2024年最後のTBS系日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』は「1955年からの石炭産業で躍進した長崎県・端島と、現代の東京を舞台にした70年にわたる愛と友情、そして家族の壮大な物語」という触れ込みで始まった。
触れ込み以上の甘さと苦さを湛えた豊穣なドラマ
触れ込みに偽りはなかった。どころか、触れ込み以上の甘さと苦さを湛えた豊穣なドラマであることが開幕早々明らかになった。映画『タイタニック』(97)から着想を得たと制作陣が語る通り、宮本信子演じる謎の老婦人が2018年の新宿・歌舞伎町を起点に、「軍艦島」の通称で知られる端島の「あの頃」を回想していく。
周到に張り巡らされた伏線が、歴史に興味を持たない視聴者をも平等に、前のめりに、物語に巻き込んでいく。池田エライザ、土屋太鳳、杉咲花が1955年の端島に生きる、身分も出自も違う三人の「トリプルヒロイン」を演じる。この中の誰が、のちの老婦人なのか?二つの時代を跨ぐ設定ならではの時系列ミステリが第5話までを貫く縦軸だ。
そして神木隆之介、斎藤工、清水尋也演じる同世代の男たちとの恋模様が絡み合い、三角関係、四角関係、五角関係に発展するのが第2話「スクエアダンス」だ。重厚な歴史ドラマに身構えていたら甘酸っぱい青春群像劇の相関図が入り乱れ、視聴者の感度も青く研ぎ澄まされた。老いも若きも、彼らと同世代の気分に感受性を整え馴らされた。じっくり2話をかけて男女6人の主人公と視聴者の間に仲間意識を醸成し、第2話終盤で、満を辞したように端島を台風が襲う。
百合子が背負う「重く黒い戦争の影」
そして、炭鉱会社職員の娘・百合子(土屋太鳳)の過去が明かされる第4話でガラリとトーンが変わった。一緒に長崎大学を卒業した鉄平(神木隆之介)に思いを寄せられながらも幹部職員の息子・賢将(清水尋也)と交際している、ポップなラブコメディの彩りのような存在だった百合子が背負っていたのは、あまりに重く黒い戦争の影だった。ラブコメとミステリの糖衣で包まれた苦味が、どろりと溶け出したような衝撃の回。
姉を原爆で亡くし、母も遅れて発症した白血病で亡くす百合子。被爆の連想から自身も恋愛や結婚を拒んでいる。敬虔なクリスチャンの一家なのに容赦なく戦禍に踏み躙られた経験から、宗教の救いを疑う百合子。エピソードのタイトルは遠藤周作が殉教を描いた小説と同じ、「沈黙」だ。1945年8月9日、端島から対岸の長崎市上空に浮かんだキノコ雲を、何もわからない子ども達が見上げているシーンだけが原爆投下を描写する。
思えばこの脚本・野木亜紀子、演出・塚原あゆ子、プロデュース・新井順子というタッグはいつも第4話で油断の隙を突いて豪速球を投げてくる。「アンナチュラル」(TBS系、2018年)の第4話「誰がために働く」も、「MIU404」(TBS系、2020年)の第4話「ミリオンダラー・ガール」もそんな回だった。3話かけて仕事や人間関係、キャラクターをテキパキと描き整理したところで、「彼らが生きるのはこんなに苦しい世界です」と苦海の底に急降下するのだ。
冷徹で鋭利な名台詞「浦上の上にだってピカは落ちた」
過去パートの舞台は敗戦後10年、高度経済成長期突入直後だが、このドラマは戦争の深い傷痕を、在らん限りの間接描写で描き尽くす。主人公・荒木鉄平の兄・進平(斎藤工)は帰還兵だ。鉱夫として肉体労働の最前線で働く彼は、現場でのトラブルも瞬発的な腕力や威圧で解決する武闘派として登場する。
そんな進平の父・一平(國村隼)は戦地帰りの進平に強く当たれない。「末は博士か大臣か」と無理して大学にやった鉄平が「俺は端島で働く」と言って、炭鉱の外勤に就職してしまったことを嘆き、鉄平には「向上心ってもんがねぇんだよ」などとガミガミ言う。自ら志願して戦地で散ったもう1人の我が子を思い、幹部職員(沢村一樹)の家を「あいつの子どもは戦争で1人も死ななかった」と憎む一平の親心だ。鉄平にだけは「偉く」なってほしかった、という思いを握り締める父。あらゆる登場人物のキャラクターやスタンスや経歴に「戦争」の影響が残っている。
「浦上の上にだってピカは落ちたんだよ」
第1話序盤の現代パートで既に、老婦人が長崎の浦上天主堂を紹介している。第2話で端島を台風が襲う中、十字架に祈り縋る母を百合子が喝破する。人類史が積み上げてきた信仰という救済を踏み躙る、戦争と災害。人智を超えた天災と、人間ならではの愚行を並べ畏れる、冷徹で鋭利なとてつもない名台詞だ。
ごく一部の権力者のくだらないプライドと無策によって突き進んだ戦争が遅すぎる終結を迎えてから、たった10年の端島は、日本という島国そのものの象徴でもある。10年前まで暴力的に掲げられていた「お国のために」というスローガンの矛先を戦意から経済にズラし、高度経済成長期に突入していくまさにその瞬間。一丸となれば報われる。今この瞬間頑張ったとて、明日の給料が変わるわけじゃないけど、一丸となって頑張っていれば、きっと、たぶん、みんなで一緒に豊かになっていける。一人ひとりの人権は小さかったけど、そんな夢があった時代なのは間違いない。
端島で描く「権力やポジションの格差」
