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アニマルウェルフェアを意識した賢い食品選びとは

日本では、アニマルウェルフェアの認知度が低く、食品を選ぶ際にもその視点が欠けがちである。

一方、欧米諸国ではアニマルウェルフェアへの関心が高まっており、各国政府や企業が積極的に取り組みを進めている。日本の畜産業や食品業界が国際競争力を維持するためにも、動物福祉に配慮した生産体制の構築が急務となっている。

本記事では、アニマルウェルフェアの基本概念や世界の動向を解説するとともに、日本の現状と課題について分析する。そして、消費者一人ひとりが日常の食品選びを通じて、いかにアニマルウェルフェアに貢献できるのかを考察する。

アニマルウェルフェアの基本概念

動物の幸せを守る「アニマルウェルフェア」。この概念は、私たちの食卓を支える動物たちの幸せを考える、新しい畜産のあり方だ。1960年代の欧州で注目され始め、現在は世界的に広がりつつある。ここではアニマルウェルフェアの基本的な概念を説明する。

アニマルウェルフェアの定義

アニマルウェルフェアとは、WOAH(国際獣疫事務局)によれば、「動物が生きて死ぬ状態に関連した、動物の身体的及び心的状態」と定義されている。(※1)つまり、飼育される動物たちが、健康で自然な行動ができる環境で暮らせているかどうかを意味する概念であり、畜産動物や実験動物など、人間の管理下にある動物の生活の質に焦点を当てたものだ。

アニマルウェルフェアの5つの自由

アニマルウェルフェアを評価する指標として、「5つの自由」という概念がある。これは何を指すのだろうか。

1965年にイギリス政府のブランベル委員会によって提唱された「5つの自由」とは、以下の5つの権利を指す。

  1. 飢え、渇きからの自由
  2. 恐怖及び苦悩からの自由
  3. 物理的、熱の不快からの自由
  4. 苦痛、障害、疾病からの自由
  5. 通常の行動様式を発現する自由

つまり、動物たちが飢えや渇きがない状態で、恐怖やストレスを感じることなく、快適な環境で暮らし、病気や怪我がなく、そして種に適した自然な行動ができることを意味している。アニマルウェルフェアが保証された食品を選ぶことは、これら5つの自由が守られた環境で育った動物に由来する食品を選ぶことにつながるのだ。

アニマルウェルフェアの起源と歴史

それでは、アニマルウェルフェアという概念はいつ頃から提唱されるようになったのだろうか。その歴史的背景について見ていこう。

アニマルウェルフェアという概念が注目されるようになったのは、1960年代の欧州からだった。なかでも、1964年に出版されたイギリスの動物福祉活動家ルース・ハリソンの著書『アニマル・マシーン』が大きな反響を呼び、現代の工業的な畜産における動物福祉の問題が広く認識されるきっかけとなった。

その後、前述の「5つの自由」が提唱され、動物福祉の評価基準として広く用いられるようになっていった。現在では、EUを中心に各国で法制化が進み、食品の生産が拡大している。消費者の意識の高まりとともに、今後もアニマルウェルフェアへの関心は高まっていくことが予想される。

アニマルライツとの違い

アニマルウェルフェアと混同しやすい概念に、アニマルライツ(動物の権利)がある。ではこの2つの概念は何が異なるのだろうか。

アニマルライツは、全ての動物が、本質的に人間の支配から解放される権利を持つという思想だ。一方、アニマルウェルフェアは、人間のコントロール下にある動物の福祉、つまり生活の質の向上を目指すものである。アニマルライツの主張者の中には、動物を利用すること自体に反対する人々もいるが、アニマルウェルフェアは動物の利用を前提としつつ、その扱いを改善することを目的としている。

例えば、アニマルウェルフェアの考え方に基づけば、家畜を倫理的な方法で飼育し、食品として流通させることは容認される。一方、アニマルライツの立場からは、家畜を飼育すること自体が容認されない場合もある。このように、2つの概念には大きな違いがあることを理解しておく必要がある。

※1 参考:農林水産省「アニマルウェルフェアについて」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/animal_welfare.html

