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切子職人・三澤世奈が目指す、いまの暮らしに溶け込む美しい切子の世界

透明なもの、色のついたもの、様々なガラス素材にカットを施して作る切子。ガラスの表面を、金属製の回転砥石(といし)等で削り、模様を施す工芸品で、格式高い料亭をはじめ、さまざまな飲食店で器やグラスとして使われている。繊細で丁寧な手仕事により生み出された作品の数々はとても美しく芸術的だ。

しかし、切子業界も人手不足は深刻だ。

未来を担う若手女性職人の割合が増えているとはいえ、業界全体として職人の高齢化が課題と言われており、次世代に伝統を継承していく人材が求められている。

あしたメディアでは、移住・独立を経験し、切子職人として作品を生み出し続ける三澤世奈さんに、職人として道を究める難しさと醍醐味、大切にしている価値観、独立後に挑戦したいことや文化継承のための課題など、幅広くお話を聞いた。

三澤 世奈(みさわ・せな)
切子職人。1989年生まれ、群馬県出身。明治大学商学部卒業。大学在学中に三代秀石 堀口徹の作品に感銘を受け、堀口切子の門戸をたたく。
2014年堀口切子入社。2019年に同社の新ブランド「SENA MISAWA(現「N」)を立ち上げ、いままでに無い不透明色や、ミニマルなデザインの江戸切子を提案。
2025年4月に堀口切子を退社。長野県御代田町に移住し、工房「Atelier&Shop kachina」を開業。
Instagram:@sena_misawa

道を究めるとは?習い学び、昇華させることの難しさと醍醐味

職人の世界は先人から技を学び、人の手で究めるプロフェッショナルな世界だと思います。入職後、親方から技を習い、会得するのにどのくらいの期間がかかりましたか?

私の場合は、商品を最初から最後まで安定したクオリティで作れるようになるまで、3年ほどかかりました。

「職人」と聞くと親方の後ろに付いて技術を観察する、見習いのようなイメージを持つ方も多いかもしれませんが、入職した堀口切子は、即戦力として人を育てることを目標にしていたので、早い段階からカット(研削する作業)を任せてもらっていました。難易度の低い単純作業からはじめて、手技だけでなく理論的なことも教えていただくことで、道具やデザインの選定もできるようになりました。

数年間かけて学んだ技術の「型」を自分らしい作風に昇華させ、表現する…難しくもやりがいのある世界だと思います。

守破離の哲学を深く意識したことはないのですが、江戸切子を学ぶなかで強く印象にあったのは、「切子という伝統が生まれてから現在に至るまで、切子のデザインは多様化し、枝分かれするように変遷している」ということです。

その時々の職人が、時代に合った切子を考えてきた…その脈々と続く文化のなかに自分もいる感覚があります。職人1人ひとりがその時々で考えてきたこと、学んだこと、検証したことを知り、その延長で発想ができるのは長く文化が続く工芸ならではの特徴だと思っています。

先人たちがかつて試行錯誤を重ねたように、私も時代に合わせて変化するスタイルを探求して「いまの時代に合った切子」を作りたいと考えています。

三澤さんが考える、いまの時代に合った切子とはどのようなものなのでしょうか?

切子はガラスにカットを加飾する工芸です。ゆえに、より華やかなデザインを求められることも多いですが、料亭の器にはぴったりでも、自宅のテーブルに置くと浮いてしまうこともあるな…と。もちろんその在り方も好きなのですが、現代の日常になじむミニマルなデザインの作品が「いま手に取ってもらいやすい切子」なのではと思います。

長く続く文化や工芸の世界においては、そのものをどのように捉え、表現していくか、ということも難しさになると思っています。三澤さんが考える、ご自身の表現やらしさはありますか。

ミニマルなデザインで、ガラスの良さと切子の美しさを表現することを意識しています。「切子っぽくはないけれど、切子でしかできないデザイン」が私らしい表現だと思っています。

