よりよい未来の話をしよう

「政治家」と言われて思い浮かぶのは、男と女、どちらですか。

2023年3月2日、世界銀行が190の国と地域における経済や職業格差の調査結果を発表した(※1)。日本のランクは104位で、先進国で最下位。OECD加盟38カ国の中でも最も低い数字となった。「年金」や「資産」「育児」などでの男女格差は少ないものの、「職場」や「賃金」の面で格差が是正されていないと指摘されている。(※1)

世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数でも、日本は116位。先進国の中で最低レベル、アジア諸国の中で韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果となっている。ただ、この調査でも「教育」や「健康」の順位は世界トップレベルで、「政治」と「経済」のスコアの低さが足を引っ張っている(※2)。

つまり日本のジェンダー問題は、「女性の社会参加のしづらさ」問題と言い換えることができる。では、何が女性を社会参加から阻んでいるのか?筆者は「子どもの頃から培われてきたジェンダーバイアス」に一因があると考えている。以下、掘り下げていこう。

※1 参考:Kyodo News "Japan drops to 104th in gender disparity rank in World Bank survey"(2023年3月2日付)
https://english.kyodonews.net/news/2023/03/8c3d6ae8b92a-japan-drops-to-104th-in-gender-disparity-rank-in-world-bank-survey.html
※2 参考:内閣府男女共同参画局ホームページ
https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2022/202208/202208_07.html
 

「女性は優しい」は4歳から、「男性は賢い」は7歳から

京都大学の森口佑介准教授の研究によると、「女性は優しい」という固定観念は4歳ごろから、「男性は賢い」は7歳ごろから形成されるという。

森口准教授は、こうした固定観念が形成される原因が分かっていないものの、

「親が何気なく発言する男性とは女性とはだったり、教師の関わりや子ども同士の関わりなど、さまざまな要因がこうしたステレオタイプに影響を与える可能性がある」

と付け加えている。(※3)

また、米国イリノイ大学は、多くの女の子は6歳ごろから「賢いのは男性」という固定観念を信じ込むという実験結果を発表している。そして、それは小学校に入学して男の子のほうが成績が良いからではなく、先生や友人、様々なメディアに接するに連れ、イメージが刷り込まれるからだと指摘している。たとえば、マンガやアニメに出てくる博士が男性だったり、ドラマでの医者役の多くが男性であったり、という具合に。(※4)

こうなってくると、広告の仕事をしている筆者にとっては、耳の痛い話だ。広告は「受け手に一瞬で理解されないといけない表現」であるが故に、人物をステレオタイプに描きがちだ。洗剤の広告で女性が洗濯をする。職場を描くCMで、男性上司と女性アシスタントという組み合わせが登場する。それを子ども達が目にすることが、ジェンダーバイアスの固定化につながる側面は、確実にあるだろう。

しかし、広告側もこのことに気づき、問題解決に向けて取り組みはじめている。以下、子どもたちとジェンダーバイアスをテーマにした広告を紹介していこう。

※3 参考:"Scientific Reports", Yusuke  Moriguchi et al.(2022) "Gender stereotypes about intellectual ability in Japanese children"
https://www.nature.com/articles/s41598-022-20815-2
※4 参考:武本 隆行「炎上する広告― ジェンダー観からみる多様化社会の課題 ―」(2019年11月26日)
https://www.j-mac.or.jp/oral/fdwn.php?os_id=184

女の子らしくってどういうこと?”Always”の問いかけ

2015年、P&Gの生理用品ブランド「Always」は “Like a girl”(女の子らしく)と題された動画をネットで公開した。

 

動画冒頭で、男女含めた大人たちが「女の子らしく走ってみてください」と言われる。すると、皆一様にカラダをクネクネさせた、「女の子らしい」走り方をする。

続いて、小さな女の子たちが、同じ質問をされる。すると、子どもたちは大人と違って、いつもと同じ自然な走り方をする。成長するにつれて、ジェンダーバイアスが固定化されることをとらえた衝撃的な映像だ。

動画は、「女の子の自己肯定感は、思春期に下がる」「『女の子らしく』を素晴らしい意味にしよう」という呼びかけで幕を閉じる。

Alwaysは生理用品としての優れた機能性で、女性の自己肯定感を高めることをブランドのパーパスにしてきた。半数以上が自己肯定感の下落を経験するという思春期の女性に、「自分のブランド」と思ってもらうことが、この動画の広告としての目的だ。

動画は20カ国以上で公開され、世界人口の半分にあたる視聴者数を記録する大ヒットになった。(※5)

※5 参考:"Changing the meaning of #LikeAGirl" LIONS ホームページ
https://www.lovethework.com/en-GB/campaigns/always-likeagirl-turning-an-insult-into-a-confidence-movement-232038

男性にとってのジェンダー問題

2019年、P&Gが展開する男性用剃刀ブランドのジレットは “We Believe: The Best Men Can Be” という動画を公開した。この動画が公開される2年前の2017年には、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによる性加害が表面化。#MeTooムーブメントが世界的な広がりを見せた。ジレットの動画は、そうした時代の流れで作られたものだ。

 

動画は、沈んだ表情で鏡を見つめる男たちの表情ではじまる。卑猥なジョークや職場でのボディタッチなど、長い間「騒ぐほどのことではない」とされてきた、男達の言動が次々とインサートされる。 

次に登場するのは、少年たちだ。ケンカやいじめなど、これまでは「ヤンチャ」で済まされてきた言動が描かれる。これを見た男たちは立ち上がり、子ども達を諌め、自分たちも行動をあらためる、というのが動画のストーリーだ。 

