- ソーシャル・キャピタルとは
- ソーシャル・キャピタルの重要性
- 企業のソーシャルキャピタルを高めるためには
- ソーシャル・キャピタルの構築と活用方法
- ソーシャル・キャピタルの取組事例
- ソーシャル・キャピタルの課題と批判
- まとめ
ソーシャル・キャピタルとは
ソーシャル・キャピタル(Social Capital)とは、英語で「社会」を意味するSocialと「資本」を意味するCapitalが組み合わされた言葉で、物的資本・人的資本と並ぶ「社会関係資本」という新しい概念である。
ソーシャル・キャピタルは、友人や家族などの私的なコミュニティーから、学校や会社など社会的コミュニティー、地域やご近所づきあいなどの地域コミュニティーにおける人と人とのつながりや規範、そして信頼関係を基本として構築される。
ソーシャル・キャピタルの定義
厚生労働省は、アメリカの政治学者ロバート・パットナムの定義を用いながら、ソーシャル・キャピタルを「人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、 『信頼』『規範』『ネットワーク』といった社会組織の特徴」(※1)と表現している。
また、JICA緒方貞子平和開発研究所はソーシャル・キャピタルを「異なる場面においてさまざまなリソースにアクセスするための社会的な相互交流、また、人間同士および組織同士のつながりの重要性」と定義している。同時に「ソーシャルキャピタルは各個人やコミュニティーのメンバーたち自身のみでは築けず、彼らの間でつながりや関係性ができて初めて構築される」とする。(※2)
一見難しい概念のように思えるが、他者やネットワークとの間にある「信頼関係」や「規範」をベースにした「行動」や「組織」「取り組み」と捉えると理解がしやすいかもしれない。
※1 参考:厚生労働省「ソーシャル・キャピタル」
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000011w0l-att/2r98520000011w95.pdf
※2 参考:独立行政法人 国際協力機構 緒方貞子平和開発研究所「【コロナ関連コラム】「ソーシャルディスタンシング」の時代におけるソーシャルキャピタル—社会的なつながりに新型コロナウイルス感染症が及ぼす影響の考察」
https://www.jica.go.jp/jica_ri/news/interview/2020/blog_20200803_01.html
ソーシャル・キャピタルのタイプ
日常生活のさまざまな場所でソーシャル・キャピタルは存在し、かつ生じる可能性がある。
<ソーシャル・キャピタルのタイプ>
個人 | 友人、家族との信頼関係や絆、共感、情報共有など |
---|---|
コミュニティー | 地域、近所での付き合いやイベント参加など |
組織 | 職場、学校、所属団体での人との関わり |
オンライン | SNSを通した人々との付き合い |
ソーシャル・キャピタルは個人が所属する団体の種類や場所、数に影響を受ける。また、個人が他者(社会)とどのような関係を築いているか、所属する社会がどのような構造をしているかによっても変化してくるものである。
また、ソーシャル・キャピタルは結合型、橋渡し型によっても分類される。結合型とは家族や民族といった結束が強く、かつ構成員の均質性を持つつながりを指し、橋渡し型は比較的緩いつながりのなかで多様な構成員が存在するものを指す。内閣府のHPではこれらの分類を示しつつ具体例を提示する形で、ロバート・パットナムによる「ソーシャル・キャピタルの分類」を掲載している。
ソーシャル・キャピタルには、それが生じる「場所」の他にも、性質や形態、程度や志向などといった複数のタイプに分類できることがわかる。
ソーシャル・キャピタルの重要性
人と人との「信頼」「ネットワーク」「規範」の上に生まれるソーシャル・キャピタルだが、その考え方にはどのような重要性があり、どのような利点があるのだろうか。
なぜ今、ソーシャル・キャピタルが注目されるのか
ソーシャル・キャピタルが流行する理由として、関西大学の坂本治也教授は「現代政治におけるガバナンス化の趨勢(すうせい)と市民社会組織の活性化」や「社会崩壊に対する不安感の強まり」などの要因を挙げている。(※3)
