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リスキリングとリカレント教育の違いとは?事例から学ぶメリットデメリットを徹底比較

企業や個人が絶えず変化する社会に適応するため、学び直しやスキル再獲得のニーズが急速に高まっている。ここで注目されるのがリスキリングとリカレント教育という2つのアプローチである。両者は似ているようでいて目的や効果に違いがあり、その選択によって自己成長やキャリア形成の方向性が大きく変わることになる。本記事では両概念の違いを整理し、導入事例やメリット・デメリットを比較する。

リスキリングとリカレント教育の基本

リスキリングとリカレント教育の違いを理解するため、まず両者の定義や目的を簡潔に整理する。

リスキリングは新しいスキルの実務適用を重視する

リスキリングとは、既存の業務領域を越えた新しいスキルや知識を習得し、それを実務に応用する行為を意味する。単なる学び直しではなく、技術革新に即したスキルの獲得と事業戦略上の活用が焦点となる。

AIやデータ解析、クラウド技術など、変化の激しいテクノロジー領域に対応するために、企業が従業員に提供する研修や人材開発プログラムもリスキリングの一環といえる。個人が主体となって行う場合もあるが、企業全体の競争力向上や新規事業創出の手段として位置づけられることが多い。

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リカレント教育は個人主体の生涯学習

一方のリカレント教育は、個人が人生を通じて必要なタイミングで学び直す生涯学習の考え方である。大学や専門学校に再入学し、新たな知識を得たり、資格取得を目指すことも含まれる。

企業の戦略よりも、個人のキャリアアップや自己実現が軸となる点がリスキリングとの大きな違いである。社会人が再び大学や職業訓練機関などで学ぶことで、新しい分野の専門知識を得たり、職業選択の幅を広げたりすることにつながる。

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リスキリングが注目される背景

リスキリングが世界的に注目されるようになった要因は複数ある。ここではテクノロジー進化や国際的な運動による働き方の変化を中心に取り上げる。

「Reskilling Revolution」の国際的インパクト

2020年のダボス会議においてReskilling Revolutionが提唱され、2030年までに世界で10億人への教育やスキル提供を目指すとされた(※1)。急速なテクノロジーの進歩により、従来の職業が自動化で消失する一方、新たに求められる職務内容も生まれている。これらの変化に柔軟に対応できる労働力を生み出し、経済成長と社会的安定を両立させる意図があるといえる。

急速な技術革新による職業構造の変化

AIやロボティクス、IoTといった技術革新が世界規模で進む結果、一部の業務は淘汰されるリスクが高まる。大量生産や定型作業を中心に行っていた既存の職種が縮小する一方、データサイエンスや機械学習エンジニアなどの新しい専門職が拡大しつつある。

企業は競争力を維持するために、新たな専門スキルを社内人材に獲得させる必要がある。その取り組みこそがリスキリングであり、企業の存続と成長戦略に直結するといえる。

※1参考:World Economic Forum「The Reskilling Revolution」
https://initiatives.weforum.org/reskilling-revolution/home

リスキリングとリカレント教育の比較

リスキリングとリカレント教育は一見似ているように見えるが、その目的、実施主体、期待される効果において大きな違いがある。ここでは、これら2つの学び直しの形態について、具体的な特徴や実施方法の違いを明確にし、それぞれの特性を活かした効果的な活用方法を考える。

目的の違い

リスキリングは、事業競争力強化や新規プロジェクト対応など企業戦略と直結するケースが多い。革新的技術を取り入れるため、従業員に対する投資として実施されることが多いといえる。

リカレント教育は、学習者個人のキャリアアップや人生設計が主な動機となり、企業側が主体的に関与するとは限らない。そのため、社会人大学院への進学や資格取得のように長期的学習が中心となる傾向がある。

主体と支援構造の違い

リスキリングが企業主体のプログラムとして制度化される場合、企業内での研修や人材開発助成金を活用した研修費負担などが行われる。

一方、リカレント教育はあくまでも個人が学習機関に自発的に通う形をとる。会社からは一部支援を受ける場合もあるが、制度としての確立はリスキリングほど進んでいないことが多い。

実務への適用と学びの深度

リスキリングは習得した新スキルを速やかに実務へ反映させる点に特徴がある。学習期間は短期~中期に設定されることが多く、企業が研修カリキュラムを設計している場合もある。

対してリカレント教育は、長期的な視野で知識の体系的獲得を目指すため、研究や理論的バックグラウンドの構築に重点が置かれる傾向がある。したがって、実践的な即戦力というよりは、深い専門性や学術的な知識に重きを置く場合が多い。