ジレットが扱っているのは「有害な男らしさ」と呼ばれる問題だ。下記に、わかりやすい解説を引用する。

「有害な男らしさ」という言葉は、伝統的な男性の文化的規範が、女性や社会、そして男性自身にとっても害を及ぼす側面を強調して英語圏で使われるようになりました。2019年のニューヨークタイムズの記事では、「有害な男らしさ」の特徴を3つにまとめています。1つ目が、感情の抑圧または苦悩の隠蔽、2つ目が表面的なたくましさの維持、3つ目が力の指標としての暴力です。(※6)

アメリカでは父親が息子にひげ剃りを教える習慣があることから、ジレットはこの広告を作ったのだろう。公開当時、CMは炎上に近い騒ぎになった。YouTubeのコメント欄も、ネガティブな声で溢れた。

一方、世界最大の広告アワード・カンヌライオンズではシルバーを受賞。ミレニアル世代の77%が肯定的に評価し、視聴者の65%が購買意向を高めており、一定の成功を収めている。(※7)

有害な男らしさをテーマにした映画「パワー・オブ・ザ・ドッグ」がアカデミー賞監督賞を受賞したのは2021年。その2年前に、広告がこの問題を扱ったことは、高く評価されて良いと思う。

※6 参考:電通総研「他人事ではない、男性にとってのジェンダー平等」(2021年7月1日)​​https://institute.dentsu.com/articles/2016/
※7 参考:"We Believe: The Best Men Can Be" LIONS ホームページ
https://www.lovethework.com/en-GB/campaigns/we-believe-the-best-men-can-be-582139

バービーと考えるジェンダーバイアス

最後に、筆者が企画に関わった、日本の事例を紹介しよう。「キミのなりたいものっ展? With Barbie」がITOCHU SDGs STUDIOで4月1日から7月2日まで開催される。女の子は看護師、男の子は警察官といった、職業にまつわるジェンダーバイアスを忘れて、将来について考えるための展示だ。

バービーを発売しているマテル社は、小学校1年生から4年生の子ども達とその親を対象に、職業とジェンダーバイアスについて調査を行った。その結果、子ども達の81.8%が、消防士に対して男の子のイメージを抱いていることが分かった。大統領/総理大臣、宇宙飛行士、パイロットといった職業も、70%以上が「男の子のイメージ」と回答している。こうした状況を受けて開催されるのが、「キミのなりたいものっ展? with Barbie」だ。(※8)

会場にはバービーやケンのドールやグラフィックが60種以上陳列される。歌手、宇宙飛行士、極地海洋生物学者など、その職業は多彩だ。バービーのコンセプトは”You  can be anything”、「あなたは何にだってなれる」。バイアスにとらわれず自分の可能性を広げることをメッセージしてきたことが、そのラインナップからも分かる。

バービーの生みの親は、ルース・ハンドラー。マテル社創設者の一人である女性だ。ある時、彼女は、男の子は宇宙飛行士や消防士になりきって遊んでいたが、女の子は子供や病気のお世話をする人や母親になるごっこ遊びをしていることに気づいた。女の子も性別に関係なく未来が選べることを遊びを通じて知ってもらうために作られたドールが、バービーなのだ。 

バービーは1959年3月9日に発売され、世界的なヒット商品になる。1962年、女性が銀行口座すら開設できなかった時代に、最初のドリームハウスを発売。女の子は、自分の家を持ち自立した自分をイメージして遊ぶことができた。1965年には、宇宙飛行士バービーが発売。男性宇宙飛行士が月面に立つ4年前に、バービーは宇宙に行っていたことになる。1980年にはアフリカ系やヒスパニックのバービーが登場。1985年にはCEOバービーが、1992年には大統領候補バービーが登場した。これまでバービーがチャレンジしてきた職業は200以上になるという。

「キミのなりたいものっ展? With Barbie」には、他にも、体験を楽しみながらバイアスについての気づきを得られる様々な展示が用意されている。もし、期間中にこの記事を読まれたなら、ぜひ遊んでみてほしい。

※8 MATTEL社「SDGs週間にあわせて『親と子どものジェンダー並びにキャリアのギャップ』に関する調査子どもの方が親よりもジェンダーニュートラル傾向!?」(2022年7月5日)
https://mattel.co.jp/2022/07/05/post-11443/

今、大人が、子ども達に伝えるべきこと 

冒頭に述べたように、「教育」や「健康」面では、日本のジェンダー平等は世界トップレベルだ。後は社会参加面での不平等を解消すれば、経済面でも文化面でも、日本の成長につながることは間違いない。そして、その恩恵は女性だけではなく、すべての人が受けることになるはずだ。

そのためには、まず子ども達を取り巻く環境をアップデートしなくてはいけない。

社会に内在化されたジェンダーバイアスを見ながら、子ども達は成長する。結果、ジェンダーバイアスが再生産されていく。この負のプロセスを断ち切る必要があるのだ。上述のマテル社の調査でも、親が各職業について男の子と女の子のどちらのイメージでもないと回答している場合は、その子どもも同様の回答をする割合が高くなっている。​​

「あなたは何にだってなれる」

子ども達にそう伝えるのは、バービーだけではなく、私たち大人全員の役目だ。

橋口 幸生
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作は図書カードNEXT新聞広告、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスター、プリッツ新聞広告「つらい」、「世界ダウン症の日」新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。
https://twitter.com/yukio8494

 

寄稿:橋口幸生
編集:Mizuki Takeuchi