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「私達が生きている文化や社会が絶対ではない」|漫画家・トマトスープに聞く、歴史と異文化の魅力

2024年12月、待望の1巻が発売された、漫画『奸臣スムバト』(新書館)。作者は、「このマンガがすごい!2023」オンナ編で第1位に輝いた『天幕のジャードゥーガル』(秋田書店)のトマトスープさん。

過去作『ダンピアのおいしい冒険』(イースト・プレス)も含め、トマトスープさんが描く漫画はすべて歴史を題材にしている。「昔から歴史が好きだった」と話すトマトスープさん。彼女の作品には知的で好奇心旺盛な登場人物が多く、苦悩や葛藤を通し「知識」や「知恵」を武器に、自らの道を切り開く彼ら彼女らの姿は読者の目に勇ましく映る。

生き抜くために知識が必要であること、当たり前を疑うことの大切さを訴求するトマトスープさんの漫画。これらの作品を生み出すトマトスープさんは、歴史を知ることの大切さや面白さについてどのように考えているのか。

そこで今回、トマトスープさんにインタビューを敢行。新作『奸臣スムバト』を軸に、トマトスープさんが考える「賢さ」、自分とは異なる文化を知ることの大切さについてなどを伺った。

©トマトスープ/新書館

ウィングス・コミックス
トマトスープ「奸臣スムバト①」
定価825円(本体750円+税)
発売:新書館

なぜ恋愛は無条件に“良いもの”とされているの?

はじめに、『奸臣スムバト』のテーマを教えてください。

私が描く他の作品同様に歴史も丁寧に描いていますが、本作では人間ドラマ、なかでも恋愛をテーマに描きたいと思っています。

舞台は13世紀半ばのジョージア王国なのですが、少し前の12世紀末頃からコーカサスの周辺は文化が大変発達していた時期でもあって、「ルネサンスのような時代」とも評されています。なかでも、恋愛詩の発達がすごいんですよね。

現代でも多くのフィクションでは、恋愛が自然に描かれ、無条件に“良いもの”として捉えられている気がしていて。その点で、舞台に選んだコーカサス周辺と現代はどこか似ているような気がするんですよね。13世紀の話を恋愛を軸に描くことで、「現代に漂う恋愛観を解剖できるかも?」という思いもあり、今回は恋愛をテーマに据えました。

たしかに恋愛は、知らず知らずのうちに“そこにあるもの”という感じで描かれることが多いです。

最近は変わりつつありますが、これまでの多くの作品では、恋愛描写では心の動きが一辺倒だったなと。たとえば、恋愛系の物語で使われやすい一目ぼれについては、「説明しなくてもわかるでしょ?」というような、共通言語のような表現で描かれることが多い。私自身、そうした描写があることで、それ以外の部分では共感できていたのに、途中で一気に入り込めなくなってしまうことが、これまで何度もあったんですよね。

まだ1巻の時点では恋愛要素がそれほど前面に出ていませんが、今後はより分かりやすく描いていければと思っています。

©トマトスープ/新書館

本当に賢い人とは「素直にわからないことを認め、学び続けられる人」

本作の主人公スムバトは、知的好奇心に満ち溢れ、敵国の文化であっても良きものであれば享受する魅力的な人物として描かれています。そもそも主人公をスムバトにしたのはなぜなのでしょうか。

13世紀前後のジョージア周辺を研究されている大学教授・北川誠一先生の論文にスムバトに関する記載があるのですが、この時代の手がかりに他の人物の記載があまり多くないことが、理由の1つです。

もう1つは、スムバトの生き方に魅力を感じたことですね。1巻で描きましたが、スムバトは自分たちが生き残るための選択を迫られます。当時は「モンゴルとジョージア王国、どちらにつくか?」を天秤にかけて悩んでいた地方領主がたくさんいた時代です。スムバトを典型例の1つとして、選択に悩みながら生きた人たちの姿を描ければ、面白いのではないかなと考えました。

トマトスープさんの他作品でも、「選択」が重要な場面として描かれていますよね。「選択」に重きを置くのはなぜなのでしょうか?

「どういう理由で、どの道を選択するのか」「その選択に責任を持てるのか」みたいなところを丁寧に描くことが、学びの末の自立を描く形としては一番わかりやすいかなと。それもあり、選択する場面や選択の結果をどう受け止めるのか、という話が私の作品には入ってくるのかなと思いますね。

スムバトは知的好奇心が旺盛ですが、このような人物として描いたワケを教えてください。

年代記には、彼は非常に賢い人であったことが記されています。正式な歴史書に残されている貴重な情報を大切にするためにも、とにかくスムバトは賢く描くと決めていました。

私自身、本当に賢い人とは「素直にわからないことを認め、学び続けられる人」だと考えています。これは私の人生経験からも感じることですが、そういう人は知性を兼ね備えてるだけでなく、バイタリティに溢れている人が多い。なので、スムバトは素直でありつつ、貪欲に学び続ける人物として描かれています。

©トマトスープ/新書館

「文化的な衝突が起こる場」はなぜ面白い?

