よりよい未来の話をしよう

なぜ、「草食男子」は若者叩きに使われるようになったのか

f:id:tomocha1969:20220301170213p:plain

ラベリングとは、特徴的な事実をもとにしてある人物やある物事の評価を類型的かつ固定的に定めることを指す。
私たちは、「Z世代」「独身貴族」、遡れば「団塊の世代」など、キャッチーなフレーズでさまざまなグループ分けと、その存在の認識を繰り返してきた。一方で、それらの言葉はポジティブなだけでなく、特定の属性を非難する言葉としても使われてきた。ラベリングが分断を招くのはどうしてだろうか。“草食男子”を名付けた深澤真紀さんが今思うこととは。

f:id:tomocha1969:20220301170247p:plain

「草食男子の名付け親」というと、「流行語を作ってすごいですね」と言われたりしますが、著者本人は「この流行語の作り出した誤解のほうが大きくて問題だった」と考えています。
この言葉が生まれた2006年当時からの歴史を振り返ってみたいと思います。

いつ「草食男子」と名付けたのか

2006年10月、日経ビジネスオンラインの「U35男子マーケティング図鑑」の連載の中で「草食男子」「肉食女子」を名付けたのがはじまりです(2007年に『平成男子図鑑』(NB online books)として刊行後、2009年に『草食男子世代--平成男子図鑑』(光文社知恵の森文庫)として文庫化)。

2008年頃から国内外で話題になり、2009年の新語・流行語大賞トップテンを受賞しています。
この連載のきっかけは、同世代の男性編集者からの「最近の若い男は情けないよね」というひと言でした。2006年当時40代だった私たちはいわゆるバブル世代です。私たちだって、上の世代から「使えない」と評判が悪かったのに、そんなことを下の世代に言ったら同じことを繰り返すだけ。もし私たちがこれまで仕事で成功できたのだとしても、それは時代状況がよかったことが1番の理由です。
「最近の若い男性は優秀だしやさしいしおもしろいよ。これからの時代は彼らの生き方が参考になるはずだから」と連載をスタートしたのです。つまり、草食男子をはじめとする若い世代を肯定的に見て、彼らの良さや彼らのつきあい方を上の中高年世代に伝えるために始まった連載だったのです。

そして草食男子として定義したのは、「団塊ジュニア世代」で、「モテないわけではないが恋愛やセックスにがつがつしない」「据え膳も食わないし、送り狼もしない」「男女関係をワリカンで考え、女友達も大事にする」というものでした。つまり、若い男子を肯定するものだったのです。
それなのに若者叩きの言葉として使われるようになり、申し訳ないと思っています。

なぜ「草食」「男子」だったのか

「草食男子」とは、「肉体関係」にがつがつしないから「草食」という意味と、「平和的」なイメージから名付けました。だじゃれやおやじギャグが入っています。もちろん実際の草食動物は繁殖が重要ですから、生物学的な意味ではなくあくまでイメージで名付けています。
そして「男子」も「子ども」という意味で使ったわけではなく、「男」とも「男性」とも違って、学校やスポーツを中心に使われていて、フラットなイメージなので使いました。「男子」「女子」はカジュアルに使いやすい言葉のため、流行したのだと思います。
「○○男子」自体は、2005年に刊行された『メガネ男子』(アスペクト)あたりから話題になったと思います。この本ではメガネが似合う男性を特集して、元々多かったメガネ男子好きの女子に大きな支持を得たころから、「○○男子」が使われるようになりました。

当時はどういう反応で、なぜ流行したのか

f:id:tomocha1969:20220301170346p:plain

2006年当時は、読者から「こんな男はいるわけがない」と言われていました。そして当時の関係者は私を含めて誰一人、「草食男子」が流行するとはまったく思ってもいなかったのです。
2007年頃から、多くの女性誌から取材を受けるようになり、「若い女性読者が男性に困っている! どうしたらいいですか」と聞かれるようになりました。このようにまずは多くの女性誌で草食男子特集が組まれ、そのうちに「草食系男子」「草食系」という名称も生まれ、様々な本も刊行されるようになりました。 
ここまでであれば、流行はすぐに終わっていたと思うのですが、2008年ごろからリーマンショックの影響もあり、「若者が車を買わない」「大きな消費をしない」と話題になり、「草食男子が原因では?」と広がりました。
「草食」という誰もが知る言葉に新しい意味を付与したことが、流行につながったのでしょう。「負け犬」や「おひとりさま」も同じような理由で流行したのだと思います。
つまり、草食男子と付き合う女性からの声と、草食男子に物を売る立場からの声の両方で、流行したのです。命名者も、興味を持った人も、草食男子の当事者ではなく、そこから流行したのも大きな特徴でしょう。
結果として若者叩きの言葉になってしまったわけです。

