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『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』細田佳央太&金子由里奈監督インタビュー 「優しい人が生きやすい世の中のきっかけを作る」

俳優、細田佳央太は、才能のある監督たちに愛されている。映画初主演となった『町田くんの世界』(2019年)では石井裕也監督と、『子供はわかってあげない』(2021年)では沖田修一監督とのコラボレーションが大きな注目を集めた。そんな彼が新たにタッグを組む相手として選んだのは、新進気鋭の映画監督、金子由里奈。彼女の最新作『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(4/14公開)は、細田佳央太が、才能はあるがまだキャリアの浅い新鋭監督とのコラボレーションを選択した理由がよくわかる、現代社会にとって重要な提言が含まれていた。「あしたメディア」では、同作主演の細田佳央太、監督の金子由里奈にインタビューを行い、彼らがこの映画に託したものを伺った。

『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』

『21世紀の女の子』(2019年)『眠る虫』(2020年)で注目を集めた金子由里奈監督による長編商業デビュー作にして、「おもろい以外いらんねん」「きみだからさびしい」をはじめ繊細な感性で話題作を生み出し続けている小説家・大前粟生氏にとって初の映像化作品。『町田くんの世界』以来の映画主演作となる細田佳央太、『いとみち』(2021年)の駒井蓮、『麻希のいる世界』(2022年)の新谷ゆづみをはじめ、フレッシュなキャストが競演する。
京都のとある大学の「ぬいぐるみサークル」を舞台に、”男らしさ”“女らしさ”のノリが苦手な大学生・七森、七森と心を通わす麦戸、そして彼らを取り巻く人びとを描く。

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出演:細田佳央太、駒井蓮、新谷ゆづみ、細川岳、真魚、上大迫祐希、若杉凩
    天野はな、小日向星一、宮﨑優、門田宗大、石本径代、安光隆太郎

原作:大前粟生「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」(河出書房新社 刊)
監督:金子由里奈 脚本:金子鈴幸、金子由里奈 
撮影:平見優子 録音:五十嵐猛吏 編集:大川景子 
プロデューサー:髭野純 スチール:北田瑞絵 宣伝デザイン:大島依提亜
音楽:ジョンのサン 主題歌:わがつま「本当のこと」(NEWFOLK)
製作・配給:イハフィルムズ (2022|109分|16:9|ステレオ|カラー|日本)
(C)映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
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取り乱している自分が撮ることで残した原作の棘

原作の印象について教えてください

金子:私は大学生のときに原作を読みました。そして、私の言葉が誰かを傷つける可能性があるんだ、と自分自身の加害性を初めて顧みました。(原作者の)大前粟生さんの文章は、とても読みやすく体内にするすると入ってきます。でも、飲み込んだ後に小さなトゲがたくさんあるものを摂取したような感覚があって、強烈な読書体験として記憶に残っています。

この作品を映画化しようと思ったのはなぜですか

金子:私が映画を撮るテーマのひとつに、これまでの商業映画から取りこぼされてきたような存在を撮りたい、という思いがあります。この映画は、自分の弱さや内側にある部分をぬいぐるみに吐露する人が集まるサークルが舞台です。そのような映画の前例を私は知りません。そんな映画は、これまでの商業映画からしたら圧倒的な他者かもしれないけれど、作品を通じて鑑賞者が自分の弱さを見つめたり、内省する時間を作りたいと考えていました。

同時に、この『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』を、技術のある映画監督が商業性の高い映画として撮ると、すごく収まりのいいものになりかねないと思ったんです。ぬいぐるみがファンタジックな存在として登場したり、モノローグが多用され「簡潔な」物語として表象されたり、そういう映画になりかねない。私は、自分がこの社会のどうしようもなさに対して取り乱しているという自覚があるのですが、そういう自分が撮らないと、原作の根底にある棘の部分が削がれてしまう気がして、今回手を挙げました。

細田:ぼくが最初に読んだのは監督が書いた脚本の準備稿でしたが、監督の原作へのリスペクトが強くて、役の心情やト書きすら台本に書かれていました。原作と台本と、どちらを読んでいるのかわからなくなるぐらい、台本も紛れもなく『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』でした。(脚本にも)表面ではなく根本的な人の優しさを描いていたり、現代社会を生きることの葛藤や疑問もちゃんと書かれていて、金子さんが監督だからこその、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』になったんだろうなと思います。

社会に対して正攻法で疑問を投げかけられるから映画を作る

細田さんを主演に起用した理由について教えてもらえますか

金子:(細田が出演している)『子供はわかってあげない』(2021)を観たときに、鮮やかな存在感を放つ細田さんがとても印象に残っていました。そして、プロデューサーから本作で誰を起用したいかを問われた時、いつか一緒に仕事をしたいという願いを込めて、細田佳央太さんにオファーしたところ、出演を承諾してくれたんです。この作品がいま世の中に求められていることをすごく深く理解してくれて、今となっては主演は細田さん以外にあり得なかったと思います。本当にありがとうございます。

