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ガラスの天井と壊れたはしごの違いは?現状分析から打破への取り組みを探る

職場におけるジェンダーギャップを示す概念

職場や組織で起こるジェンダーギャップは階級や環境によって様ざまな特性を持つ。本章ではそのなかでもガラスの天井、壊れたはしご、ガラスのエスカレーターについて紹介する。

ガラスの天井とは

ガラスの天井とは、キャリアにおいて性別や人種などを理由に不当に昇進を阻まれる現象のことだ。コンサルタントのマリリン・ローデンが1978年にパネルディスカッションの中で「​​glass ceiling」という言葉を用いたことがきっかけで生まれた。(※1)

▼ガラスの天井についてより深く知る

※1 参照:BBC「100 Women: 'Why I invented the glass ceiling phrase'」
https://www.bbc.com/news/world-42026266

壊れたはしごとは

壊れたはしご(broken rung)とは、女性のキャリアが最初の段階から昇進や成長の機会が欠如している状態を指す。ガラスの天井が企業のトップ層に女性がいないことを指すときに使われる表現であるのに対し、壊れたはしごはキャリアの初期段階から障壁が存在していることを表している。

経営コンサルティングファームのマッキンゼーと女性の社会進出を支援するLeanIn.Orgが発表した「Women in the Workplace2019」では、壊れたはしごという用語を用いて、ファーストレベルマネジャー(日本における係長や課長)に昇進・採用される男性100人に対して女性は72人しか昇進・採用されていない事例を報告した。(※2)

※2 参考:McKinsey & Company「Women in the Workplace2019」
https://www.mckinsey.com/featured-insights/diversity-and-inclusion/women-in-the-workplace-archive#section-header-2019

ガラスのエスカレーターとは

ガラスのエスカレーターとは、女性が多い職業において男性が受ける優位性を表す言葉で、1992年にクリスティン・L・ウィリアムによって提唱された。(※3)論文では、アメリカにおいて女性が多い職業である看護、小学校教員、図書館司書、ソーシャルワークの男女99人を対象にインタビューした結果、男性は女性よりも高確率で昇進することが紹介されている。

※3 参考:Williams, C. L. (1992). The Glass Escalator: Hidden Advantages for Men in the “Female” Professions. Social Problems, 39(3), 253–267. 
https://doi.org/10.2307/3096961

職場におけるジェンダーギャップを示す数値

本章では日本におけるガラスの天井を数字の側面から捉えるため、国際機関や国内の調査会社が発表した職場でのジェンダーギャップに関する結果を取り上げる。

ガラスの天井指数

ガラスの天井指数(Glass Ceiling Index;CGI)とは、英国の経済誌『The Economist』が毎年国際女性の日である3月8日に合わせて発表しているガラスの天井を視覚化するための指数である。(※4)

評価基準は、男女の賃金格差、女性の企業役員数、母親・父親の有給休暇取得率、国会における女性の議員数などを含む10項目である。2024年3月に発表された結果によると、日本は評価対象の経済協力開発機構(OECD)主要29カ国中27位という結果で、トルコと韓国並んで12年連続で下位3位内であった。

※4 参考:The Economist「Iceland is the best place to be a working woman for the second year according to The Economist’s 2024 glass-ceiling index」
https://www.economistgroup.com/group-news/the-economist/iceland-is-the-best-place-to-be-a-working-woman-for-the-second-year

▼数字で見る「日本のジェンダーギャップ」について

ジェンダーギャップ指数

ジェンダーギャップ指数(Gender Gap Index;GGI)とは、各国の男女格差を経済・教育・健康・政治の4分野で評価し、国ごとのジェンダー平等の達成度を数値化した指標である。(※5)「1」を完全な平等、「0」を完全な不平等とし、数値が大きいほどジェンダーギャップが小さいことを表している。

2024年6月に世界経済フォーラムが発表した結果によると、日本のジェンダーギャップ指数0.663は146カ国中118位で、昨年より0.016ポイント増加した。日本は教育と健康の分野では共に0.95を超える世界トップクラスに位置しているが、経済と政治の分野の値が低くこのような順位となっている。(※6)

出典:世界経済フォーラム「Global Gender Gap Report 2024」より筆者作成
https://jp.weforum.org/publications/global-gender-gap-report-2024/

※5 参考:世界経済フォーラム「Global Gender Gap Report 2024」
https://jp.weforum.org/publications/global-gender-gap-report-2024/
※6 参考:男女共同参画局「男女共同参画に関する国際的な指数」https://www.gender.go.jp/international/int_syogaikoku/int_shihyo/index.html

日本企業の女性登用に対する意識調査

帝国データバンクが2013年より毎年7月に行っている女性登用に対する企業の意識調査結果によると、2023年は女性管理職割合の平均が9.8%と過去最高を記録した。また、政府目標の女性管理職30%を超えている企業数割合も9.8%、女性役員割合の平均も13.1%と過去最高を記録した。