例えば、昔はLGBTQ+という言葉は社会に存在していなかった。しかし、LGBTQ+の当事者たちは名前が与えられる前から社会に存在していた。存在や現象が言語化されることで、そこに1つの「社会」が成り立つ。「社会」が生まれるとそこに「つながり」「信頼」「ルール」「あるべき姿」などが構築されていく。それらを表す考え方がまさにソーシャル・キャピタルである。
ソーシャル・キャピタルの存在によって、人びとは他者とのつながりを感じることができ、そのコミュニティーに助けを求めることもできる。社会情勢が不安定になったり、先が読めなくなったりした場合でも、ソーシャル・キャピタルがあるおかげで人々は孤独を回避することができ、戻る場所があると感じられるのだ。
価値観の多様化や顕在化により、新しいコミュニティーや定義が生まれ続けている昨今において、ソーシャル・キャピタルは必然的に生まれてくる概念であり、不安定な現代社会において重要な指標となる考え方である。
※3 参考:坂本治也「日本のソーシャル・キャピタルの現状と理論的背景」p.26
https://www.kansai-u.ac.jp/Keiseiken/publication/report/asset/sousho150/150_01.pdf
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企業においてソーシャルキャピタルが重要な理由
企業にとっても、社内でソーシャル・キャピタルが豊富に存在していることは重要である。例えば、 ソーシャル・キャピタルは従業員同士の信頼関係を築き、より円滑なコミュニケーションと協力が可能になる。特に複雑なプロジェクトにおいては、相互のサポートがあると生産性が向上し、効率的な業務遂行が期待できるだろう。
あるいは、ソーシャル・キャピタルが強い職場では、従業員が自由に意見を交換でき、斬新なアイデアが生まれやすくなることも考えられる。知らない人あるいは顔馴染みだが気軽に話せる相手ではない人がいる環境よりも、従業員同士が良好な関係でつながっていることで新たなイノベーションが促進され、企業の競争力の向上にもつながる。
さらにソーシャル・キャピタルが豊富な企業では、共通の価値観が育まれやすく、企業文化が醸成されやすくなる。従業員同士が一体感を持つことで、組織全体が一つの方向に向かいやすくなり、持続的な成長を支える基盤が整いやすい。
ソーシャルキャピタルの充実と個人にとってのメリット
ソーシャル・キャピタルの充実は、健康や教育面でメリットがあることが分かっている。
日本総合研究所のソーシャル・キャピタルに関する報告書では、OECDの研究結果を引用しながらソーシャル・キャピタルが健康と教育面で以下のように効果的であることを紹介している。
【健康面】
社会的なネットワークを持つことにより、孤立感によるストレスを減らし、認知症やアルツハイマーなどの精神疾患を予防し、日常的に様々な支援を受けることが出来ること、また他者とのかかわりを持つことができるために主観的幸福感が高まる傾向があることなどの良い影響がある。
【教育面】
児童の育成に対して近隣の相互扶助を受けることができ、母親の教育活動上の負担を軽減することができること、またそれゆえに児童虐待を防ぐことができること、子どもは社会とのつながりを持つことで成人生活への移行を円滑に行うことができること、読み書き等コミュニケーション能力が高まるなど教育の質を向上することができることなどの点である。
(※2)
また、JAGESと米ハーバード大学、宮城県岩沼市が進めていた「岩沼プロジェクト」では、「ソーシャル・キャピタルを平時から、あるいは被災前後で豊かにすることが、震災後のうつをはじめとする健康被害を緩和するのに有効であること」あることが分かっている。(※4)
※4 参考:日経BP「第8回 ソーシャル・キャピタルを「見える化」、災害に強く健康なまちをつくる|新・公民連携最前線|PPPまちづくり
https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/022100041/101400010/
社会全体でのプラス効果
また、ソーシャル・キャピタルは経済面での効果や犯罪率の低下などが、社会に与える利点として考えることができる。
【治安面】
ソーシャル・キャピタルの高さと犯罪発生率の低さとが相関関係にあることが注目される。
ソーシャル・キャピタルは、個人に対しては利己的な行動を控える価値観を育て、犯罪や暴力を抑制する監視機能を果たしていると想定される。
【経済面】
