
【大人のための“シン・動物学”】と題して、実は知られていない動物たちの生態を深掘りしていく。動物たちの世界を覗くことは、人間社会の問題を考える1つの側面として、私たちに新しい発見や面白い気づきを与えてくれるかもしれない。
選挙は民主主義を語るうえで、欠かせない装置のように言われている。直接的な暴力や権力をふりかざして強制支配するのではなく、民から代表者を選出して、多様な意見に耳を傾けながら集団にとって最適の意思決定を進めていく。それが概ね民主主義のルールだとすれば、そのシステムは既に紀元前の古代ギリシア時代から用いられている。
我々日本人が、文字を持たず、どんぐりや貝を拾って食べていた頃、ヨーロッパでは民主主義的な法や議会が運用されていたわけだ。なんなら古代ギリシアの哲学者であるプラトンは、理想と思われていた民主主義の先の落とし穴、衆愚政治の危険性まで指摘するほど、論議は古代で成熟していたわけだ。私はアホ側なので、プラトン先生のように『大衆は愚かだ』とは思わないが、今の選挙のシステムが欠陥だらけの古い装置だとは思う。

選挙=多数決を民主主義と勘違いしている人が多いが、少数意見にも耳を傾けるのが民主主義の理念であって、少数意見を切り捨てる危険がある多数決は、真の民主主義とは言い難く、多数派が過ちをおかす事象も歴史上少なくない。たとえば戦争とか人種差別とか、感情的なものは、民主的なプロセスが吹っ飛ばされがちで、危なっかしい。
こう考えると、政治や選挙というものは、実に高度に文明化し、腐敗を含めて成熟した文明社会における人間独自の複雑な行動だと皆さん思うだろう。だって、人間は“賢い”動物なんだから。
しかし、それは、どうかな?動物を見てみよう!
動物たちのさまざまな社会構造
まず、大事な意思決定を他人に委ねるということは、社会性動物に限られる。
はじめにヒツジ。何となく大衆っぽさが漂うのはなぜか?それは草食動物(特に有蹄類)には、リーダーがいないからだ。性格的に気が荒かったりしてケンカに強い個体はいるが、それは、ただケンカが強いだけだ。群れを取りまとめたりする頼れるリーダーがいないので、危険な場面では、仲間を助けること無く、我先に逃げるだけの腰抜けだ。
鳥も群れをつくるが、危険で難しい仕事を一手に引き受けるリーダーは存在しない。このような烏合の衆では、いくら社会性のある動物でも“選挙的な状況”は生まれにくいだろう。

となると、次に注目は社会性動物の中でも、リーダー制や順位制をとる動物だ。
イヌのご先祖様ことオオカミ。“狼軍団”など最強組織にたとえられ、常に優秀なリーダーを輩出することで有名な動物なので、こいつは要注目だ!
しかし、社会構造をよく見てみると、オオカミの群れは、家族単位を核としているので、群れのリーダー格は、父親や次いで母親となるケースが多い。だから実力主義というよりは、単なる家長制度の問題なので、社会性動物でリーダー制でも、“選挙的な状況”とは異なる。血縁の近いものが結束して欠点を補い合ったりしているので、大事な決定権を他人に一任しているわけではない。

ここで、ちょっと変わり種で紹介したいのは、ミツバチの社会である。
ミツバチは、多様な昆虫の世界でもかなり特殊で、真社会性昆虫と呼ばれるグループである。昆虫の中でもその洗練された社会構造は、無脊椎動物の中で最も進化した動物と言える。
数千~数万匹で構成される1つの群れ(コロニー)の構成は、女王蜂1匹と残りは働き蜂となる。働き蜂はすべてメスで、オスは普通はほとんどいない。つまり99.9%がメスの働き蜂の社会なのだ。

女王と呼ばれる存在がいるので、陛下がトップダウンで仕切っていると誤解されがちだが、そんなことはない。女王どころか、休みなく卵を産み続けるだけのマシーンのような存在で、巣の総合管理能力や毒針を使った攻撃能力は、圧倒的に働き蜂の方が能力は上だ。
実は遺伝的には、女王蜂と彼女を世話する働き蜂は姉妹関係にある。つまり女王になるかどうかの差は遺伝子的にはなく、幼虫の時、ロイヤルゼリーを育児係の働き蜂に与えられて育った幼虫は女王蜂になり、ただの蜂蜜で育ったものは、働き蜂になるのだ。
この数ある卵から誰を女王蜂にするかを選ぶのは、働き蜂の仕事だ。私の若い頃の研究テーマだったが、詳細はいまだ未解決の難題で、名著『種の起源』の中でも、ミツバチの進化は謎が多いとダーウィンは吐露している。
なんとなく、この女王を育成するために選ぶプロセスは、選挙活動的な雰囲気がしないでもない。