なぜ海外でも話題になったのか

2008年頃から台湾、香港、中国をはじめとするアジア諸国でも話題になりました。「日本で出現した「変わった男子」という扱いではなく、これらの国々でも同じような男子が現れ、「食草男」や「草食男子」などと呼ばれ、話題になったのです。
その後欧米では2009年頃から、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、フィンランドなど欧米各地から取材がありました。「草食男子」は「herbivorous boys」(草食の男子)などと訳され、「男尊女卑の国日本から変わった男性が登場した」という捉え方もされました。
欧米人にとっては、日本男性というのは、「男尊女卑」だったり、「セックスレス」だったり、謎の多い存在なのでしょう。しかし欧米的な男性らしさや恋愛観やセックス観だけが、必ずしも正しいわけではありません。
草食男子が、日本だけでなくアジアでも増えた原因は、「彼らはアジアの儒教的な男女観だけではなく、欧米的な男女観にも違和感を覚え、新しい価値観を探しているのだろう」と取材には答えましたが、彼らは「日本の若い男子叩き」を期待して取材に来たので、がっかりしたようです。

草食男子はなぜ恋愛や消費に大きな興味がないのか?

草食男子が恋愛しない、消費しないのだとすれば、その理由は時代状況の変化です。
団塊ジュニア世代である彼らは豊かな時代に生まれたのにもかかわらず、バブルがはじけ、就職氷河期が訪れ、その後リーマンショックも起こり、大学の学費は上がり、有利子の奨学金という名の学生ローンを抱え、給与はずっと上がらず、非正規雇用も増え…、その状況では恋愛や消費にお金が使えないのです。
そのために上の世代である団塊の世代やバブル世代に対しても、「上の世代がうまくいったのは時代がよかったからだ」という反発があるでしょうし、女性が、男性に結婚や恋愛で多くを望むことも「こんな時代にそんなことができるわけがないだろう」とも思うのでしょう。

私は彼らを「見栄消費」「見栄恋愛」をしない存在だとも言っています。

草食男子が増えたことが少子化の原因か

草食男子に関する取材を受けるなかで、国内外の中高年世代の記者が必ず聞いてくるのが「草食男子が少子化の原因ではないか?」という質問でした。
これも草食男子にすべての原因を押しつけたい思い込みです。
日本の少子化の理由は、前述した若い男性の貧困や、子育て支援の少なさなどの問題が背景にあります。
各地で講演に呼ばれると、「いまの若いやつが情けない」と言われるので、「若者を正規雇用して、彼らに仕事を任せてください」と話すのですが、「今の若いやつにそんなことを任せても無理だ」「俺たちは自分たちでがんばってきた」という反応が多いのです。
しかし上の世代が成功したのは、「高度経済成長やバブル期など、経済がよかった時代からだということを自覚しなければならないですよ」と言うと不愉快そうにされたものです。

草食男子は「男らしくない」か

f:id:tomocha1969:20220301170559p:plain

「男らしくない」と言われがちな草食男子ですが、上の世代が武勇伝にしていた「据え膳食わぬは男の恥」だの、「送り狼をする」のだって男らしくはないでしょう。私は、草食男子は「古くて新しい男らしさを持った存在」だと言っています。
遡れば明治の文豪の小説には、男らしさとの相克に苦しむものが多いものです。草食男子のような男性は日本では珍しい存在ではなく、むしろ団塊の世代からバブル世代までのほうが珍しい存在だったのかもしれません。
それに若い男性がみな草食男子化しているわけでもありません。バブル期に日本の女性の生き方が多様化したように、長い不景気が続く日本で男性の生き方も多様化しただけです。
つまり草食男子は、あくまでも男性が多様化した1つの例でしかなく、今でも旧来型の“男らしさ”や“女らしさ”だって選択できるし、それとは違う生き方も選択できるようになっただけなのです。

草食男子への誤解を解くために

前述したように、2006年に若い男性と上の世代の理解をすすめるために名付けた「草食男子」が著者本人の思惑を大きく超えて流行してしまい、また逆の意味として捉えられて若者叩きの言葉になってしまったことは、当時者には本当に申し訳なかったと思っています。
名付けによって、若い男性の新しい生き方や価値観が知られるというプラス面もありましたが、言葉ができたことで叩いていい存在を作りだしてしまったマイナス面のほうが大きかったように思います。
この15年間その誤解を解き続けたいと、メディアや講演や講義で訴え続けたことで、今では「草食男子は、著者の意図と違った意味で流行語になってしまったこと」を知ってくれる人も増えてきました。これからも伝え続けたいと思っています。

 

f:id:tomocha1969:20220301170920p:plain

深澤真紀(ふかさわ・まき)
獨協大学経済学部特任教授、コラムニスト。1967年東京生まれ。 早稲田大学卒業後、複数の出版社で編集者をつとめ、1998年企画会社タクト・プランニングを設立。2009年「草食男子」で流行語大賞トップテンを受賞。「大竹まことゴールデンラジオ」「ポリタスTV」などのコメンテーターもつとめる。
主な著書に『ダメをみがく』(集英社文庫)、『女オンチ』(祥伝社文庫)など。


寄稿:深澤真紀
編集:おのれい