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リスキリングとは?その意味や注目の背景、具体例を解説!

リスキリングとは

リスキリングとは、必要とされるスキルが刻々と変化していく労働市場において、新しいスキルや知識を身につけ実施し、既存あるいは新規の業務に生かすことである。日本語で「学び直し」と訳されることもあるが、技術革新などに伴って新たに社会で必要となってきたスキルに焦点を当てながら、習得したスキルを業務に生かすという点が強調されている点が、「学び直し」とは異なっている。

リスキリングが注目されている理由

リスキリングが注目され始めたのは、2020年のダボス会議で発表された「Riskiling Revolution(リスキリング革命)」が関係している。

「Launched in January 2020, the Reskilling Revolution aims to empower one billion people with better education, skills and economic opportunity by 2030. (リスキリング革命は、2030 年までに 10 億人の人々に、より良い教育、スキル、経済的機会を与えることを目指します。)」

(※1)

上記が、会議で提示された目標である。リスキリングが2030年という長期的な目標を定めている背景にはこの10年間(2020年基準)で、膨大な仕事がテクノロジーに取って代わられる可能性があるためである。(※2)現代社会に存在している仕事が、テクノロジーの発展やさらなる技術革新により、無くなっていくという提言は頻繁に耳にするが、同時に新たな仕事の誕生も予想される。目まぐるしく変化する時代の中で誕生した新たな仕事には、いま人々が所持している技術だけでは対応することが難しくなってくる。

リスキリングは、技術の不足による就業の困難、技術の急速な発展による担い手の不在、技術に対応できないことによる企業の衰退といった問題に対応する方法の1つである。人々が変化しうる社会、主に労働市場に対応していくこと、そして企業が市場で生存していくことといった側面からリスキリングは現代社会において注目を浴びている。

※1 出典:World Economic Forum「The Reskilling Revolution」筆者訳
https://initiatives.weforum.org/reskilling-revolution/home
※2 出典:Forbes JAPAN 「【ダボス2023リポート】リスキリング革命で目指す、人的資本の向上と働き方の未来」
https://forbesjapan.com/articles/detail/60069/page3

リスキリングとリカレント教育やアップスキリングとの違い

それでは、リスキリングと近い意味を持つリカレント教育やアップスキリングといった言葉とリスキリングにはどのような意味の違いがあるのだろうか。

リカレント教育との違い

まず、リカレント教育とは、教育課程を終えて労働を開始した社会人が、自分のタイミングで休職や退職を前提に教育機関で学び直すことをいう。

▼リカレント教育については以下の記事をチェック

もちろん、リカレント教育においても会社に在籍しながら学び直しを行う場合もあるため、その点リスキリングと厳密に区別されるものではない。ではこれらの違いはどこにあるのか。

リカレント教育とリスキリングの違いは、その学びの主体による。リカレント教育の主体は個人である。企業が戦略的に社員の学びを推進するという点で、行動の主体が企業にも範囲が及んでいるものの、、所属企業に新しく得られた知識を生かすかどうかは最も重要な点ではない。一方、リスキリングにおいて新しく得た知識や技術は個人のスキルアップだけではなく企業の発展に寄与するものであり、それが2つの概念を分ける点である。

アップスキリングとの違い

次に、アップスキリングとリスキリングの違いについてである。

アップスキリングもリスキリングも、知識やスキルを身につける点では同様である。ただ、アップスキリングには現在持っている知識やスキルをさらに深めるという意味が含まれている。一方で、リスキリングは新たに誕生する技術やスキルに対応するために、学ぶことを目的としている。

企業がリスキリングを推進するメリット

それでは、企業がリスキリングを推進する理由はどこにあるのだろうか。ここまでも何度か言及しているが、リスキリングは個人が時代に対応した新たな知識や技術を身につけるという意味だけではなく、企業が戦略的に個人の学びを推進するという面も持っている。

その理由は、現代社会において必要とされる技術や知識が目まぐるしく変化していることに他ならない。特に、AIの台頭は技術が人類の進歩を凌駕してしまうのではないかという恐れさえも抱かせている。AIがここからさらに市場の幅を広げ、あるいは既存の市場のあり方を変化させていくことも紛れもない事実であろう。

企業は、市場社会で生存・発展していくために新たな技術へのキャッチアップが必要となってくる。企業は、1人ひとりの従業員の集合体として存在しているため、企業が社会変化へのキャッチアップに向けて社員に知識や技術の習得を推奨することは自然な流れとも言える。

また、日本企業にフォーカスしてみるとダボス会議で提示されたリスキリングを積極的に採用・推進している姿勢は国際社会からの信頼を得られるきっかけになるのではないか。国際社会の基準に合わせた取り組みで、グローバルな観点での企業発展も可能になるとも言える。

