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川添愛 × 品田遊 対談前編 | ここまで、AIとどう付き合ってきた?

2024年、人工知能(以下、AI)は市民権を得たと言っても過言ではない。でも「仕事を取られそうでちょっと怖い」「どう使っていいかよくわからない」という声もあるだろう。

そんなイメージに逡巡しているうちに、AIは瞬く間に日常生活に広がっている。私たちは、 AIとの関わりを、どのように捉えたらいいのだろうか。

今回は、AIをテーマにした作品を独自のユーモアで展開する作家・品田遊さんと、AIについて言語の観点から紐解く言語学者・川添愛さんをお招きし、AIをどう認識し、どのように関わっているのか、聞いてみることにした。

実は会うのは初めてだというおふたり。前編は、両者のこれまでのAIとの関わりを紐解きながら、普段の使い方について話を伺う。

川添さんと品田さんの出会い

おふたりの関係としては、品田さんの著書『名称未設定ファイル』(キノブックス、2017年)が2022年に文庫化されたときに川添さんが解説を書かれていましたよね。

品田遊(以下、品田):はい。解説を私からお願いしました。過去に『ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語』(イースト・プレス、2021)を執筆した際、川添さんの著書『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』(朝日出版社、2017)を参考にしたんです。

イタチがロボットを作るという設定で、AIについて物語形式で描いた作品ですね。

品田:難しいテーマをわかりやすく書きたいと思っていたときに、川添さんの本を読んで、まさにこれだと思って参考にしました。そのこともあって、解説を依頼したんです。

川添 愛(以下、川添):ありがとうございます。私も、以前から品田さんのことは知っていました。依頼をいただいてから品田さんの著書を数冊拝読し、言語センスが素晴らしいなと改めて思いました。また、オモコロのライター(ダ・ヴィンチ・恐山名義)として書かれている、佐賀県に異世界転生をするという記事が印象的に残っています。私が九州出身ということもあり、面白いなぁと思って読んでいました。

品田:九州、好きなんですよ。何年か前には炭鉱跡が残る長崎県の池島にも行きました。

川添:そんな、知る人ぞ知るスポットにまで…!長崎出身なので嬉しいです(笑)。

川添さんとAI—「冬の時代」からAIに携わる

さっそくですが、おふたりがそれぞれ、AIにどのように触れてきたか教えてください。川添さんはこれまで研究として携わってきたそうですね。

川添:きっかけは、2002年 に自然言語処理(※1)の研究室のアシスタントになったことでした。

今でこそ自然言語処理=AIというイメージがありますが、当時はそういう意識は希薄でした。むしろ、第2次AIブームが(※2)終わって、AI研究は盛り下がっている時代でしたね。

品田:AIには冬の時代があったそうですよね。

川添:そうなんです。AIなんてまだ夢みたいなことやっているの?もう終わった話でしょ?なんて言われたこともありましたよ。水面下で技術革新は起こっていましたが、いまほど期待されていませんでしたね。

これまでのAIの簡単な歴史

※1 用語:人間が日常で使用する言語(自然言語)をコンピューターで処理する技術を研究する分野。NLP(Natural Language Processing)とも言う
※2 補足:AIの歴史は大きく3つの時代に分けられる。人工知能という用語ができた1950〜60年代の第1次人工知能ブームと、1980年代の第2次人工知能ブーム、そして2000年代から現在まで続く第3次人工知能ブームがある。第1次と第2次、第2次と第3次の間には、研究が停滞した冬の時代と呼ばれる期間がある

自然言語処理の研究というとどんなことをされていたんですか?

川添:所属していた研究室は、主にバイオや感染症といった分野を対象にしていました。自然言語処理の技術を利用して、生物学の論文を要約したり、感染症のニュースから「どこで何人が何のウィルスに感染したか」を効率的に取り出したりすることが目的でした。今でこそ簡単にできますが、当時は文章の中のどこからどこまでが感染症の名前なのか、どこからどこまでが地名なのかなどを、人間が機械に教える必要があったんです。そのために、重要な言葉のひとつひとつに人手でタグ付けをしていました。

品田:先ほど出ていた『働きたくないイタチ(以下略)』の本でも、動物たちが人海戦術で言葉にタグ付けをするという話がありましたが、あれは実体験だったんですね。

川添:はい。でも、言葉にタグ付けを行うなかで、人間同士で認識が合わないときがありました。たとえば、ある人は風邪のことを症状だと把握しているのに対し、ある人は病名だと把握しているとか。私の仕事は言語学の観点から、共通の理解を得るためのガイドラインを作成することでした。そこからさらに、その分野で共有されている知識を、機械に読み込ませられるグラフの形で記述する分野に踏み込みました。専門用語でオントロジー(※3)という分野です。

※3 用語:「対象の世界をどの様に捉えたかを記述するもの」という意味で使用される。 元は哲学で存在論を示す用語であったが、知識の体系化と表現を研究する分野の名称として使われている

川添さんは1歩引いた言語学の視点から、機械に学習させる言葉について整理していたんですね。

川添:ある意味、専門家の人たちと情報を処理する人たちの間で言葉の交通整理をしていたことになります。

品田:川添さんが研究室に入っていた時代と比べて、現在のChatGPTなどは、人間が細かく手を加える処理から、より発展していますよね?