細田:こちらこそですよ。

細田さんはなぜ出演することにしたのですか

細田:元々、人が丁寧に描かれた作品に出たいと思っていました。(この話が来たときに)出たいという気持ちはありましたが、まず、金子監督と会ってお話ししました。その時に金子監督が「私はこの映画で革命を起こしたいんです」とおっしゃっていて。そんなこと口に出す人、なかなかいないじゃないですか。その時点で絶対にやるべきだと確信しました。金子監督の熱量に当てられた感じです。

金子:よかったです。私には、ゆっくりでもいいから社会を変えていきたい、ちょっとでもマシにしていきたいという気持ちがあります。女子高生が夜道を怯えて歩くなんて、そんな社会は絶対に嫌だし。映画という手段を使ってゆっくり革命を起こしたいんです。あと、細田さんの雰囲気が、どんな言葉も受け入れてくれそうな感じがあって自分の熱量をそのまま放出してしまった、というのもありますけど。

細田さんが演じた七森という役はいかがでしたか

細田:難しかったですね。本当にどうやっていいかわからないぐらい難しくて。七森が傷つく瞬間に自分も同時に傷つけばいいのにって思うほど、今回は役作りの仕方がわかりませんでした。それはたぶん、七森と自分自身が違うから。ただ、全部違うかと言われたら、そんなことはありません。七森が感じている現代の常識に対する違和感は僕も感じることがあって、そこは似てると思います。ただ、ぼくは七森までは繊細になれませんでした。

演じる間はその役を生きることになると思いますが、繊細さを持つ七森という役を通して社会に対して気づいたことはありましたか

細田:社会って全体的に「右に倣え」だなと気づきました。あと「多数が正義」という考え方を強く感じました。それが間違っていないことももちろんありますけど、それによって見過ごされることや、無理が通ることってあるじゃないですか。そういうことにすごく敏感になりました。でも、ぼくらが自分の考えをメディアを通して話すことに、あまり良いイメージを持たれません。それを「むずがゆい」と思うこともあります。

わかります。だからこそ、ぼくは作品選びが重要だと思います。この映画が作られることもそうですし、この映画に出る選択をすることによって、自分が何を思っているのかが社会に伝わっていくはずです

細田:まさにその通りです。映画だけじゃなく、音楽、絵画、写真も全部一緒。芸術という方法を使えば、自分の意見を伝えられます。社会に対して、正攻法で疑問を投げかけられる。だから、ぼくはこの仕事をやっています。

金子:私は映画も作ってるし歌も歌ったり、いろいろな創作活動しているんですけど、映画で社会とコミュニケーションを取っている感覚があります。

男らしさや女らしさを一度きちんと解体したい

今回の作品は、男らしさや女らしさといったジェンダーロールが表現され、自身の性が持つ暴力性についても踏み込んでいます。おふたりがジェンダーロールについて感じていることを教えてください

金子: 男らしさや女らしさや性役割って、長い歴史の中で固定化された概念ですが、今それを一度解体していこう、といううねりの時期で、きちんと壊さなければいけない。そういったことをやっていきたいと思っています。

細田:日本には伝統を大事にする文化があるじゃないですか。だからこそ、現代に合わない風習でも伝統だと美化することもあると思うんです。昔からある男尊女卑的な考え方は、現代でもどこかに根付いています。時代とともに変わってきていますけど、まだまだ差別的だと思うんですよ。だから、ぼくらの世代が変えていかなきゃいけないんですよね。それが当たり前だった時代の人たちが大きく変わることって難しいから、今の時代を生きているぼくらが一旦整理し直さなきゃいけないし、変化を受け入れるような寛容さを持たなきゃいけない。差別のない世界が当たり前にならなきゃいけないと思います。

そういう意味でも、この作品の存在は、現代社会にこういう考え方があることを認識させることができるし、誤解を恐れずに言うと、世間的に注目を集めている細田佳央太さんという個の力を使って、世の中に知らしめて社会に貢献することもできます

細田:ぼくがその一助になれているのだとしたら、とても嬉しいです。貢献できるように、引き続き頑張ります。

優しい人が生きやすい世の中にするきっかけに

劇中、優しすぎると生きづらい現実社会がはっきりと描かれているのも印象的でした

金子:この映画は、今の社会にとって喫緊の物語だと思います。新自由主義が進んで自己責任で生きなければいけない社会には、私自身を含めて、生きづらくて無力感を感じる人がたくさんいると思うんですよ。でも、その生きづらさの集合体が大きな塊になれば、何かを変えるかもしれない。だから、「あなたの抱えた生きづらさ」自体が世の中に対するひとつの抵抗なのだと思います。これを言葉にするのはとても難しいですが。

いえ、わかります。簡単に言えるような言葉って嘘くさいし、それなら映画にする必要がそもそもない。簡単に言葉で答えが出せないから映像にしているのだなと思いました

金子:確かにそうですね。生きづらさを抱えて悩んでる人に映画という媒体を介して「ゆっくり革命しようよ」と呼びかける気持ちで映画を作っています。

連帯には旗印が必要で、そういう意味でもこの作品の存在自体がひとつの旗印になります

細田: 必要なのはきっかけですね。それを爆発させられるかどうかは、ぼくらの手ではどうにもできない部分があるかもしれないですけど、0をまず1にしてあげるっていうことが大事で。0の状態から声をあげるにはきっかけを作る必要があって、それに適してるのが映画という分野だと思う。この映画は、優しい人が生きやすい世の中にするためのきっかけになると思います。この映画がきっかけになって、優しい人が無理をしないで生きられるような環境が増えたらいい。優しすぎるから生きづらいっていう世の中自体が間違っているんです。