ソーシャル・キャピタルを豊富に蓄積することによって企業及び組織内の人々の協力を促し、生産性を向上することができる。またその企業及び組織がより大きな生産単位に成長することが可能となる。市場では取引コストが低く済むために、取引が活発になり、企業どうし、企業と消費者など経済主体間の協力が容易になる。
(※2)
他にも、組織の活性化や地域コミュニティーの強化なども、ソーシャル・キャピタルが社会に与える利点として挙げられるだろう。人と人との間に生まれるつながりや信頼関係、それらがもたらす規範が、社会生活においてもさまざまな影響を及ぼしていることが、研究によって明らかになっている。
企業のソーシャルキャピタルを高めるためには
企業がソーシャル・キャピタルを高めるためには、従業員のつながりを育むための環境を整えることが何より重要である。そのために具体的に何ができるかを整理しよう。
ジョブローテーションの実施
様々な部署での経験により、社内の人的ネットワークが広がり、部門間の連携が強化されうるジョブローテンションは一つの有効な方法であろう。自らが複数の部署で経験を積むことで他の同僚への理解も深まり、コミュニケーションも取りやすくなる。
新たな視点やスキルを持つ従業員が増え、チームの多様性と柔軟性が向上するとともに、コミュニケーションの円滑化にも繋がりうる。
社内交流イベントや福利厚生の整備
ジョブローテーションのような業務を通した従業員同士の交わりだけではなく、イベントを開催してコミュニケーションの活発化を測ることも有効であろう。さらには、ソーシャルキャピタルに直接関係のないように思えるかもしれないが、従業員たちが働く環境の整備や福利厚生の充填もソーシャルキャピタルの醸成につながる。従業員が働く環境に満足していくことによって、企業内での有益な意見交換や交流が発生しやすくなる。
メンター制度の導入
新入社員に焦点を当てた場合、先輩社員がメンターとなって彼らと交流することで、早期に職場に馴染むことができ、信頼関係が構築されやすくなる。社員同士の助け合いの文化が促進され、長期的に企業全体のソーシャル・キャピタルが強化されていくともいえよう。
ソーシャル・キャピタルの構築と活用方法
ソーシャル・キャピタルは単なる「集団」ということではなく、「信頼関係」「規範」「つながり」を持ち合わせたコミュニティーの「行動」や「取り組み」を指す。一体どのようにして構築し、活用すれば良いのだろうか。
ネットワーキングと他者との関係構築
ソーシャル・キャピタルを構築する方法としては、ネットワーキングや他者との関係構築が挙げられる。
全国保健師長会が保健師を対象にソーシャル・キャピタルの醸成方法について紹介した資料から例を参照しつつ、どのようなネットワーキングや他者との関係構築を行うと良いのか見ていきたい。
以下は、ソーシャル・キャピタルを醸成するために保健師たちがとった行動の事例である。
<A さん>
担当地区で子育てグループを作り育ててきた。その後、そのメンバーが他の母子保健事業のボランティアとなる仕掛けを作ることで、地域での子育て支援が充実してきた。
<B さん>
ALS 患者の家庭訪問をしていて、地域で孤立していることに気づき、患者同士がつながれるよう患者会を立ち上げた。互いの交流を通して家族も含め不安の解消につながっている。
(※5)
この例からわかるように、同じ境遇にいる人たちや悩みを持った人たち、孤立しがちな人たちのネットワークを作って関係を構築したことで、地域の支援が充実したり、不安が解消されたりしている。人と人とをつなげることでソーシャル・キャピタル醸成の可能性が高まり、個人の問題解決にもつながっていることがわかる。
※5 参考:全国保健師長会「ソーシャルキャピタルを 醸成してみよう!」http://www.nacphn.jp/03/pdf/2013_matsumoto_gaiyou.pdf
コミュニティー参加とボランティア活動
コミュニティー参加やボランティア活動も、ソーシャル・キャピタルを構築する方法の1つだ。
ボランティア活動やNPO、市民活動とソーシャル・キャピタルの関係性について、内閣府の資料では以下のように言及している。
ボランティア・NPO・市民活動に参加している人達は、地域活動に参加していない人と比べて、人を信頼できると思う人が相対的に多く、近隣でのつきあいや社会的な交流も活発な傾向にある。
そのほかにも、以下のような記述も見られる。
