個人の生き方、パートナーとの関わり方、そして家族の在り方において、段々と選択肢が広がってきている現代。一方で、多くの人が切実に制度のアップデートを求めていても、なかなか変化は見られない。また恋愛や結婚、子を持ち育てること、あるいはジェンダーにまつわる「こうすべき」といった世間の風潮に対しても、違和感を抱く人は少なくないだろう。
そんななかで、自分と、誰かと、どう生きていくか。どんなパートナーシップや家族を築くか。それぞれがより自分に合った生き方を目指せる社会のために、さまざまな声を取り上げる連載。
今回話を聞いたのは、Dos Monosのトラックメイカーでラッパーの荘子itさん。小学館の漫画編集者・金城小百合さんと2023年に結婚し、現在1児を育てながら、音楽活動も精力的に行っている。
▼金城小百合さんにお話を聞いた記事はこちらから
荘子itさんが金城姓になった背景
荘子itさんは結婚により、本名を妻の小百合さんの姓「金城」に改姓した。
結婚を発表された際、Instagramで「別姓はおろか、特段の理由もなく半自動的に夫の姓になるっていうこの国の慣習になんのラディカルさもないなと感じて」と綴っていた荘子itさんに、そんな改姓の経験から聞いた。
「小百合さんに出会う前から、『金城』という名前が好きだったんです」
金城小百合さんと結婚するにあたって金城姓を選んだ理由を、荘子itさんはそう話す。
「お互いのことをまだ知らなかった頃、Dos Monosの新曲のタイトルとして、ふと『KIN JOE』がふさわしいと思いついたことがありました。結局その曲は『王墓』というタイトルでリリースしたのですが、『金城』っていい響きだな、と思っていました。
それから小百合さんと出会って、結婚することになって。自分の名前を変えるという行為も好きなので、金城姓になることを選びました。旧姓の『庄子』からパラフレーズして芸名を『荘子it』にしていますし、ラッパーって「a.k.a〜」みたいに、異名を名乗る文化があって、名前を変えて幅を広げるみたいなことにおもしろさを感じるんですよね」
そんな運命的な出会いや、名前を変えることにポジティブな意味を見出す荘子itさんの考え方も重なって小百合さんの姓を選んだ二人だが、周囲の反応はさまざまだった。
「結婚して苗字が変わった、妻の苗字になったという話をすると、『いい家に婿入りしたの?』などと聞かれる場面がありました。とくに男性に驚かれることが多かったですね。それから、僕のことを頑なに『庄子』と呼び続ける人もいて。それは慣れているだけかもしれないけれど…。
それから、父は猛反対でした。一時は『金城姓にするなら絶縁する』とまで言われてしまったくらい。でもそんな父も、孫が生まれてからは納得してくれたみたいで、いまはうちの子のお迎えに行ってくれるなど、誰よりも溺愛してくれています」
子が生まれて変化した生活と、音楽制作の方法
子どもが生まれてから、荘子itさん自身の生活や働き方も大きく変化したという。
「いままでは、制作のために時間をフルに使っていたんです。 1日1日の区切りがない生活というか、18時間ぐらいぶっ通して作業して、 疲れ果てて10時間寝て、また10時間以上作業して、みたいな。でも、子どもが生まれてからはそのやり方は基本的にできなくなって、1日ごとにちゃんと夜寝て、朝起きる生活になりました。
最初はそのサイクルだとなかなか集中できなかったんですが、悪戦苦闘しながら少しずつ作業を進められるようになっていきましたね。
ただやっぱり作品を仕上げる期間、アルバムの制作の大詰めになると、かなり日常と隔絶された時間が必要になるんです。2024年にリリースしたアルバム『Dos Atomos』の制作中は妻がまだ育休中だったので、妻とその両親に赤ちゃんを見てもらって、自分は1ヶ月くらい東京で制作に集中させてもらいました。そのおかげで作品を完成させられたので、とても感謝しています。
でも、いまは妻も仕事に復帰しているので、それも難しい。そうなるとやっぱり上手く時間を使わないといけないので、制作スタイルにも変化がありました」
