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漫画『全部救ってやる』作者が語る「売れるより、一頭でも多く救う漫画に」

マンガワンで連載中の漫画『全部救ってやる』(小学館)。動物保護活動家・久我を軸に、過酷な動物保護の実態、多頭飼育崩壊やペットビジネスの闇など、目を覆いたくなるような事実も丁寧に描く、異色の動物保護漫画だ。

今回、あしたメディアでは、『全部救ってやる』の作者・常喜寝太郎さんにインタビューを敢行。動物保護を題材に選んだ理由、多くの現場取材を通して得た動物保護に対する知見、漫画だからこそ動物保護に貢献できることなど、常喜さんの動物保護に対する熱い想いを伺った。

『全部救ってやる』誕生の背景

初めに、常喜さんが動物保護に興味を持ち始めたきっかけを教えてください

高校生のときに、保護猫を飼うようになったことがきっかけです。当時通っていた画塾の先生が保護活動をしている人で、その先生にお願いされ、保護猫を飼うことになりました。

その後から、先生が動物愛護センターや保健所に行くときに「一緒に行こうや」と声をかけてくれるようになったんです。ただ、動物を処分する現場に行くのは怖かった。動物たちが辛い思いをする状況は見れない、見たくないという気持ちもあったと思います。

しかし、ここ数年、僕と同じような「過酷な実態を知るべきだと思うけど、一歩踏み出せない」という人に会うことが増えたんです。そこで、僕がその現場を見て漫画にすれば、僕自身含めてそういう世界を知りたい人たちにも届けることができるんじゃないか、と考えました。それが『全部救ってやる』誕生のきっかけです。

動物保護の実態を、漫画で描く際に意識していることはありますか。

誰かを“一方的な悪”として描かないことです。取材を通して感じたのは、動物保護に関わる人たちは、とにかく“自分のやり方”にこだわりを持つ人が多い。そしてその根底にあるのは、動物が好きで動物を助けたいという気持ちなんです。なので、仮に活動者同士で言い合いが起きても、それは主張の相違であり、悪ではないはずなんですよ。

ただし、商品にならなかったといって、動物を埋めたり、虐待したりというような明らかな悪は見過ごしてはいけません。

「一方的な悪として描かない」という点で言えば、4話のペットショップ店員の心情が描かれる話が印象的でした。

保護動物に興味を持つ人は、ペットショップにあまりいい印象を持ってない人も多いと思うんです。ただ、ペットショップで働いている人たちの想いは意外と知られていない。なのでペットショップの店員さんの話も聞いた上で、本作で扱うことにしました。

ペットショップに取材した時、最初に恐る恐る「あまりいい印象を持たれてないと思うんですけど、実際どう思います?」って聞いたんです。すると、「実際いい印象を持たれてないのはわかった上で、働いている」という返答がありました。そこからさらに「今お金が発生する仕事で、“動物と人間の縁を繋げること”ができるのがペットショップしかない」と語ってくれたんです。しかも、この人は動物を大切にしないと感じたお客さんにはなるべく売らないようにしたいという気持ちがあると。この話を知れば、ペットショップに対して少し違った見え方もできるのではないかと思いました。

「知ること」で、その人や場所に対する考え方は変わるということですね。

おっしゃる通りです。なので「知ること」も本作のテーマの1つです。「こう思ってください」という描き方はせず、「こういう人たちが、こういう想いを持って活動してます。その過程でこういうことに悩んでます」という風に事実ベースで伝えることを心がけています。

本作の主人公・久我(ページ上)

「誰かのために生きる」ことをテーマに据えた理由

前々作『着たい服がある』(講談社)は「自分らしく生きる」がテーマでしたが、今作は「誰かのために生きる」がテーマです。常喜さんのなかで心境の変化があったのでしょうか?

