
1945年8月15日、日本はポツダム宣言(※1)を受諾し、第二次世界大戦に敗北した。以降、8月15日は「終戦の日」として、毎年各地で戦没者を追悼する催しが行われる。
終戦から80年を迎える2025年のいまでは、年月の経過に伴い、戦争経験世代の人口が減少し、平和学習も変化している。戦争をまったく知らない世代へ、戦争の記憶をどのように継承していくのか、この問いこそ私たちが今後向き合わなければならない課題だろう。
そんななか近年では、VRやAIのテクノロジーを活用し、戦争の記憶や悲惨さを伝承する取り組みがなされている。そこで、あしたメディア編集部では、戦時中の状況をVRで体験できる「戦災VR」とAIを活用して戦争の語り部の経験談を対話形式で再生できる「対話型語り部講話視聴システム」に注目した。本記事では、両者の体験談と開発者への取材内容をお届けする。
※1 用語:「ポツダム宣言」とは、アメリカ、イギリス、中華民国の政府首脳の連名において日本に対して発された全13か条で構成される宣言。日本に降伏を勧告し、戦後の対日処理方針を表明したもの
当事者の感覚を身体的に体感できる「戦災VR」
戦災VRを体験するにあたり、筆者は2025年7月26日に開催された企画展「戦後80年・昭和100年 報道写真を読む『一億人の昭和史』から『毎日戦中写真アーカイブ』へ」に参加した。
本イベントでウクライナの「戦災VR」を体験してみた。VRゴーグルを装着すると、ロシア軍に占領され、ウクライナの民間人が監禁された部屋の中に自分が立っており、上下左右360度、部屋が立体的に映し出されている。まず狭いなと感じた。この空間に、いったい何人の人がどれほどの期間、閉じ込められていたのだろう。壁には子どもが描いたと思われる落書きや、壁の小さな亀裂、くすみなどもリアルに再現されている。

またロシア軍によって破壊されたウクライナの街には呆然とした。視線に応じて戦地の景色も変わり、戦地の風景をただ見るのではなく、景色に自分が同化し、戦争の状況を身体感覚として、強く感じることができるのが特徴だ。倒壊した瓦礫と大きくえぐれた建物、これが被害として大きいのか、軽いのか見当もつかない。ここに人が住んでいたことを想像すると心が痛い。自分が景色に没入することで「悲しみ」や「怒り」などの当事者の感情を身体的に追体験できるため、戦争の記憶継承の新たな手法だ。この手法は単に「破壊」を体験者に示すだけではなく、「なぜ戦争が起こったのか?」「何かできることはなかったのか」「これからどうしていくべきなのか」という当事者性を付与している。

戦災VRの開発者に聞く、戦争を「体験」することとデザインの力
体験後に戦災VRを開発した東京大学大学院特任研究員の小松尚平さんと本展示を企画した東京大学大学院情報学環教授の渡邉英徳さんにお話を伺った。

東京大学大学院情報学環特任研究員。東京大学、高知大学医学部で研究員を務め、うつ病向けVRデジタル療法や戦災VRを開発。デザインシップ共同創業者。戦災VR等の活動でNHK・PIVOT等のメディアに出演。
まず、「戦災VR」の開発に携わっている小松さんに、戦争について知らない子どもたちが「戦災VR」を体験してどんな反応だったかを伺った。
小松さん:「戦争を知らない子どもに戦災VRを体験してもらったときに、『地震で街が破壊されたの?』と尋ねた子どもがいて、『人が壊したんだよ』と教えると、すごくショックを受けて、怖がっていました。捉え方の違いに驚きましたが、その体験をきっかけに、戦争に興味を持って、戦争を知ってもらう機会になっていると思います。
足を運ばなくとも自分のアバターを生成し、戦地の被害状況を映像や写真のように『見る』のではなく、自分ごととして『体験できる』ことは新たな価値です。たとえば、観光として広島や長崎を訪れたときのように、歩きながらふと被災の跡に気づき、関心を抱くきっかけとしての役割を持っています。プロパガンダ(※2)やフェイクとして悪用される可能性はありますが、負の側面を理解し、警戒して体験してもらう・体験する、そしてそこからまた新たに学んでいくというのが重要です。」
次に、「戦災VR」の課題点についても伺った。
小松さん:「戦災VRの発展によって新たな価値の創出ができた一方で、課題も大きく2点あると感じています。1つは開発コストがかかることです。企業などでの開発でもVR開発は比較的大きな費用がかかります。私自身は企業でのVR開発の経験を活かして、大学での研究では、コストをかけずに体験をどう提供していくかが、本取り組みが今後広がっていく上での課題だと思っています。
もう1つは現地の情報を共有してもらう関係を構築していく必要があることです。この戦災VRは、ガザ取材しているアルジャジーラ記者やウクライナの現地クリエイターから提供いただいた写真・映像をもとに作っていて、現地の方の協力なしではこの装置は生まれていません。写真や映像をVR装置に落とし込み、より多くの人に体験してもらい、AIやVRを使った新興メディア技術の使い方を啓蒙させていく関係を築くことも大切です。」
筆者は今回、初めて戦災VRを体験し、小松さんのお話を聞いてみて、新たに課題と感じた点がある。それは単純な“戦災VR体験”ではなく、自分自身が戦災VRを体験する理由と、体験から得た情報や感情を活かす行動が定まっていないと、戦争の記憶を継承していくことは難しいと感じた。「自分に何ができるのか」という主体的な問いを自ら立て、それに基づく行動指針を設定することができなければ、体験が一時的な学習で終わってしまう可能性があるからだ。一時的な学習で終わらないために、私たちは考え続けなければならない。教育現場において、戦災VR体験をスタート地点とした場合、戦争の記憶継承や平和を学習する具体的な導線の設計、対話を促す取り組みが必要だと感じた。