比較項目 リスキリング リカレント教育
目的 企業戦略と直結(事業競争力強化、新規プロジェクト対応など)
従業員に対する投資として実施
学習者個人のキャリアアップや人生設計が主な動機
長期的学習が中心
主体と支援構造 企業主体のプログラムとして制度化
企業内研修や人材開発助成金を活用した研修費負担
個人が学習機関に自発的に通う形
会社から一部支援を受ける場合もあるが、制度としての確立は進んでいないことが多い
実務への適用と学びの深度 習得した新スキルを速やかに実務へ反映
学習期間は短期~中期
企業が研修カリキュラムを設計する場合も
長期的な視野で知識の体系的獲得
研究や理論的バックグラウンドの構築に重点
深い専門性や学術的な知識に重きを置く

リスキリングとリカレント教育のメリット・デメリット

企業の人材開発戦略としてのリスキリングと、個人の自己啓発手段としてのリカレント教育は、それぞれ固有のメリットとデメリットを持っている。ここでは、両者を実際に導入・活用する際に考慮すべき利点と課題について、具体的な事例を交えながら解説する。

リスキリングのメリットとデメリット

リスキリングのメリットとしては、急激な技術変化に対応できる即戦力の創出が挙げられる。企業が組織的に推進すれば、特定スキルを短期間で身につけるプログラムを策定しやすい。

一方でデメリットとしては、企業の指示による学びであるため、個人の興味や専門分野とは異なるスキル習得を強要される場合がある。また研修費用を企業が負担するため、大規模導入には予算が課題となりやすい。

リカレント教育のメリットとデメリット

リカレント教育のメリットは、個人が主体的に興味・関心を持つ分野を選択し深く学べる点である。大学院や専門機関で系統的な知識を得ることで、高度な専門性や柔軟なキャリア形成につなげられる。

デメリットとしては、時間と費用を自己負担する性質が強く、公的制度の支援が限定的な場合もある。特にフルタイムで働きながらリカレント教育を実施するのは負荷が大きいため、学習の継続が難しいという課題がある。

比較項目 リスキリング リカレント教育
メリット ・急激な技術変化に対応できる即戦力の創出
・企業が組織的に推進
・特定スキルを短期間で身につけるプログラムを策定しやすい
・個人が主体的に興味・関心をもつ分野を選択し深く学べる
・大学院や専門機関で系統的な知識を得ることが可能
・高度な専門性や柔軟なキャリア形成につなげられる
デメリット ・企業の指示による学びのため、個人の興味や専門分野とは異なるスキル習得を強要される場合がある
・研修費用を企業が負担するため、大規模導入には予算が課題
・時間と費用を自己負担する性質が強い
・公的制度の支援が限定的な場合もある
・フルタイムで働きながら実施するのは負荷が大きく、学習の継続が難しい

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リスキリング導入のステップと重要ポイント

ここでは企業がリスキリングを行う際の一般的な導入プロセスと、成功のための重要ポイントを整理する。

組織・技術戦略の把握と必要スキル要件の定義

導入第一段階として、企業全体の強み・弱みを分析し、今後の事業展開に不可欠な技術領域や専門性を明確化することが必要である。これにより、どの部署や職種にどのような新スキルが求められるかを把握できる。ここでは外部市場動向だけでなく、社内の強みをどう活かすかも重要な判断材料となる。

対象人材の選定とプログラム設計

リスキリングを効果的に導入するには、学習意欲や適性を踏まえて対象者を選定すべきである。そこから具体的なプログラムを設計し、学習期間、学習方法(オンライン講座や社内研修、外部スクール提携など)を決定する。

技術スキルだけでなく、コミュニケーション能力などのソフトスキル育成にも配慮することで、より総合的な人材育成が可能となる。

実施と結果測定

学習内容を実務に活かす仕組みづくりが欠かせない。たとえば、研修後にプロジェクトへ積極的に参加させるなど、現場でのアウトプットへ繋げる導線を作る。

そして結果測定として、業務効率の改善や新サービス開発実績などを定量・定性の両面から評価し、継続的にプログラムをアップデートすることが重要となる。

国内におけるリスキリング支援とリカレント教育の事例

日本では国家政策や各種助成金を通じてリスキリング支援が進められている。

国のリスキリング推進策と助成制度

日本政府は5年で1兆円のリスキリング支援策を打ち出し、急速な労働力需給構造の変化に対応しようとしている(※2)。また厚生労働省は企業を対象とした人材開発支援助成金の仕組みを整備し、事業展開等リスキリング支援コースなどを設けている(※3)。これにより、企業が研修費用の一部を助成金でまかなうことができるようになり、人材育成や教育投資のハードルを下げる狙いがある。