『着たい服がある』連載当時はSNSでも「自分らしさを大切にしよう」という発信をする人が多かった印象です。僕もそういう気持ちが強かった。それもあり最終的には、着たい服を纏わなくても「自分らしさを自分のなかに宿そう」ということに着地したんです。

今作が「誰かのために生きる」というテーマに辿り着く話をする前に、もう一人の主人公・星野の話を。「東京で夢を叶えて地元の人たちを見返す」という気持ちで上京した星野ですが、精神的に参ってしまい、地元に帰ってしまいますよね。実はこれ、僕の実体験でもあるんです。前作の連載当時、色々辛いことが重なり、ドクターストップが出て人生で初めて1週間の休載をもらいました。いまは回復していますが、それ以降は地元の滋賀県に拠点を移して執筆してます。

地元に帰ってから、さきほど話した画塾の先生に会いました。昔は先生だったのが、路頭に迷う生徒たちを放って置けないという気持ちも大きく、画塾の代表を引き継いでいたんです。彼女は人や動物のためなら自分を顧みず行動するのですが、その結果自らの首を絞めすぎて困り果てるタイプでした(笑)。ただ、その度に周りの人たちが本気で助けに来てくれるんです。

その光景を見て、自分が困った時に周りが手を差し伸べてくれるのは、人気者でも売れてる人でもなくて、「損得勘定抜きで、誰かのために動いている人」なんだと気づきました。ただ自分はこれまで「誰かのために生きる」ということをしてこなかった。なので、本作では自分のために生きてきた星野が「誰かのために生きてみよう」と成長する姿を描くことに決めたんです。星野の歩みは、自分が成長していきたい道でもありますね。

星野は自分の生き方を模索する読者を勇気づける存在ですよね。今後、星野も保護活動を行うと思うと楽しみです。

あ、少しネタバレになるかもしれませんが、星野は保護活動ができないキャラとしてこれからも描く予定です(笑)。

というのも僕は自分のことを、直接的に保護活動ができない人だと思っていて。もちろん、イベントでペットの似顔絵を描いて支援金をもらったり、自分がレスキュー活動の援助に行ったりすることは問題ないんです。ただ、最終的には譲渡する動物に自分のお金と時間をかけて保護をすることはすごく大変なことだし、愛着が沸きすぎて譲渡が精神的にもたないかもしれないなと。

連載を始めるときに、僕のように「保護活動に興味はあるけど保護活動に注力できない」人が思いの外いるのではないかということと、そういう人たちがこの漫画を読んでくれた時に、罪悪感に苛まれないようにしたいと思ったんです。なので、星野は保護活動ができない人たちが投影できる人物にしましたし、今後も保護活動を中心にする人物として描くつもりはありません。

星野スズ

本作が「事実を知る」きっかけになれば

多頭飼育崩壊や保護活動の寄附金詐欺が1巻で描かれましたが、この先描きたいことがあれば教えてください。

読者に「知って欲しい」という意味で、扱いたい題材があります。少し前に、大手ペットショップの悪質な実態が、オンライン記事をきっかけに話題になりました。その当時、動物に対して強い想いをもつことから、「許せない」という気持ちもあり、その投稿を拡散した人もいると思います。

ただ、その問題を拡散した人も、「その先に何が起きたか」という現実を知っている人は少ないと思っていて。なので、そこをさまざまな視点から丁寧に取材して、機会があれば描きたいなと考えています。もちろん、拡散した人を責める気持ちは全くないですし、何が正しいとかそういうわけではないのですが、「事実を知る」きっかけになればと。

2巻では、動物愛護センターの現状も丁寧に描かれています。想像していた現状と違い驚きました。

僕も取材するまでは「部屋に閉じ込めてガスで殺処分」というイメージを持っていました。ただ、僕が取材させてもらった滋賀県動物保護管理センターや京都動物愛護センターでは、なるべく動物を生かす方針で活動されていました。あのエピソードには、僕が見聞きしたままの情報を、そのまま詰め込んでいます。

ただ、なかにはどうしても殺さざるを得ない場合もあるそうです。例えば、凄まじい噛み癖のある犬がいて、その子が万が一、放たれて人間の赤ちゃんを噛み殺してしまうような事件が起きたら、大変なことになりますよね。そういった理由から、仕方がなく処分を選ぶという場合もあり得ます。ただし、保護活動者のなかには、「動物の命を人間の都合で奪うなんて許されない」という考えを持つ人もいるので、衝突してしまう。動物愛護センターと活動者の距離感が密接になるほど、こういう問題が起こりやすくなるそうです。