『奸臣スムバト』の話から少し広げますが、歴史をテーマにした漫画を描く上で、意識していることも伺いたいです。

できるだけ事実になっていることは動かさないようにしつつ、でもその間に存在する“明らかになっていない部分”は創作で一番面白い展開になるものを選ぼうと思っています。

とくに、「文化的な衝突が起こる場」が面白いと思うんですよね。モンゴルもそうなんですけれど、別々の文化圏や宗教的背景を持っている人たちが一同に会したときに生じたギャップが、擦り合わせや衝突を経て、新たな文化として生まれるものに興味があるんです。そこを見ていくと、お互いの歴史の深さも相まって、よりダイナミックに歴史が見えてくるんですよね。

たとえば、これまでにどのような文化が誕生したのでしょうか。

交通網の発達もそうですし、モンゴル帝国の支配によって交易が活発化したこともあり、元々中国にしかなかった技術が中東からヨーロッパの方まで伝わることもありました。イスラム暦と中国暦を比較して、どちらがより正確なものなのかを検証する試みも行われていたみたいです。

歴史を勉強するなかで特に面白いと感じたことは、漫画に活かせるように日々メモを取るようにしていますね。

勉強で出会う情報には、信憑性の低いものや誤情報も含まれていると思いますが、トマトスープさんはどのようにして情報の真偽を見分けていますか?

情報に複数のソースがあることを意識していますね。研究者の発言や、複数の文献に同じ内容が記載されていると、情報の信頼性が高いと言えます。また可能であれば、その情報の出所を辿るようにもしています。たとえば、複数の文献に記載があっても、実はその出所は1つの資料に過ぎず、時代が進むとともに、コピペされていただけということもあります(笑)。

資料のなかで、つい飛びつきたくなるような面白い話を見つけても、すぐに漫画には使うことはせず、他のソースを確認し、その情報が使えるかどうかを確認することから始めます。

歴史リテラシーの話は、いまの時代に求められる情報リテラシーにも関わる話なんですね!

©トマトスープ/新書館

私達が生きている文化や社会が絶対ではない

トマトスープさんの作品では、ものごとを一面的ではなく、多面的に捉えているような描写が多いですよね。なぜそのような描き方をされているのでしょうか。

性格的に、はっきりと良い悪いが決められないんですよね。こういう負の面があるということは別の正の面があるんじゃないかとか、その逆もそうですし。思い切って一面だけを選んで書くってことがなかなかできないんです。

作中の文化や風習は、現代の日本とは異なる点も多いので、理解が難しい箇所も多いです。それらの時代を描く上で、意識されていることはありますか?

読者、つまりは現代人がすぐには理解できない事象があった場合、その理解を助けるための解説や、解説に代わるエピソードを、できるだけ盛り込みたいと思っています。

当時と今の文化では異なる箇所も多いですが、違う理由を知ると、その違いが面白く感じられることが多くて、他文化への理解が深まるきっかけになると思うんです。読者の皆さんに楽しんでいただけるように伝えていけたらと思っています。

異なる文化への理解を深めることで、よかったことはありますか?

私達が生きている文化や社会が絶対ではないことを知れてよかったなと思います。

たとえば、昔は今よりもずっと生存率も低い時代でしたから、そんな時代だからこそ人々が生き抜くために必要だった制度があるんです。例として分かりやすいのが「家父長制」。現代では、不要な側面が大きいと思いますし、批判されてしかるべき制度だと思いますが、昔のように生存することが極めて厳しい環境を生きていた人たちにとっては、リーダーがいた方が生存率が上がる可能性があったわけですよね。

つまり、今の時代に照らし合わせると、背景の理解が難しいような制度でも、合理的な面もなくはなかったことが理解できるようになる。多角的な見方ができることで、自分の考えに広がりが生まれるかも知れません。あとは、背景を理解することで、いま、家父長制がなくても生きていける世界になっていることへのありがたみ、みたいなことも感じられるのではないでしょうか。

歴史を知ることが、自分の選択の幅も広げ得るということですね。

逆にいうと、バシッと判断できなくなっちゃいましたね…(笑)。

歴史を知り、異文化への理解を深めることは、大切な反面、選択肢を増やしてしまう恐れもあるわけですね…(笑)最後に『奸臣スムバト』を楽しむみなさんに、一言お願いします!

スローペースで始まった作品なので、1巻だとまだそこまで大きな物語の山が来ていないのですが、徐々に本作のテーマである「恋愛」へと話が展開していく予定です。

長い期間をかけて楽しんでもらうという、リッチな時間の使い方をした漫画かなと思いますので、気長に付き合っていただけたら嬉しいです!

素直なスムバトが、どのようにして恋愛に巻き込まれていくのか、引き続き楽しみにしています!

 

取材・文:吉岡葵
編集:篠ゆりえ
写真:新書館素材提供

 

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