リスキリングを導入するステップ

企業と個人にとってリスキリングが重要な取り組みであることをここまで見てきた。それでは、具体的にはリスキリングはいかにして導入することができるのだろうか。

リスキリングの導入には主に以下のようなステップが挙げられる

(1)組織の強みや、組織にとって重要な技術を把握・可視化する
(2)組織に必要なスキルを把握した上で、リスキリングに適した人材を定める
(3)リスキリング推進プログラムを組み立てる
(4)(2)で選出した人材にプログラムを実施してもらう
(5)結果を測定する

(※3)

リスキリングはやみくもに始めるのではなく、戦略的に推し進める必要がある。そのためには、まず組織の強みや方向性を把握し、その強化のために重要な技術を把握し、可視化することが必要だ。ポイントは、現在ある強みだけに注目するのではなく、それを生かした、あるいは今後企業に取り入れたい技術を見据えながら計画をすること。そのため、将来的なビジョンから逆算して重要技術を整理することが必要になる。

また、従業員全員に(一斉に)リスキリングをしてもらうことは不可能であるため、応募・公募あるいは選抜、いずれにせよリスキリングに参加する人材を定める必要がある。従来、必要なスキルであったものの徐々に市場経済に対応しにくくなっている技術を持つグループ、あるいはこれから必要となってくる技術に関連した技術や知識を持っているグループにリスキリングの担い手になってもらうことも考えられるだろう。

リスキリングプログラムの設定から実施、結果の測定までも重要なプロセスであろう。リスキリングを実施する企業が、組織の強みやプログラム実施対象者の把握、短期目標だけではなく長期的な目標を設定しながら取り組んでいくことがリスキリングのポイントになるはずだ。

※3 参考: Visier「A Guide to Reskilling: What It Is and How To Get Started」筆者訳
https://www.visier.com/blog/guide-to-reskilling/

日本におけるリスキリングの実施状況

次に、日本におけるリスキリングの導入状況について見ていく。2022年には、岸田文雄首相が所信表明演説において5年で1兆円のリスキリング支援を行うと発表するなど、日本においても国家レベルでリスキリングが重要視されていることがわかる。(※4)

企業レベルでも大企業を中心にリスキリングプログラムが導入され始めており、国単位、企業単位でリスキリングの実施が進んでいる。

※4 参考:日本経済新聞「リスキリング支援『5年で1兆円』 岸田首相が所信表明 臨時国会召集 旧統一教会問題『説明責任果たす』」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA30ACD0Q2A930C2000000/

国による支援

国による支援としては、期間限定の支援ではあるものの厚生労働省から人材開発支援助成金

(事業展開等リスキリング支援コース)が展開されている。制度の概要は以下のとおり。

本助成金は、新規事業の立ち上げなどの事業展開に伴い、事業主が雇用する労働者に対して新たな分野で必要となる知識及び技能を習得させるための訓練を計画に沿って実施した場合等に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度

(※5)

これ以外にも、経済産業省などからリスキリング推進のプログラムが展開されている。

※5 出典:厚生労働省『人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)のご案内(詳細版)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/001174265.pdf

企業の取り組み事例

日本企業においては、富士通の事例が先進的である。

人的資本経営を掲げる富士通は、「IT企業からDX企業への変革」を目標に社員のリスキリングを推進している。会社の変革のために、それに必要な知識やスキルを備えた社員の育成が重要課題であり、富士通は「Fujitsu Learning Experience(FLX)」という独自のプログラムを提供し社員のリスキリングを進めている。「Fujitsu Learning Experience(FLX)」の概要は以下の通り。

社員がいつでもどこでも学びたいことを学ぶことができるよう、学びのポータルサイト(Fujitsu Learning Experience)を設け、社内外の有識者から学べる8000以上の研修を提供しています。社員は自らのキャリア実現に向けて自分に合う方法、教材で学んでいます。

(※6)

また、富士通は2025年度までにコンサルティングスキルを有する人材を現在の2000人から1万人へと増員する計画を発表している。1万人のうち、6000人は社内でのリスキリングによって人材を確保する計画だ。(※7)

会社の方針を定めてから、プログラムを作成・提供し、実践、そして具体的な事業目標に落とし込むという過程は上記で紹介したリスキリングの実施プロセスにも共通するものであり日本国内のリスキリング先進事例と言える。

また、総合商社などもDX時代に対応したスキルを社員に提供するといった取り組みを行っており、日本国内でリスキリングの動きが活発になっていることがわかる。

※6 出典:Fujitsu recruit「より良い生き方・働き方を自ら考え舵を握るキャリアオーナーシップ」
https://fujitsu.recruiting.jp.fujitsu.com/work/cos/
※7 出典:IT Leaders「富士通、2025年度までにコンサル人材を現状の2000人から1万人へと拡充」
https://it.impress.co.jp/articles/-/25985