川添:そうですね。第2次人工知能ブームまでは、人間が法則性を見出して、それを機械に直接プログラムすることで賢いAIを作ろうというアプローチが主流でした。しかしそれ以降は、データを大量に機械に見せて、機械に法則性を見出させるという機械学習が主流になりました。私が研究室に入った頃は、機械学習の時代ではあったのですが、人間がタグ付けをしたデータが大量に必要になるなど、まだまだ人間の労力が必要とされていました。

品田:これからはディープラーニング(※4)だ!という時代がありましたよね。

川添:ありましたね。2012年ごろに、ディープラーニングを利用した画像認識が飛躍的な精度を叩き出して大ブレイクしました。そのころから、人間側の労力も減ってきました。ディープラーニングの隆盛がなければ、今の生成AIも存在しなかったはずです。

※4 用語:機械学習のフレームワークのひとつ。神経細胞(ニューロン)の働きを模した計算モデル(ニューラルネットワーク)の一種で、入力層と出力層の間に複数の中間層を持つのが特徴。従来の機械学習よりも高い精度で知的な課題を遂行することができる

ふたりの意外な共通点

川添さんは著書において、AIのことを皆が理解できるように、物語形式で紐解いてくださっていますね。

川添:そもそも、誰に見せるでもなく、自分で理解しようと思って物語を作っていました。仕事でやらないといけなかったので、否応なく勉強しないといけなくなったというか。

品田:大変じゃないですか…。

川添:基本的なことがよくわからないまま、気づいたらAIの分野に何年もいた、という感じですね(笑)。その分野に何年いようと、やはり私はAIや計算理論の専門ではないので、あえて物語風にしてわかりやすく伝えようと試みました。

また、8月20日には、川添さんのエッセイ『言語学バーリ・トゥード Round 2』(東京大学出版会、2024)が発売されました。影響を受けた作品などはありますか?

川添:もともとは、インターネット黎明期のテキストサイトからかもしれません。専業の作家ではない一般の方が、自分の趣味を丸出しにして綴った文章に触れたことが、ルーツのひとつになっています。「侍魂」(※5)とか、こんなに面白いことを自由に書いていいんだと思ったのは発見でした。あと、面白い文章という点では、大槻ケンヂさんの文章が好きでよく読んでいました。

品田:私も大槻ケンヂさん、大好きです。中2の時に筋肉少女帯を聴いてましたね…あと電気グルーヴとか。

川添:品田さんにもその血が流れていたんですね!私の世代の人たちは筋肉少女帯や電気グルーヴに多大な影響を受けていますが、品田さんもそうなんですね。

品田:親がサブカルを好んでいたこともあり、よく聴いてましたね。

※5 用語:画像の読み込みに時間がかかっていた1990年代後半頃、個人の日常を綴るテキストサイトが流行。そのなかでも大学生の健さんが運営する「侍魂」と言うテキストサイトが人気を集め、開設から2年足らずで1億ページビューを獲得したという

品田さんとAIー先人たちへいち早く取材していた

品田さんが​AI​について知るきっかけは何でしたか?

品田:2016年頃に、オモコロの記事で大喜利AIを作っている株式会社わたしはの竹之内大輔さんに取材したことがきっかけです。大喜利AIのことは当時Twitter(現X)で知り、使ってみたらかなりクオリティの高い回答が出てきたんです。人間にはできないような方法で言葉と言葉の組み合わせを見つけられるツールとして、可能性があるなと感じました。

川添:結構早い段階で人工知能に触れていたんですね!

品田:その頃から竹之内さんは、原理的には今のように対話形式で質問のできる使い方ができますよと話していたので、今のようなオープンソースの生成AIが出たときはこういうことかと思いましたね。

竹之内さんはそのような「役立つ」AIを開発しなかったのでしょうか。

品田:竹之内さんは根がパンクスなのでやらないと思います(笑)。非常に面白い方で、人の役に立つAIを作ることはつまらん、という思想の持ち主でした。

品田さんはその後、「AIのべりすと」という小説を生成するAIについて取材されていますよね。

品田:AIのべりすとを作ったSta.さんも天才でしたね。個人でゲーム開発をしていて、ゲームに登場する背景などの美術を作るのが大変すぎるからAIを作ったそうです。自宅に企業でも持っていないようなサーバーを導入しているんですよ。

川添:この記事で品田さんがAIのべりすとを使うために設定した切り口が面白すぎて。炊飯器ドッヂボールがテーマで、それをAIが受け継いで作品にしていくという。

品田さんならではの切り口が、よりAIが生成した小説を面白くしていますよね。

品田:ただ、入力を面白くしないといけないというのはAIの欠点でもあるんです。普通の入力だと、当たり障りのない文章が出てきてしまう。通常の仕事で使うのであればそれで必要十分なのですが、私は人間が予期しないものが出てくるのが面白いと思っているので。