たとえば、グラス「wappa(わっぱ)」。こちらはこれから発売予定の作品です。全体的にシンプルですが、持ち手部分に一周カットのラインを入れてすりガラスにすることで、アクセントになるデザイン性と滑り止めとしての機能性の両立をかなえています。ぐるっと輪をひくようにカットすることを職人の間で「わっぱを引く」と呼ぶので「wappa」という名前にしました。グラスの形状やサイズ感もこだわっていて、シンプルだけれどほかには無い角のカーブと、家庭で使いやすい容量を計算しています。

ガラスはキラキラした輝きがとても綺麗で、老若男女皆が好きな素材だと思います。加えてどんなインテリアにも合わせやすいという魅力もあります。ガラスのポテンシャルを活かすデザインを日々模索中です。

自分ならこんな器が欲しいな、からはじまる切子づくり

三澤さんの作品は、どんなインテリアの雰囲気にも合わせやすく、スタイリッシュで洗練された世界観の作品が多い印象です。デザインのアイディアはどのように考えているのでしょうか?

切子のデザインは、使う空間に合わせて考えることが多いです。「自分が家で使うならこんな器が欲しいな…」とイメージするとアイディアが浮かびます。

たとえば、オーダーいただいた方の自宅のインテリアに合わせて作ることもありますし、料理店で使う器の場合は、お店の雰囲気やメニューとの相性を考えます。

娘さんにインスピレーションを受けて制作した作品もおありだとか。

娘が庭から摘んできたねこじゃらしや、ちょっとした切り花を活ける器を作りたいと思ってデザインした花器「TABLE VASE(テーブルベース)」シリーズも制作中です。

食卓にガラスがあると抜け感というか、圧迫感なく華やかさが出て良いなあと思って。食卓のちょっとしたアクセントになる花器として提案しますが、丈の長いものはカトラリーや文房具をいれてもいいし、丈の低いものはアクセサリーを入れたり、おつまみ入れにしても良いかなと想像してサイズ感を決めました。

一つ一つ削った色ガラスを閉じ込める「capture」、縁にアクセントカラーを入れて小花のモチーフをあしらった「hana」など、切子としてはシンプルなデザインにちょっと遊び心を加えたものにしたいと思っています。

作品を作る上で大切にしている価値観はありますか?

「そのとき、自分が心地よいと思えるもの」を作るようにしています。暮らしの変化に伴い、刻一刻と自分の好みや考え方も変化していくので、その変化によく耳を傾けて表現の幅を広げていきたいです。

ガラスをカットしているときに感じる幸福感を大切に、分かりやすく自分の考え方が使い手に伝わるように努力していきたいと思っています。

切子文化を次の世代につなぐために

三澤さんは、いまの切子産業の現状をどう捉えていらっしゃいますか?

「なるべく業界に継承者となる人材を育成したいけど、常に志願者を受け入れられるような体制ではない」というのが多くの工房の現状だと思います。私自身、初めて堀口切子の門戸をたたいてから3年経って入職が叶いました。

後継者の育成は必須ですが、親方である堀口徹氏は「自分が教わったことを誰か1人に伝えることで、伝統技術は途切れず続いていく」と言っていました。当たり前だけど、言葉にすることが大事だと思いましたし、私もとても共感しています。なので私も人に教えることに挑戦したいと考えています。

伝統を次代に継承するため、改善すべきと思う課題があれば教えてください。

個々の職人が技術を活かして独立することで作風やデザインが枝分かれし、幅広い可能性を生み出すと同時に、製造拠点が増えれば切子を後世に残す機会も増えるので良いことだと思います。

しかし専用の機械の導入やガラス素材の調達に苦労するケースも多く、独立の障壁は高いと言われています。

独立には、「枠借り」といって働いていた工房の一部を借りて独立する形や、所属していた工房の仕事を、独立後も加工賃仕事として引き続き担うなど様々な形があります。職人と所属する組織にとって何が最良なのか話し合い、教えてくれたことに対して、受け継いでくれることに対して、互いに礼を尽くすことができたら理想的だと思います。

