ラップデュオchelmicoのRachelさんと映画解説者の中井圭さんが、各回ゲストスピーカーを迎え、「社会を前進させる取り組み」をテーマに、様々な切り口から“いま”知りたい情報を全16回に渡り発信する、「あしたメディア in Podcast」。この記事では、第5回(1月17日配信)と第6回(1月20日配信)の内容をダイジェストでお届けする。
今回のゲストは、クリエイティブディレクターの辻愛沙子さん。「クリエイティブによって社会を前進させること」について伺った。
社会に働きかける「クリエイティブ」とは
そもそも「クリエイティブディレクター」とは、どのようなことをする人なのだろうか。そこから、社会課題についての話に広がった。
Rachel:辻さんは株式会社arcaのCEOも務めていらっしゃいますよね。これまでクリエイティブディレクターとしてどんなお仕事をされてきたんですか?
辻:arcaは「クリエイティブアクティビズム」を掲げていて、広告物やブランディングなどのクリエイティブを通して、社会に問いを投げかけています。
中井:社会課題を解決したいと思ったきっかけは何だったんですか。
辻:大学在学中に仕事を始めたのですが、メディアでは「女子大生なのに」と表現されたり、起業後は「女性起業家」と取り上げられました。そのように、自分に向けられるステレオタイプに違和感を覚え始めた時に、表現が刷り込んでいる固定観念の多さを実感しました。なので、そこを覆していきたいと思って活動するようになりました。
Rachel:初めからアクティビズムに興味があったんですか?
辻:いえ、初めはそうではなかったんです。ジェンダーのことを勉強してみると、「仕事をする男性と家庭に入った女性」というように、本来は必要のない対立が起こっているのを目にして、それは本質的ではないと思いました。その不必要な対立を解決するために、「Ladyknows」というプロジェクトを立ち上げました。これはデータを元に実態を明らかにした、コンピュータグラフィックスです。そこから、伝えるということを武器にして社会に貢献できるあり方を考えるようになりました。
中井:企業自体の意識の変化には、理想と現実が異なることがあると思うのですが、それに関して葛藤や変化を感じる瞬間はありますか。
辻:そうですね。企業には関係人口が多いので、大きい企業ほど変わりたくてもなかなか変えられないという葛藤があります。SDGsの波が来ていて表現は変わってきているものの、本質的な変化はまだ道半ばです。広告を出すことで社内の意識を変えていくなど、一歩ずつできるところから行うしかないのではないかと思いつつ、広告という手段が、今自分ができることの中で本当に社会に一番必要なことなのか、と葛藤もしています。また、日本では生活者(※1)が比較的、減点方式であるため、伝えたいことはあっても炎上を恐れる企業は様子を見てしまうことが多く、なかなか変化の過程を許容しづらい国だと感じています。
中井:実態と理想の乖離(かいり)は当然あると思いますが、描いた理想に近づけていくような広告を作っていかないとダメなのではないかと思います。
Rachel:完璧じゃなくても、良い方にいけるからね。
辻:ただ「ウォッシング」のように、変わる気がないのに表面だけ変わろうとする場合もあるのですが、生活者はそれを見透かします。ですからやはり、「変化する」という宣言をしていくことの大切さを許容していくことが、大事だと思います。
※1「消費者」と意味の近いマーケティング用語。「生活」という観点から人間を捉えた言葉。
「全て社会に帰結するんです」
社会課題と向き合うときに大切なこととは
社会課題に取り組む辻さんの根底にある思いについて、トークが展開された。
中井:arcaとしての活動とご本人としての活動に、区分はあるのですか?
辻:あまりないです。というのも、自分以上に社会が主語にあるからです。企業は、世論が形成されないとなかなか動きづらい。であれば、まず生活者の空気を作っていくことが必要になります。そのためには、メディアから働きかけていくことが必要なので、メディアに出てお話ししています。また、SNSの方が実は伝わることもあったりするので、日々の SNSで社会のことをお話ししています。全ての帰結する場所は社会なんですよね。ですから、あまり手法にこだわっていないのかもしれません。
中井:辻さんは聞く能力にも長けているなと感じます。これからは、聞く力と伝えていく力が非常に重要になっていくと思います。深刻化する分断を良いかたちで橋渡しして、より良い方向に持っていける何かが必要なのではないかと思っています。
辻:本当にその通りだと思います。自分が生きている時間の中で、傷つく人や差別を受ける人が少しでも減って欲しいし、心の底から「平等は訪れる」と思っているんです。変わるスピードが遅い場合もあるかもしれませんが、変化の一歩になればいいと思っています。だから、目の前にあるものにのめり込むのではなく、時間軸を少し広げて見てみることが大事だと思います。もう1つは、二項対立で戦うことだけではなく、それぞれの立場があると知ることが大事だと思います。結論のない会話ももっと必要だと思います。
伝えたいメッセージを乗せてこそ、バズりが意味を持つ。
第6回では、「バズること」と企業の関係についてのトークが繰り広げられた。
中井:辻さんが考える、「バズらせる」ことの意味とは何ですか?
