グリーフケアは、喪失による悲嘆を抱える人への心のケアと回復支援を指す。そんなグリーフケアがいま、訪問看護で注目を集めている。訪問看護は、終末期患者とその家族に寄り添い、看取り後も遺族ケアを行うため、療養開始から看取り後まで切れ目ないケアが重要である。一方で、ケアを行う看護師自身のメンタルヘルスや知識不足が課題となっていることも事実だ。 そこで、本稿では、訪問看護におけるグリーフケアの実態と重要なサポートについてまとめることとする。
グリーフケアとは何か
ここでは、グリーフケアの基本的な概念、目的について解説する。
グリーフケアの定義と目的
グリーフケアとは、大切な人の喪失による悲嘆(グリーフ)を抱える人に寄り添い、心のケアや回復、成長を支援することを指す。
グリーフとは、死別、ペットの喪失、離別、失業など、大切な人や物の喪失による心身の反応であり、グリーフケアは、そうした反応に対して専門的な支援を提供するものである。
グリーフケアの目的は、悲嘆に暮れる人の感情を受け止め、寄り添うことで、悲しみからの回復と、新たな人生への適応を助けることにある。そのためには、悲嘆者の心身の状態を把握し、個別化された支援を提供することが重要となる。
グリーフの種類と影響
グリーフには、公認されない悲嘆、複雑性悲嘆、あいまいな喪失など、様々な種類が存在する。それらのグリーフは、身体的、精神的、社会的、スピリチュアルな影響を及ぼし、具体的には以下のような症状を引き起こす。
- 身体的影響:過剰な疲労、睡眠障害、頭痛、食欲の低下など
- 精神的影響:自信喪失、孤独感、うつ状態、苛立ち、罪悪感など
- 社会的影響:人間関係の変化、過大な消費行動など
- スピリチュアルな影響:生きる糧や目的の喪失など (※1)
このように、グリーフは人間の様々な側面に影響を及ぼし、時には日常生活や社会生活に支障をきたすこともある。そのため、グリーフケアにおいては、これらの影響を総合的に把握し、適切な支援を提供することが求められる。
※1 参照:あしたメディア「グリーフケアとは?悲しみに寄り添うその意味や役割などを解説」
https://ashita.biglobe.co.jp/entry/2022/11/28/110000
グリーフケアの歴史と社会的位置付け
グリーフケアへの注目は、1960年代以降のホスピス運動とともに高まってきた。
日本においては、2005年のJR福知山線脱線事故や2011年の東日本大震災を機に、グリーフケアの重要性が広く認識されるようになった。こうした大規模な事故や災害では、多くの人々が大切な人を失い、深い悲しみに暮れることとなるため、専門的なグリーフケアの必要性が浮き彫りになったのである。
現在、グリーフケアは、医療、福祉、教育など、様々な分野で実践されており、社会的な認知度も高まりつつある。そのため、グリーフケアの更なる充実と普及が求められている。
グリーフケアが必要とされる状況
医療現場では、患者の死去に伴う遺族のケアや、医療従事者自身のグリーフ対応が重要な課題となっている。また、災害、事故、事件の現場では、被害者やその家族、救助関係者などへのグリーフケアが必要とされる。
自死遺族に対するグリーフケアも重要な課題である。自死は、周囲から理解されにくく、遺族が孤立感を抱えやすいため、きめ細やかな支援が求められる。さらに、離婚や失業など、日常生活の中で経験する様々な喪失体験に対しても、グリーフケアは有効である。
このように、グリーフケアが必要とされる状況は実に多様であり、特に医療現場における遺族ケアや医療者のグリーフ対応が重要なテーマとなっている。看護師は、患者の死に直面することが多く、自身のグリーフと向き合いながら、遺族のケアにも携わることが求められるのである。
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訪問看護におけるグリーフケアの実態
ここでは、訪問看護におけるグリーフケアの重要性や、具体的な内容を見ていこう。
訪問看護の特性とグリーフケアの重要性
訪問看護は、終末期にある患者やその家族に対し、在宅での療養生活を支援する上で重要な役割を担っている。そのため、訪問看護師には、単に医療的ケアを提供するだけでなく、患者や家族の心情に寄り添い、グリーフケアを行うことが求められる。
訪問看護の特性として、患者の生活の場に直接関わることが挙げられ、これは、病院などの医療機関とは異なる環境で、より個別性の高いケアを提供する必要性を意味している。また、在宅での看取りを経験する機会が多いことから、訪問看護師は、患者の死に直面し、遺族のグリーフにも向き合わなければならない。したがって、訪問看護におけるグリーフケアは、患者や家族の心身の健康を維持し、喪失からの回復を促進する上で、極めて重要な役割を担っているのである。
訪問看護師が行うグリーフケアの内容と流れ
訪問看護師が行うグリーフケアは、療養生活開始時から看取り後までの一連の流れの中で、段階的に実施されている。以下に、その具体的な内容を示す。
- 療養生活開始時:残された時間の説明、不安の軽減
- 臨終時:臨終後の環境整備、遺族にエンゼルケア(※2)への参加を提案
- 看取り後:傾聴や共感、対面や電話などによる遺族との会話
訪問看護師は、段階に応じた多様な手法を理解し、その都度柔軟に活用していく必要がある。
※2 用語:臨終後に行う死体処理のことで、保清や死化粧などが挙げられる。
訪問看護師がグリーフケアを行う際の課題
訪問看護師がグリーフケアを行う際には、いくつかの課題が存在している。まず、訪問看護師自身のメンタルヘルスの問題が挙げられる。患者の死に直面し、遺族の悲嘆に向き合うことは、看護師にとって大きな精神的負担となり得る。したがって、看護師自身のケアを怠ると、燃え尽き症候群や共感疲労のリスクが高まってしまう。
