2024年末、日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)が大団円を迎えた。前半に散りばめられた謎の蓋が次々に音を立てて開いていったような圧巻のラストだった。
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気張って生きた朝子、フィクショナルな鉄平
高度経済成長期の長崎・端島を舞台にしたエネルギッシュな青春群像劇を鮮やかに彩る3人の女性主人公のうち、誰が現代パートの主人公・いづみ(宮本信子)なのか、という謎は全10話のちょうど真ん中に解けた。食堂の娘・朝子(杉咲花)の伏せられていた苗字が「出水(いづみ)」だったというスマートなトリックで開幕した後半、炭鉱の島の衰退とともに、死や別れが毎話のように押し寄せた。
華麗な伏線回収の数々が、鉄平(神木隆之介)という炭鉱の青年の、あまりにもピュアな利他精神、自己犠牲をなぞっていく。島の外からヤクザ者に追われてきた謎の女・リナ(池田エライザ)と、兄・進平(斎藤工)の息子のための献身こそが、鉄平が結婚寸前に朝子の前から消えた理由だと判明する。
過去パートの主人公でありながら、現代から「あの頃」への憧憬の象徴のような存在の鉄平は、当時の少年少女が熱狂した鞍馬天狗ほどのフィクショナルな存在になってゆく。ヤクザ者からの逃避行を重ね、島には戻らず、親友の賢将(清水尋也)とだけ密会して、島外からも島民のために尽くす鉄平の後半生を、鮮明にイメージするのは難しい。
対照的に、朝子の人生はくっきりと現代につながってゆく。「現代の老婦人社長=朝子」という補助線が解禁された途端、朝子は急激に「屋上緑化事業で成功した女性起業家」らしく動き出す。結婚を急かす両親に「ストライキ」を試みたり、緑が少ない島に植物を息づかせようとしたり、周囲の人々を巻き込んでリーダーシップを開花していく。鉄平の帰島を諦め、別の男と結婚した後、上京して大学にも進学する。端島での経験と問題意識とモチベーションを武器にして、持続可能な緑化事業を成功させ、現代パートの老婦人の姿に至る。約60年の空白の多くは語られないが、両端の人物像がスムーズに繋がり、朝子の人生は立体的に立ち上がる。
最終話のクライマックス、端島を訪れたいづみは夢ともパラレルワールドとも思える幻のような心象空間で、当時の自分から「私の人生、どがんでしたかね」と問われ「朝子はね、気張って生きたわよ」と答え微笑む。同一人物の過去と現代を演じ分ける杉咲花と宮本信子の生命感も明るさも相まって、眩しいほどにストレートで豊かな人生讃歌が充ちる神々しい名場面となった。
「鉄平と玲央は似ていなかった」ことの意味
巧妙で流麗な種明かしの連続の中、特に衝撃的だったのは「鉄平と玲央は似ていなかった」というオチだ。過去パートの主人公・鉄平と対照的な、無気力でシニカルな歌舞伎町のホスト・玲央。でも、現代のいづみが「似てる」と言うし、何よりどちらも神木隆之介が演じているのだから、視聴者は真に受け、「性格は似ていないが顔や背格好はそっくりだ」と思い込んでいた。神木も別人に見えるように口調や表情を巧みに演じ分けていた。
最終話で、いづみ=朝子の目からは似て見えたが、記録映像を見てみると何ら似ていなかったことが明かされる。相貌が似ている=何らかの血縁関係がある、とすら思い込んでいた視聴者が大半だっただろう。それを「そもそも客観的には似ていなかった」と落ち着けるのはかなりアクロバティックな解法だが、確かに「客観的に似ている」という描写は皆無だったのだ。性格も容姿も違っても、どこか根本の精神性が近い2人の他者が、時を超えて似て見えることもあるだろう、という可愛げのある種明かしに、視聴者の反感の声は少なかった。
鉄平の狂気的とさえ言える純朴な利他主義を、日記やいづみの話から吸収した玲央は、やがて「鉄平ならどうするだろう?」と心に鉄平を住まわせ始める。ツケ代を払えない女性客が店から離れないように先輩ホストを手伝ったことのある玲央は、遅れて深く反省する。ホストクラブが意図的に女性客に巨額の借金を背負わせて、返済を口実に系列の風俗店に斡旋する手法。このシステムはいづみの息子・和馬(尾美としのり)の口から「店同士グルかよ。ツケで飲ませる仕組み、キャバクラにはないのにホストクラブにはあるのなんでだろって不思議だったんだよな、そういうわけか」と明瞭なセリフで解説される。
依存させて金銭と性を搾取する組織的な構造に加担したことを反省した玲央は、会ったこともない鉄平に伝聞で傾倒し、ホストクラブが風俗店からキックバックを得ている証拠を持って警察に自首する。
顔の似た人物が物語に登場した時、すぐに血の繋がりを推理してしまう我々が、無自覚に血縁ファシズムの中にいることに気付かされる。「全くの別人に大事な人の面影を見たっていいし、希望を託したっていいじゃないか」という投げかけでもある。きっと書き手の思想信条と連動する種明かしだ。
『スロウトレイン』が示した家族観
前編では「実際には一枚岩ではない複雑な一島一家」の内訳やそれを拵えるプロセスに感動や快感があるのだと論じた。『海に眠るダイヤモンド』完結後のわずか11日後に放送された同じく野木脚本の新春スペシャルドラマ『スロウトレイン』(TBS系、2025年)にも同じ香りがある。