NPO やボランティア団体の活動事例調査から、市民活動が新たに生まれることにより、新しい信頼関係に基づく人間関係が形成され、この結果、地縁組織等が形成してきた既存のソーシャル・キャピタルとは異なる、新しいソーシャル・キャピタルが誕生している状況がみられた。
(※6)
後述するが、ソーシャル・キャピタルには決まったメンバーが固まることにより排他性が生まれるといった課題点も存在している。
しかし、上記の資料から見て取れるように、地域コミュニティーへの参加やボランティアをはじめとする市民活動は、既存のソーシャル・キャピタルとは別の、新しいソーシャル・キャピタルを生み出すことがわかる。
ソーシャル・キャピタルを固定化することなく、循環させながら活用できるという点でも、コミュニティー参加やボランティアは適切な方法と捉えることができる。
※6 参考:内閣府NPOホームページ「Ⅱ 『ソーシャル・キャピタル』という新しい概念とその含意」
https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/report_h14_sc_gaiyou.pdf
ソーシャルメディアを活用したネットワークの拡張
日本電信電話株式会社(NTT)では研究開発の1つとして、ソーシャル・キャピタルのデジタル化を進めるための取り組みを行っている。
具体的には、家族や友人間、地域や組織のなかで生まれるソーシャル・キャピタルを、インターネットの世界でも構築していこうという取り組みだ。この研究開発の担当者インタビューには、以下のような記述が見られた。
私たちは、会社や学校、趣味のサークルから近所づきあいまで、多様なコミュニティに所属し生活しています。そこには法令以外にも、それぞれにコミュニティ特有のルール(規範)を持っています。例えば、会社の内規や校則、サークルの会則など、あるいは地域の慣習や決まりごとのように明文化されていないものもあります。厳然としたものでなくとも、コミュニティのメンバーがそのルールを共有し、ルールに則ったふるまいをすることにより、相互の信頼が醸成されます。それがソーシャルキャピタルで支えられたコミュニティのイメージです。
そのようなコミュニティがネット上に、多様なかたちで存在する様子を想像してみてください。現状でネット上のコミュニティは、SNSの「いいね」が示すように、ある意味「共感」で支えられている人のつながりといえます。そこに「信頼」が付加されることによって、より安全・安心なデジタルコミュニティが実現されるでしょう。
(※7)
この研究からソーシャル・キャピタルは、現実世界だけにとどまらずインターネット上でも構築が可能であるということが分かる。また、ツイッターやインスタグラムなどのSNSを用いることでソーシャル・キャピタルは現実世界のものよりも早く、そして広く拡大できる可能性を要している。
また、近年ではSNSだけではなくインターネット上でのオンラインコミュニティーや勉強会なども盛んになってきており、ソーシャル・キャピタルの拡大はさらに続いていくと考察できる。
※7 参考:NTT「ソーシャルキャピタルのデジタル化とその活用。『信頼』を可視化しブロックチェーンで流通」
https://www.rd.ntt/research/RDNTT20201001.html
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ソーシャル・キャピタルの取組事例
ここまでソーシャル・キャピタルの概要や重要性、構築方法などを紹介してきた。
では、ソーシャル・キャピタルは具体的にどのように取り組まれているのだろうか。実際の事例を紹介していこう。
h3:企業における取り組み事例
まずは、ソーシャル・キャピタルを高めるために、企業がどのような取り組みを行っているのか、具体例を見ていく。各企業が直接ソーシャル・キャピタル向上を目標に掲げているわけではないものの、従業員同士の交流を促進したり、コミュニケーションを円滑化したりする取り組みはソーシャルキャピタルの向上と密接に関係していると言えるだろう。
h4:従業員同士のコミュニケーション活性化制度の導入 ーSmartHRの事例ー
まず、SmartHRが行っている社会部活の取り組みを見ていこう。SmartHRは「社会のwell-workingの推進の両立」だけではなく「自社のwell-workingの推進」をその経営方針に掲げている(※8)。