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アニマルウェルフェアを巡る世界の動向

世界の国々や企業は、アニマルウェルフェアの取り組みを進めており、ここでは世界各国の動向について概観する。

EUにおけるアニマルウェルフェアの取り組み

EUは、アニマルウェルフェアの推進において世界をリードしている。主に鶏の飼育などに使用されるバタリーケージの禁止を2012年に宣言した。バタリーケージとは、ワイヤーでできたB5サイズほどの狭いかごに鶏を入れ、それらを積み重ねて飼育する、鶏に負荷を与える飼育手法を指す。このバタリーケージの禁止に加え、2027年までに他の家畜も含むケージの使用を段階的に進める予定だ(※2)

例えば、ドイツでは、2029年までに雌豚の妊娠ストールを使った飼育(拘束飼育)を全面的に禁止することを決定した。(※3)妊娠ストールとは、妊娠した雌豚をコンパクトに飼育するために使用される、窮屈な檻のことだ。この檻の中では豚は体を方向転換をすることすらできない。

これらの政策は、市民の動物福祉に対する高い意識を反映したものであり、EUにおけるアニマルウェルフェアの取り組みを牽引している。

イギリスの先進的な政策と認証制度

イギリスは、アニマルウェルフェアの概念が生まれた国であり、先進的な政策と認証制度を有している。政府は、アニマルウェルフェアに配慮した生産者に対する補助金制度を設けており、生産者の取り組みを支援している。

また、王立動物虐待防止協会(RSPCA)が運営する「RSPCA Assured」は、動物福祉基準を満たした農場を認証する制度である。この認証を取得した商品は、消費者に対してアニマルウェルフェアへの配慮を明示することができる。こうした認証制度は、生産者と消費者をつなぐ重要な役割を果たしており、イギリスにおけるアニマルウェルフェアの普及に大きく貢献している。

スウェーデンの企業による自主的な取り組み

スウェーデンでは、政府による規制だけでなく、企業の自主的な取り組みも活発である。大手家具メーカーのIKEAは、「IKEA Food Better Chicken Program」を通じて、より持続可能でアニマルウェルフェアに配慮した食材の調達を進めている。

具体的には、2025年までに全ての食肉をアニマルウェルフェア認証を取得したものに切り替えることを目標に掲げている。また、乳製品についても、放牧飼育された牛のミルクを使用するなど、動物福祉に配慮した調達を進めている。こうした企業の自主的な取り組みは、消費者の意識を高め、アニマルウェルフェアを考慮した食品の選択を促進している。

ESG投資とアニマルウェルフェアの関連性

近年、環境・社会・ガバナンス(ESG)への配慮を重視する投資が拡大しており、2022年には世界の全運用資産の30.3兆ドルがESG投資に充てられている。(※4)アニマルウェルフェアは、ESG投資の重要な要素の1つとして認識されつつある。

BBFAW(ビジネス ベンチマーク オン ファーム アニマルウェルフェア)は、企業のアニマルウェルフェアへの取り組みを評価し、ランキングを公表している。高い評価を得た企業は、ESG投資家からの支持を集めることができる。こうした動きは、企業にアニマルウェルフェアへの取り組みを促すインセンティブとなっており、今後さらなる拡大が期待される。

以上のように、世界各国や企業は、アニマルウェルフェアの推進に向けた様々な取り組みを進めている。消費者一人ひとりが動物福祉に配慮した商品を選ぶことで、こうした動きをさらに後押しすることができるだろう。私たちにはアニマルウェルフェアを通じて、動物と共生する社会の実現に貢献する力がある。

※2 参考:認定NPO法人アニマルライツセンター「G7に当たって欧州・日本の動物保護団体の共同声明」
https://arcj.org/issues/farm-animals/layer-chicken/cage-free-statement-to-g7/
※3 参考:独立行政法人 農畜産業振興機構「ドイツの豚飼養頭数、3年ぶりに前回調査を上回る(EU)」
https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003698.html
※4 参考:日本経済新聞「ESG投資が初の減少 2022年、成績低迷・基準厳格化で」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB2843V0Y3A121C2000000/

日本におけるアニマルウェルフェアの現状

ここでは日本におけるアニマルウェルフェアの現状について、畜産業の実態や認知度、政府や企業の取り組みなどを見ていく。

日本の畜産業の実態とアニマルウェルフェアの課題

日本の畜産業では、バタリーケージの採用率が2023年時点で98.89%に上り、アニマルウェルフェアの観点から課題があると言える。(※5)

