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「シェア」は混沌とした現代社会になにをもたらすのか  石山アンジュさんインタビュー

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Airbnb、メルカリ、Uber Eats、ダイチャリやLUUP……。どれもここ10年ほどの間に始まったサービスだが、人によってはすでに生活に欠かせないものになっているかもしれない。これらのサービスの共通点は「シェア(共有)」が起点となっていることだ。

そんなシェアの概念は、どこから来てどこへ向かうのか。幼い頃からシェアに親しみながら育ち、現在はシェアリングエコノミー協会常任理事、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師を務める石山アンジュさんにお話を伺った。

空間、モノ、スキル、移動、お金、さまざまなシェアリングのサービスが生まれる現代で、人々の暮らしは豊かになるのか。経済に留まらないシェアリングのよさとはーー。

個人と個人でつながる「シェア」は消費スタイルとして広がっていった

石山さんがシェアにまつわる仕事をしようと思われたきっかけはなんですか?

石山:シェアという言葉に出会ったのは社会人2年目のときで、それが大きな気づきになった背景には、2つの経験があります。

1つは、幼少期から実家がシェアハウスだったこと。血のつながらないお兄さんお姉さんと一緒に生活していたのをなんとなくすごく幸せだなと思っていたんです。

もう1つは、新卒で勤めていたリクルートで人材事業を扱う仕事のなかで感じた、個人と企業の関係性への違和感です。例えば新卒採用だったら、景気の変動によって去年は100人採用したけれど今年は1人しか採用できない、ということがありますよね。でもそれって学生の能力とは関係のないことです。他にも、災害が起こったときにコンビニやスーパーの食品がなくなったら食べるものが何もない、ということもあり得ます。企業が供給しないと何もできない個人というのはすごく弱い立場だと感じていました。

シェアという概念に出会って、個人と個人がつながって仕事を分かち合う、頼んだり、引き受けたりする、物を貸し借りする、というシステムが、個人が企業に依存せずともに生きていける一つの選択肢になるのではないかと思いました。

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活動を始められた当初から比べて、シェアの考え方やサービスは社会に広がってきているかと思いますが、石山さんはその変遷をどう捉えていらっしゃいますか?

私がシェアに関わる仕事を始めた当時は「シェアってなに?」という雰囲気だったけれど、今はたくさんの人の生活に根付いていると感じます。カーシェアやシェアサイクルも街で見るようになりましたし、メルカリなどのフリマアプリも当たり前に使う人が増えましたよね。「買うのではなく借りる」、「新しいものを買うのではなくまずはフリマアプリを見る」、そういった消費のスタイルに少しずつ変化していると思います。

一方で、個人と個人で物を貸し借りや売買に抵抗がある消費者の方もまだまだいます。不安を解消するために消費者庁とハンドブックを策定したり、トラブルを防ぐために制度やルールを官民で連携しつくったりするのも、私が行っている仕事です。

今、私が注目しているサービスは、ADDressやスケッターというシェアサービスです。

ADDressは2年前くらいから流行しているのですが、月額4.4万円から全国に住み放題というサービスです。これまでは一部のフリーランスしか利用するタイミングがなかったと思うのですが、コロナ禍でリモートワークが増えたことで、多くの人が利用できるようになったと思います。別荘を買うのはハードルが高くても、このサービスにより気軽に多拠点生活的なシェアライフを始められるので、おすすめですね。

スケッターは介護人材のシェアリングサービスです。「介護」とされる仕事のなかには、介護資格を持っていないとできない部分と、買い物やコミュニケーションなどといった、資格がなくてもできる部分があります。従来だと全てを介護資格を持った人がやっていたことで負担が大きかったり、人材が足りなかったり、という問題があったので、その解決の緒になりえる仕組みだと思います。最近よく取り上げられるヤングケアラーの問題にもひと役買うかもしれません。

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シェアという考え方は時代の処方箋になりえる

石山さんが代表を務められている「拡張家族Cift」(※1)は消費とはまた違ったシェアの場だと思いますが、どんなコミュニティなのでしょうか?