業界別では、トップの小売業が18.6%で全体(9.8%)を8.8ポイント上回り、次いで、不動産業、サービス業、農・林・水産業と並んだ。一方で、現場での作業が多いことなどを背景に女性従業員が比較的少ない製造業、運輸・倉庫業、建設業では低水準にとどまった。

※7 参考:帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査(2023年)」https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p230808.html

壊れたはしごの背景

前章では職場におけるジェンダーギャップについて数字の面から紹介した。本章ではそのなかでも壊れたはしごに焦点を当て、その背景について紹介する。

機会の不平等

性別や人種などを理由にキャリアの階段を登れない要因の1つとして、ジェンダーバイアスが挙げられる。ジェンダーバイアスとは、社会的または文化的に性差別あるいは性的偏見を持つことだ。上司や評価する立場の人がジェンダーバイアスを持っていると、無意識のうちに女性に対しての期待値が低くなり、男性を優先的に昇進させる場合がある。

また、初期の段階で昇進機会を逃すと長期的なキャリアに影響を及ぼすため、この点でガラスの天井と壊れたはしごは関連している。

社会的流動性の低下

労働市場の構造も壊れたはしごに関係している。育児や介護から復帰した後は空白期間により正社員に戻りにくいことから、女性はパートタイムや低賃金の職に集中しがちであり、これがキャリアの流動性を制限する要因となっている。

これによって、日本では男女間賃金格差が国際的にみて大きい状況にも繋がっており、経済協力開発機構のデータによると、2022年における日本の男女間賃金格差は21.3%であった。これは先進国水準と比較して、2倍の格差があることになる。(※8)

※8 :日本経済新聞「男女の賃金格差とは 日本はOECD平均の2倍の水準に」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD2419F0U3A121C2000000/

▼政治分野のジェンダーギャップについて考える

ガラスの天井と壊れたはしごの交差点

これまでジェンダーバイアスによってキャリアに生じる問題としてガラスの天井と壊れたはしごについて述べた。本章ではジェンダーバイアスに加えて育児や加齢などが関係した、より複合的なキャリアに関する問題について紹介する。

マミートラック

マミートラックとは、出産や育児を機にキャリアが停滞してしまい希望通りに活躍することができないキャリアロスのことで、フェリス・シュワルツが発表した論文「Management Women and the New Facts of Life」に由来する。

1998年、フェリス・シュワルツは女性の働き方を「キャリア優先」と「キャリア+家族」に分け、後者を望む女性にワークシェアリング及び育児休業等の制度を企業に提案した。これをジャーナリストが「マミー・トラック」と名づけた。

フェリス・シュワルツの提案は仕事と育児の両立が図りやすくなり、多様な生き方・働き方の実現にもつながるとされる一方、育児は母の仕事とする性別役割分業意識や職場の男女不平等を助長するとの批判や、補助的業務を割り当てられ、結果的に昇進・昇格から遠くなるとも言われる。実際日本では、子をもつ女性の多くが自分の意思とは関係なくマミー・トラックに入ってしまい、勤労意欲を失い退職していくケースがある。

2022年に21世紀職業財団が1980〜1995年生まれ(当時26〜40歳に該当)の人を対象にウェブアンケート調査を行った。その結果、女性2,194名のうち7割が第一子出産後、仕事に復帰した際、マミートラックに入ったと感じ、かつ現在もマミートラックにいると回答した。このことからも一旦マミートラックに入ると脱出するのは容易ではないことが分かる。(※9)

※9 :21世紀職業財団「子どものいるミレニアル世代夫婦のキャリア意識に関する調査研究(2022年)」https://www.jiwe.or.jp/research-report/2022

エイジズム

エイジズムとは特に高齢者を対象とした年齢による偏見や固定観念のことだ。(※10)エイジズムがジェンダーバイアスと重なることで若年層への昇進機会の偏りが生じ、育児や介護から復帰した中高年の女性は、キャリアの後半で昇進やキャリアチェンジが難しくなる。

エイジズムの事例として、組織・経営変革や人材育成へのアドバイザリーを行う企業が、対象企業の管理職560名に対して行ったセルフチェックアンケートについて紹介する。(※11)

アンケート結果によると「年齢・性別を問わず、実力次第で登用すべきである」と回答した人は91%であった。一方、「新規事業開発責任者の採用」という具体的な場面になると候補者の年齢によって実際には判断を迷う、または無意識のうちに判断を変えてしまうことがわかった。さらに、受講者のうち約8割に年齢バイアスが存在し、シニアより若者に対して良い印象を持つバイアスは受講者の7割に上った。

