していると思います。返事がすぐに来ないと嫌だというところも「タイパ」と関連があると言えるでしょう。

略語を利用することによって、略語の対象について理解しているというアピールの面もあるかと感じています。

「自分は知ってるぞ」とアピールする意識はあると思います。たとえば、「タイパ」という言葉を若い世代が使うことは、一般的で違和感はないと思いますが、他の世代がいきなり「タイパ」と言い出すと、「無理してる」「若作りしてる」という言われ方をすることがあります。これは先ほど説明した、自分たちのグループの言葉が他のグループに利用されたことによって、言葉が侵害されたと認識してしまうことにも関係していると思います。

日本語は生きている言語

最近は略語やネットスラングなどの省略された言葉が流行語となる場合が多いと感じているのですが、省略のタイプに流行傾向はあるのでしょうか?

仕事柄「どんな言葉が流行りますか?」や「これからどんな言葉が出てきますか?」と聞かれることも多いのですが、「きまZ」のように、誤字がきっかけで流行ることもあるので、流行語になりやすい言葉の傾向を予測することは難しいですね。

ただ、「外来語+る」で新しい動詞を表す言葉や「外来語+い」で新しい形容詞を表す言葉は増え続けていくかもしれません。「Google+る」の略語である「ググる」などがいい例ですね。

また、このような略語が新しく登場する場合には、新しい外来語が登場する必要があります。たとえば、「ググる」の場合、Googleが誕生する以前は絶対に出てこないのですが、Googleが誕生したからこそ、新しく生まれた言葉ですよね。

確かにこれからも次々と新しい略語が生まれそうですね。

日本語は変化をし続けていて、「言語が生きている」ように感じます。語彙が増えることで、使われていき、また新しい言葉を使うようになる、このように言葉が循環します。文法が変わることは難しいでしょうが、新しい言葉が入ってくるたびに、今後も略語は増え続けていくと考えられます。

たくさんの言葉に囲まれた私たちが考えること

略語を利用する理由に連帯感を示したり、暗号化することで他のグループと区別し、仲間意識を高めるというものもあり、言葉は他者と自分自身を比較し、可視化するツールとして利用されているようにも思える。

そして、いまやSNSの利用が当たり前の時代となり、私たちの周りにはたくさんの好意的または否定的な言葉が溢れているのではないだろうか。

言葉にはその人の思考が現れるため、日常のなかで発している言葉に目を向け、自分自身の考えや振る舞いを見つめ直すことが、いまの私たちには重要なのかもしれない。

 

取材・文:前田昌輝
編集:吉岡葵