殺処分ゼロと、その先にいる人間を変えること

2巻で久我が言った「目指すのは殺処分0と、その先にいる人間を変えることなんだ」というセリフが印象的でした。

連載前、保護活動者さんへの取材中に「殺処分ゼロに貢献できるような漫画にしたい!」と伝えたことがありました。ただ、そのときの返答が「そうなればいいね」と、どこか含みがある感じだったんです。

その後、その人から教えてもらって驚いたのですが、殺処分ゼロを目指す自治体の中には、その数字を達成することを意識するあまり、動物の持ち込みを断るケースもあるそうなんです。ただそうなると、動物の持ち込みを断られた人は引き受けてくれる別の自治体に行きます。これで一件落着したように見えますが、実はそうではないんですよね。

もう少し詳しく教えていただけますか?

別の自治体で引き取ってもらえても、その人がもう一度動物を飼う可能性があります。そうなると再び飼えなくなって自治体に持ち込む可能性がある。これでは、同じことが繰り返され、何も解決していないですよね。

この話を聞いた時に、当初掲げていた殺処分ゼロだけを目指すことは違うような気がしたんです。本当に目指すべきことは、人間の行動を変容することで、根本原因の解消にも繋がる「適切な教育ができるような飼育環境」を作ることではないかと。

作中に、動物愛護センターと久我が協力して、正しい飼育環境を整えることで、飼い主とペットを引き離すことなく、問題を解決する話が出てきますよね。

犬の「ぽんかん」の話ですね。あの話も実話です。久我のモデルとなった活動家・焼田さんという方がいて、その人から聞いたエピソードを参考にしています。

通報を受けて現場に向かった焼田さんが目にしたのは、「飼い主が好きな犬」と、「犬と暮らしたいけどどうすればいいかわからない飼い主」だったそうなんです。その状況を見て焼田さんは「飼い主が変わって環境が整えば、まだ一緒に暮らせる」と思ったと。実際にそこから、環境を整えたことで一緒に暮らし続けることができたそうなんです。

動物を保護するだけが解決策ではないし、環境を変えることで、飼い主も動物も不幸にならずに済むこともある、ということを知って欲しくてこの話を使わせてもらいました。

一冊でも多く売れるより、一頭でも多くの命を救いたい

本作は「マンガワン」というWebサービスで連載されていますが、紙の雑誌との違いはどのように感じますか。

反応の多さが全然違いますね。やっぱりWebだとアクセスしやすい分、読んでいただける機会も増えてるんだろうなと。

あと僕にはこの連載を始めるときに決めたことがあって。「一冊でも多く売れる」と、「一頭でも多くの命が救われる」、どちらかを選ぶのであれば迷わず後者を選ぶということです。そこを考えるとやはり、多くの人に本作を読んでもらう必要がある。その点でも、本作はWeb向きだと思います。

最後に、常喜さんが思う、動物保護活動に対して「漫画だからこそ貢献できる」ことがあれば教えてください。

1つは、「過酷で悲惨な裏側もエンタメとして描くことができる」という点です。重い話にもなるので、活字や写真で伝えるというよりはエンタメを混ぜて見せる方が、訴求力もそうだし、より多くの人に知ってもらえるのではないかと。ただし、真面目で教科書的な漫画にはならないようにしています。やっぱり、漫画なので“面白い”が前提にあるべきだと思うからです。

もう1つは、漫画だと「理想の動物保護活動」を描けることです。先ほども話しましたが、動物愛護センターと保護活動家の人はどうしても衝突してしまうことがある。ただ、そのバランスが取れて協力し合えた時、いまよりもっと多くの動物が救えるんじゃないかと思うんです。作中で描いた「ぽんかん」のエピソードで、動物愛護センターと保護活動家が組んで現場に向かったという話は実話です。

理想の姿を社会に発信できるのは漫画のいいところだと思うので、今後も続けていき一頭でも多くの命に繋いでいきます。

 

取材・文:吉岡葵
編集:おかけいじゅん
写真:Michael Yoshioka
写真提供:小学館マンガワン編集部

 

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