※10 :NHK「年齢による偏見“エイジズム”とは? アメリカの専門家に聞く」https://www.nhk.jp/p/kokusaihoudou/ts/8M689W8RVX/blog/bl/pNjPgEOXyv/bp/pjXG0XMxWL/
※11 :日本の人事部「78%の受講者に年齢バイアスが存在。シニアより若者に対して良い印象を持つバイアスは受講者の70%~管理職向けe-learningツール「ANGLE」データ分析:チェンジウェーブ」
https://jinjibu.jp/news/detl/15472/

▼エイジズムについてより詳しく知る

組織による打破への取り組み

これまでジェンダーバイアスやエイジズムによってキャリアに生じる問題やその実態について詳しく説明した。こうした問題は周りからの意識的、無意識的なバイアスによって引き起こされる可能性があるため、組織全体で取り組むことが効果的である。本章ではこの問題に対してどのような対策がなされているのか、行政と企業の取り組みを紹介する。

行政の取組

日本では内閣府男女共同参画局が中心となって女性活躍・男女共同参画の取組を加速するために毎年6月ごろに「女性版骨太の方針」を発表している。(※12)

2024年7月に発表された方針では、①企業等における女性活躍の一層の推進 、②女性の所得向上・経済的自立に向けた取組の一層の推進、③個人の尊厳と安心・安全が守られる社会の実現、④女性活躍・男女共同参画の取組の一層の加速化の4本柱が打ち出された。

特に①企業等における女性活躍の一層の推進では、プライム市場上場企業に対して「2030 年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す」、「2025年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努める」などの目標を掲げ、周知や支援を行っている。

また②女性の所得向上・経済的自立に向けた取組の一層の推進でも所得向上・リスキリングの推進や仕事と健康課題の両立の支援を進めている。

また、厚生労働省は自らのライフスタイルやライフステージに応じた多様な働き方を実現させるために「短時間正社員制度」の導入を推奨している。(※13)短時間正社員制度とは、1週間の所定労働時間が短い正社員であり、賃金や社会保険などが正社員と同じ点が従来の派遣社員やパートタイムと異なる。

※12 :男女共同参画局「女性版骨太の方針(女性活躍・男女共同参画の重点方針)」https://www.gender.go.jp/policy/sokushin/sokushin.html
※13 :厚生労働省「『短時間正社員制度』導入支援マニュアル」
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/var/rev0/0142/1974/201513018353.pdf

企業の施策

まず壊れたはしごを解消するための施策について紹介する。先述の「Women in the Workplace2019」の中では「壊れたはしご」を修復するために企業が取るべき施策を以下の5のステップにまとめている。(※2)

  1. 目標を設定する
  2. 採用と昇進に様々な候補者を挙げる
  3. 評価者にバイアスの研修を受けさせる
  4. 明確な評価基準を確立する
  5. 管理職へのステップアップを目指す女性を増やす

次にマミートラックの解決方法として資生堂の事例を紹介する。資生堂は育児をしながら仕事を継続する「第2ステージ」から育児・介護をしながらもキャリアアップを実現することができる「第3ステージ」を目指すための制度を導入している。過去には仕事と育児の両立支援制度を充実させた結果、働くためではなく休むための制度になってしまったことから、時短制約があっても戦力として会社に貢献できるような取り組みを行った。(※14)

具体的には、一律支援から一人別配慮への移行や育児期の社員に代わり夕刻以降に働くカンガルースタッフなどの導入を行っている。また、給与の差別化や明確な評価軸を設定することで育休社員をフォローすることにより周囲の不満がたまらないよう配慮もなされている。(※15)

※14 :男女共同参画局「資生堂の女性活躍推進のあゆみ」https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/html/zuhyo/zuhyoc02-01.html
※15 :東洋経済ONLINE「資生堂「子育て女性に優しい」の先にあるもの 女性活用ジャーナリスト・中野円佳氏に聞く」
https://toyokeizai.net/articles/-/106032

個人でできるアクション

個人がキャリア形成においてガラスの天井やジェンダーギャップを打破するためには、以下のような施策を実行することが有効だ。

周囲との連携

21世紀職業財団が行った子供のいる夫婦のキャリア意識に関する調査によると、第1子出産後復帰した際に「マミートラック」にいると感じたものの、現在は「キャリア展望がある」女性がマミートラックを脱出できた理由を見ると、大きく分けて上司との関わり方、働き方の変更、家事・育児負担の現象の3つであり、どれもが周囲との連携に関する内容であった。(※9)

リスキリング

業界で認められる資格を取得し、自分の市場価値を高めることも有効だ。

21世紀職業財団が行った調査でも、マミートラックを脱出できた理由として自己啓発を行ったと回答した人が13.8%と、少数ではあるが有効のようだ。

まとめ

キャリア形成の道のりはライフステージに応じて十人十色であり、自分が望むキャリアを形成するためには様々なアクションが重要になる。また、当事者だけでなく私たち1人ひとりがこの問題に対して意識を持ち、積極的に行動することで、より平等で公平な職場環境の実現に近づくことができるのだ。

 

文:Takeuchi Takae
編集:吉岡葵