大学・専門学校でのリカレント教育プログラム

社会人の学び直し支援として、大学院や専門学校が社会人向けプログラムを拡充している。夜間・週末講座やオンラインコースなど、多様な受講形態が整備されているが、それでも受講料や学習時間の確保は容易ではない。

企業が研修として費用を負担しない限りは、個人の持ち出しが大きく、家庭や仕事との両立が問題になる場合がある。ただし、専門分野を深く学ぶことでキャリアチェンジにつなげやすいという利点もあるといえる。

富士通株式会社のグローバル人材育成プログラム

富士通株式会社は、IT業界におけるデジタル人材不足の解消に向けて、「Global Strategic Partner Academy」を開始した。ServiceNow、SAP、Microsoftと連携し、最先端のデジタル技術やノウハウを習得できるオンライン教育プログラムをグローバルに展開している。

プログラムでは、各パートナー企業のサービスに関する専門知識を習得できるだけでなく、複合的に組み合わせて提供できる技術者の育成を目指している。また、ビジネスプロデューサーやデリバリー担当者などのスキルセットやキャリアフレームワークをグローバル規模で統一し、必須スキルや専門知識の拡大を加速させている。この取り組みを通じて、デジタル技術に長けた人材の連携をグローバル規模で強化し、顧客や社会における課題解決を支援することを目指している(※4)。

株式会社ZOZOの自学手当制度

株式会社ZOZOは、全正社員約1500人を対象に、リスキリング(学び直し)などに使える「日々進歩手当」の支給を開始した。これまで営業職などビジネス部門の社員を対象に支給していた「自学手当」をエンジニアなど開発部門にも広げ、最大で月10万円を支給するプログラムである。

支給は月2500円から始まり、会社への在籍期間が半年経過するごとに支給額を2500円ずつ増やす仕組みとなっている。手当の用途は問わず、社員の能力向上に役立てることを目的としている。また、通勤にかかる交通費の月額上限を15万円に引き上げ、ビジネス部門では週2日出社・週3日リモート勤務の勤務形態を始めるなど、社員が働き方を柔軟に選べる環境も整備している(※5)。

Canon株式会社の現場主義型人材育成とデジタル人材転換

_キヤノン株式会社では、「プロダクショントレーニー制度」という独自の人材育成プログラムを実施している。この制度は職種や部門を超えて工場の仕組みと考え方を学べる仕組みになっており、新卒の事務系社員や経営工学系社員を対象としている。

研修期間の3年間は主に工場に勤務し、生産管理や調達、工場経理など現場の実務を通じて広い視野を身につけることを目的としている。また、デジタルトランスフォーメーションに対応するため、工場従業員など約1,500人を対象に、クラウドやAI、プログラミング言語など14テーマ・190講座にわたるデジタル関連の学び直しプログラムを提供している。

このプログラムは就業時間中に半年程度の期間を設けて行われ、講師には社内の技術者や外部の専門家を招いて実施している。得られた知識を基に職種転換も可能となっており、製造業における人材の流動性と専門性の両立を図る先進的な取り組みとなっている(※6)。

※2 参考:日本経済新聞「リスキリング支援「5年で1兆円」 岸田首相が所信表明」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA30ACD0Q2A930C2000000/
※3 参考:厚生労働省「人材開発支援助成金 (事業展開等リスキリング支援コース) のご案内(詳細版)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/001174265.pdf
※4 参考:富士通株式会社「グローバル規模のデジタル人材不足の解消に向けた人材育成プログラム「Global Strategic Partner Academy」を開始」
https://pr.fujitsu.com/jp/news/2021/12/13.html
※5 参考:日本経済新聞「ZOZO、リスキリングに活用できる手当 全正社員に 」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC064NX0W3A400C2000000/
※6 参考:Canon株式会社「人材育成・キャリア形成 」
https://global.canon/ja/employ/new/workstyle/work-program.html

海外企業のリスキリング・リカレント教育の事例と国内での課題

海外の大手企業が積極的に実施しているリスキリング事例は、日本企業にとっても貴重な参考材料となる。

AT&Tの「Workforce2020」

通信業界大手AT&Tは、2013年に「Workforce 2020」を開始し、大規模な社内研修プログラムを展開した結果、技術職の80%以上を社内異動によって満たせるようになったと報じられている(※7)。自社内で求められる新スキルを明確化し、社員を同じ企業文化のなかで再教育することで、高い定着率と即戦力化を成功させたケースである。