この女王蜂を育成する特別な巣房(王台)は複数つくられるが、一番はじめに生まれた女王蜂が、次に生まれそうな残りの王台の中にいる生まれる直前の新女王蜂候補たちを、自ら次々に針で刺して殺していくのだ。それが女王蜂としての最初の仕事だ。政治的ライバル候補者を確実に暗殺していくわけだ…。そこから新しい国(コロニー)づくりが始まる。
霊長類の動物たちは、選挙や政治そっくりの行動をするのか?
さて、これまでは人間とは遠縁の動物ばかりなので、やや擬人化した話ではある。では、我らが属する霊長類のグループを見てみよう。
ヒトに近い大型類人猿のオランウータンは、群れをつくらない単独性なので、意思決定を他人に委ねることはない。ゴリラはハーレム型の社会構造なので、群れにオトナのオスは1頭しかおらず、すわわちトップはお父さんだ。

チンパンジーやニホンザルは複雄複雌群といって、オトナのオスとオトナのメスが群れにたくさんいる社会構造だ。まるで人間社会のように複雑な関係にもまれながら、悲喜交々暮らしていている。今回のテーマ“動物の選挙”では、こういう社会構造の動物が面白い!

ニホンザルでは、ボスザルが群れを統率することくらいは、どこかで聞いたことがあるだろう。順位制のサル社会は、群れの1番から最下位まで、きれいに例外なく1直線で優劣の順位が厳格に決まっている。学術的には順位が1番のオスのことをαオスと言うが、まさにヤクザの世界の“ボス”のような存在で、その呼び名がピッタリだ。
群れの個体は、何によって序列が決まるかというと、ボスの圧倒的な暴力に怯えるというよりは、むしろ彼のカリスマ性にひれ伏すような態度を皆が取る。実はケンカの腕っ節で勝ち上がって成り上がるのとは少し違う。群れの大衆は腕力以外のリーダーの器をしっかり見定めて評価しているのだ。たとえば、平時には無駄に威張り散らしたり、弱い者いじめしていないとか、群れ内のイザコザをスマートに対処しているとか、天敵などに誰よりも真っ先に立ち向かうかとか…そういったポイントの積み重ねを、皆が見ていないようで、しっかり見ている。若者に多いケンカが強いだけの粗暴なヤツには、誰もついていかない。
また“群れ”といっても、核家族やその親戚だけで寄り集まっているのとは異なり、霊長類の複雄複雌群は、様々な家系の家族が集まって群れという1つのコミュニティを作っているので、人間社会と同じく、好き嫌いや派閥が存在する。
そのため派閥同士が時には連合を組んだりして、最大派閥からリーダーとなるボスが選出される仕組みだ。だから、1位と3位が連合を組む“1・3の法則”というのがある。1位ザルにとっては立場的に脅威の2位ザル、3位ザルにとっては目の上のたんこぶの2位ザル。1位と3位が手を組んで2位を追い落とす政治的な謀略行動が動物社会にもあるのだ。

ニホンザルは、こういった相性や利害関係を計算できるところが面白く、そこに、まるで選挙や政治そっくりの行動が見てとれる。つまり自分の支持母体を中心に、いかにして派閥を大きくしていくかが勢力争いでは重要になる。派閥vs派閥の小競り合いやケンカが毎日行われているのだが、大きな抗争になったときに、派閥に属さない付和雷同な“浮動票”ザル、“支持政党無し”ザルがいて、それが味方になるかどうかが重要になってくるのだ。つまり数の圧力でライバルを圧倒したいのだ。
そのための平時の政治的工作をこまこまやるのだ。