親子、兄弟、恋人、婚姻といった「家族」を構成するパーツとなる関係性を1つひとつ解体し、検討するような物語だった。幼い頃に、両親と祖母を事故で同時に亡くした3人の姉弟。中年に差し掛かっても独身を貫く姉(松たか子)、韓国人男性と結婚しそうな妹(多部未華子)、姉の仕事相手の男性(星野源)と恋愛関係にある弟(松坂桃李)。
「若いうちに、育ちが似た男女が恋愛し、結婚し、子どもの顔を親に見せる」とでも言うような、古きマジョリティのための「幸せな」家族観にフィットするパーツを、この三人姉弟はほとんど持ち合わせていない。それでも、彼らは間違いなく家族だったし、それぞれに生きていくこれからの未来においても間違いなく家族だ。
既に描き尽くされてきた、多数派の、典型の恋愛や家族は描かなくていいだろう、という気概さえ感じさせながらも正月らしい穏やかなトーンの家族ドラマだった。
端島は日本という国家の象徴であり縮図として活写された。「国家」とか「家族」とか、どちらかと言えば保守色の濃い箱の中で、可能な限り多様な個人を描く、という次元に野木亜紀子ドラマは突入している。
朝子と葉子と野木亜紀子
『スロウトレイン』で長女の葉子(松たか子)はマッチングアプリでの婚活を百目鬼(星野源)に勧められ、出逢う男たちに今の不満をぶつける。その中でとある男性(宇野祥平)に言われる言葉が、放送後数日経っても心に響く。「あなた孤独じゃないんですよ。だから簡単に言えるんです。独りでも生きていけるって、独りじゃないから言えるんです」。
一対一の人間関係も、一対一が組み重なって立ち上がる、家族や島や国家という社会も、孤独の裏返しで成立している。
朝子が未来にも残る緑地にこだわっていたように、『スロウトレイン』の葉子は100年後に残る本を作りたがる。(作家性が強い人気作家には珍しく、野木ドラマは本人がゼロから企画したものばかりではなく、他の誰かの希望や発注への応答から始まるケースも多いので一概には言えないが、)野木ドラマも概ね同じではないか。流行りに流されず、伝統的な大きくて固い箱に、繊細で複雑な具を敷き詰め、絡ませる。
思えば、いづみが朝子と会話していた、あの不思議な時空間は、テレビドラマという装置そのものによく似てはいないか。時代と並走しながら、時代の空気を保存する。記憶の中の思い人と、記録された映像を並べてみると、さほど似ていなかったりもするように、客観的ではなくてもいい。真実でなくてもいい。思い込みがあってもいい。でも、数ヶ月や1年間、視聴者と並走する連続ドラマは、きっと「生」を肯定するものではないといけない。
外から見れば「一島一家」という大きなスローガンの殻で覆われていた端島も、一人ひとりの視点から見れば、海獣の内臓が飲み込んだ金属片で傷付くように、ズタボロに流血していた。しかし、客観的な史実からは汲めない形で、沢山の傷が癒えてもいただろう、という物語。
『スロウトレイン』ではもちろん、葉子の状況を言い当てた男(宇野祥平)との仲が恋に進展したりはしない。野木ドラマはどこまでも、既存の大きな物語に飲み込まれることに抗いながら、弱い一人ひとりの人間のために、人と人の群れ方を、諦めずに考え続ける。凝り固まった「家族」を解体しながら、決して「家族」を否定しない。島という大きな共同体も、3人の兄妹も、丁寧に診察し、解剖して見せる。
端島にも鎌倉にもいなくても、彼らの人生を想像できてしまう。実感できてしまう。実在感、という言葉では冷たすぎるくらい、瑞々しく温かい命の物語だ。
もう彼らの新しい姿を見ることはないのだ、という思いが募った私は、端島の路上で身分も出身も違う一平(國村隼)と辰雄(沢村一樹)が将棋を差している一瞬の描写で落涙した。会ったこともない人の人生が、自分の中に増えていく。
TBS系日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』
動画配信サービス「U-NEXT」にて全話配信中
▶U-NEXT:https://video.unext.jp/title/SID0159027
大島育宙(おおしま・やすおき)
1992年生。東京大学法学部卒業。テレビ、ラジオ、YouTube、Podcastでエンタメ時評を展開する。2017年、お笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」でデビュー。フジテレビ「週刊フジテレビ批評」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。Eテレ「太田光のつぶやき英語」では毎週映画監督などへの英語インタビューを担当。「5時に夢中!」他にコメンテーターとして不定期出演。J-WAVE「GRAND MARQUEE」水曜コラム、TBSラジオ「こねくと!」火曜日レギュラー。ドラマアカデミー賞審査員も務める。
寄稿:大島育宙
編集:吉岡葵
素材提供:©TBS
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