ろうの方にもライブ空間を楽しんでもらえるよう、楽曲の歌詞を手話に翻訳し、手話通訳のメンバーと一緒に音楽ライブをつくっているバンドがいる。思い出野郎Aチームだ。2021年よりライブのサポートメンバーに手話通訳者を迎え、ステージから手話で歌詞やライブの様子を観客に伝える。
会場の制約や演出との兼ね合い、手話通訳メンバーとの協働など、課題も多々あるなかで、「手話をライブに取り入れるとはどういうことなのか、学ばなくてはいけない」と話す高橋さんの姿からは、思い出野郎Aチームが当事者のためになる形を模索している様子が窺(うかが)える。
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今回は、そんな思い出野郎Aチームが2024年8月11日に渋谷WWW Xで開催した、手話通訳メンバーを迎えたライブ「思い出野郎Aチーム presents ソウルピクニック2024」にお邪魔した。このライブで初めて音楽ライブを体験したという、ろう者で俳優の田代英忠さんのお話を中心に、会場に来ていたろうの方、ライブに関わった手話監修Nyankoさん、手話通訳のさっちーさん、ねーさんのお話と併せて、ライブの様子を紹介する。
体に伝わった振動で感じる「音」
まず、今回初めて音楽ライブに訪れたという田代さんに率直な感想を伺った。
「舞台上に人がいっぱいいて、まず『何人いるの!?』と思いました。私は演劇をやっていて、舞台は動き回るものというイメージがあったので。今回のライブは、数えてみたら10人も楽器を担当する方がいるので、人が多いなと思いましたね。お客さんもぎゅうぎゅう詰め、それも皆さん立っているのを見たのも、生では初めてでした。真ん中にいる方(高橋一さん)が皆さんのまとめ役みたいに見えて、歌声は聞こえないので分からないのですが、『俺が引率する!』といったリーダー的な雰囲気を醸し出していると思いました」
当日、手話通訳の立ち位置は、ステージ上手(観客から見て右手側)の端だった。
「ステージに向かって左側にバリアフリーのスペースがあって、私はそこに案内されたので、左側から舞台を観るような形でした。スペースが確保されていたことで安心して、温かい気持ちで観ることができました。
手話通訳は上手側で遠かったのですが、私の背が高かったのもあってか、さしたる不便はなくはっきりと見えました。歌われている歌詞を手話にするのはとても難しいと常々思っているので、交代で通訳するお2人に『がんばれー』と応援の気持ちで見ていました。
それから、私はほとんど聞こえないのですが、会場にいるだけでドンドンドンという音の振動はよく伝わりました。壁側に立っていたので、壁を伝って生の振動がダイレクトに感じられて、『へえ、こういうものなのか』と新鮮でした。日常では音が耳に入ることがあんまりないので、今日のライブで振動に加えて大きい『音』がかすかに聞こえて、軽い眩暈(めまい)を起こしてしまいました。それくらい音響のすごさを感じました。
最初はお腹のあたりに振動を感じていたのが、曲によってなのか分かりませんが、胸から喉にかけて振動を感じることもありました。体が変わるような、いままでにない経験をして、これが『音楽の力』なのかなと少し感動しました。お客さんも皆さんリズムに乗っていて、最初の頃は俯瞰していたのですが、そのうち自分も自然に体が動いていました。
ただずっと立ちっぱなしなので、結構体力が必要ですね!2部の途中からは少し場所を離れて、後ろの方でお喋りしながらお酒を飲んでいました(笑)。最後の方に『終わっちゃう!』と思って慌ててまた戻って、最後まで楽しむことができました」
終盤で披露された楽曲「アホな友達」は、バンドメンバーと観客が手話でシンガロングするのが恒例で、今回のライブでも手話のレクチャー後に演奏がスタートした。その試みについて、田代さんはこう話す。
「手話通訳をまねするお客さんの『アホ』の手話の手の形とか動きが少し違うんだけどな…と思って、教えてあげたい気持ちもありましたけど(笑)。みんなで一緒に楽しめる雰囲気づくりをしているのは、とてもいいなと思いましたね。そのライブ感に、すごく興味を持ちました。手を振って『ララララ〜』というパートがある曲(繋がったミュージック ※1)で、手話通訳が手を振るのに合わせて、みんなが手を振っているのが、これまた新しかったです」