日常のルーティンの変化と使える時間の制約から、制作スタイルにはどのような変化があったのだろう。
「以前はインプットが多ければ多いほど、いいアウトプットができると思っていたんですけど、そうも言ってはいられなくなりました。多ければ多いほどいいんだったら、いまはインプットが減ってだめということになってしまう。
なので、レコードをたくさん買ってきてザッピングしながらいい瞬間を探すとか、大量の音楽や映画、文学を摂取したなかから紡ぎ出すといったコラージュ的な手法から、自分の鼻歌をボイスメモに録っておいて、フレーズとして曲の土台にする手法に変えました。自分の体から出てくる、ある意味で貧しい素材を基にして肉付けをしていく作業なので、無限のソースからコラージュして最終的に削ぎ落として作るものとは逆のやり方で、むしろそういう作り方になってからのほうが、多様に曲が展開していくようになったのは意外でした。
あとは、自分の時間を好きに使えた頃はループ志向で、『背景に大量のインスピレーション源があるなかで、取捨選択をして作り出したこのループにこそ意味がある』という考え方でした。一方でいまは日常がループというか、ルーティンから外れることがあまりなくなったので、音楽制作ではループから外れた広がりや可能性を探す方向に創作意欲が向いています。僕の場合、生活の反映じゃなくて生活に対する反抗が曲づくりの種になってますね」


家族で暮らしてみて分かったこと
取材時もまさに新作アルバムの制作中だった荘子itさん。変化した生活でもなお、仕事と家事・育児とのバランスを取るのは難しいのだそう。
「小百合さんも自分も好き勝手やる性分なのですごく気は合うのですが、一緒に生活するとなると、大変なこともたくさんあります。自分はDOMMUNEの宇川直宏さんの部屋みたいに、『物が散乱していても、手の届くところによく使うものがあればいい』みたいな考え方。でも、それでは共同生活はやっていけない」
対して小百合さんは、こう話す。「片付けられない、だけだったら対処法はあると思います。実際、いま荘子くんの部屋は物が散乱していますが、私はその部屋にアンタッチャブルでいることで対応しています。
でもそれで済まないこともあって、たとえば荘子くんは朝起きるのがすごく苦手。だから朝の子どもの世話や家事は私がやって、荘子くんは子どもを保育園に送ればいいだけにしています。だけど、時間になっても起きてこない。送る時間が遅くなればなるほど、私は仕事の準備に取り掛かれなくなる。でも夫の目覚まし時計すら鳴らない…というのが日常です。
本人的には目覚まし時計をセットし忘れたり、なぜか時計が壊れていたり、色々理由があるそうです。もちろんスマホのアラームが使えればいいのですが、寝室にスマホを持って行き忘れる、充電が切れたままだったなど、それはそれでさまざまなできない理由があり、結果、目覚ましが鳴るのは週1〜2回、ちゃんと起きられる回数はもっと少ないです。
そういうことが頻発するため、独身ふたりだったらまだしも、一緒に子育てをするのは困難に感じるときも多く、パートナーとしてどうしたらいいのか分からなくなってしまうことがあります」
そんな荘子itさんの姿を日々見ている小百合さんは、こうも続ける。「本人にとってもトラブル続きの日々で、大変だと思います。そばで見ていると、綱渡りみたいに生きている印象を受けます。
夫は一度落ち込むと数時間動けなくなってしまうので、私が夫のミスを怒ると1日塞ぎ込んでしまいます。夫と付き合うまでは『男性に怒れる』のは自分の良いところだと思っていたのですが、夫との関係ではこれまで通りにいかないと実感しました」
さらに小百合さんは、「結婚後、共同生活の難しさに本人も鬱々としていって。区の職員の人が赤ちゃんの様子を見に訪問してくれる機会があったので、相談したんだよね」と話す。
その話を受けて、「結婚前は、できないことと環境的にしなくていいことが合致していたから、とくに不満や不安を感じていなかった」と荘子itさん。結婚するまでは実家暮らしで会社員経験もなかったため、規則正しい生活や家事が苦手でも、とくに問題になることがなかったそう。