第5話ではエピソードタイトル「一島一家」とは名ばかりのスローガンで、労使対立の分断に若い世代が苦しむ様子が描かれる。同じ会社側でストライキを制する立場の鉄平と賢将でも、現場労働者からの対応は明暗を分けるのが苦しい。一度抗争が落ち着くと鉄平が「これからもよろしく外勤さん!」と労われるのに対し、幹部職員の息子である賢将は有刺鉄線を仕込んだとあらぬ噂を立てられ、聞こえよがしに陰口を叩かれる。ここにはきっと「あいつの子どもは戦争で1人も死ななかった」から派生する憎悪が横たわっているのだが、ベテラン鉱員の一平はみんなの前で「あいつはな、うちの家族なんだよ。俺の自慢の息子、みたいなもんだ」と賢将の顔に煤をつけて仲間にしてやる。
このドラマで描かれるのは「血が繋がっていなくても家族だ!」「島全体が大きな家族だったんだから!」というような陳腐な共同体幻想ではない。
確かに分断はある。戦死した人/帰還した人、戦争に行った人/行かなかった人、戦争で家族を喪った人/喪ってない人。階級差でさえ「戦争」を使って「戦争で傷ついた人/傷つかなかった人」と言い換えられる。今も世界に当然ある権力やポジションの格差が「戦争のダメージ」という物差しによって現代日本よりも色濃くコントラスト強調されているのがこの時代の端島だ。
一島一家じゃないことはわかってる。どう見ても一枚岩じゃない。でも一枚岩であったことにした方がみんなにとって明らかに都合がいいから、なんとか一枚岩であろうともがく。
必然性を帯びる“炭鉱”と“ホスト”という対比
折り返し地点の第5話で象徴的だったのは、男子主人公たちが三者三様の出血をしたことだ。ここまで4話かけて、片想い×老婦人ミステリの伏線やミスリードがてら三人の女性の苦しみを描いたと思いきや、次は男子が一斉に血を流した。鉄平はストの格闘で全治3ヶ月の怪我を負い、賢将は鉱員に売られた喧嘩を買ってしまう。進平はヤクザ者から島に逃げてきたらしいジャズ歌手・リナ(池田エライザ)を戦地仕込みの銃捌きで助ける。自分が撃ったチンピラの「死体は上がらん」ことを口に出し、台風の日に流された妻の死を受け入れる。
心にも体にも、血を流さないでいられる者はいない。「島」という「国」の一体感を、平和を、納得しながら維持するために一人ひとりが血を流していたのがこの時代でもある。
高度経済成長期の端島に対置される現代パートは、歌舞伎町のホストクラブが舞台だ。鉄平にそっくりなホスト・玲央を神木隆之介が一人二役で演じる。玲央が直面する太客の売掛金や先輩ホストのパワハラといった問題はすべて、行き過ぎた自己責任論の果てのトラブルで、そこにはそれぞれが体を張って維持するような共同体は微塵もない。
「国力が右肩上がりの時代の集約的肉体労働=炭鉱」と、「不景気は確定している情報化時代の究極の感情労働=ホスト」という対比はきっと必然だ。
花火に照らされる、島国・日本に生きる私たち
水に囲まれた島に密集して住み、一つの産業に依存して、島内で完結できる人生で一丸となる。そんな時代は映画やドラマや小説で描かれると、「あの頃はみんなが同じ方向を向いていてよかった」という虚偽の幻想に陥りやすい。対して、本作は徹底して「一枚岩じゃなかったけどなんとか頑張って一枚岩を成立させてたんだ」という視点で共同体の亀裂を描き続ける。
だからこそ、第1話で鉄平がリナに端島音頭を歌わせたり、和尚(さだまさし)が鉱員の荒くれ対策に流行らせたという和歌を鉱員が斉唱するような、かりそめの、しかし真実の一体感が生じる奇跡のような場面にカタルシスがある。団結を自明のものとして賛美するのではなく、なんとか強引に作り上げたもの、として描いているからだ。
第4話のラストは精霊流しだ。まさに「精霊流し」を作詞作曲し、同名の自伝的小説も執筆したさだまさしのキャスティングには奇跡的なシンクロを感じる。先祖の魂を思う行事の日に、島民は花火を見上げる。原爆を見上げた同じ空に、人類が愚考を拗らせた末に投下した爆発物ではなく、人類が一斉に美を愛でるために創られた芸術的な爆発物が輝く。ただそこに、当たり前にある団結ではなく、分断を埋めながら、苦心して拵えた団結を噛み締め見上げる平和の花火が、島民たちの笑顔を照らす。その花火に照らされているのは、島国・日本に生きる私たちだ。
TBS系日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』TBS系毎週日曜よる9時放送
動画配信サービス「U-NEXT」にて最新話まで配信中
▶U-NEXT:https://video.unext.jp/title/SID0159027
大島育宙(おおしま・やすおき)
1992年生。東京大学法学部卒業。テレビ、ラジオ、YouTube、Podcastでエンタメ時評を展開する。2017年、お笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」でデビュー。フジテレビ「週刊フジテレビ批評」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。Eテレ「太田光のつぶやき英語」では毎週映画監督などへの英語インタビューを担当。「5時に夢中!」他にコメンテーターとして不定期出演。J-WAVE「GRAND MARQUEE」水曜コラム、TBSラジオ「こねくと!」火曜日レギュラー。ドラマアカデミー賞審査員も務める。
寄稿:大島育宙
編集:吉岡葵
素材提供:©TBS
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