“人気者になりたい”ニホンザルの選挙活動
繁殖目的で異性にモテたいとかではなく、とにかく老若男女問わず“人気者になりたい”というモチベーションで行動する動物は、霊長類以外では見られない。
一方で、ボスザルになる生物学的な特典はない。コドモの父子判定を調べても、特段ボスの子が多いわけではない。草食動物なので、エサは周辺にいつでも豊富にあるので、独占する意味は無い。移動する時は、ボスが先頭を歩いて進路を決めるわけではないので、移動の決定権があるわけではない。それなのに、天敵が来たら危険に誰よりも真っ先に立ち向かう。ハイリスク・ローリターンなボスの役割。
この命をかけるにしては見返りが少ないのに、“みんなの上に立ちたい”“出世したい”“人気者になりたい”という遺伝子に刻まれた霊長類特有のモチベーションは、動物行動学でも最大の謎の1つだ。
政治的な野心のあるオスザルは、平時からまめまめしく選挙活動をする。無派閥や疎遠のサルを見つけると、なんとなくそばに座って偶然の素知らぬふりをして、お近づきの脈があるか反応を探る。スキあらば、さらに距離を縮めてスキンシップのグルーミングをはじめる。このグルーミングは、ノミやシラミを取ってあげていると言われているが、それはあくまで建前。グルーミングはサルにとっての通貨のような裏の役割があるので、絆を深めたり、関係を修復したり、ゴマをすったりする時にも使われる。いわば選挙活動の裏金賄賂のやり取りだ。グルーミングされる側も、何となくその文脈を理解している。お互い黙っているが、心の中では『何かの時には、ひとつよろしく』『ニヤリ』ってなもんだ。

勢力争いに参戦した立候補ザルは、若い無党派層の取り込みに必死だが、派閥の小競り合いの時に、しっかり陣営側にいるかチェックされているので、勢力争いに興味がない無党派層は、派閥抗争のケンカの時に、しぶしぶ最後尾から追従して加勢しているフリをして日和る。
このように、誰が誰に投票(支持)しているかは、サル山の権力争いでは常に監視されている。加勢に加わらなかったことがバレて、あとで怒られたり、いじめられたりするものもいる。
また、大きな抗争の時に、無党派層が新勢力側に一斉につくことがある。そうするとボスザルの政権交代は一夜にしてガラッと変わることがある。昨日までNo1だった個体が、一気に最下位にまで落ちることもあり、コドモにまでバカにされる。落選した(抗争に敗れた)ボスは、大きな傷を負っていなくても、メンタルがズタボロになるようで、昨日までの威厳が、見る影も無くなり、貧相にションボリしてしまう。そして病気でも無いのに、その後はあまり長生きしない。

このサルの“1番になりたい”という謎のモチベーションと、政権陥落したときの極度の落ち込み方は、異種ながら同情せずにはいられない。
しかし、よく見ると、すべてのサルに謎のモチベーションがあるわけではない。権力争いに一切関心が無い個体も少数ながら一定の割合でいる。社会的な地位(順位)は低いため、権力争いに巻き込まれたり、卑屈なパワハラにあいがちだが、順位が低いからと言って食べものにありつけないわけではないし、本人がその気なら恋愛や子育てもうまいことやっている。群れにいれば、五月蠅いやつはいるが、とりあえず生きるという意味では、安心安全だ。
権力志向のサルは、飲まず食わずで群れ内のピリピリした抗争に気を抜くヒマが無いが、一方で無関心ザルは、コソコソと自分の時間を上手に過ごしているスローライフのようにも見える。こんなライフスタイルの多様性や価値観(?)も、人間と同じ霊長類だからこそなのだろうか?この命題は、動物園のサル山で、ぜひご自分で長期観察して、その答えを見つけ出してみてほしい。
いずれにしても『みなさんの、清き1票をよろしくお願いしますっ!』は、人間が考えたものではない。やりたくもない誰かの毛づくろいをして、謎のモチベーションに突き動かされている野心をもったニホンザルなりの“選挙活動”が、今日もどこかのサル山でひっそり行われているのだ…。
おしまい。

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新宅 広二
生態科学研究機構理事長。専門は動物行動学と教育工学。大学院修了後、上野動物園勤務。その後、世界各地のフィールドワークを含め400種類以上の野生動物の生態や捕獲・飼育方法を修得。大学・専門学校などの教員・研究歴も20余年。監修業では国内外のネイチャー・ドキュメンタリー映画や科学番組など300作品以上手掛ける他、国内外の動物園・水族館・博物館のプロデュースを行う。著書は教科書から図鑑、児童書、洋書翻訳まで多数。
X: @Koji_Shintaku
寄稿・写真:新宅広二
編集:篠ゆりえ
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