東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授。専門は情報デザインとデジタルアーカイブ。代表的なプロジェクトには「ナガサキ・アーカイブ」「ヒロシマ・アーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」などがあり、災害や戦争の記憶継承をデジタル技術で可視化する取り組みに従事。共著『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書、2020)や共著『戦中写真が伝える動物たちが見た戦争』(光文社新書、2025)など著書も多数。
長年、技術による戦争の記憶の継承に取り組んでいる渡邉さんに、今後私たちが最新技術と上手く付き合っていくために、AIやVR技術の利用における法体系やルールについて話を伺った。
渡邉さん:「AIやVR技術が進化する速度やそれらの社会への浸透度合いを加味すると、法律やルールの整備は間に合わないので、より使い手側の倫理観と正義感が問われると思います。そして、デマやフェイクに対抗するのは、使ったときの『心地よさ』や『美しさ』などのデザインの領域だとも。それは、個人の感覚によって『なんかいいな』と感じるコンテンツが一番人の心に届くのではないかと考えているからです。」
渡邉さんがこだわるデザインの領域を「ヒロシマ・アーカイブ(※3)」を用いて簡単に解説してもらった。「ヒロシマ・アーカイブ」では、地図に多くの被爆者の証言や当時の写真がマッピングされており、アイコンをタッチするとその人がいた場所に一度近づいてから、コンテンツやデータが表示される。その人の体験に自然と迫る・近づくというUIの工夫がデザインの力だと語る。
AIが持つ柔軟な利便性、VRが持つ没入感と心理的影響、これらはすべて私たちにポジティブに機能するとは限らない。渡邉さんが言う通り、使用者の倫理観や注意が欠如してしまえば、誰かを傷つけてしまうかもしれない。AIやVR技術はあくまで「触媒」であり、その真価は体験者がその体験後にどのように対話していくかである。そしてその対話のきっかけとなったり、対話の間口を拡げるのは、渡邉さんたち研究者の日々の努力が宿ったデザインの力ではないだろうか。
※2 用語:「プロパガンダ」とは、特定の思想や教えに誘導しようとする政治宣伝
※3 用語:「ヒロシマ・アーカイブ」とは、渡邉英徳研究室が制作した被爆者の体験談などの資料を「Google Earth」上に保管し、広島原爆の実相を世界に伝えるデジタル・アーカイブズ
語り部とのリアルな質疑応答を実現した「対話型語り部講話視聴システム」
「対話型語り部講話視聴システム」とは、語り部と実際に話しているかのように対話できるシステムである。語り部の体験談を事前に収録し、質問に対して該当する返答の映像を即座に流すことで、語り部と実際に話しているような体験を実現させている。AIは、質問者の音声を認識し意味を理解する部分と、該当する語り部の映像を高速かつ正確に流す部分で活用されている。

実際に「対話型語り部講話視聴システム」を体験するために、筆者は開発した株式会社シルバコンパスに伺った。
開発された「対話型語り部講話視聴システム」は、長崎で被爆された方と浜松大空襲を経験された方のものがあり、今回筆者は長崎で被爆された方のものを体験した。実際に体験してみると、会話のスムーズさに驚いた。ディスプレイに映し出された等身大ほどの大きさの語り部に向かって、筆者が質問すると、機械が発言を読み込んでいるようなディレイもなく、普段人と話しているときのような間合いで返答された。そのため、機械と会話しているような感覚ではなく、実際に目の前で語り部から戦争の経験談を聞いているような感覚になった。
また、語り部へ戦争に関する当時の話や若者に向けたメッセージなどを収録しているため、語り部に聞くような戦争に関する質問であれば返答可能であるそうだ。語り部の方には数百ほどの質問を聞き、その質問に対し、回答する実際の姿を収録していたそうで、語り部に聞きたい当時の戦争の実情は、おおよそ返答できるのではないだろうか。筆者も、「原子爆弾の爆風はどうだったか」「学生時代の思い出」「家族や親戚の安否はどのくらいで分かったのか」を聞いてみたが、自然な返答があった。
体験して、「対話型語り部講話視聴システム」は語り部の代わりの1つになり得ると感じた。実際に語り部から話を聞くことの良い点は、戦争を経験した方が目の前にいることで、戦争は遠いものではないと感じることではないだろうか。筆者はその実感を「対話型語り部講話視聴システム」で得ることができた。
対話型語り部講話視聴システムの担当者に聞く、語り部継承問題の解決策
体験後に、「対話型語り部講話視聴システム」を開発した株式会社シルバコンパスの取締役阿部恭久さんにお話を伺った。