もっと理想を言えば、他の工芸でもあるように工房間で協力して独立を支援したり、職人志願者を一時的に受け入れ指導する第三者機関のような存在があると良いなと思いますが、簡単にはいかないだろうなと。

私自身は地道に後輩の相談を受けることから始めて、将来的には自分の購入した機械を受け継いでくれる人を見つけたいと思っています。

文化をつなぐ際に、三澤さんが大切にされていることはありますか。

先人への尊敬をもって、習作を積み重ねることです。伝統を守り、次の世代に伝えていくために、まずは先人の生み出してきた技術や作品から習うこと。そのうえで自分なりに技術や表現方法を発展させることが、大事だと思います。

私がその気持ちをいまも持ち続けているのは、入職後に親方がその大切さを教育してくれたから。技術だけでなくそういった姿勢や考え方を伝えることこそが伝統の真髄だと思います。

切子の伝統は、今後どのような形で発展・進化していくと思いますか?

私が勤めていた堀口切子でもそうですが、職人一人ひとりの個性を活かして魅せる作品が増えているので、作家さんだけでなく工房(組織)単位でのデザインやテイストも細分化されていると感じます。

いまはSNSで切子の作品を見る機会も増えているし、テレビドラマのコンテンツとして採用されたりもしているので、今後はもっと切子の認知が広がり、より自由な形で発展していくと思います。

大学卒業後に職人の門戸をたたき、現在も活躍を続けている三澤さんだからこそ言える、職人として働くやりがいをお聞かせください。

「自分の特性に合ったこと」を職業として選択できたのは本当によかったと思っています。高校生のときはネイルサロンを経営したいと思って大学で商学を学ぶうちに、業界の選択を見直していまの職業に辿り着くことができたので、大学に行かせてもらったことも人生の大切なターニングポイントでした。

完成したときの達成感や、自分の作品を手にした方が喜んでくれる姿も職人としての大きなやりがいですが、この仕事をしていてとくに最近感じるのは、切子の制作作業をすること自体に自分が「癒されている」感覚があることです。なので単純に、作っているときが一番幸せで楽しいです。

日本の将来を担う若い世代にどのように切子の魅力を広めていきたいか、お聞かせください。

ティッシュ配りのように地道に、私の思う切子の魅力が伝わるような作品や発信をしていきたいです。また小さい子どもから大人まで、幅広い世代が切子づくりを体験できる機会を設けていきたいと思っています。

「考え続けること」からはじまる、新しい人生

2025年4月に堀口切子を退職し、現在は長野県に工房を構えていると伺いました。独立は入社当初から考えていたビジョンだったのでしょうか?

まったく考えていませんでした(笑)。堀口切子に入職し、デザイン制作からプロモーションまで全てを任せてもらったブランド「SENA MISAWA(現:N)」が走り出したのが2019年。その当時は「これからどうなっていきたいか」という視点で堀口切子における自分とNブランドのキャリア計画を、2030年まで練っていたメモが残っています。

このように人生が変化したのは、新しい家族を得たことがきっかけで。辞めたいというよりも地方に移住してみたい気持ちが勝ったからです。

移住先を長野県御代田町に決めた理由があればお聞きしたいです。

土地探しのときに初めて訪れたのですが、自然豊かで絵画のような美しい山の風景が望めるところと、深呼吸をしたくなるような空気に惹かれました。また周辺には魅力的なギャラリーもあり、素敵な作品に触れる機会も多くあること、佐久平と軽井沢の間で新幹線の便も良い点が決め手となりました。

移住はもちろんですが、長年所属した組織を離れるのは大きな決断だと思います。葛藤はありましたか?

