よりよい未来の話をしよう

ターゲティングできない、という価値。

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出典:elleair公式ホームページより
https://www.elleair.jp/attento/talk/

 

「40歳のあなたの目の下のブヨブヨにおすすめです!」

買い物に出かけて店員がこんな接客をしてきたら、あなたはどう思うだろう。もう二度とここには来ないと決意して、店を後にするのではないだろうか。

こんな無礼なセールストークをされることなんて、実世界ではありえない。しかし、それが平然とまかり通るのが、ウェブ広告の世界だ。

ターゲティング広告の功罪

ウェブ広告は、テレビや新聞といったマスメディアと違い、誰に見られるかをターゲティング(※1)することができる。ソーシャルメディアのアカウント情報、閲覧履歴、位置情報などから、今スマホを見ているのがどんな人なのかを推測する。そして、その人に合った広告を配信するのだ。

個人の詳細なデータがわかれば、より深い人間理解に基づいた広告表現ができそうなものだ。しかし、現状はみなさんが毎日スマホで見ている通りだ。

たとえば、「40歳のターゲットの心をつかみたい」という課題があったとき。

かつてのコピーライターは「四十才は二度目のハタチ。」という名コピーをうみだした。年齢というテーマの繊細さを理解し、「広告主が言いたいこと」を「ターゲットの聞きたいこと」に変換した上で、世の中に送り出していた。

しかし、現在は40歳のターゲットにアプローチするためには、「40歳のあなたに!」とそのまま言えばいい、ということになってしまった。

テクノロジーの進歩によって、表現が退歩してしまったのだ。

私はここでウェブ広告の担い手たちを批判しているわけではない。すべての結果が数字化される中、検証と制作をスピーディーにまわすためには、高度なプロ意識と技術が求められる。私が不快に感じた広告でも、表示される以上は一定の効果があったことを意味する。その広告を好意的にとらえ、購買した客は、確かに存在するのだ。この事実を前に、私が抱いた感想なんて、取るに足らない。

しかし、広告を見るのは、ターゲットだけではない。どんなに優秀なウェブ広告でも、クリックしない人のほうが圧倒的に多い。クリック率1パーセントの広告には、クリックしなかった99パーセントが存在するのだ。そして、この人々が、広告というビジネス全体への評価を決める。

ターゲットへの効果だけを追い求めた結果、ターゲットではない人々の心が離れ、広告というビジネス自体が地盤沈下していく。私が危惧しているのは、そんな事態だ。

「広告費の半分は効果があったことは分かっている。問題は、どちらの半分か分からないことだ」

これは昔からある、業界でよく知られたジョークだ。広告の効果測定が困難な時代が続いた後、デジタル化によってターゲティング広告が登場した。これは避けられない時代の潮流だし、広告をビジネスとして進歩させたことは間違いないだろう。

しかし、2019年にインターネット広告費はテレビ広告費を抜いた。今やターゲティング広告は当たり前の存在で、その弊害も見えてきた。そろそろ、ターゲティングをありがたがるだけではなく、「ターゲティングできないことの価値」を見直す時期ではないだろうか。

そんなことを考えさせられた広告を、今回は紹介したい。

※1 マーケティングの分野で、顧客層を絞り込むことを指す語として用いられる言葉

高齢者向けの商品を、高齢者を越えて広告する

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出典:アテント連続対話CM 03 みんなの問題篇

https://youtu.be/SlBkc7hUdJM

『アテント』は大王製紙が販売している、大人用の紙おむつだ。もし、あなたがこの商品の広告担当になったら、どんな広告をつくるか。想像してみてほしい。

コピーは「75歳を超えたアナタに!」のような感じだろうか。同年代のタレントを起用して、爽やかな笑顔をキービジュアルにしても認知を高める効果がありそうだ。

しかし、実際に取られたのは、全く異なるアプローチだった。2020年8月、『アテント』は草彅(なぎ)剛氏を起用したテレビCMキャンペーンを開始したのだ。

白い空間に立った草彅氏は、カメラに向けて、こんな風に語りかけてくる。

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出典:アテント連続対話CM 04 わかっちゃいるけど篇

https://youtu.be/RX14GV1vxM8

「日本をよくするには、政治も経済も大切だけど、オムツのこと、恥ずかしがらずに堂々と話せるようになったら。オムツのことを誰かの問題じゃなくて、みんなの話題にできるようになったら。この国はすごくいい方向に変わる気がするなぁ」(※2)

「これ僕のただのカンなんですけど、もしかしてあなた、面倒臭いこと考えるのやめて後回しにするクセありませんか?老後のこととか介護のこととか、わかっちゃいるけど、具体的に何も対策してなくないですか?あ、今もちょっとこのCM、面倒臭いって思いませんでしたか?思ったでしょう?」(※3)

「誰かの問題じゃなくて、みんなの話題」という言葉から、このCMが明確にオムツを使用している「誰か」以外の、「みんな」に向けられていることが分かる。さらに「老後のこととか介護のこととか、わかっちゃいるけど、具体的に何も対策してなくないですか?」とまで言っている。