会社の利益の先だけではなく、会社の利益を生み出す役割を担ってくれる従業員たちの働きやすさや成長、幸福度も重視した経営方針だと言える。SmartHRにおいては、働く時間や場所が選べるといった個人への福利厚生だけではなく、1on1の実施やメンバー同士の食事への補助が行われている。従業員が参加する部活制度も設置されており、これらの制度を通して従業員同士のコミュニケーションが活性化され業務の円滑化にもつながっている。
※8 出典:SmartHR「well–working story」https://smarthr.co.jp/assets/pdf/well-working_story.pdf
h4:スポーツを通した社内交流 ートヨタ自動車株式会社の事例ー
次に、トヨタが実施している社内駅伝の事例を取り上げる。トヨタでは、年に1回全社で駅伝大会を実施している。これは走るのが得意な特定の社員だけが小規模で行う行事ではなく、1万人以上の従業員が参加する非常に大規模で文字通り全社的なイベントである。
コロナ禍が明け2023年に実施された駅伝大会では、海外事業体15チームを含む340チーム、計1万2000人が参加した(※9)。このイベントのソーシャルキャピタルの観点に着目するならば、チームでの出場がチーム内の繋がりを深めるだけではなく、チーム同士の交流が普段は関わることのない社内の人々との交流を活性化させるという点であろう。
直接的に業務に関係がないことでも、従業員同士の関係が構築されていくことで結果的には業務の活性化にもつながりうる。このような社内イベントはソーシャルキャピタルの醸成に効果的な役割を果たしていると言える。
※9 出典:トヨタイムズ「元気と勇気が絶対王者を追い詰める! 伝統のトヨタ社内駅伝に新しい風」https://toyotatimes.jp/toyotatimes_live/286.html
h3:社会における取り組み事例
次に社会におけるソーシャルキャピタルの事例を高齢者の社会参加と子育て支援の二つから見ていこう。
高齢者の社会参加とソーシャル・キャピタルの応用
厚生労働省が作成したソーシャル・キャピタルに関する資料には、18件にものぼるソーシャル・キャピタルの取り組み事例が紹介されている。その中から、高齢者の社会的孤立問題にソーシャル・キャピタルの観点から取り組んだ例を紹介する。
東京都大田区では、大田区が運営する地域包括支援センター入新井の呼びかけで「高齢者の見守りネットワーク」が設置された。
「いくつになっても、持病があっても、1人で外出できなくても、その人なりの社会参加の『場』がある。そのような場が地域にたくさんあること」という理想の地域像を目指して、専門家や地域の住民たちが高齢者の見守りを行なった。この取り組みは大田区にとどまらず他地域にも広がりをみせ、高齢者の「場」の形成が積極的に行われるきっかけとなった。(※10)
これは、人々のつながりによって社会的な孤立を強いられがちな、高齢者のための居場所を作った例である。「ネットワーク」や「信頼」が、孤独に陥りがちな対象を結びつけたという点で、ソーシャル・キャピタルの好事例と言えるだろう。
※10 参考:厚生労働省「平成 28 年度『地域保健総合推進事業』 ソーシャルキャピタルを活用した地域保健対策の推進について」p.32
http://www.jpha.or.jp/sub/pdf/menu04_2_h28_05.pdf
子育て支援におけるソーシャルキャピタルの可能性
内閣府は「市民活動事例からみたソーシャル・キャピタル培養の可能性」と題して、市民活動とソーシャル・キャピタルが結びついた事例を紹介している。その中から、子育て支援とソーシャル・キャピタルが関連した事例を紹介する。
・NPO のサービスを利用することを通じて、これまで地域で孤立していた専業主婦で子育て中の親達が出会い、お互いに助け合う信頼関係を築いていった。
・また、NPO の活動には、高齢者や学生等がボランティアとして参加しており、地域の異世代の人々が出会い、信頼関係を築いている。
(※11)
コミュニティーの利用を通して、孤立化していた人々がネットワークを築いたというソーシャル・キャピタルの例である。
同時に、そのNPOの活動にボランティアとして老若男女が参加し、世代を超えたネットワークが誕生している点も、ソーシャル・キャピタルが生じた事例と捉えることができるだろう。ソーシャル・キャピタルは、属性やバックグラウンドが似た人たちに偏ってしまうという課題を要しているが、この活動では多様な属性の人が集まってきたことで、それらの課題を克服したとも考えることができる。