過去に開催された「ソウルピクニック2021」より、当日の手話メンバーの紹介からアンコールで演奏された「アホな友達」の映像。映像には、MC、歌詞ともに字幕がついており、右下には手話メンバーをアップにした映像がある。
※1 参考:「繋がったミュージック」はこちらから聴くことができる
YouTube:思い出野郎Aチーム / 繋がったミュージック 【Official Music Video】
Spotify(歌詞を字幕で見ることも可能):https://open.spotify.com/intl-ja/track/6oLs6TDbB5hwjtWFNBAmR8?si=lyLxBWdRRTqCWWyjRjQYqw&context=spotify%3Atrack%3A6oLs6TDbB5hwjtWFNBAmR8
歌詞の表現やライブ演出への意見はさまざま
田代さんに「もっとこうだったらより楽しめる」という点についても伺うと、こう答えてくれた。
「手話通訳は一生懸命表現されていましたけど、全部の歌詞を把握するのは難しかったです。歌詞カードもいただいたのですが、会場が暗いので見えませんでした。聞こえない人のなかでもさまざまな意見があるかもしれませんが、私の場合、リズムは取れなくてもどんな歌なのか知りたいので、歌われている歌詞のところに色のつくような字幕があると見て分かりやすいかなと思います」
他のろうの方々にもお話を伺うと、歌詞の表現方法や演出にはさまざまな意見があった。
ある方は、演出で照明が暗くなった際に、手話通訳がなにを表しているか見えなくなってしまったことが残念だったと話す。
別の方からは、曲の終わりと始まりや盛り上がりが目で見てわかりやすいように、照明を工夫するとよいのではという意見が。各曲の始まりには、手話で「何曲目か」と「タイトル」が表されるが、ライブアレンジとして2曲連続して演奏される際など、ステージ全体を見ていると次の曲が始まったことが分かりにくい場合があるようだ。
また、手話通訳と字幕の両方がある場合、どっちを見たらよいのか分からなくなるという懸念に触れた上で、「好きな色や好きな音楽が違うように、好きな手話、好きな伝わり方もそれぞれ違うと思います」と話してくれた。
さらに、自身も手話でライブパフォーマンスをした経験のある別の方は、「全ての歌詞を手話で表すには、リズムが合わないといった難しさがあるだろう」と話す。これまで観たなかでは、ロックバンド・凛として時雨のライブ照明が、音と歌詞が完全にリンクしていて、目で見て楽しみやすかったそう。また、字幕より特徴的に歌詞を表す方法として、打首獄門同好会のライブ中の映像の使い方がよかった、と共有してくれた。ミュージックビデオにもあるような、曲に合わせて歌詞が次々に大きく映し出される映像がライブ中に投影されることで、リズムに乗りやすかったという。
彼女は今回、ワンマンライブですべての曲に手話がついているのは初めて体験したそうで、「すごく楽しかった」「楽器の情報も手話で伝えてくれるのがよかった」と話した。
バンドメンバーそれぞれのソロに合わせて各楽器やプレイヤーの名前を表したり、歌がない前奏、間奏、後奏の部分では目立って聞こえる楽器を表したり、リズムを取ったりと、歌詞の表現以外もフォローしてくれるのはたしかに、思い出野郎Aチームのライブ手話通訳において大切にされている部分の1つだと見て取れる。
アクセシビリティがさらなる安心への鍵
当日、会場では振動と光によって音を体で感じることができるインターフェース・Ontenna(オンテナ)も貸し出されていた。Ontennaの使い心地はどうだっただろう。
今回はOntennaの振動よりダイレクトに伝わる振動の方が体に伝わりやすく、音が分かりやすいという声が多かった。
その上で、「振動したり光ったりする(ものを身につけてライブを観る)のは楽しい」「もっと広い会場だと、音の振動をダイレクトに感じることが難しいので、Ontennaを利用してみたい」という声も。