AIで面白さを作ること

品田さんは自身のYouTube(恐山名義)で、AIを使った会話劇のような動画を投稿されていますよね。


某有名漫画家を名乗る詐欺師(AI)と品田さんが会話する様子

川添:これ、面白いですね!このAI詐欺師には、なんでも1度は肯定するように指示出ししているんですね。

品田:はい。これはChatGPTに、あなたは相手の言ったことを必ず肯定してから口座にお金を振り込ませるようにロールを演じてください、って命令しています。AIって結構頑ななところがあって、自分の悪い部分は絶対認めようとしない。だからそれをうまく利用した動画を作ろうと思いました。

川添:AI詐欺師は、その特徴を増幅させた面白さがありますね。

品田:でも、意図して面白いことを言わせようとするとChatGPTは全然駄目なんです。シュールなことを言ってくださいと頼むと、必ず宇宙空間でポテトがダンスした、みたいなことを言います。AIのなかの面白ワードがどうやらポテトと宇宙とダンスらしくて。

どうしても答えがワンパターンになってしまうんですね。

品田:そうなんです。だから、通り一遍なことをどうやって言わないようにできるか考えたりしますね。面白いフレーズを30個出してもらうように命令してから、今出たフレーズを自己批判しなさい、と言って批判リストを作らせて、その批判リストに忠実に従い新しいことを言ってくださいという命令を繰り返す。すると、どんどんAIが苦しみ出す。

川添:AIに自己批判させるって、凄い…。AIが出してきたものをどうやって面白く見せるかは難しいと思います。でも、品田さんも出演するオモコロの動画でも、AIに謝罪文を作らせて一言一句AIが書いたとおりに人間が謝罪するという動画が本当に面白くって。見せ方が素晴らしいと思います。

品田:ありがとうございます…。

品田:逆に言うと今は天然ボケをこちらから引き出すこと以外、AIを面白さ目的では使いづらい。最近の広告にAIが作ったイラストが使われていますけど、当たり障りのないものしかなくて、真にクリエイティブな表現は出せていない気がします。

川添:今のところ、AIを面白い表現に使う場合は、使う人のお題の出し方の斬新さと、AIの出す答えに対する人間側のツッコミの上手さで成り立っている印象です。

品田:どこかで制御をすることによって、ハプニング感を生み出す、ということぐらいしかできないですね。

品田さんは、いまの制約のなかで、AIを面白さの装置として巧みに使われている印象です。


品田さんがAIを使って作った、カウントダウン形式の音楽番組を模した動画

川添:拝見しました!出てくる歌詞が狂っていますよね(笑)。

品田:これは自分で歌詞を書いて、AIに音楽を作って歌ってもらっています。人間だったらどうしても歌詞の内容とつくる曲のコストパフォーマンスを考えるはずなので、あんな変な歌詞を真面目に歌えないですよね。

川添:この動画はカウントダウン形式にすることで、まだAIが長い音楽を作れないという欠点を上手にカバーされていますよね。これを丸っとAIが引き受けるようになったら、また違うんだと思いますが…。

ここまで、おふたりのAIとの出会いから、AIを使った印象を伺ってきました。後編では、今話に出ていたAIの「面白さ」の可能性や、これからのAIとの関わり方についてお話したいと思います。

 

後編はこちら▼

★川添愛さんの新刊『言語学バーリ・トゥード Round 2 言語版SASUKEに挑む』は以下。
https://www.utp.or.jp/book/b582876.html

★品田遊さんの新刊『納税、のち、ヘラクレスメス のべつ考える日々』が9月20日発売予定。詳細は以下。
https://www.amazon.co.jp/dp/4022519975

川添愛(かわぞえ・あい)
1973年生まれ。九州大学卒業後、同大学院にて博士号取得。大学および研究機関にて准教授を務めたのち、言語学や情報科学をテーマに執筆活動を行う。『白と黒のとびら オートマトンと形式言語をめぐる冒険』(東京大学出版会、2013)をはじめとした物語形式でコンピュータや数学世界を紐解く作品を多数出版。『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』(新潮社、2021)といった新書や、エッセイ『言語学バーリ・トゥード Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』(東京大学出版会、2021)、小説『聖者のかけら』(新潮社、2019)など、多彩な作品を生み出し続けている。


品田遊(しなだ・ゆう)
大学を留年するが、留年した状態で株式会社バーグハンバーグバーグに入社。Webサイト『オモコロ』を中心にライター・編集業務から動画出演などもこなす。2015年、『止まり出したら走らない』(リトルモア)で小説デビュー。著書に小説『名称未設定ファイル』(キノブックス、2017)やエッセイ『キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々』(朝日新聞出版、2022)ほか、note等のブログで日記を更新中。

<より理解を深めたい方へ|オススメの入門書>
・川添愛著『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』(朝日出版社、2017)
・品田遊著『名称未設定ファイル』(キノブックス、2017)
・川添愛著『ヒトの言葉 機械の言葉 「人工知能と話す」以前の言語学』(KADOKAWA 、2020)

 

取材、文:conomi matsuura
編集:Mizuki Takeuchi
写真:服部芽生