※11 参考:内閣府NPOホームページ「IV 市民活動事例からみたソーシャル・キャピタル培養の可能性」
https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/report_h14_sc_4.pdf
ソーシャル・キャピタルの課題と批判
ここまで、ソーシャル・キャピタルの肯定的な側面を見てきたが、ソーシャル・キャピタルには課題および批判も存在している。具体的にはどのようなものがあるのだろうか。
ソーシャル・キャピタルに関する課題
本文内でも何度か言及しているように、ソーシャル・キャピタルにはメンバーが固定化されることや排他性があることなどの問題点も存在している。
早稲田大学大学院社会科学研究科の渡辺奈々氏は「パットナムのソーシャル・キャピタル論に関する批判的考察」の中で、「不平等や排除が階層社会に存在する限り,市民社会や経済成長を享受するのは経済資本,文化資本、そしてソーシャル・キャピタルを有する一部の社会成員であり、持たざる者との格差は広がる一方である」と述べている。(※10)
この記載の通り、そもそもソーシャル・キャピタルには、その権利を持つことができる人・できない人、その権利にたどり着くことができる人・できない人といった不平等が存在している。情報がなければ、もちろんソーシャル・キャピタルにたどり着くことはできない。また、ソーシャル・キャピタルは閉鎖的である場合も多く、社会の不平等や分断につながることも考えられる。
他にも、ソーシャル・キャピタルは信頼に基づき構築されるものであるため、他者との信頼関係が築けない場では、そもそもソーシャル・キャピタルを構築することが難しいことも課題の1つだ。
※10 参考:渡辺 奈々「社学研論集 (18) 135-150P パットナムのソーシャル・キャピタル論に関する批判的考察」(2011年、早稲田大学大学院社会科学研究科)
ソーシャル・キャピタルのネガティブな側面
ソーシャル・キャピタルは、他の概念もそうであるように、全面的にメリットだけがある考え方ではない。
日本経済新聞の「ソーシャル・キャピタル」に関する記事によると、
アメリカの経済学者マンサー・オルソンが「(ソーシャルキャピタルは)利益団体などの結束力を高め、『しがらみや呪縛』となって利権追求を助長。社会に負の影響を生み出し得るという側面」を持っていると指摘したことが記載されている。(※11)
日本社会学会でも「ソーシャルキャピタルは絆か、しがらみか」(※12)という報告書が出されており、このことからも、ソーシャル・キャピタルには人々が信頼関係を築きネットワークが構築できる「絆」の側面も持ちながらも、個人や団体を縛りつける「しがらみ」の側面も持っていると考えることができる。
※11 参考:日本経済新聞「"絆は資本"の解明進む 澤田康幸 東大教授 震災復興の原動力に しがらみには負の影響も」
https://www.nikkei.com/article/DGKDZO49658760X11C12A2KE8000/
※12 参考:日本社会学会「ソーシャルキャピタルは絆か、しがらみか」
https://jss-sociology.org/research/86/281.pdf
まとめ
筆者はできることなら1人で新しいことに挑戦したり、困難を乗り越えたりしたいと考える性格である。しかし、すべてを完璧に1人で実現することは簡単ではなく、短い人生の中でも度々「繋がり」や「コミュニティー」に助けられてきた実感がある。それらは必ずしも、家族や友人、会社といった強いつながりだけではなく、以前の勤務先でのつながりや、よく訪れるお店で出会う人々とのつながりといったゆるやかなものでもある。
ソーシャル・キャピタルを築きあげるには、多大な労力や時間が必要な場合もあるだろう。しかし、筆者が経験したようなゆるやかなソーシャル・キャピタルが、生活の中に存在していることで個人が救われる面があるのではないだろうか。
信頼関係やコミュニティーの規範は必ずしも目に見える形では存在しない。だからこそお互いを尊重し合える社会を目指していくことが、ソーシャル・キャピタルの構築に繋がっていくと考える。
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文:小野里 涼
編集:三浦 永