音が拡散することで屋内の会場より体で振動を感じにくい、たとえば野外の会場などと相性がよいインターフェースなのかもしれない。
ここまでライブ中の感想を紹介したが、アクセシビリティにも課題はある。会場の特性もあり、入場方法や会場内の動線が分かりにくいという指摘は皆さんから寄せられた。
ライブハウスでは、整理番号順の入場など、呼びかけによるアナウンスも多い。ろう・難聴の方のなかには文字起こしアプリを使って声のアナウンスを理解する方もいるが、スタッフの声だけでなくお客さんの声も拾ってしまうような場所では、文字起こしアプリの使用も難しいため、より確実に伝わる表示が必要になるようだ。
また、手話メンバーのステージ上の立ち位置についても、ライブ情報が掲載されるwebやSNSでの事前共有や、会場での表示があるとよりよいだろう。
安心してライブを観られる環境づくりのために
ここまで、ライブに参加したろうの方のお話を紹介してきたが、ここからは、このライブを支えた、手話監修と手話通訳の皆さんのお話を紹介する。
手話監修のNyankoさんは、これまでも思い出野郎Aチームの楽曲の手話翻訳に携わってきた。今回のライブではリハーサルでのステージ上の様子と会場のアクセシビリティを確認し、改善点をアドバイスをされたそうだ。
ステージ上では、全体が暗くなってバンドメンバーだけにスポットライトが当たるタイミングがある。その場面などで、手話メンバーの手元がはっきりと見えなくなってしまうことを指摘したという。
また、ステージに歌詞を投影する「字幕」もぜひ取り入れたい要素だそう。これはなかなか実現が難しく、現在は代わりに歌詞カードを配っているそうだ。
この歌詞カードについて、以前、思い出野郎AチームのライブでNyankoさんが気になったというのが、歌詞が載っていないのに、歌と手話があるタイミングがあったこと。確認したところ、「繰り返しの歌詞」が歌詞カードでは省かれていたそうで、今回はその声から、繰り返しも含めた歌詞カードが用意された。
ただ、場内が暗いなかでステージ上の手話と手元の歌詞カードを同時に観るのは難しく、周りの目も気になるとNyankoさんは話す。
さらに、ライブが始まる前から最後まで安心して楽しめる環境づくりとして、「受付などに『筆談できます』とアナウンスがあることで、理解がある、考えてくれている、と感じられます。また開場時間や入場方法については、声でのアナウンスだけでなくプラカードなどでも表示することで、ろう者のみならず聴者の方もより分かりやすく安心できるはずです」と話してくれた。
実際、入場受付には「情報保障が必要な方、筆談をご希望される方はスタッフまでお声がけください」と表示があり、会場内には「車椅子・援助や配慮を必要としている方の優先席」と掲示された「プライオリティシート」というエリアも設けられていた。アクセシビリティについても、所属レーベルのカクバリズムと相談しながら改善を重ねているそうだ。ライブ前後も含めて安心して利用できる場作りに、真摯に向き合っていることがよく分かった。
「本当に当事者のためになっているのか」問い続けながらライブを支える手話通訳メンバー
当日、ステージで手話通訳をされたのは、さっちーさんとねーさん。お2人とも、思い出野郎Aチームがライブに手話通訳を取り入れた2021年から現在まで、続けてライブに出演している。
現在、思い出野郎Aチームの手話通訳メンバーにはお2人に加え、様々なライブで手話通訳を手がけるペン子さんという方がいる。もともと、思い出野郎Aチームのマネージャーで、ライブに手話通訳をつける提案をした仲原達彦さんから依頼を受けたのはペン子さんだった。その後、NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)という、観劇サポート環境を推進する団体が養成した舞台手話通訳者として参加することになったのが、さっちーさんとねーさんのお2人だそう。
それからライブで演奏される20曲以上の楽曲を翻訳し、ライブで手話通訳を行ってきた。最も大変なのは、翻訳の作業だという。