株式会社シルバコンパス取締役、広報担当。2021年に入社し、対話型語り部講話視聴システムのプロジェクトに携わる。
まず、「対話型語り部講話視聴システム」を開発した経緯について伺った。
阿部さん:「2018年に当時国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館館長をされていた黒川智夫さんから、『語り部の高齢化により直接お話を聞ける機会が少なくなってくるので、被爆者の体験談を、より記憶に残る対話体験として後世に残せないか』と相談されたのがきっかけで、システムの開発が始まりました。現在、黒川さんは弊社の顧問として語り部プロジェクトの運営に携わっています。
そして、長崎県で被爆経験された西岡さんだけではなく、浜松大空襲を経験された野田さんのお話も収録し、体験できるように開発しました。かながわ平和記念館では西岡さんの体験談を、浜松復興記念館では野田さんの体験談を対話形式で聞くことができます。」
次に、「対話型語り部講話視聴システム」を体験した子どもたちや語り部の反応について伺った。
阿部さん:「子どもたちに向けて西岡さんの『対話型語り部講話視聴システム』のお披露目会を実施したのですが、子どもたちが積極的に会話していました。現代の子どもたちにとって、映像と会話することに抵抗感はないようなので、自然と人と会話しているように西岡さんの話を聞いていることが印象的でしたね。そして、子どもたちからも『語りかけられたような感覚で、記憶に残る体験になった』という声を多く寄せていただきました。実際に子どもたちが西岡さんの映像と会話している様子を西岡さんご本人と見ていたのですが、語り部をしているときと同じような反応だったようで驚いておられましたね。」
最後に、開発したなかで感じた「対話型語り部講話視聴システム」の意義と今後の課題について伺った。
阿部さん:「開発しているなかで、被爆者の方がたが後世に被爆体験を伝えていこうとする熱意に触れ、弊社のシステムの重要性と被爆者の体験や思いを後世に残していく活動を続ける使命を感じました。一方で、戦争経験者が高齢化し、直接話を聞ける機会も少なくなっているので、一刻も早くお話を収録しなければならないとも思っています。
また、これまでは大きなディスプレイがないと利用することができなかったのですが、利用いただくまでのハードルを下げるために、クラウド版を2025年8月9日にリリースしました。やはりシステムを活用して語り部の話を聞いていただかないと、平和につながっていかないので、より多くの方に利用していただきたいと思っております。とくに学校での平和教育の教材などで利用していただきたいと思っており、2025年9月末まで全国の学校へ無償公開しております。終戦から80年が経過し、戦争の記憶が風化していくなかで、収録した方がたが熱く語ってくださった平和への想いを届けていくためにも、『対話型語り部講話視聴システム』を多くの方に体験していただきたいです。」
最後に-AIとVRがつなぐ戦争の記憶-
VR技術による戦災の現場の体験は「知識」ではなく、「記憶」として体験者の体に保存されるだろう。また、AIを活用することで、語り部の映像を観るだけでなく、自然な対話によって戦争について深く知ることができる。一方で、テクノロジーを活用した取り組みには、歴史を改ざんしたり、軽視させてしまうリスクをはらんでいることには注意が必要だ。
世界を見れば、ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ紛争など大規模な戦闘や軍事侵攻が続いている。戦争に巻き込まれていない私たちが大切にしないといけないのは「なぜ戦争を後世に伝えないといけないのか」という問いと、その問いに対する答えを自分なりに考え続けることではないだろうか。この問いと自分の答えを忘れなければ、VRやAIといった最新テクノロジーは、これからどんなに進化しても、あなたが平和を願う気持ちを未来に届けるツールとして機能するだろう。
【「対話型語り部講話視聴システム」に関するお問い合わせ先】
株式会社シルバコンパス 広報担当:阿部恭久
Email:info@silvacompass.co.jp
URL:https://www.silvacompass.co.jp
取材・文:安井一輝
編集:前田昌輝
写真提供:東京大学大学院 渡邉英徳研究室、株式会社シルバコンパス
最新記事のお知らせは公式SNS(Instagram)でも配信しています。
こちらもぜひチェックしてください!