金子:本当にそう。実現までにはたぶん時間がかかると思います。でも、それを覚悟した上で戦い続けるっていう選択肢を選んでいるので。

自分自身の加害性にできるだけ誠実でありたい

この映画には、善良そうな人による無自覚の加害性が描かれていたのが胸に刺さりました

金子:そうですね。繊細でどんなに他者を慮っても人を傷つけてしまうことはあります。そして映画自体も暴力性をはらんでいると思います。ぬいしゃべも鑑賞者を傷つけるのではないかと怯えながら撮影しました。監督という立場で物事を決定していくことも、何かを阻害や排除をしていないかといつも考えています。自分の選択や発言が、何かに対する暴力になっているかもしれない事実は、もう拭えないんです。たまに、何も喋れなくなるから一度引き下がろうという気持ちになったりもするけど、でもやっぱり喋ろうよ、それでも喋らなきゃ、と七森や麦戸たちも「対話」を選択をしていきます。その姿に私も勇気づけられました。語弊があるかもしれないですが、私も自分の加害性になるべく誠実でありたいと思います。これまでいろんな人を傷つけてきたし、今も傷つけているし、これからも傷つけていくんだろうなって思うけど、できるだけ誠実でありたいと思います。

細田:SNSが普及したことで、言葉で簡単に人を傷つけやすくなったじゃないですか。しかも、自分が発した言葉を消して、なかったことにもできる。だから、言葉に対する責任感が薄いと思うんです。少なくとも、こういう加害性はなくせます。言う前にまず考えようよ。それを本当に言う必要があるのかも含めて。あとは言い方ですね。人と言葉を交わしやすい時代になったからこそ、ちょっとしたことで人を傷つけることになります。その警鐘としても、この映画は存在していると思います。

映画を世に出すことで常識が変わるという希望を抱く

この映画は、現代社会の理解に対する残酷さもはらんでいると思います。観客は作品の繊細なメッセージを深く理解する人とまったく伝わらない人に二分化するはずで、観る者に対する踏み絵のようなものを差し出している、とも思います

金子: この映画を観ても理解が難しい人や嫌悪感を抱く人は、必ずいると思います。でも、映画って自分と出会う場所でもありながら、他者を見つめる時間でもある。だから、映画に対して「全然わからなかった」という反応があってももちろん良いと思っています。何十年後かに、ふと感覚を思い出したりしてくれるかもしれない、という祈りを込めて作っています。

細田:ぼくも間違いなくそうだと思います。ぼくらがやってることって、そもそも万人受けすることがまず無理で。でも、時間が経てば人の価値観や考え方も変わっていくし、世の中が変われば自分自身も変わる人だっているかもしれない。もしかしたら、何年後かにこの映画を観たときに響く人がいるかもしれない。

ぼくらの仕事は、他人の人生や考え方を変えてしまう力を持っているかもしれないけど、最後のスイッチは押せない。その決断をするのは本人次第です。それでも、映画を世に出すことによって、社会の常識が変わるかもしれないという希望をもっています。

この映画が公開されたら、いろんな反応が出てくると思います。その中で、この作品のメッセージがわからない自分に気づき、傷ついていく、ということもあると思います。でも、それは映画というメディアだからこそやれることだし、やるべきことなんじゃないかとも思います。文化には社会を変える力があるので、すごく大事だと思いました

金子:強く賛同します。この映画は鑑賞者に内省や対話を求めています。自分の弱さだったり、加害性だったり、映画館で自分自身を見つめる時間が生まれる気がします。いろんなことを少し立ち止まって考えるきっかけがぬいしゃべには散りばめられていると思います。ぜひ観て欲しいです。家にぬいぐるみがある人は観てください。

むしろ、家にぬいぐるみがない人こそ、この映画を観た方がいいですよ

細田・金子:そうかもしれないですね。

筆者が監督や俳優にインタビューする時、今回のように演出や演技についてほぼ聞かない取材は、ほとんどない。ただ、本作については、そのレイヤーで捉える前に、なぜこの映画が生まれたのかの真意を突き詰めたほうが、作品の芯に肉薄することができると感じていた。そして、細田さんと金子監督の言葉はあまりに痛切かつ真摯で、取材後の感覚は本作を観終わった時の実感と重なっていた。もし、彼らの言葉が読者自身の内側でこだましたのであれば、ぜひ本作を映画館で見つめて欲しい。

 

取材・文:中井圭(映画解説者)
編集:森ゆり
写真:服部芽生(細田佳央太、金子由里奈監督を撮影)
ヘアメイク:菅野綾香(細田佳央太を担当)
スタイリスト:岡本健太郎(細田佳央太を担当)