「区の職員の人に相談したのをきっかけに検査をして、ADHDであることが分かりました。ただ、自己弁護するわけじゃないけど、障害は本人に欠陥があるというより、社会的にあるべきとされる価値観との不整合がある状態だと僕は思っています」と続ける。
荘子itさんが言う通り、それまでは困りごととして認識していなかったことが、パートナーとの暮らしや子育てをするにあたって、困りごとに変わる場合はあるだろう。結果的に、現在家事は小百合さんが多めに担い、子育ては二人で分担しているという。
小百合さん曰く、「赤ちゃんと遊ぶのは、私より荘子くんのほうが楽しみながらできます」
荘子itさん自身も「家事より育児のほうが好き」と言いつつ、ミュージシャンという職業柄、土日も子どもと遊べない時期はあるそう。子育てをしている同業者に相談することはあるのか聞いてみると、こう答えてくれた。
「中高の同級生である作曲家のMONJOEも子育てしてるので軽く話したことがあるけど、『もうまじ大変だったわ』としか言ってなかったですね(笑)」
「男性のほうが、自分が困っていることがあっても人に相談しにくいのかもしれません。本当はもっと、周りの人の意見を聞いてきてほしいです。せっかく会っているのに、『おーす』とか言ったきりお互い沈黙してスマホを触ったり、なにか話すわけではない友達との様子を見てると、なんのために会ってるの!?って思います」と小百合さん。
荘子itさんも、「それは確かにジェンダーによる違いがあるかもしれない。長い付き合いの男友達とも身辺の相談はあんまりしないですね。小百合さんはよく人に相談して、性急に答えに至らなくても色々な意見を聞いてるよね」と頷きます。
「自由に創作をする喜びも持ち帰る場所があってこそ」
もともと、荘子itさんと小百合さんは、育ってきた家庭環境も異なる。小百合さんは父が転勤の多い仕事で、母は専業主婦。互いに沖縄出身でありながら引っ越しを多くしていたため、お互いに支え合うという価値観が強かったそう。
「小百合さんの家庭と違って、僕は東京の共働き家庭で育って、家族の生活も趣味もそれぞればらばらでした。
小百合さんの両親のように、常に一緒にいるような夫婦のロールモデルが身近にいなかったので、話を聞いてシンプルに『いいな』と思いましたね。自分のベースにある感覚は育ってきた環境によるものだから、それが完全に変わることはないと思うんですけど、小百合さんの両親の姿からは、尊敬できる1つの夫婦の在り方を教えてもらったと思っています」
最後に、荘子itさんがいま考える、自分の、そして夫婦、家族の在り方の理想を聞いた。
「いまも『ここに帰ってくるのが落ち着く』と思えたり、帰ってきて仕事の報告し合えたりするのはすごく嬉しいことだと思っています。自分がこれからやっていくことも、小百合さんと子どもが横で見ていてくれたら素晴らしいことだなと思いますね。
日常生活で迷惑かけたりトラブったりしてると、自信をもって自由になれる場所として創作に向かうけど、そうやって創作をする喜びも持ち帰ったりシェアできたりする場所があってこそかなと思うので、やっぱりこの場をなくしたくないな、と思います」
荘子it
ラッパー、トラックメイカー。1993年生まれ。2019年3月に1st Album『Dos City』でデビューしたヒップホップクルーDos Monosを率い、全曲のトラックとラップを担当。2024年3月に吉田雅史との共著書『最後の音楽:|| ヒップホップ対話篇』を上梓。5月末にリリースしたアルバム『Dos Atomos』以後、Dos Monosは第二期へ移行しヒップホップクルーからロックバンドになった。2025年5月7日に最新作『Dos Moons』をリリース。
X:@ZoZhit
取材・文:日比楽那
編集:大沼芙実子
写真:新家菜々子
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