「翻訳には時間がかかるので、ライブまで1ヶ月を切って新曲が完成したときは慌てます。
初期はろう者とCODA(※2)の方が監修に入っていましたが、その後は手話通訳メンバーだけで翻訳作業をする期間もありました。今回は手話監修としてNyankoさんが加わり、新曲2曲とこれまでの曲の1部の翻訳を監修していただきました。聞こえない・聞こえにくい方々に音楽を伝え、楽しんでもらうためには、やはり当事者である方々のアドバイスが何より大切だと改めて実感しました。
仲原さんやバンドメンバーとも意見をすり合わせながら、会場ごとにできるだけベストな形を探しながら続けてきましたが、情報保障や受付対応などまだまだ課題はあります。1つ1つクリアして、だれもが楽しめる時間を作れたらと思います」
そう話すのはさっちーさん。
※2 用語:「CODA」とは「Children of Deaf Adults」の略。聴力に障がいがある親のもとで育った、健聴者の子どもを指す
ねーさんも、「なんのためにやっているのか、繰り返し考えながらステージに立っています」と続ける。
「音楽は聴者が楽しむものというのが一般的ですが、その音楽をろう者にも楽しんでもらうためにどうすれば良いか。私たちは、ろう者のことを理解して通訳を担う専門家ではありますが、ろう者が通訳を介してどのように理解し感じるのかまでは分からないので、ろう者に直接確かめながら進める必要があります。
自己満足で終わってしまっては意味がないので、葛藤しながらもより良いかたちを模索しています」
実際、去年のワンマンライブ後には、来場したろうの方10名ほどにアンケートに答えてもらったそう。
「やっぱり文字での情報保障(字幕)が必要だという意見も多いですが、それなら手話通訳はなくていいかというとそれも違います。同じ聴覚障害の方でも聞こえ方だけでなく、過ごしてきた環境や背景も個々に異なるので、情報保障内容のニーズも違ってくるため、感想もさまざまです。
さらに、バンドの考え方と照らし合わせ、より多くの人とライブ空間を共有するために、ろう者以外の方に対するサポートも必要ですよね。私たちは専門分野であるろうの方へのサポートに引き続き取り組みますが、より『フラット』に幅広く誰もが参加できるよう、全体的な底上げと同時に、より良い手話通訳を探求していかなければなりません」
一方、思い出野郎Aチームのステージに立つこと自体には楽しさややりがいを感じているというお2人。
平日は別の仕事をし、平日夜と土日に手話通訳の仕事をする形で3年間、思い出野郎Aチームのライブ出演を続けてきたというさっちーさんは、「楽しんでもらえているのかという不安と葛藤しながらも、ライブ会場の熱気を目の当たりにすると毎回感動します。この感動を共有したいですね」という。
ステージでの手話通訳を仕事の主軸にしたいというねーさんも、「舞台に立って会場にいる方々に手話で伝えることにやりがいを感じています」と話す。
お2人のお話から、試行錯誤しながらもライブの楽しさをより広げ、「ライブに行きたい」というろうの方のニーズに応える取り組みを続けたい、という思いがあらためて感じられた。そんな手話通訳チームの意見を受け止め、マネージャーの仲原さんやボーカルの高橋さんも一緒に話し合いを重ねながら、改善を重ねているようだ。
今回、田代さんをはじめライブに参加されたろうの方、手話監修のNyankoさん、手話通訳者として舞台に立ったさっちーさん・ねーさんにお話を伺った。みなさんそれぞれの立場からお話しされるように、課題もまだまだある。思い出野郎Aチームが歌う、バリアフリーな「フラットなフロア」を実現するには、サポートがあることでライブに足を運びやすくなるすべての人を意識し、本当に当事者のためになっているかを検証しながら進める取り組みが必要になる。それは簡単なことではないが、思い出野郎Aチームが多くの人と協力し、しっかりと意見を聞いて、アップデートしながら場作りを続けていることは、1つの大きな希望となるだろう。
取材・文:日比楽那
編集:大沼芙実子
ライブ写真:廣田達也