退職の意向については退職する数年前から会社のみんなに相談していたので、葛藤はありませんでした。産休に入るときに諸々の引継ぎも済ませていたので、業務自体は後輩が何の問題もなく進めてくれていて。あとは自分が伝えておきたい情報を長い時間をかけて整理していたという感じです。

現在開業準備中とのことですが、独立後のビジョンについてお聞かせください。

工房の名前は「Atelier&Shop kachina」です。私がガラスの可能性に魅せられたきっかけでもある「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」(※1)に展示されていたガラス作品「カチナ」から文字を取りました。当時、まだ堀口切子は人を雇う状況では無かったため親方に弟子入りを断られてしまい、落ち込んでいたときに見に行ったのですが、ガラスって、やっぱりいいなと。ガラスの魅力を浴びて、心が癒され元気づけられたことが印象的な展示でした。

「カチナ」は、アフリカの精霊 KACHINAをモチーフにソットサスの没後に残されたドローイングから起こされたもので、それを形にした職人の技術と、ガラスでしか表現できないような、神秘的で、でも身近で愛らしい存在にも感じられるような姿に感動しました。

お店兼ギャラリーはまだ準備中ですが、いずれはゆっくりと作品を観てもらったり、切子を体験する機会も提供できたらと思っています。

作品として最初に販売するのは、先ほどお話ししたシンプルなグラスの予定です。日常になじむ作品を通じて、切子の魅力を知ってもらえたら嬉しいなと思っています。たとえば、普段ペットボトルから直接飲んでいるドリンクをグラスに注ぐことで、日常に加わるちょっとした彩りや変化を感じてもらいたいです。

そして、私自身が「カチナ」に癒され、元気づけられたように、自分だけでなく誰かを癒し、日常に新たな価値観を生むきっかけになるような作品や場をつくりたいと思っています。

※1 参考:21_21DESIGHN SIGHT「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」
https://www.2121designsight.jp/program/krst/

環境も変わり工房のオープンも控えていらっしゃいますが、今後さらに挑戦したいことはありますか?

挑戦したいことはたくさんありますが、いまは主に3つの軸で考えています。

1つ目は、新しい作品を作ること。頭の中にあるアイデアを1つずつ形にしたいです。次に取り組みたい作品は、箸置き。ずっと作りたいと思っているので実現したいです。

2つ目は、教えることです。具体的にはカットの楽しさをより多くの方に知ってもらえるよう、切子体験ができる場を設けたいと考えています。集中してガラスを削るなど、作品に向き合う時間もとても楽しいのが切子づくり。カット機は、注意する点を抑えていれば、小さい子どもでも扱えます。大人はもちろん、子どもたちにも集中して取り組む切子の楽しさを知って欲しいですし、手に取るきっかけを作りたいです。

3つ目はアップサイクル(※2)です。いま世の中にあるガラス製品もカットを加えることで「切子」に変わります。たとえば、体験カットのとき、自宅に眠っているガラスの器にカットをいれてもらうとか、私が海外からアンティークガラスを買い付けて、切子の表現を加えるとか。

クリアすべき問題は多々ありますが、世の中にはすてきなガラス製品はたくさんあるので、いまあるモノの良さを大切に、未来に切子の可能性を繋げる活動ができたらと考えています。

これから一歩踏み出して挑戦しようか悩んでいるあしたメディアの読者に、人生の決断をした先輩としてぜひ背中を押す一言をお願いします。

「考え続けること」が一番大切だと思います。新しいことにチャレンジするとき、いま集中して決断しなければ…と思うとなかなか一歩踏み出せないかもしれません。

日々の生活を送りながら「こういうグラスを作ってみたい」と考え続けて5年経ったいま、やっと作品を形にするところまで到達しました。いったん考えることから離れる時間があっても良いので、頭の片隅で思考し続けることができると納得して決断の時を迎えられるのではないでしょうか。

いま、伝統工芸に価値を見出されている理由の最たるは時間だと思います。先人たちが費やした時間をいただき、技術を会得して深化を繰り返し、次の世代につなぐことで伝統の存続ができるからです。

考え続けることで自分の時間という価値あるものを費やしたこと、先人から学ぶことでその時間をいただくことが、自分の決断にとっての根拠となり、自信となります。

※2 用語:アップサイクルとは、製品そのものの特徴を生かしつつ、新たな価値を与え、別のものを作ることを指す

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取材・文:田宮 有莉
編集:おのれい

 

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