リスキリングの海外の企業事例

それでは、海外においてはリスキリングはいかに取り組まれているだろうか。

情報通信・メディア業務を中心としているAT&Tは、2013年の時点で「ワークフォース2020」というリスキリング関連のプログラムをスタートさせている。2021年の時点で社内技術職の80%以上が社内異動によって満たされている状況であり、リスキリングをいち早く取り入れ実施した会社ということができる。(※8)

また、Amazonは2025年までにアマゾン(米国)の従業員10万人をリスキリングすると発表している。非技術系人材を技術職に移行させる「アマゾン・テクニカル・アカデミー」や、IT系エンジニアがAIなどの高度スキルを獲得するための「マシン・ラーニング・ユニバーシティ」がその事例だ。(※8)

そして、マイクロソフトは社内だけではなく社外にもリスキリングの機会を提供している。コロナにともなって発生した失業者2500万人のリスキリングを無償支援することを発表したのである。傘下であるLinkedIn、GitHubとともに無償でリスキリングプログラムを提供し、失業者の再就職を支援した。(※8)

DXの時代において、自社の強みに合わせたリスキリングを実施することは市場で成長を続けていくための重要な戦略であろう。社内でのリスキリングの実施により、離職率が低下するだけでなく、本人の社内での評価も上がるため、リスキリングは国内外において注目の取り組みとなっている。

※8 出典: 経済産業省「リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流―(2021年2月26日) 」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf

個人におけるリスキリング事例

リスキリングは、企業が企業目標に照らし合わせながら人材に学びを推進する点がポイントではあるが、もちろん個人が自主的にリスキリングを実施することも可能である。インターネット上には、個人が行えるリスキリングの情報が溢れている。自分に必要あるいは磨いていきたい技術を見つけて主体的に取り組むこともできるだろう。

また、時代の変化により、これまで使用していた技術だけではなく新しい技術の習得が自身のキャリアを発展させるための道具になると思ったものが自主的にそのスキルを習得することも可能である。新しく得た技術を元に、会社が行っているポスティング(社内公募制度)を利用することも可能であろう。

dodaが社会人15000人を対象に行った「自己研鑽(自分磨き)」に関する調査において、ビジネスに役立つ資格やスキルを身につけることに関心を示している人は全体の「73.6%」いることがわかっている。また、リスキリングを認知している20~30代の会社員200人を対象にした調査では、興味・関心があると答えた人の割合は全体の86.0%に達している。(※9)

DODA「【意識調査】社会人の自己研鑽とリスキリング│重要性や向き合い方は?」より筆者作成

このように、個人においてもリスキリングの重要性が認知され、浸透し始めていることがわかるだろう。

※9 出典:DODA「【意識調査】社会人の自己研鑽とリスキリング│重要性や向き合い方は?」
https://doda.jp/guide/ranking/101.html

リスキリングの課題と障壁

ここまで、国、企業、個人によるリスキリングの実施についてみてきた。しかし、リスキリングの浸透には課題や障壁が残されていることも否定できない。

国によるリスキリングの支援は、上記で紹介した厚生労働省の他にも、経済産業省などが施策を展開している。しかし、受講できる講座に限りがあったり、本来企業が主体になるべきのリスキリングを個人主体のものとして扱ったり、転職を前提にしていたり、リスキリングの従来の目的から外れてしまっていることも事実である。(※10)

また、そもそも企業がリスキリングを組織が主体性を持って取り組む事例であることを認識できない、企業側に責任があるものだと思えないという問題点もあるだろう。加えて、リスキリングをやるとなっても参考になる事例が海外に比べて乏しいという問題もある。リスキリングの先進事例・成功例を国内外からくまなく検討し、自身の組織にマッチするように展開していくことが重要になってくるだろう。

※10 参考:BUSINESS INSIDER「リスキリング支援に『ズレている』との声。政府の補助制度が不発な理由」
https://www.businessinsider.jp/post-277657

まとめ

ここまで、リスキリングについて紹介してきた。技術の発展は人が追いつけないようなスピードで進んでいく。またそれは“発展”のスピードだけではなく、今持っている技術の価値が“下落”するスピードもどんどん早くなってくるはずだ。

これからは社会のニーズを踏まえながらも、自分自身が納得しつつ、使い捨てではなく心から大切にできるような、新しい知識や技術を身につけていくことが望ましいだろう。資本や市場に過度に振り回されることなく、心地よくステップアップしていくことが重要になってくるのではないか。

 

文:小野里 涼
編集:吉岡 葵