畜産動物の飼育環境改善や、不必要な身体切除の廃止など、アニマルウェルフェアの観点から改善すべき点は多い。また、消費者の認知度向上と、生産者への支援制度の整備が求められる。

日本におけるアニマルウェルフェアの認知度

日本では、アニマルウェルフェアの認知度が低く、2024年時点で約25%だという調査結果もある。(※6)欧米諸国と比べ、消費者の関心が低いことが課題となっている。

アニマルウェルフェアに配慮した商品選択の重要性や、生産過程に注目した購買行動の必要性について、消費者の理解を深めていくことが求められる。企業や政府、NPOなどによる啓発活動の強化が期待される。

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政府による取り組みと今後の展望

農林水産省は、2020年にアニマルウェルフェアに関する基本的な考え方を発表し、2021年から意見交換会を開催するなど、取り組みを進めている(※7)。しかし、欧米諸国と比べると、政策面での対応は遅れている。

今後は、生産者への補助金制度の整備や、畜産業の輸出促進に向けた取り組みが必要となる。アニマルウェルフェアへの対応は、日本の畜産業の国際競争力強化にもつながるため、政府主導での施策推進が望まれる。

日本企業の先進的な取り組み事例

政府の動き以外に、企業レベルでの動きもある。味の素株式会社は、アニマルウェルフェアに関する専門家による会議を設置し、平飼いたまごを使用した商品開発などに取り組んでいる(※8)。

また、ESG投資の観点からも、アニマルウェルフェアへの対応は重要性を増している。先述のBBFAWによる企業評価など、グローバルな基準に沿った取り組みが求められており、日本企業がアニマルウェルフェアを意識した食品開発を進めることで、国際競争力の向上につながることが期待される。

※5 参考:認定NPO法人アニマルライツセンター「日本のケージフリー飼育の鶏の割合は1.11%、ケージ飼育が98.89%(2023年調査結果)」
https://arcj.org/issues/animal-welfare/1percent-cage-free/
※6 参考:認定NPO法人アニマルライツセンター「アニマルウェルフェアの認知度、25%へ:認知度調査2024」
https://www.hopeforanimals.org/animal-welfare/2024survey/
※7 参考:農林水産省「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理の基本的な考え方について」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/attach/pdf/animal_welfare-42.pdf
※8 参考:味の素株式会社公式サイト「~大自然に囲まれた農場でのびのび育ったにわとりのたまごを使用~「平飼いたまごのマヨネーズ」新発売 」
https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/presscenter/press/detail/2023_12_08.html

消費者としてできるアニマルウェルフェアへの貢献

消費者の食品選択は、生産者の行動や動物福祉の実現に大きな影響を与えるため、非常に重要な役割を担っている。一人ひとりの小さな選択の積み重ねが、社会全体を動かす大きな力になることを認識し、賢明な購買行動を心がける必要がある。

アニマルウェルフェアに配慮した食品選択の重要性

前述の通り、日本ではまだまだアニマルウェルフェアの認知度が低い。しかし、消費者の選択が生産者の行動を左右する大きな要因となるため、アニマルウェルフェアを考慮した食品選択は非常に重要であり、消費者の意識改革が求められる。

例えば、EU諸国ではバタリーケージの廃止や平飼いや放牧による卵の生産割合が高いのは、消費者のアニマルウェルフェアに対する高い意識と、それを反映した購買行動の結果と言える。日本でも、消費者が積極的にアニマルウェルフェアに配慮した食品を選ぶことで、生産者の意識を変え、より倫理的な生産方式への移行を促すことができるだろう。

生産過程に注目した賢い購買行動のポイント

アニマルウェルフェアに配慮した食品選びのポイントは、生産過程に注目することである。例えば、卵を購入する際には、飼育方式(バタリーケージ、平飼い、放牧など)を確認し、アニマルウェルフェアに配慮した方式で生産された卵を選ぶことが重要だ。同様に、肉類や乳製品についても、動物の飼育環境や扱われ方に注目し、できる限りアニマルウェルフェアに配慮された商品を選ぶことが望ましい。