このように、医療従事者自身が経験するグリーフを「プロフェッショナル・グリーフ」と呼ぶ。
また、グリーフケアに関する知識や技術の不足も、大きな課題となっている。グリーフの種類や影響、適切な対応方法などについて、十分な理解を持たないまま、ケアを行うことは、かえって遺族の心情を傷つける恐れがある。したがって、訪問看護師には、継続的な学習と研鑽が求められるのである。
さらに、訪問看護特有の課題として、ケアの継続性の確保が挙げられる。訪問看護は、患者の死後も、遺族に対する継続的なフォローアップが必要とされるが、人員不足や業務の多忙さから、十分なケアを提供できないケースも少なくない。こうした状況を改善するためには、組織的な支援体制の強化が不可欠である。
▼併せて知っておきたい「コミュニティナース」について
グリーフケアの効果
ここでは、グリーフケアがもたらす、心理的・身体的な効果について詳しく解説する。
グリーフケアが及ぼす心理的な効果
悲しみに打ちひしがれた人々は、グリーフケアを通じて、自分の感情をコントロールする力を取り戻していくことができる。
さらに、グリーフケアは、喪失体験によってもたらされる孤立感や孤独感を解消する効果もある。同じような体験をした人々と語り合うことで、「自分だけではない」という安心感を得られ、前を向いて生きていく勇気を取り戻せるのだ。
グリーフケアによる身体的な変化
グリーフケアは、心理面だけでなく、身体面にも好影響を及ぼす。深い悲しみに暮れる人々は、しばしば不眠や食欲不振に悩まされるが、グリーフケアを受けることで、これらの症状が改善されていくことが報告されている。
加えて、グリーフケアは、全体的な健康状態の向上にも寄与する。悲嘆のプロセスを適切にサポートされることで、身体的・精神的なバランスが取り戻され、より健康的な生活を送れるようになるのである。
グリーフケアが社会的に与える影響
グリーフケアは、個人の回復だけでなく、社会的にも重要な意味を持っている。喪失体験によって途絶えてしまった社会的ネットワークを再構築し、新たなサポート源を見出すことができるからだ。
▼併せて知っておきたい「レジリエンス」について
グリーフケアの今後の展望
グリーフケアの重要性が高まるなか、今後の研究動向や訪問看護における発展可能性、社会的認知度向上に向けた取り組みはどのようなものなのか。
グリーフケアに関する研究の動向
看護の領域では、遺族ケアや医療従事者のメンタルヘルスに関する研究が活発化しており、グリーフの種類や影響、効果的なケア方法などが明らかになりつつある。また、自死遺族に特化したグリーフケア研究も進んでおり、社会的支援体制の構築が急務とされている。
今後は、これらの研究成果を実践に活かし、エビデンスに基づいたグリーフケアを提供していくことが求められる。同時に、グリーフを抱える人々の多様なニーズに応えるため、学際的な研究協力やケアの個別化がますます重要になるだろう。
訪問看護におけるグリーフケアの発展可能性
訪問看護は、患者の死から遺族ケアまで、切れ目のないグリーフケアを提供できる重要な場である。特に、在宅での看取りが増加するなか、訪問看護師が担うグリーフケアの役割は大きい。
実際、在宅医療に従事する医療従事者を対象として実施したある調査では、約8割がグリーフケアを実施したことがある一方で、7割以上がグリーフケア力に関する知識や技術に不安があると回答している(※3)。このことから、訪問看護師へのグリーフケア教育や支援体制の強化が求められていることがわかる。
今後、訪問看護におけるグリーフケアのガイドライン整備や、多職種連携の推進、遺族や地域住民も巻き込んだケアシステムの構築などにより、その発展可能性はさらに広がるのではないだろうか。
※3出典:在宅医療カレッジ「グリーフケアに関するアンケート調査結果|在宅医療従事者の8割がグリーフケア実施経験を持つも、知識・不安を抱える課題が浮き彫りに」
https://zaitakuiryo-c.com/learn/special/38.html
グリーフケアの社会的な認知度向上に向けた取り組み
グリーフケアの認知度向上に向けては、メディアや行政、教育機関など、様々な立場からのアプローチが欠かせない。具体的には、以下のような取り組みが考えられる。
- グリーフケアに関する正しい情報発信と啓発活動
- 学校教育におけるグリーフ理解の促進
- グリーフケア専門家の育成と社会的地位の向上
- グリーフを抱える人々を支援する社会資源の拡充
- 関連する法整備や政策立案の推進
グリーフは誰もが経験しうる普遍的な反応であり、それに寄り添うグリーフケアは社会全体で取り組むべき課題といえる。一人ひとりの悲嘆に向き合い、共に歩む社会の実現に向け、グリーフケアの認知度向上と理解促進に向けた息の長い取り組みが求められている。
まとめ
グリーフケアとは、大切な人の喪失による悲嘆を抱える人に寄り添い、心のケアや回復、成長を支援することを指す。訪問看護師は、終末期患者やその家族に寄り添い、在宅での看取り後も遺族のグリーフケアにおいて重要な役割を担う。
訪問看護師によるグリーフケアは、療養生活開始時から看取り後まで切れ目なく行われる。臨終時には家族の心情に寄り添い、看取り後は遺族訪問や傾聴を通して継続的なフォローアップが求められる。一方で、訪問看護師自身のメンタルヘルスケアやグリーフケアの知識・技術不足が課題となっている。
グリーフケアは、心理面や身体面、社会面において大きな効果を持つ。深い悲しみからの回復を助け、新たな人生への適応を促進する。そのためには、遺族の感情に共感し、個別性を重視したケアが重要であるといえるだろう。
文・編集:あしたメディア編集部