Ciftが他のシェアハウスと違うところは、最初に「家族」になるという点です。意識でつながる拡張家族というコンセプトを掲げ0歳〜60代までの人たちとともに生活をしています。、ひとくちに家族と言っても100人いたら100通りの家族環境で育ってきていますし、家族を定義するのではなく、「家族とは何か?」という問いを分かち合いながら、対話しています。

そんな前提がある上で、一緒に食事したり、子育てに参加したり、それぞれの得意な時間やできることをシェアすることで成り立っているコミュニティなので、相手を知ろうとするし、寄り添おうとする人が多いかもしれません。

そう聞くと、やはりシェアは経済的な観点以外においても大事な観点のように思いますね。

そうですね。シェアリングエコノミーやシェアリングというライフスタイルだけでなく、シェアという考え方自体が、今の社会課題を解決するための1つの価値観としてすごく重要なんじゃないかと考えています。

私はコメンテーターとしてニュース番組に出演しているのですが、ニュースで扱う社会問題って、ほとんどが対立構造か階級構造の問題です。戦争、事件、格差、なんでも、相反するAとBがどうするかだったり、社会の階級構造が原因だったりという話であることが多い。そんななかで、「分かち合う」、「寄り添い合う」という概念であるシェアが、分断が進む時代の処方箋になりえるのではないかと思います。

※1「血縁ではなく意識でつながる家族」、「拡張家族」をコンセプトにしているシェアハウス。現在は、渋谷の複合施設・キャストのワンフロア、渋谷区松濤、京都の3つの拠点で、0歳から60代までの102人が一緒に生活しているという。メンバーの肩書きも、ミュージシャンや料理人、活動家、政治家、お坊さんなどさまざま。入居の際には「家族になれるかどうか」を面接で確かめられる。

リスクだらけの現代社会で、「確かなもの」は何なのか

確かに、分断ばかりと言っても過言ではない社会状況で、シェアリングによるつながりは貴重かもしれません。

これまでの人間関係って、血縁か、地縁か、所属組織のどれかだったと思います。血のつながった家族か、地元の友達か、学校や企業というところで出会った人と付き合っていくのが基本的なつながりで、それ以外のつながりは生まれにくかった。それがシェアによって、価値観や趣味、消費で無数につながることができるようになったのが、現代です。例えば、ホテルのレセプションの人と友達になることはなくても、Airbnbで泊まって貸主と一晩お酒を飲んでSNSを交換したら、友達になれる。マニュアル通りに家事だけをする従来の家事代行なら、誰が来ても同じだったかもしれないところも、タスカジというシェアリングの家事代行サービスでは、家事をしに来てくれた人とその家庭のお子さんが仲良しになるなんてこともあります。シェアリングは個人と個人がフラットな関係を築けるモデルなので、つながりができやすい側面があると思っています。

これまで、お金は個人の資産としてすごく重要でした。今もそうではあると思うのですが、これだけグローバル経済のなかで生きていると一生懸命働いて1千万円稼いでも、その1千万円の価値が10円になる可能性だってあります。個人の力ではコントロールできない市場経済のなかにいることを考えると、実は誰からも不可抗力的に変動させられない確かな資産って「つながり」かもしれない。そんな価値観が少しずつ共感を生みながら徐々に広がっているのを感じます。

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今回石山さんにお話を伺って、シェアリングの便利さや経済的な効果だけではない側面を知ることができた。「つながり」という概念はSNSの発達から、ポジティブな意味だけで捉えられる言葉ではなくなったように思う。しかし、その一方でこの社会で確かなものは何なのか、という問いに対する1つの納得できる答えは確かに「つながり」なのかもしれない。人々の暮らしを豊かにしてくれるシェアリングに、今後も注目したい。

 

取材・文:日比楽那
編集:白鳥菜都
写真:服部芽生