この時、オンエアされたCMは全13本。(今もネットで公開されているので、ぜひ見てみてほしい)中には、こんな内容のものもある。

「見えないところで暮らしを支えてくれていて、大変なことを引き受けてがんばってくれている存在を恥ずかしいって思うとか、隠さなきゃいけないって思うなんて、ちょっとおかしいよなぁ。かわいいのに。オムツのこととか介護のこととか、これからはもっとオープンに話していけたらなぁって」(※4)

「オムツと呼ぶか、パンツと呼ぶか、それが問題だ。…パンツにしましょう!そのほうがおしゃれだから」(※5)

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出典: elleair公式ホームページより。「#常識をはきかえよう」というハッシュタグを設け、オムツや介護に関してオープンな対話がなされることを試みている

https://www.elleair.jp/attento/talk/

ここまで来ると広告の意図は明解だ。『アテント』は実際に利用するターゲット以外にも商品のことを考えてもらうために、このCMをつくったのだ。

※2 アテント連続対話CM 03 みんなの問題篇
https://youtu.be/SlBkc7hUdJM

※3 アテント連続対話CM 04 わかっちゃいるけど篇
https://youtu.be/RX14GV1vxM8

※4 アテント連続対話CM 06 かくさない篇
https://youtu.be/FsmBJzpjD1U

※5 アテント連続対話CM 08 オムツかパンツか篇
https://youtu.be/e45C63XKJEQ

すべての人は、潜在的ターゲットである

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当たり前のことだが、誰もが最終的には高齢者になる。広い視野から見れば、すべての人は、『アテント』の潜在的顧客だ。若いうちから関心を持ってもらえれば、いずれ高齢者になったとき、『アテント』を手に取る可能性は高いだろう。

また、もし大人用おむつを恥ずかしがらない風潮ができたら、利用者が増え、アテントの売り上げアップにつながることは間違いない。「そろそろ、パンツを買いに行こう」と気楽に薬局を買いに行ける未来は、誰にとっても好ましいものだ。CMでは、

「大人用おむつの登場で僕たちは尿もれを気にせず出かけられるようになりました。僕のファンの皆さんがいくつになってもコンサートに来てくれたら嬉しい。もちろん僕も『アテント』をはいてずっと元気に歌って踊りたい(※6)」

…という、もっと気の利いたコピーで表現されていた。

いい話をしているだけのCMではなく、ビジネスとして周到に計算されていることが分かる。

現在ターゲットではない人も、将来的にはターゲットになりうる。すべての人は、潜在的ターゲットなのだ。このことは、アテントに限らず、すべての商品に当てはまるのではないだろうか。

※6 アテント連続対話CM 11 パンツの歴史篇
https://youtu.be/F7KeWyQW29o

ターゲティングできない、という価値。

「40代のあなたに!」というコピーは、39歳の人には届かない。1年後、その商品の熱烈なファンになる可能性がある人であっても、だ。ターゲティングが効くのは、すでに顕在化しているターゲットに限られる。潜在的ターゲットの顕在化には、別のやり方が必要だ。

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『アテント』が示しているように、こうした課題へのソリューションとして、マス広告の価値が再発見されると私は考えている。テレビCMは同時に、新聞広告は同日に、OOH広告(※7)は同じ空間で、さまざまな人々が目にする。しかも、ソーシャルメディアと組み合わせれば、時間や空間を超えてメッセージを届けることが可能だ。

『アテント』のCMもTwitterで拡散され、幅広い層の関心を集めることに成功した。そして、Twitterから意見を募って、パッケージをリニューアルした新商品を発売したのだ。ウェブで公開されているが、持ち歩いたり部屋に置いたりしても抵抗がない、オシャレなデザインになっている。

ターゲティングに使われるデータも、決して敵ではない。そもそもデータは人間を深く理解するために集められるものだ。クリエーターがデータを使いこなせるようになれば、本当の意味で40代の琴線にふれる表現が生まれるようになるだろう。「40歳のあなたの目の下のブヨブヨにおすすめです!」のようなコピーは駆逐されていくはずだ。(私の希望を込めた観測ではあるが…)

ところで、手元のウィズダム英和辞典では、”Target”は「攻撃目標」と訳されている。広告業界では「ターゲットに刺さるコピー」といった、あらためて考えると物騒な言い回しがなされることも多い。こうした思考から、そろそろ抜け出す時期が来ているのかもしれない。広告を目にするのは、攻撃目標ではなく、生身の人間なのだから。

※7 "Out of Home"の略で、家庭以外の場所で接触する広告メディアの総称

 

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橋口 幸生

株式会社電通 クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作はロッテガーナチョコレート、出前館、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスター、「世界ダウン症の日」新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。 

https://twitter.com/yukio8494

 

寄稿:橋口幸生
編集:竹内瑞貴