辻:より多くの方に届けるという手段であり、バズること自体が目的ではありません。なので、企業が何を伝えたいかが曖昧な状態でバズるということはありえません。
特に人権の話は人の痛みが根底にあるので、伝えようとするメッセージの領域に誰かの痛みがあるということを想像できないと作ってはいけないものだと思います。でも、どうしても企業の方が個人より主語が大きいので、個人の声を奪ってしまったり、生活者と齟齬(そご)があることも多いと思います。目的も伝えたい本質的なメッセージもないバズりは、消費されるだけなんです。
答えはバズりの中ではなく、自分の中にある。
正解の無い問いに向き合う大切さとは。
終盤では、バズりとの向き合い方に関する思いが語られた。
Rachel:辻さんはどうやってSNSと付き合っているんですか?
辻:声を届ける手段としては使いますが、選挙の時などは、誰に投票したら良いのかという質問もされます。一緒に考えていきたいがゆえに発信しているのに、発信すればするほど答えを求められてしまいます。
Rachel:なんでもかんでも聞く前に、ちょっと考えるのも大事だよね。
中井:Twitterでも、言い切る人がバズっている気がします。答えがない時代なので、「何か強いことを言っている人に乗っかって安心したい」という気持ちが働いて、バズっていると思います。それは一側面からしか言っていない事なので、すごく危ういはずです。
Rachel:映画でも音楽に関しても、自分のスタイルを貫く人や言い切る人が流行っているんですが、言い切るのはどうなのかと思います。
辻:人が「痛み」を感じることには、声が届きづらかったり、強い言葉にしないと届かないと思われることがあります。しかし、デザインやキャッチコピーなどの表現を付けることによって、より多くの人に届けられる事はあると思います。何を届けるかが定まっていれば、バズって多くの人に届くことは必ずしも悪ではないと思っています。
中井:世界中で評価されている映画の多くは、社会課題を題材にしていて、その点は国内と海外の違いです。クリエイティブの持つ社会的責任を、お金を出す側が捉えることは大事だと思います。社会全体で社会課題にもっと向き合っていかなければならないと感じます。
Rachel:広告やクリエイティブは責任重大ですよね。
辻:教科書での学び以外のチャネルを作っていくことも大事だと思っていて、問いを投げかけていく表現がもっと増えるといいなと思います。自分で主語を取り戻して、自分で問いに対して答えていくという、当事者性の高いコンテンツがもっと増えていけばいいなと思います。(SNSで)カリスマが出て来るのは、楽だからだと思います。でも、誰かをカリスマにすることはその人への暴力でもあると思うんですよね。だから「もうバズやめません?」って思います。
中井:映画の評論でも、権威のある人の意見を正解だと思いがちな人はいるんですよね。でも、映画を観るという行為も、それぞれ自分のものでいいんです。答えはなくて、その人が観たときに作品は完成しています。でもみんな不安だから、「何か大きな正解らしきものにタッチしていたい」という感覚が強いのではないかと思います。
辻:答えが全員違うような問いの投げかけが、義務教育の中でされてきていないですよね。「あなたはどう思うの?」と問いかけてくれる大人たちがあまりにも少ない。どこかに答えを求めることが正解だと思ってしまうのは、教育のせいなので仕方がないんです。だから、正解のない、何の意味もない時間を増やすために、Twitterのスペースで話したりしています。
中井:社会課題は、無関心によって生まれると思います。そして関心は無駄から発生していると思います。必要なこと以外の領域にもっと取り組むことによって、より人のことを思いやるようになり、課題が解決できるんじゃないかと思います。
Rachel:無駄がないと音楽もやれないもん。不要不急は大事だと思います。
中井:我々はそこを推進していく生き方をしていきたいですね。
一歩ずつでも社会は変えていける。クリエイティブを通じて社会にメッセージを届ける辻さんの言葉からは、ある種の希望を感じた。そして、社会課題に真摯に取り組む辻さんのことを知れば知るほど、自分自身の社会との向き合い方を再考せずにはいられない。
次回の「あしたメディア in Podcast」は、助産師で性教育に関する発信を続けるYouTuberのシオリーヌさんをゲストにお迎えする。
<あしたメディア in Podcast概要>
MC:Rachel(chelmico)、中井圭(あしたメディアt編集部、映画解説者)
配信媒体:Spotify(Apple Podcastでも順次配信予定)
更新頻度:週2回配信、全16回
文:髙山佳乃子
編集:竹内瑞貴