Amazonの10万人リスキリング目標

Amazonは2025年までに米国内の従業員10万人をリスキリングするという目標を掲げている。これには非技術系人材を技術職に移行させる「アマゾン・テクニカル・アカデミー」や、IT系エンジニアがAIなどの高度スキルを獲得するための「マシン・ラーニング・ユニバーシティ」などの社内プログラムを展開しており、1人当たり約75万円を投資している(※8)。ECプラットフォームのみならず、AWSなどのクラウド事業で世界的地位を確立しているAmazonにとって、テクノロジー関連の人材育成は不可欠であるといえる。

Huawei Technologiesの「ファーウェイユニバーシティ」

中国の通信機器大手Huawei Technologiesは、リカレント教育を内製化し、社内研修機関「ファーウェイユニバーシティ」を中心に世界45か所にトレーニングセンターを設置している(※8)。

特徴的なのはベテラン社員が講師を務め、実務経験に基づいた知識共有を重視する点だ。また新入社員には2人のコーチが配置され、1人は業務指導、もう1人はメンターとして悩みに応える体制を整えている。IoTなど先端技術分野での競争力維持に向け、「知の共有」文化を企業全体に浸透させることで、急速な技術変化に対応できる人材育成を実現している。

国内への導入時の課題

海外事例に比べると、日本の企業には予算規模や働き方の慣習、正社員中心の雇用形態などの制約が大きい。従業員が新しいスキルを獲得しても、部署異動やポジション転換が柔軟に行われない場合、せっかくのスキルが活かされないリスクがある。また企業文化として新規事業への挑戦よりも現状維持を優先する傾向が見受けられるため、変化への対応スピードが遅くなる可能性も否めない。

※7 参考:経済産業省「リスキリングとは ―DX時代の人材戦略と世界の潮流―」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf
※8 参考:ランスタッド「ファーウェイ(HUAWEI)のエンプロイヤーブランディング」
https://services.randstad.co.jp/blog/hrhub20210630

リスキリングとリカレント教育の選択におけるポイント

リスキリングとリカレント教育は、それぞれ異なる特徴と利点を持っている。リスキリングとリカレント教育のいずれを選ぶか、あるいは両方を組み合わせるかどうかにあたっては、企業の戦略目標と個人のキャリア目標、さらには利用可能な制度や費用面での実現可能性を総合的に検討する必要がある。

企業視点での最適化

企業視点では、事業環境における技術ニーズや市場動向への即応が優先される。社員のモチベーションや適正を見極めつつ、人材投資として効果が高い分野にリソースを集中させる方法が望ましい。社内研修だけでなく外部教育機関との連携やオンラインコースの活用により、多様な学習スタイルを提供することも効果的といえる。

個人視点でのキャリア形成

個人が主体的に選択を行う場合には、短期的なスキルアップが望ましいのか、あるいは長期的に専門性を深めたいのかを明確にすることが重要となる。今すぐ実務に直結する技術を習得したい場合はリスキリング的な手法が向いているが、一方で新しい学問領域への移行や高度な研究知識を要する場合はリカレント教育を検討するべきである。両者を組み合わせることで、即応力と専門性の両方を高める戦略も考えられる。

制度・費用面での比較検討

リスキリングは企業内支援や国の助成金を活用しやすい半面、個人の学習希望と企業の方針が一致しないと効果が薄い。一方、リカレント教育は個人が興味ある分野を自由に選べるが、学費・時間の負担が大きい傾向にある。自分が最終的にどのようなキャリアを築きたいのかを踏まえて、費用対効果をシビアに判断することが求められる。

まとめ

リスキリングとリカレント教育は、いずれも学び直しを通じてキャリアを高める手段である。しかし、どちらに力点を置くかによって得られる効果や負担は大きく変わる。

企業が主導するリスキリングはスピーディに新しい技術を身につけ、組織力を高めるうえで効果的といえる。一方、リカレント教育は個人が深く学びたい領域に踏み込み、専門性を高めるメリットがある。

状況に応じて両アプローチを組み合わせることにより、柔軟なキャリア形成を実現できる可能性が高まる。学びを自己投資と捉えるならば、国や企業の助成制度も活用しながら長期的に学習を継続し、変化の激しい社会でも主体的に行動し続けることが重要といえるだろう。

 

文・編集:あしたメディア編集部

 

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