アニマルウェルフェア認証マークの理解と活用法

アニマルウェルフェアに配慮した食品を選ぶ際に、認証マークを活用することが有効だ。イギリスでは、アニマルウェルフェア対応生産者への補助金制度と併せて、認証マーク制度が導入されている。日本でも、徐々にアニマルウェルフェア認証マークを取得した商品が増えてきており、消費者はこれらのマークを目安に商品を選ぶことができる。

ただし、認証マークの基準や評価方法は様々であるため、それぞれのマークの意味を理解することが重要だ。例えば、「アニマルウェルフェア畜産認証」は、一般社団法人日本アニマルウェルフェア協会が認証する制度であり、日本の農場や環境についても考慮した基準を満たした畜産物に与えられる。(※9)このように、各認証マークの特徴を理解し、自分の価値観に合ったマークを選ぶことが賢明な消費者の第一歩と言えるだろう。

アニマルウェルフェアへの配慮は、消費者一人ひとりの意識から始まる。生産者の行動を変え、社会全体のアニマルウェルフェア意識を向上させるためにも、日常の食品選びで培った知識を、周囲の人々と共有することが望まれる。「アニマルウェルフェア 食品」をキーワードに、賢い消費者としての行動を広げていくことが、私たちに求められている。

※9 参考:一般社団法人日本アニマルウェルフェア協会
https://animalwelfare.jp/inquiry/

アニマルウェルフェア普及に向けた今後の課題

アニマルウェルフェアの普及は、日本の畜産業界における重要課題だ。しかし、消費者の認知度は低く、生産者の対応にも課題が山積している。ここでは、その実態と対策について解説していく。

消費者の認知度向上に向けた啓発活動の必要性

日本におけるアニマルウェルフェアの普及を進めるためには、まず消費者の認知度を向上させることが不可欠である。

具体的には、学校教育におけるアニマルウェルフェア関連の授業の導入や、メディアを通じた継続的な情報発信消費者向けのセミナーやイベントの開催など、多角的なアプローチが必要とされる。これらの取り組みを通じて、消費者が食品を選択する際の判断基準を身につけ、動物福祉に配慮した購買行動を実践できるようになることが期待される。

生産者支援のための補助金制度の整備

アニマルウェルフェアの普及には、生産者側の取り組みが欠かせない。しかし、飼育環境の改善や設備の導入には多額の費用が伴うため、生産者の自助努力だけでは限界がある。したがって、国や自治体による補助金制度の整備が急務とされている。

イギリスの補助金制度など、日本でも同様の仕組みを構築することが望まれる。補助金の支給により、生産者のアニマルウェルフェア対応へのインセンティブが高まり適切な飼育環境の整備が進むことで、畜産物の品質向上にも寄与すると考えられる。さらに、補助金制度と連動した認証マーク制度の導入により、消費者が食品を識別しやすくなることも期待できる。

多様なステークホルダーの連携による取り組みの推進

アニマルウェルフェアの普及には、生産者、消費者、行政、企業、NGOなど、多様なステークホルダーの連携が欠かせない。それぞれの立場や役割は異なるものの、動物福祉の向上という共通の目標に向かって協働することが重要である。

具体的には、生産者と消費者の対話の場の創出、行政と企業の連携による認証制度の構築、NGOと教育機関の協力によるアニマルウェルフェア教育の推進など、多岐にわたる取り組みが考えられる。また、世界的なESG投資の拡大を背景に、投資家とのエンゲージメントを通じて、企業のアニマルウェルフェア対応を促進することも有効である。こうした多様なステークホルダーの連携により、日本におけるアニマルウェルフェアの普及を加速させ、食品の選択が当たり前となる社会の実現を目指すべきである。

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まとめ

欧米諸国では認知度が高く、政府や企業による積極的な取り組みが進められているアニマルウェルフェアだが、日本ではまだ十分に浸透していない。畜産業や食品業界が国際競争力を維持するためにも、アニマルウェルフェア対応は急務である。

私たち消費者には、日々の食品選びを通じてアニマルウェルフェアに貢献する力がある。生産過程に注目し、認証マークを活用しながら動物福祉に配慮した商品を選ぶことが重要だ。一人ひとりの賢明な選択が、生産者の意識を変え、より倫理的な生産方式への移行を促すことにつながる。

 

文・編集:あしたメディア編集部